第260:寝所
第260:寝所
ルキノらがクリスティーネ女王の救出作戦を準備している頃、皇国側の人々にも時は平等に流れる。彼等はその間、休眠している訳でもない。彼等は彼等の思惑で動いていた。
皇国と衛星国家は続々と兵をコスティラ国境に送っている。だが、前回の敗戦。そして、今回も既にテチス海では皇国艦隊がランリエル艦隊に敗れた。皇国にとって致命的ではないが、勝てる手段の一つが消えたのも事実。皇国も、以前に比べ思慮深く(或いは謙虚に)なり、我等に刃向かう者などなし! という短慮(或いは傲慢さ)はない。
「ドゥムヤータは以前からランリエルと繋がりがありました。表面的には、バルバールとの単独同盟。などと称し関係を否定しておりますが、結果から見て繋がりがあるのは明白」
皇国側の首脳部が集まった会議でそう進言したのは、先年、バンブーナ王座の主となった元バンブーナ王国軍総司令チュエカだ。
「つまり、ドゥムヤータがランリエルに味方し、我等に刃向かうと仰るか」
「そうは言ってはおりませぬが、その疑いはあります。それに、今は考えていなくとも、我等が隙を見せれば誘惑にかられるやも知れませぬ。ドゥムヤータに甘い考えを起こさせぬ為にも、備えておくにしくはないかと」
その主張が容れられ、バンブーナの兵力の大半を国内に留める事となった。しかも、それで軍役が免除されるかと言えば、その分、軍資金を供出する事とし、バンブーナの負担は決して軽くない。
他国の侵攻に備えるなど以前の皇国には考えられなかった。ただし、やはり、ランリエルとの対決にも最終的な勝利は揺るがないとの自信、いや、確信がある。それは傲慢ではなく、冷静に戦力を比較した結果だ。先の戦いでは敗北したが、それで領土が1サイトたりとも奪われた訳ではなく、圧倒的に国力で勝っているのに違いはないのだ。
それ故、国内に軍勢を留める事になったバンブーナに対しても、金だけ出させられて手柄を立てる機会を奪われるなど哀れな事よとの意見が多かった。ただし、チュエカには別の思惑がある。
「俺は既にバンブーナ王だ。更に手柄を立てても、これより上に昇れる訳でもあるまい。出陣して下手に失策するより、居残っていた方が安全だ」
部下に手柄を立てさせるのが上に立つ者の役目。その考えからすれば言語道断だが、保身に長けた彼は悪ぶれる事はなかった。
尤も、彼の進言が容れられたのには、ある要因があった。以前には皇国領への侵攻など考えられなかったと言ったが、現在、デル・レイにはリンブルク軍1万がカリチェ山に立て篭もっている。その麓はデル・レイ軍4万が埋めている。
そのデル・レイの総司令は物静かな学者風のクリストバル。軍務大臣は如何にも豪傑然としたガスパールだ。一般的には逆の方が適任なのではないか。と思われそうだが、アルベルドが国王であった当時は親征が多く、そうなれば総司令はアルベルドの補佐役となる。その為、実務に長けたクリストバルを総司令に配したのだ。そして、国王不在の留守居役として睨みの利くガスパールを軍務大臣に置いた。その体制がアルベルドが退位し、ユーリが国王に就いた現在も続いていた。
豪傑風のガスパールが意外にも実務にも長け軍務大臣として不足がなかったのと、王座を退いた後もデル・レイに影響力を残して置きたかったアルベルドが、扱い易いクリストバルを総司令のままにしたのだ。
組織の中で一歩一歩、着実に出世した者は組織に忠誠を誓うが、抜擢された者は抜擢してくれた者に忠誠を誓う。ユーリが国王になってからもアルベルドに抜擢された宰相や大臣達が、政策の継続性を名目に引き続きその任に就いていた。
その為、国王ユーリの母フィデリアは国母としてユーリの後見人になっているが、実権は皆無に等しい。アルベルドは激務の中、時間を工面してはデル・レイにやって来る。表向きは、息子ユーリの様子を見にという事で、アルベルド陛下も意外と子煩悩な事よ。と、周囲の者は微笑ましく見ているが、実際は、フィデリアを抱きに来ているのだ。
デル・レイ王宮は豪奢な娼館であり、フィデリアは娼婦に過ぎなかった。
その日も、アルベルドはデル・レイに来ていた。大抵の場合、その目的はフィデリアを抱く為であるが、他の仕事を放棄するほど色狂いではなく大臣などに必要な指示を与えたりもする。そして、この日に限ってはフィデリアを抱くのは二の次だった。
「カリチェ山に立て篭もるリンブルク兵をいつまであのままにしておく気だ。地の利は敵にあるが、我が方の軍勢は4倍だ。落とせぬものではなかろう」
アルベルドがクリストバルを問い詰めた。コスティラ国境の戦線に派遣した軍勢以外の全兵力を率いてリンブルク軍を包囲したクリストバルだが、アルベルドの帰国を受け王都に戻っている。
