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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
352/443

第257:集結

 逃げるランリエル艦隊を追った皇国艦隊の隊列は伸びきり、そこにバルバール艦隊が皇国艦隊左翼に突き刺さった。船首を左に向けたバルバール艦隊が、吸い込まれるように皇国艦隊左翼に突入したのだ。


「まさか。バルバールが裏切ったのか!?」


 サンドバルが叫んだが、彼は、その台詞の滑稽さに気付いていない。正確には、バルバールは裏切っていなかったのか? と、問うべきだが、幕僚達も、それを指摘する余裕は無かった。


 無防備に横腹を見せていた皇国艦隊左翼は甚大な被害を受けた。長く縦方向に延びた船列は格好の的。驚くべき事に、バルバール艦隊はこの一撃で50余隻が衝角攻撃に成功したのだ。


 とはいえ、これはバルバール艦隊の技量に皇国艦隊が劣っていた訳でも、戦術的な駆け引きに遅れを取ったのでもない。外交上の駆け引き。彼等にしてみれば、管轄外の領域での事象だ。そして、状況が飲み込めたなら、彼等の対応は早い。


「右翼! コスティラ艦隊の突撃に備えよ!」


 サンドバルが命令し皇国艦隊右翼はその通りにしたが、伸びきった隊列では後方部分が遊兵となる。80隻程度のコスティラ艦隊に、200隻を数える皇国艦隊が劣勢に追い込まれた。


 皇国艦隊左翼も、バルバール艦隊の突撃で多くの被害を出したが、こちらも、攻撃を受けたのは伸びきった隊列の前部分のみ。技量優れた皇国艦隊の艦長達は、すぐさま独自の判断で転進。左翼艦隊は更に左に伸び、バルバール艦隊を押し包もうと動く。右翼艦隊もコスティラ艦隊を右から包囲せんと動いた。


 それに対し、バルバール、コスティラ両艦隊は、前もって計画されていた戦局だ。組織的に左右に展開し、数では劣りながらも皇国艦隊と互角に渡り合っている。いや、想定していた分、僅かにバルバール、コスティラ艦隊の動きが早い。数では劣るランリエル側が、皇国艦隊を3方向から包囲しつつあった。


「どうやら、勝てそうですな」


 サンドバルが安著の溜息を付きメネンデスに顔を向けた。


 包囲されれば、その恐怖に混乱しなすすべを知らず敗北する。そう考える者も多いが、実際、必ずしもそうではない。包囲されて側面を攻撃されるというならば不利となり、その恐怖で混乱する事もあるが、現在、皇国艦隊は包囲されつつも各艦の衝角は敵船に向いている。それほど不利ではなく、むしろ、少数で多数を包囲するランリエル側の隊列が薄い。


「敵の攻撃を支えつつ突撃部隊を編成します。敵の薄いところを突破させ、後方に回れば敵艦隊は崩れるでしょう」

「良いように、なさって下さい」


 双方合わせて1千隻を超える大海戦。それが衝角同士をぶつけ合い、身動きが取れないほどになっている。その窮屈な中、皇国艦隊は50隻からなる突撃部隊の編成に苦心していた。


 しかし、編成が完了すれば勝敗は決する。500隻足らずで700余隻の艦隊を包囲しようとするのが無謀なのだ。無論、その包囲に耐えられているのは、包囲されながらも船首を敵に向けているからだが。


 船を旋回させるのがほとんど不可能なほど込み合っている中、苦心して突撃部隊の編成が完了した。サンドバルは、敵艦隊の薄い箇所を見極めた。


「ランリエル艦隊は下手だし、コスティラ艦隊は雑です。その’継ぎ目’を狙います」

「よろしくお頼みします」


 ランリエル艦隊提督のガルヴァーニやコスティラ艦隊の提督が聞けば、激怒しそうな評価をサンドバルが下しメネンデスが承認した。ちなみに、カルデイ艦隊はもっと下手なのだが、それは隣接するバルバール艦隊が上手く補完していた。


 突撃部隊が、下手と雑の継ぎ目に向けて動き出した。その方面に居た皇国艦隊が、ギシギシとランリエル艦隊と衝角をすり合わせながら道を開ける。


「て、敵艦隊です! ランリエル軍旗。数、およそ40!」


 頭上の見張り台から声がした。またか、と思いつつサンドバルは前方に目をあった。しかし、彼の視線は押し合う味方と敵艦に遮られた。無意識に少し背伸びしたが、それでどうなるものではない。彼の横では、その光景を見張り台から見ていた兵士が再度叫んだ。


