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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
351/443

第256:皇国の名提督

 皇国艦隊が遂に動き出した。提督は皇国貴族であるメネンデス。数年前までは別の者が任命されていたが、その者は、はっきり言って無能だった。少なくとも海軍の知識など微塵も持ってはいなかった。どうせ皇国に逆らう者など存在せず、ましてや皇国と海上で覇権を争う者など居る筈もない。


 皇国艦隊といっても、皇国及び衛星国家で海に面するのはバンブーナのみ。艦艇の建造、整備、運用もバンブーナが担ってきた。皇国艦隊提督の椅子は、有力貴族が箔を付ける為のお飾りでしかなかったのだ。


 とはいえ、ここまで豪華な椅子は他に無いだろう。何せ軍艦700隻である。どの国の海軍をも遥かに上回り、相手になる国などはない。戦う相手も存在しないのに、なぜ700隻もの艦隊を常設しているかといえば、皇祖エドゥアルドの遺訓である。


「支配とは、反乱を鎮圧するのは下策。反乱を未然に防ぐのは中策。反乱を起こす気すら失わせるのが上策だ」


 その為、皇国では大軍勢と大艦隊を常備している。敵対しようが無いほどの戦力が反乱を未然に防ぐ。ちなみに、ここでいうところの反乱とは、皇国や衛星国家での民や貴族の反乱ではない。他国が皇国に逆らう事が、彼等にとっての反乱である。


 だが、ランリエルとの戦いに敗れ、空虚の豪華な椅子では居られなくなった。実を伴った豪華な椅子が求められたのだ。いっその事、皇国艦隊の提督をもバンブーナ人に任せようという案すら出されたが、流石にそれは回避された。その代わりに皇国貴族の中でも爵位だけでは選ばず、才と熱意のある者を任命した。これまでは皇国艦隊提督といえど皇都に住んでいたが、バンブーナにある海軍府に居住し海軍を一から学ばせたのだ。しかも、提督は皇国貴族だが、副司令官や副官、そして参謀の半分はバンブーナ人であり、残り半分の参謀は皇国貴族だが、実質、参謀見習いという位置付けだ。


 折角、副司令官以下、実務者をバンブーナ人で揃えても、肝心の提督が身分意識過剰でバンブーナ人の忠告、進言など受けぬ。という人物では本末転倒。その意味でも、選考は人格の審査にまで及び、皇国艦隊提督メネンデスは分別のある人物だ。年齢は初老というのに若々しく髪は黒々としているが、温和な物腰と言葉遣いは、それだけ見ると好々爺という印象すら与える。


 出港前、メネンデスは改めて状況を問うた。


「戦闘艦艇709隻の内、ここまでの航海で破損した2隻を除いた707隻、全ての整備が完了しております。いつでも出港可能です」


「分かりました。敵の状況はどうですか?」

「はっ。偵察艇を出した結果、ランリエル艦隊、カルデイ艦隊を合わせて、およそ300隻と推測されます」


 彼等もバルバールが裏切り参戦せず、更にコスティラ艦隊をも内海に封じ込めているという情報は得ていた。


「なるほど。分かりました」


 メネンデスが頷いた。バンブーナ人の幕僚達も、初めは提督もバンブーナ人に任せるべきと考えていたが、今では、自分達を尊重してくれるこの皇国貴族を敬愛している。


「はっ!」

 という返事にすら、思わず笑みが浮かぶ。


 メネンデスはバンブーナ海軍府に赴任し海軍について学ぶ内に一つの結論に達した。確かに己の才覚に自信はあった。もし、少年時代から、バンブーナに住み海軍に入隊していれば一角の提督になれていた。それを確信した。そして、今からでは遅く、バンブーナの提督達におよばないであろう事も確信したのだ。


 なので、彼は馬鹿になる事にした。


「作戦は皆さんにお任せします。良いようにして下さい」


 そう言って、副司令官以下、バンブーナ人達に全て任せてしまったのだ。


 無責任に丸投げされたのではなく、信頼されて全てを任された。バンブーナ人もそれを理解し、そうなると奮戦せざるを得ない。全てを任されるという事は、全てを出し尽くすという事だ。


「メネンデス提督に勝利を捧げるのだ!」

「おぉーー!!」


 各艦では艦長が宣言し、漕ぎ手の水夫まで一斉に吼えた。700隻の大艦隊の咆哮は、遠くカルデイの港町にまで聞こえたという。


 港を出発した皇国艦隊はメネンデスが乗艦する旗艦を中心にして進む。作戦は、事前に参謀が説明していた。


「我が艦隊は、中央に300隻。右翼と左翼には、それぞれ200隻を配置し横陣で進んでいます」

「ランリエル艦隊が各陣の隙間を狙い後方に回ろうとすればどうする?」


 質問をしているのは副司令官のサンドバルだ。メネンデスは、にこにこと頷いている。


「中央と左右の陣は、200サイト(約170メートル)ほどの間隔を開けますが、ランリエル艦隊がその隙間を狙ったとしても、衝突するまでにそれを塞ぐ時間は十分にあります。むしろ、無理に間をすり抜けようとすれば、左右から殺到する我が艦隊に挟撃される形となります」


「敵が中央突破を計れば、どうだ? 中央だけの数なら互角だが」

「数が互角ならばこそ、勝負は互角。両軍、しのぎを削っている間に、左右の艦隊がランリエル艦隊を押し包みます」


「なるほど。そして敵が我らと同じく平押しで来れば、数で圧倒するか」

「その通りです」


 メネンデスは、にこにこと頷いていた。


 皇国艦隊はカルデイ王国沖を通り過ぎ、ランリエル王国沖に入った。陣形は一糸乱れず皇国艦隊の練度の高さが伺える。そのまま半刻(1時間)ほど進むと、前方に狼煙が上がるのが見えた。