「は。ですが、ただでさえ包囲された敵は死に物狂いになるところを、彼等は国境をゴルシュタット軍に封鎖されています。ここで落ち延びても逃げ道はないと、全兵が死ぬまで戦う気です。そのような軍勢を攻めるのは得策ではありません。包囲し、干上がるのを待つしかありませぬ」
死ぬまで戦うと言っても、それは攻められてやむを得ずだ。そして立て篭もっている間にも兵糧は減り続ける。配給を減らして持たせているに過ぎない。それでも、今日、明日、元気だった者がいきなり倒れ込む訳ではなく、まだ大丈夫と思いつつ、これ以上は持たぬ。と気付いて危険域になった頃には戦う体力など残っていないものだ。気力で死に物狂いで戦っても、現実に身体に力が残っていないのなら長続きはしない。破れかぶれで突撃しても、一刻(2時間)ほど守りを固め持ち堪えれば、後は草を刈るように始末できる。
アルベルドも軍事において無能ではない。サルヴァ王子などの超一流には及ばぬにしても、水準以上の軍才を有している。クリストバルの主張も理解出来る。にもかかわらず、不快げな視線をクリストバルに向けた。
抜擢された者は抜擢してくれた者に忠誠を誓う。そのはずが、アルベルドの言葉に異を唱える。以前ならば、
「はっ! デル・レイ兵、全兵、アルベルド陛下の為ならば死をも厭いませぬ。必ずや直ちに敵を撃破致しまする!」
と承服していたはずだ。
それに対し、アルベルドが無理をせずとも良いと言葉をかけ、なんと慈悲深き事と涙を流す、そして、慈悲深きアルベルド陛下は、ああ仰ったが、だからこそご期待に添わねばならんのだ! と、屍の山を築いても任務をやり遂げる。今までならそうなるはずが、どうも勝手が違う。
「死兵となった敵に突撃しろとは言ってはおらぬ。兵で勝っておるなら、講じる手段もあろうと言っているのだ。その手段まで私に論じろというのではあるまいな」
「いえ、決してそのような……」
組織とは上の者が方針を立て、下の者がその方針に従い手段を考え実行するもの。もし手段を思いつかねば、出来ませぬと上に訴える。それを、やむなしと考えるか、他の手段が思いつきそうな者に役目を代えるかは、また上の者の判断である。
「ご期待に沿えるように、努力致しまする」
「結果に結びつかぬ努力に一毛の重みもない事を肝に銘じよ」
事実上の最後通牒だ。聖王としての仮面を被り名声を得ているアルベルドにしては珍しいが、最近のデル・レイ王宮の雰囲気がアルベルドを苛立たせていた。クリストバルだけではなく、全体的にアルベルドに不従順に思えるのだ。
いっその事、全閣僚をもっと自分の意のままに動く者達に挿げ替えたいところだが、彼らも不正や無能を表しているのではない。政務は問題なくこなしている。いうなれば、アルベルドの為に’無理をしなくなった’のだ。それを罷免の理由とするには弱く、それを押して辞任させるにはアルベルドの名声が足枷となった。
代えるならば失策を犯した者を1人ずつ罷免するしかない。クリストバルも、これ以上もたつくようなら首を挿げ替える。
その後、アルベルドは、その気になれぬとフィデリアを抱かずに皇国へと帰ったのだった。
アルベルドが皇国に向けて出発した後、クリストバルはフィデリアから晩餐に招かれた。最近では国母であるフィデリアが閣僚達を晩餐に招き国政について話すのが慣例化し、ほぼ毎日行われていた。臣民は、流石フィデリア様と褒め称えている。
その話は尽きず、深夜にまで続く事も珍しくない。その時には侍女や執事すら下がらせ話し込むが、フィデリアは女神とも称えられる女性だ。本来なら深夜に男女が2人きりになるなど密事を連想させるが、そのような邪な目で見る者は誰一人居ない。少なくとも、このデル・レイではだ。それも徹底的にフィデリアを神格化したアルベルドによるものだ。
この日も話は深夜にまでおよび、侍女と執事は下がらせた。余人が居なくなると人前では言いにくい事も話題に上がる。
「アルベルド陛下は、理想が高すぎるのです。誰も、あの方と同じ道は歩めません。無理に着いて行こうとすれば、それによって不幸になる人も居るでしょう」
葡萄酒を満たした杯を手にしたフィデリアが、その赤い液体の中に何かを見つけようとするかのように視線を落としている。杯を軽く回し葡萄酒が波打つ。少し砕けた仕草だが、身に着いた気品は失わない。
「はい。アルベルド陛下の為ならば命も要らぬ。そういう兵も多い」