「違います! 後ろ。後ろです!」

「後……ろ?」


 サンドバルが振り向き、その横ではメネンデスも振り向いていた。



 海と海とを繋げる。タランラグラの北の海と南の海をだ。


 効率を考えれば、タランラグラで塩を作り、その副産物である塩の抜けた土で作物を育てようとするならば、一直線に掘り進むのは非効率。40サイト(約34メートル)四方程度で碁盤の目のように掘り返し、数サイトの幅の空堀から塩を抜いた方が効率がいい。


 だが、サルヴァ王子はタランラグラ北部から南へと一直線に掘り進めさせた。堀の幅も30サイトに達し海水を満たせた。


 何故かといえば、いずれある皇国との戦いにおいて、艦隊による決戦ありと想定していたのだ。だが、このサルヴァ王子の計画を聞いた技術者達は困惑した。


「海と海を繋ぐ運河という物は確かに存在しますが、通常、それは、最短距離を掘り進むものです。サルヴァ殿下(当時はまだ皇帝ではなかった)のご計画では、タランラグラの最も広大な地域を縦断する事になりますが……」


 だが、サルヴァ王子の返答は、簡潔なものだった。


「しかし、出来るだろ?」

「出来……ますでしょうか?」


 技術者達は更に困惑し、技術者でもないサルヴァ王子に思わず問い返した。


「皆で掘ったら出来るだろ」

「皆で、で御座いますか?」


 技術者は更に問い返した。サルヴァ王子は詳しく説明を始めた。


 商業というものが発達せず、しかも、元々生活が過酷で老若男女とわず住民全員が単純労働者といえるタランラグラだ。現在の人口10万程度と推定されているが、そのほとんどが肉体労働者なのである。


 無論、その中でも体力に優れた若者となると限られてくるが、それでも平均年齢の低いタランラグラだ。5万近い若者が居る。その半数ほどが主力産業たる塩の生産に携わっている。そこに、食糧の配給などを約束し、更に動員するのだ。


 タランラグラ北部の海から南部の海までは30ケイト(約260キロ)。4万人で割れば1人当たり7.5サイト(約6.4メートル)。


「それくらい、1、2ヶ月もあれば掘れるだろ」


 何たる単純計算!


 だが、確かに可能かも知れない。技術者達は、つい、今までの経験から物事を判断しがちだ。運河とは狭い地域を選ぶもの。途中に山あり谷ありで、そう簡単に掘り進められるものではないもの。その先入観があったが、タランラグラの大地は起伏が少ない。つまり、山も谷もない。


 掘れば、多少の石ころは出てくるが、元々が海底だったからなのか、少なくとも十数サイト掘ったところで、堅い岩盤層に当たる事もなさそうだ。


 それでも技術者達は首を振った。


「殿下のお考え通りには難しく御座います」

「なぜだ?」


「軍艦を通そうとすれば、かなりの深さが必要です。それに、穴というのは掘れるようで意外と掘れない。初めは簡単に掘り進められるように感じますが、深く掘れば掘るほど、その土を穴の外に運ぶという作業の手間が増えていきます。殿下が考える数倍の労力が必要と思われます」

「なるほど。分かった」


 サルヴァ王子が頷き言った。


「つまり、数倍の期間をかければ可能なのだな」


 さらに

「お主達が無理というなら、皇国も、まさか我らが運河を作っているとは考えまい」

 とも言い、建設が決定したのである。


 結局、タランラグラを縦断する運河は、1年以上の期間を必要とした。サルヴァ王子が初めに提示した期間の10倍近い。当初は15サイトほどの幅で掘り進んでいたのだが、この幅では軍艦が運河に入れても、櫂を漕ぐだけの余裕がない為、船が進めないという単純な問題が発覚したのだ。


「誰だ! こんな幅で掘れと言ったのは!」

「サルヴァ殿下です」


 現場の責任者は、溝の幅を倍近くに広げ、黙々と作業を進めて運河を完成させたのである。皇国艦隊の後ろから来たランリエル艦隊は、その運河を使ってタランラグラを縦断し、密かに皇国艦隊を追尾していたのである。



 皇国艦隊は、前方と左右の敵艦隊に衝角を向け、その状態から身動きが出来ないほどの密集陣形だ。後ろから来たランリエル艦隊は、易々と皇国艦隊の船側や船背を砕いた。


「よし! 後退!」


 櫂で進む船の利点は、帆船と違い後退が容易な事だ。ランリエル艦隊は突いては下がり、下がっては突き、次々と皇国艦艇に風穴を開けていく。


 海面には、沈没する艦艇から海に身を投げた兵員、水夫達が溢れていた。必死で味方の艦艇によじ登ろうとするが、その艦艇にもランリエル艦が押し寄せる。船と船との間に挟まれ圧死する者、艦艇に弾かれ重傷を負う者。まさに当たりは血の海と化した。


