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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
358/443

第263:沈黙

 ランリエルを裏切ったバルバール王国軍は、コスティラと北ロタとの国境から姿を消して海路バルバールに戻り、コスティラ、バルバールとの国境を固めたと見られていた。だが、実は国境を固めていたのは1万ほどであり、意気盛んに多くの軍旗をはためかせ兵を多く見せていたに過ぎない。


 兵力の大半は、タランラグラを縦断する大運河を使い船舶でタランラグラ中部まで運んだ。そこから上陸し西進したのだ。皇国とランリエルとの戦いに巻き込まれないように、南ロタとブランディッシュに兵を置き備えていたドゥムヤータにとって、タランラグラ方面からの軍勢は完全に盲点だった。


「選王侯の方々とは既に話はついている。御領主には迷惑はかけぬゆえ領内を通過させて頂きたい」


 ディアスは、進路にある領主達に先触れの使者を派遣し丁寧にそう言わせた。


 無論、領主達にとっては寝耳に水だ。領地はあくまで彼等の物。国王とて無断で入るのは憚られる。それを上とは話が通っているから通過させろとは言語道断だ。それにバルバールの策略という可能性もある。通常ならば、そんな話は聞いておらぬ! と、兵を動員して徹底抗戦する状況だ。現在は、その領主の大半は兵を率いて南ロタとブランディッシュに向かっている。御領主には迷惑はかけぬと言われても、その領主は軍勢を率いて不在であり、残るは留守居役と僅かな兵のみだ。


 単に他国者が領地に忍び込んむのとは話が違うのだ。だが、領主が不在の間に下手は出来ぬのも事実。多くは、矜持と保身との板挟みになり、返答はせずに領民を城に収容して城門を堅く閉ざした。息を潜めてバルバール軍が通り過ぎるのを待ったのである。城を持たぬ小領主などは民を連れて山に篭ったりもした。そして、ディアスにしてみればそれで十分だ。わざわざ先ぶれを出したのも、相手に前もって備えさせ、いらぬ抵抗をさせぬ為であった。


 尤も、全てが順調だった訳ではない。あるところでは、出兵は息子などに任せ居残っていた領主達がなけなしの兵を掻き集め、2千という数を揃えて悲壮な決意でバルバール軍の進路に立ちふさがったのだ。


「領内を通過させて欲しいという突然の要望に領主として異を唱えるのは当然の理。こちらにも急な命令であったとの事情はありますが、非は我らにあります。我らは進路を変える事に致しますゆえ、それだけは、どうかお見逃し頂きたい」


 ディアスは、使者を派遣しそう言わせた。誇りを守る為と死を覚悟していた領主達だったが、内心ほっとしつつ、顔だけは厳しいく頷いたのだった。


 戦いには、それを行う理由があり、それを満たせてやれば戦う必要はない。彼等が誇りを賭けて戦うというなら、その面目が立つようにしてやれば良いのだ。


 バルバール王国軍4万は、少しだけ進路を曲げ、領主勢2千の傍をすれ違うようにして進んだ。領主達は、数十倍の軍勢の進路を曲げさせたと大いに名を上げたのである。


 バルバール王国軍は、(実質的には)阻むものなくドゥムヤータ王国王都ジョバールを目指した。選王侯達の元にも、領主達からの早馬が既に到着している。バルバールからの使者も、それに少し遅れて到着した。


「サルヴァ皇帝と選王侯の方々との約定通り、我がバルバール王国軍はドゥムヤータ王都にてドゥムヤータ王国軍と合流し、皇国領を目指す為に参上致しました。想定外の事もあり、予定より少し遅れましたがご安心を」


 使者は当然のように言った。選王侯達も、いつの間にそんな約束をしたのかとシルヴェストル公爵に視線を集中させ、当の公爵ですら、そんな約束をしたのだったかと自らの記憶を探るほどだ。しかし、どう記憶を探っても、そのようなものは出てこない。一応、書面なども調べたが、それを記した誓約書などもなかった。


「失礼だが、サルヴァ皇帝の記憶違いではあるまいか。バルバール王国軍が我が王都に進軍するなどと、当方は約した覚えはない」


 その返答に使者は困惑の表情を浮かべた。事実、彼はディアスからの言葉を信じていた。やむを得ず、公爵の言葉を持ち帰ったが、それに対するディアスの返答は、更に彼を困惑させた。


「私はサルヴァ陛下から、そう命ぜられて軍勢を率いて来たのだ。はい、そうですか。と、引き返せると思うかい? きっと、シルヴェストル公爵の記憶違いさ。もう一度、行って来てくれ」


 板挟みになった可哀想な使者は、やむを得ず、再度、ドゥムヤータ王都を目指した。バルバール王国軍は、その間も王都に向け行軍している。


 しかし、王都に到着した使者は、同じ返答を受けるのみ。そしてディアスも、そんな筈はないと更に使者を送り出す。そして、それを繰り返す間に、バルバール王国軍は王都の3ケイト(約23キロ)まで迫っていた。