クリストバルも手の杯に視線を向けているが、ちらちらとフィデリアにも視線を送る。この時代の貴婦人の衣装には大きく胸元が開いた意匠が多く、それで品がないとはみなされない。彼女の胸元も大きく開いている。フィデリアはその視線に気付いているが、不快なようすはない。男からの視線はなれたものだ。
決して若いとは言えぬ女性だ。実際、20歳の娘と並べば、肌の艶は一目瞭然。だが、その代わりに年齢不詳であり10年後もこの美しさのままではないのか。そう思わせるものがある。そして、それ以上に年齢を超えた美しさがあった。若く見える美女ではなく、美しい熟女でもない。フィデリアだ。フィデリアという美しい存在なのだ。
「クリストバル様。兵の為、貴方がそれを抑えなくてはなりません。誰かが兵を守らなくては」
「はい。兵達にもフィデリア様のお心を伝えております。少しずつですが、兵達も分かってくれて来ております」
クリストバルの顔が赤く高揚している。それは手にした葡萄酒ばかりが原因ではなかった。女神とも称えられる女性と深夜2人きり。しかも、酒により自制心も乏しくなっている。
彼女と2人きりになるのも、これが初めてではない。今まで何度も深夜まで話し込んでいた。その度に自制心を発揮してきた。だが、嫌っている相手と何度も2きりで会うだろうか。否。否だ。彼女は自分に好意を持っているのではないか。
「兵は、貴方を臆病者と非難するかも知れません。ですが、そうでない事は、この私がよく知っています」
「フィデリア様……。フィデリア様から、そのようなお言葉を頂けるとは……」
クリストバルがフィデリアを正面から見つめた。美しい微笑が受け止める。クリストバルの鼓動が高くなる。彼女は自分に好意がある。間違いない。
押し倒す。今、ここでだ。酒の所為なのか、ほんのり赤く染まった彼女の首筋に視線を動かした。
「理想は大事です。兵達には、それが必要なのかも知れません」
「はい。確かに」
首筋から胸元に視線を移した。豊かな膨らみも赤く染まっている。フィデリアが少し身じろぎした。柔らかそうな胸が揺れた。
「ですが、上に立つ者が理想を追い求めては行けません」
「はい。その通りと思います」
腰が細い。噂では60ミール(約50センチ)しかないのだという。両手で掴めば、それぞれの親指と小指がくっつくほどだ。その細い腰に繋がる尻は意外に豊かだ。
「例え酷いと思われるような事でも、しなければならない事もあるのです。上に立つ者は、時にその汚名を受けなくてはなりません」
「全くです」
その豊かな尻が自分の上に乗り、細い腰を掴んで、豊かな柔らかい胸が揺れる。夢にまで見たその光景がもうすぐ現実になるのだ。
「私を女神のような聖人と思っている方も多いと聞きます。ですけど、本当の私は、このような者でしかありません」
「いえ。そのような。フィデリア様は女神のようだと私も思います」
問題は顔だ。その時、この女神がどのような顔をするのか。それだけは、どうしても想像出来なかった。美しい顔が快楽に歪むのだろうか。惚けるのだろうか。快楽に耐えようとするのか。耐え切れずに声を漏らすのか。それも、もうすぐ分かる。
「本当の私を知って。そう言ってくれるのはクリスバトル様だけです」
「フィデリア様……」
クリストバルが手にした杯をテーブルに置いた。偶然なのかフィデリアも、それに少し遅れて手にした杯に残った葡萄酒を飲み干した。杯をテーブルに置く。今だ!!
「フィデリア!」
クリストバルがフィデリアの細く美しい手首を掴みソファーに押し倒した。倒れた勢いで微かに開いたフィデリアの足の間にクリストバルの左足が割って入った。細く白い首筋に吸い付き、女神の身体が微かに跳ねた。
「い、行けません」
フィデリアが抗い逃れようとクリストバルの胸の辺りを腕で押すが、学者風に見えても相手は軍人だ。びくともしない。クリスバトルが左膝で身体を支え右足を引き寄せ、両足がフィデリアの足の間に入る。腕が彼女の胸元に伸び、フィデリアが身をよじった。
「ちょっと……ま、待って」
逃れようとフィデリアの腕がクリストバルの胸元から腰の辺りに動いて押しのけるが、やはり、女の力では抵抗できない。むしろ、クリストバルには、その感触が心地よいほどだ。フィデリアがクリストバルの身体の下で身をよじる。クリストバルが右膝を外側に滑らすと、それを挟んでいるフィデリアの足も広がっていく。美しく白い首筋に舌を這わせた。
「クリストバル様。落ち着いて……」
開いた足の間に骨ばった指が伸びる。フィデリアは足を閉じようとするが、クリストバルの両膝に阻まれた。指がフィデリアの足の中心に届いた。同時に首筋を強く吸う。
自分の首筋にむしゃぶりつく男の耳元に形の良い唇を近づけた。
「そんなに焦らないで。クリストバル様。寝所に……」




