第264:救出劇
月の明るい夜だ。欠けるところのない完璧な円を形作る月が夜空を照らす。元々夜目の利く者ならば、この月明りで読書するのも苦がないだろう。その下を武装した一団が進んでいた。兜を含め全身を甲冑で固めた完全武装だ。にも関わらず音もなく進んでいる。隙間、隙間に綿を詰め、音が鳴らないように細工している。
ルキノらの一行である。リンブルク女王クリスティーネを救出する為、彼女が軟禁されているエムハイムの屋敷に向かっていた。
「通常、このような時には月のない新月を選びますが、今回はその逆を行きます」
出発前、屋敷付近の地図を広げルーペルトがそう説明した。
「なぜだ?」
問うたのはハイトマンだ。
「今回、相手の方が確実に一枚、いえ、二枚も三枚も上手だと思って下さい。暗闇での戦いは確実に相手が上です。警護の騎士達は普通の騎士でも、彼らに指示を与えている者は、その道の玄人。相手の土俵で戦っては確実に負けます。我らが勝つには、敵の予想を外さなくてはなりません」
確実、確実と連呼するルーペルトに、ハイトマンはこれ以上話すのは面倒と思いながら頷いた。
ルキノは無言で地図を凝視していた。彼は元々口数が少なく、しかも、ルーペルトに任せると決めていた。ハイトマンほど器用でない分、任せると決めれば余計な口出しはしない。
敵の警備体制は、屋敷に侍女に扮したダーミッシュの部下(尤も、ルキノらはダーミッシュの名を知らないが)、屋敷の近くに、屋敷から隠れて数十人の騎士が警護。屋敷から離れたところに数百人の騎士だ。現在、クリスティーネが男の姿を見るだけで錯乱するというのでこのようになったらしい。
「再度、説明しますが、外側の警備を抜けるのは難しくありません。ですが、屋敷近くになれば発見されやすく、見つかれば外側の者達に合図を送られます。それを掻い潜る為に少数に絞って屋敷に入り込んでも、侍女に見つかれば、屋敷の外の者に合図を送られ、更に、外側の者達も呼ばれます。侍女自身もそれなりの手練れと思われますので、増援が来る前に女王を救出して逃げ出すのは難しいでしょう」
ルーペルトが、地図上の、屋敷の外、周辺、そして屋敷へと指を走らせている。
「では、どうする?」
「屋敷付近の騎士達を殲滅します。そうすれば、全員で屋敷に乗り込めます」
「侍女が助けを呼ぶだろ?」
「屋敷周辺の者を全滅させれば、侍女達が大外に居る者に助けを呼ぶのは難しくなります。勿論、屋敷から抜け出そうとする侍女は討ち果たしますが」
そして、今、彼らは屋敷近くにまで進み、その警護の騎士達を襲撃しているのだ。そして、その襲撃計画に関してもルーペルトは、練りに練った。
「目立つところに騎士が立っていますが、それは囮です。その騎士を襲撃するならば、どこから敵が来るか。それを見張るにはどこに人を配置すべきか。まず、それを考えます」
「まず、そいつをやるんだな?」
「いえ。その者を襲撃するとして、それを見張るにはどこに人を配置するかを考えます」
「なるほど。そいつか」
「更に、その者を襲撃するとして、それを見張るを襲撃します」
「分かった。好きにしろ」
ハイトマンは呆れたが、実際、初めの襲撃個所は空振りしたものの、次の襲撃個所には、果たして数名の騎士が潜んでいた。彼らは、この明るい夜に襲撃はないとの油断と、監視方向の後ろからの襲撃とが合わさり助けを呼ぶ間もなく全滅したのだった。ハイトマンは、俺も器用な方だが、絶対にこんな仕事は引き受けない誓った。
ルキノらは次々と敵の騎士を襲撃した。中間に位置する彼らの役目は大外に居る数百の騎士に助けを呼ぶ事。敵を発見するのを重視した布陣ゆえに、兵力を分散している。十数名のルキノらに対し一ヶ所当たり数名への奇襲だ。倒すのに苦労はなかった。
とはいえ、屋敷付近の騎士を全滅させるには時間がかかる。日が沈んですぐに作戦を開始したが、既に日付は変わっていた。
「後は屋敷の中の侍女です」
「もし、クリスティーネ女王を人質に取られればどうする?」
ハイトマンが問い、ルキノもルーペルトに視線を送った。
「ルキ……。いえ、ラルフ陛下。怒らずに聞いて下さい。もし、侍女がクリスティーネ女王を人質にとっても、それは無視して構わないと、私は考えています」
「なぜだ?」
「それは、彼らが玄人だからです。しかも、筋金入りの。彼らに取って、今の任務は警護のはず。しかも、我らの襲撃を予測していなかった。救出する者が来ると知らないならば、守り切れなければ女王陛下を殺せ、とは命ぜられていないはずです。それにベルトラムは、娘であるクリスティーネ女王を溺愛しているとか。それから考えても、殺せとは命じていないはずです」
「今度は、はず、の連呼か。本当に大丈夫なんだろうな?」
「残念ながら、相手と打ち合わせをする暇はありませんでしたので、推測でしか話せません」
ルーペルトとハイトマンの視線がぶつかった。その間にルキノが割って入った。
「だが、自分の命惜しさに妻を盾にするかも知れんぞ」
「ですから、彼らは玄人なのです。命を捨てでも任務を遂行する。それに、襲撃されるのを予測していないなら、なぜ襲撃されるかも判断出来ない。女王陛下を盾にすれば、自分が助かる。とは考えますまい」