「どうしますか? 我が方にも1万の軍勢があり、王城に篭れば抵抗は可能ですが……」


 ドゥムヤータ王都は、ランリエルの王都フォルキアなどと違い、王都全域を城壁で守っていない。城に篭れば戦えるが、その場合、城下町は焼き払われるのが城攻めの常套手段。バルバール軍を追い返せたとしても、莫大な損害を出す。


 老獪なバルバールにとっては、交渉をうやむやにしつつ引き延ばし、事をどんどん進ませていくなど外交の初歩の初歩だ。サルヴァ王子と対決し、経験値を増したシルヴェストル公爵とて、バルバール宰相スオミやディアスと比べれば、まだまだ甘い。


 尤も、シルヴェストル公爵とて馬鹿ではない。途中からディアスの意図を読んでいたのだが、物理的にバルバール軍の動き止める手段がない為、歯軋りしつつ茶番に付き合わざるを得ないのだ。


 茶番に付き合わず、そんな約束はしておらんと、使者の首を落としてしまえば良かったのだ! 温厚な表情を崩さぬフランセル侯爵も、内心、そう考えたほどだ。


 今は不在のリファール伯爵がいれば、シルヴェストル公爵の制止を聞かず、実際に使者の首を跳ね飛ばしていたかも知れない。


 その点、居残り組みは理性的過ぎたといえるだろう。内心の怒りを抑え、

「使者の首を飛ばして何が好転するというのです。バルバールとの敵対が明確になるだけで、それに何の意味もない」

 その雰囲気が、誰が言うともなく会議の場を包んでいた。


 そして、それ故に対応が遅れた。バルバール王国軍と和戦両方の道筋がある事が決断を鈍らせていたのだ。


「今から南ロタとブランディッシュに早馬を出し、軍勢を引き返させても、その頃には城下は火の海ですか」

「南ロタからは早くても20日。ブランディッシュからは更に10日は必要です。城下燃やし尽くすには二日もあれば……」


 フランセル侯爵が溜息を付きながら言い、ジェローム伯爵がそれを補足して同じく溜息を付いた。


 迷った挙句に手遅れになる。お粗末と言えばお粗末な状況だが、彼らにも言い分はある。もし、バルバールだけとの問題ならば、彼らも即座に早馬を出した。ドゥムヤータ王都からも1万の兵で押し出し、王都前の要害に立て篭もって援軍を待った。それでバルバール軍を撃破するのは可能だ。


「問題は、バルバールとの敵対は、即ちランリエルとの敵対です。そして、それによって利するのは皇国。しかも、我らは皇国とは何の約束も取り決めてはおりません」


 約束はしていないがバルバール軍を倒したので分け前を下さい。は皇国に通用せず、バルバール軍を倒しても、何の利益も得られない。戦い損である。


「もしや、旧ロタ北部を明け渡し、北ロタ王国を建国させたのすら、この状況を見越してのフィン・ディアスとサルヴァ皇帝の策略だったのではあるまいか」


 疑心暗鬼に陥っている彼等には、そうとまで思えてしまう。確かに皇国に付いた場合、北ロタをバルバールが占領しているままなら、それを奪う事も可能だったが、皇国が保護する北ロタ王国が建国されている現状では、それも不可能だ。テルニエ海峡を渡りバルバール本国を占領するのも、テチス海最強のバルバール海軍が存在し難しく、万一占領出来たとしても、皇国軍がランリエル本国を攻めるならばバルバールはその途上。


「じゃまだ!」

 と、踏み潰されるのが落ちだ。


 損得を考えれば、ランリエルに着くべきなのだ。だが、根本的な問題が残る。ランリエルに味方して負ければ元も子もない。


「バルバールが返答を引き伸ばし、その間に軍勢を進ませたのなら、こちらも返答を引き伸ばし時間を稼ぐまでです」

「確かに、今は、それしか方法がなさそうですな」


 シルヴェストル公爵が提案しフランセル侯爵も賛成すると他の選王侯達も頷いた。そこに執事からバルバールの使者が到着したとの報告があった。


「ちょうど良い。とにかくこちらは、サルヴァ皇帝とそのような約束はしておらぬと撥ね付けるまで。何度、使者が来ようと同じ事だ」


 使者を通すように言い付け、自分も大股に応接室に向かった。その公爵に遅れては大変と執事が慌てて駆けていく。その甲斐があってか、公爵が応接室に到着したころには、執事が言うところの使者が待ち構えていた。だが、予想に反し’いつもの使者’ではなかった。しかし、初対面でもない。


「ディアス……殿」

「シルヴェストル公爵。お久しぶりです」


 ディアスが右手を差し出すと、シルヴェストル公爵も右手を差し出したが、それは反射的な動作で、ただただ目の前の人物に驚いている。


「ご使者が……到着したと聞いていたのですが」

「嘘を伝えた訳ではありませんよ。今日は私が使者として参りました。ただ、バルバールの総司令を兼ねているとういだけです」


「だけ……」


 公爵の口元が思わず綻んだ。兼ねているというが、バルバール軍の使者とする以上、それを命じたのはバルバール王国軍総司令ディアスだ。ディアスの言い草では、自分で自分に命令した事になる。