「我らを発見した合図か何かのようですな」


 サンドバルが言い、それを証明するかのように、暫くするとランリエル艦隊が現れる。


「報告通り、300隻ほどのようですな。中央に戦力を集中しています」


 副司令官のサンドバルが言った。メネンデスは、にこにこと頷く。


 ランリエル艦隊は陣形も横一列ではなく、紡錘型で、中央突破しか考えていないような陣形だ。


「そろそろ始まります。提督は中に入って下さい」


 火薬という物が発明されておらず、弾丸ではなく衝角をぶつけ合うのが、この世界の海戦だ。櫂≪オール≫を漕ぐ船式である為、帆など船上に燃える物も少なく船員のほとんどが船内に収容されている。火矢の効果も少ない為、射手を乗せるよりは漕ぎ手を増やすか、その分軽くして船足を速めようというのが、この世界の海戦の思想だ。


 それでも船をぶつけ合えば、その衝撃は凄まじく海に転落する事もあるし、破損した艦艇の破片が飛んでくる事もある。とはいえ、旗艦が敵と接触するほど前面に出る事はない。外に出ている方が戦況を把握しやすいのでサンドバル自身や幕僚達は甲板に残る。


「私がここに立っているだけで、皆さん、頑張ってくれるようですので、一応、ここで見ています」


 メネンデスが、にこにこし言った。サンドバルが再度、船内に入るように進めたが、メネンデスもこれだけは譲らなかった。


 この間にも両艦隊の距離は縮まっている。


「もうすぐですな」


 敵が中央に戦力を集中するなら、皇国艦隊はそれを押し包む。各部署の司令官と打ち合わせていた通りの戦況だ。改めて命令を出すまでもなく予定通りの行動に移った。皇国艦隊の中央部は僅かに船足を緩め、左右は反対に足を速めた。


 ランリエル艦隊は、あえてその包囲網に突入する態勢だ。無謀な一か八かの賭けとも言えるが、艦艇数が半数以下で平押しでぶつかり合えば、万に一つの奇跡でも起こらない限りランリエルの敗北だ。万に一より一か八かの方がまだマシだ。


 だが、両艦隊が接触する前に新たなる艦隊が戦場に姿を現した。


「ランリエル艦隊の後ろに、別の艦隊が見えます。軍旗から識別するとバルバール艦隊と思われます! 数、およそ100!」

「情報は本当だったか」


 サンドバルが呟き、メネンデスの目が一瞬光ったが、すぐににこにこと頷いた。


 ランリエルを裏切り皇国に内通していたバルバールだが、その後、ランリエルの懐柔により、どちら付かずの状態になっていた。無論、バルバールからは、ランリエルに気を持たせて時間稼ぎをしているだけで、間違いなく皇国に付くとの連絡はあった。それでも実際に参戦するかは懐疑的だった。


「ランリエル艦隊、転進します!」


 ランリエル艦隊は取り舵(左回り)し、引き返していく。皇国艦隊に前と左右から押し包まれているところに後ろからバルバール艦隊まで来ては袋の鼠だ。こうなっては、万に一つの奇跡が起きても勝ち目はない。


 ランリエル艦隊は懸命に逃げ、皇国艦隊がそれを追いかける。戦う前から掃討戦のような戦況となり、両艦隊の陣形が乱れつつある。


「バルバール艦隊がランリエル艦隊の頭を押さえ、我等が背後から襲いかかる。それで勝負は付きます」


 サンドバルがメネンデスに顔を向け説明したが、メネンデスはにこにことしなかった。腕を伸ばしバルバール艦隊を指差した。


「バルバール艦隊が、ランリエル艦隊の横をすり抜けますな」

「え!?」


 サンドバルが向きなおると、確かにバルバール艦隊はランリエル艦隊の突進をかわすように進路を右に曲げ、このままではすれ違ってしまう。


「自軍の消耗を恐れたか。当てにならぬ奴らだ」


 サンドバルが吐き捨て、ならば我が艦隊で止めを刺そうと、更に船足を上げるように命じた。そこに新たな報告がなされた。


「前方。ランリエル艦隊の背後から、更に艦隊がやって来ます! 軍旗はコスティラ艦隊! 数、およそ80!」

「コスティラ艦隊!? コスティラ艦隊はバルバールが内海に閉じ込めていたのではないのか?」


 だが、その問いに答えられる者はおらず、サンドバルは自問自答せざるを得ない。


 バルバール艦隊が参戦する為に手薄になったところを突破したのか。何と迂闊な。当てにならぬ奴らだ。


 とはいえ、それでも敵艦隊は合わせて400隻足らず。こちらは皇国艦隊だけで700隻だ。バルバール艦隊を含めれば800。


 コスティラ艦隊はランリエル艦隊を左に舵を取ってすれ違っていく。ランリエル艦隊も新手の味方を得て気を強くしたのか。再度転進し、こちらに向き直ろうとしている。バルバール艦隊は既にランリエル艦隊とすれ違い、皇国艦隊ともすれ違いつつある。


「これはいけませんな」


 メネンデスが言った。顔からは笑みが消えている。


 ぞくっと、サンドバルの背筋が寒くなった。


「左翼! 取り舵だ! 船首をバルバール艦隊に向けろ!」


 だが、その命令は手旗信号を数珠繋ぎにし伝えるしかない。その命令が左翼の司令官に到達する前に、そのまま皇国艦隊をもすれ違うかに見えたバルバール艦隊が、その向きを変えた。

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