ルーペルトが言い、ルキノが頷いた。そして、ある事が頭に浮かんだ。
「そういえば、妻と初めてあった時に、命を賭けて妻を守ろうとしていた侍女が居たな。その者も、今、屋敷に居る侍女の仲間だったかも知れん」
一瞬の後、皆は、それがどういう意味か気づいた。沈黙が流れ、暫くしてルキノが動いた。
「行こうか」
と、屋敷に向かって歩き出す。
「一応聞いておく。殺せるか?」
「殺せる」
初めて会った時に居た侍女。彼女が居なければ、ルキノがやって来るまでに妻はどんな目にあっていたか。その意味ではあの時の侍女は恩人だ。そして、屋敷に居る侍女達は、あの時の侍女のように妻を守るだろう。侍女達にしてみれば、あの時のならず者達と自分は変わるところはない。
「いっその事、クリスティーネを殺せ。と叫んで屋敷に突入するか。なおの事、侍女達は妻を殺すなど考えまい」
「良い、お考えだと思います」
総勢十数名の彼らだが、その大半を屋敷の外に配置した。屋敷に突入したのはルキノとハイトマンらリンブルク騎士達。ルーペルトらは屋敷の外だ。この作戦は外に助けを呼ばれない事が重要。索敵や隠密が得意なカーサス伯爵の部下が屋敷から抜け出す侍女を見つけて残らず始末するのだ。
「クリスティーネ女王はどこだ! リンブルクの混乱の元凶はすべて女王にあり! 女王さえ居なくなれば、ゴルシュタットがリンブルクを統べる根拠もなくなる!」
ハイトマンが叫び突入した。ルキノは極力喋らない事になっている。侍女に扮していても優れた間者に違いないのだ。完全武装で顔まで隠していても、声一つでルキノの正体を見破るかも知れない。
一直線に屋敷の奥に向かっていると、十字路になっているところの左の通路から滑るように侍女が飛び込んで来た。完全武装の騎士に剣で切っても歯が立たない。剣で身体ごと突いてきた。先頭に居たハイトマンが衝突した。痛っ。と思ったが、それだけだ。鎧はかろうじて貫通したが、中にも厚手の肌着をつけている。剣先が、僅かに皮膚を傷つけたに過ぎない。
離れた瞬間、ハイトマンが切り捨てた。更に進むと十数名の侍女と遭遇した。ルキノらの3倍以上の数だ。皆、侍女には不釣り合いな剣を持っている。構わず突撃した。
ルキノらは防御を考えず大きく踏み込んで剣を振るう。侍女達の技量も彼らに勝るとも劣らないが、技量が互角ならば相打ち覚悟の斬撃を避けるのは至難の業。侍女達の剣も彼らに当たるが、鎧の上からでは打撲程度の傷しか与えられず、戦闘時に発する脳内物質のおかげで痛みは和らぎ戦闘に支障はない。
数で勝る侍女達がバタバタと倒れ、残り3人となった。その中の一人が屍の山となった仲間に視線を向けた後、一瞬目を閉じた。剣を放り投げ、何か仕掛けてくるのかと身構える騎士達の前で床に手をついた。
「お願いします。女王様を殺さないで下さい。女王様はお優しい方なのです。女王様は貴方がたの考えているような人ではありません。私は……。私達は殺して構いません。どうか、女王様だけは」
騎士達の動きが止まった。残った2人の侍女も、剣を投げ捨てその侍女に続いて床に手をついた。
いっそ、この者達も妻と一緒に連れていくか。ルキノの頭にその考えが浮かび、すぐに打ち消した。この者達はただの侍女ではない。それは剣の腕で分かっている。この懇願も、妻を守るという任務に対し、武力ではかなわぬとみて作戦を変えたに過ぎない。そのはずだ。
ハイトマンが進み出た。遅れて手をついた侍女が一瞬、投げ捨てた剣に手を伸ばそうとしたが、初めに手をついた侍女が制した。侍女は更に頭を深く下げた。首を差し出すように。
「お願いします。女王様をお助け下さい。私達は殺し――」
ハイトマンの剣が一閃し、3つの首が飛んだ。3つの少女の死体がぐにゃりと床に崩れた。
「仕方ねえだろうが!!」
皆もそれは分かっている。皆も分かっていると分かっていて叫んだ。叫ばずには居られなかった。
ルキノもハイトマンの気持ちが痛いほど分かった。仕方がない。良い悪いではない。ただ、仕方がない。
妻を愛している。妻が大事だ。そして、その妻を命がけで守ろうとしている少女達を、自分達は殺しているのだ。妻を助ける為にだ。何たる矛盾。そして分かっている事がある。自分はともかく、ハイトマンを含め、他の者達は自分の命を賭けてまで妻を助けようとはしない。今、彼らは命を賭けて妻を救出しようとしているが、それは、デル・レイで孤立している仲間の為だ。
更に奥に進んだ。その間に屋敷を抜け出し仲間を呼ぼうとした者達もいたが、それはルーペルトらが始末している。2階に上る階段の手前で、数名の侍女が立ち塞がった。だが、動きに違和感があった。ルキノらを倒そうとするのではなく、時間稼ぎをしているように思えた。
この間に妻を逃がそうというのか。しかし、屋敷の外に逃げればルーペルト達が捕捉するはずだ。侍女らは、まだ屋敷の外にも敵が居るのを気づいていないのか。
「お、お待ちなさい」
その時、階段の上から声がした。上品なドレスを纏った赤毛の美女。身に着ける装飾品も派手ではないが上品で高価なものだ。白い肌が、恐怖の為か青ざめていた。