「それに、軍勢は2ケイト向こうです。護衛も僅かなものですよ」


 あえて言う必要のない事実を強調した。この場でディアスを殺すのは簡単だ。しかも、軍勢が到着する前に篭城の準備を整えられる。選王侯達も無能ではない。篭城の可能性を考慮し兵糧などは搬入済みなのだ。後は全兵を収容し吊橋を上げ、城門を閉じるだけだ。


「バルバール王国軍総司令自らが出向き、ランリエルに付けと説得に来た訳ですか」

「何の事でしょう。私はサルヴァ皇帝から、ドゥムヤータ王国軍と共に皇国領に侵攻せよと仰せつかって来たまで。既に味方なものを、何を説得する必要があるのです」


 ディアスは、あくまでこの主張で通す算段だ。シルヴェストル公爵からすれば、あからさまなのだが、サルヴァ王子がディアスにどう伝えたかを公爵が否定出来るはずもない。しかし、そうなると公爵も従来の返答を繰り返すしかない。


「ですから、今までもお伝えした通り、私はサルヴァ陛下と、そのような約束はしていないのです」

「その返答は、派遣した者から散々聞きました。それ故、埒が明かぬと私が直接参ったのです」


「ですが、ディアス殿ご自身が参られても、同じ主張を繰り返すならば、こちらも同じ返答を繰り返すしかありません」

「分かっています。ですので、私が出張りました。これならば使者が往復する時間を無駄にせずに済む」


 公爵の口元がまた綻んだ。有耶無耶なうちに軍勢を進ませる為、今まで散々時間稼ぎをして来たのではバルバールの方ではないか。不意に、綻んだ口元を引き締めた。


「ところで、軍勢は今、陣を張って休息でもしているのですかな」

「まさか。今、この時もこちらに向かっておりますよ。そういえば、先ほどは2ケイトと言いましたが、今は、1ケイトほどにまで近づいているかも知れませんね」


 シルヴェストル公爵の背中に冷たいものが奔った。元々、バルバール軍はドゥムヤータ王都を目指していた。その意味では当然といえば当然だが、その最高責任者であるフィン・ディアスがここにいるなら状況は大きく変わる。


「失礼ですが、貴方は、いずれランリエルを裏切るとも言われていた。それが、ここまでランリエルに尽くすとは意外です」

「何の事ですか。私は命令を遂行したいだけですよ」


 冷や汗で下着をぐっしょりと濡らした公爵にディアスは平然と答えた。


 軍勢が来ているとあえて知らせる。分かりやすい威圧だ。だが、その最高責任者が相手の懐の中。一般論で言えば、一命を賭しての説得。しかし、ディアスから、その悲壮さは感じられない。ただ、当たり前のように語り、笑みすら浮かべている。


 沈黙は金。という言葉がある。それは何も秘密を漏らさないのが重要。という意味だけではない。交渉においても沈黙が重要な武器となる事も多い。


 ただ精神的圧迫のみを与える。圧迫を受けた者は、それから逃げようとする。だが、説得をしに来た男が口を閉ざす。説得される者が考えざるを得ないのだ。知恵が回る者ほど、説得される理由を己自身で思いつく限り想定してしまう。そういう事か! と、相手が考えてもいない事まで想定してしまうのだ。


 しかも、利がある方に着く男。その為には裏切りすら辞さない男。それが、そこまでして味方に着く。これだけでも、かなりの説得力がある。


 同じ商品でも、上手く宣伝出来るかで商売が上手く行くかが決まる。良い商品を作れば売れるはずだ。というのは優れた職人ほど陥りやすい落とし穴。品質では劣っていても宣伝が上手くて売れる。というのも珍しくない話だ。商売に演出は重要である。


 この間にもバルバール王国軍は刻一刻とドゥムヤータ王都に近づいている。それまでに解決しなくては、という焦りも感じている。情報を集める時間も、熟慮する時間もなく、目の前に並べられた条件だけで即決しなくてはならない。そして、目の前には平然と構えるフィン・ディアスの姿がある。


 経済の専門家たるシルヴェストル公爵に商品を売りつける為に、ディアスは二重、三重の演出を行ったのだ。


 だが、それでも公爵は決断しかねている。この間にも、バルバール王国軍は近づいてる。ディアスは、静かに公爵が口を開くのを待った。公爵の頭は、あらゆる事態を想定し激しく動いている。


「分かりました。ドゥムヤータは、バルバールと共に皇国領に侵攻致しましょう」


 長い沈黙の後、シルヴェストル公爵がそう答えた時、城壁からは迫り来るバルバール王国軍の軍旗がはためくのが見えていたという。

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