「もう、これ以上戦っても死傷者が増えるだけです。降伏しましょう」


 メネンデスが言った。


「しかし、まだ我々には多数の艦艇が残っており、艦艇数ではいまだ我らが勝ります。確かに、勝機は逸しましたが、一隻でも多くの敵艦を道連れにすべきではないですか」

「負ける為の戦いなど、しては行けません」


 メネンデスが温和な表情を浮かべて諭すように言った。だが、サンドバルも引き下がらない。


「ですが、今、降伏すれば、膨大な艦艇がランリエルに鹵獲されます。このまま戦い続ければ、全艦沈んでも敵艦100隻は沈めてご覧にいれます。ならば、ランリエルの艦艇は400ほどにまで減るでしょう。ですが、今、降伏し我らの艦艇まで編入されれば、その数は倍以上となります。後日、皇国海軍を再建するにしても、その差を埋めるのは容易ではありません」


 400隻なら差を埋めるのは相対的に易いという事だ。軍艦は高価な上に、建造するには巨大な設備も必要だ。大グラノダロス皇国といえど、数百隻の艦艇をそろえるには長い年月を要する。


 だが、メネンデスは首を振った。


「船は失っても、人は残るではないですか。1隻の船は数ヶ月で作れます。ですが、1隻の船を操る人材を育てるのには、それより遥かに長い年月が必要。貴方達を失っては、例え数だけランリエルに近づいても、皇国艦隊は虚ろとなります」

「メネンデス提督……」


 サンドバル以下、幕僚達の目が赤い。彼方此方で啜り泣きが聞こえる。


「責任は、何とか私の首一つで収めますので、皆さんは生き残って皇国海軍の再建をお願い致します」


 メネンデスは、そう言って己の首をポンと叩いた。サンドバルが泣き崩れた。


 皇国艦隊旗艦に降伏を示す白旗が昇った。それを合図に、皇国の艦艇が、次々と櫂を船内に収納し始めた。衝角を持つ軍艦にとって、動く事自体が攻撃手段。櫂を収納する事により、戦闘継続の意思なしを示すのである。


「皇国艦隊が降伏したぞ! 戦闘中止だ!」


 ランリエル艦隊提督ガルヴァーニを始め、各国の提督達が停戦を命じた。


 一部の血に酔ったランリエル側の艦艇が、それでも攻撃を止めず、また、皇国側も停戦命令に応じず頑強に抵抗する艦もあったが、それも次第に収まった。


 その後、皇国艦隊提督メネンデスと、ランリエル側の提督達との会談の場が持たれた。バルバール艦隊からはライティラの姿がある。ガルヴァーニは、胡散臭げな視線を向けたが、当のライティラはどこ吹く風で平然としている。


 そして、皇国艦隊の背後を襲い勝利を決定付けた艦隊からも、それを率いた提督ジョルジが出席した。


 ぶん殴ってやろうかとガルヴァーニは思ったが、それを実行する訳には行かず何とか堪えた。


 ジョルジは彼の友人だ。バルバール海軍との軍事演習に出席し、バルバールの裏切りによって殺されたとも思われていた。彼の身を案じ、バルバールに殺されてしまったのかと涙すら流した。その悲しみを乗り越え、バルバールとの戦いをも決意した。


 だが、サルヴァ王子の書簡には、次のように記されていた。


 バルバールの裏切りは、皇国を謀る為の策略である。皇国艦隊との決戦時には、バルバール艦隊はコスティラ艦隊と共に駆けつける手筈だ。そして、秘していたが、タランラグラを縦断する運河を建設しジョルジ以下、バルバール海軍との演習に向かっていたランリエル艦艇は、その運河を渡り皇国艦隊の背後を襲う予定である。開戦時には合図の狼煙を上げるように。


 人の感情を踏み躙るサルヴァ王子の策略にガルヴァーニは激怒した。


 取りあえず、ジョルジは後で殴ろう。そう決意したガルヴァーニは、その決意をおくびにも出さずメネンデスと面会した。メネンデス提督は、自らが全責任を追うと主張し、自分以外の助命を訴えた。ガルヴァーニは、最終的にはランリエル皇帝の御判断であるとは言いつつ、将兵の助命の嘆願書を提出すると約束し、メネンデス提督とその幕僚達以外はテチス海に浮かぶ無人島に隔離したのだった。


 捕虜の健康管理など微塵も考えない時代である。食糧などは輸送するが、地べたに寝起きする事となり、メネンデスは自分もそこに連れて行って欲しいと訴えたが、ガルヴァーニは拒絶した。


「食糧を輸送する船を奪って逃走を企てる者が出るかも知れません。貴方はそれをさせない為の人質でもあるのです」


 そう言われればメネンデスも引き下がるほかなかった。


 この戦いで、ランリエル側は100隻近い艦艇を失い、皇国艦隊は250隻が沈んだ。それぞれの残余の艦艇数は皇国側が勝っていたが、皇国艦隊提督メネンデスの降伏により戦いは終結した。

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