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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
349/443

第254:悪化

 これほど滑稽な状況も珍しい。主力軍が祖国から数ヶ国を経る大遠征を行っている間に、その退路に蓋をされてしまったのだ。30万を越える大軍勢が突如にして路頭に迷ったのである。


 しかも、ランリエル陣営の全艦隊を統率すべき提督は、自らの艦隊を率いコスティラとバルバールを海上で隔てるテルニエ海峡を封鎖した。その結果、コスティラ艦隊が内海から出られなくなった。


 ただでさえランリエル側の艦艇数は皇国艦隊に劣っていた。それが、ランリエル艦隊に次ぐ規模を誇るバルバール艦隊が裏切り、コスティラ艦隊が封じられては、皇国艦隊の半数以下だ。


 タランラグラを皇国に取られればランリエルは死命を制せられる。そう考え、タランラグラを巡り皇国と激しく争い勝利したのだが、現在の状況では、その努力も水泡に帰した。ランリエル本土は皇国海軍を追い払うべき軍艦が不足し、皇国の上陸兵に備えるべき兵力が枯渇している。


「いったい、何がどうなっておるのだ!」

「我らの艦隊を率いるはずの提督が寝返っただと!」

「提督どころか、バルバール一国丸ごと寝返りおったわ!」


 士官達は揃ってバルバールに恨み言を吐いたが、サルヴァ王子は各軍の将軍に対し、兵の動揺を抑えよと命じるだけで部屋に篭った。この事態に、士官達が彼方此方で集まり不安を語り合っている。


「流石のサルヴァ陛下も、打つ手がないのであろうか……」

「この状況ではな……」


「それにしてもバルバール軍はどうやって消え失せたのか?」

「それがどうも、我等が気付かぬ間にロタ沖にいたバルバール海軍の輸送艦隊が海岸線近くまで来ていたらしい。しかも、夜の内に乗り込みバルバールに戻ったのだ」


「夜間に乗船したというのか。流石はバルバール海軍というべきだろうが……。それにしても準備が良すぎるのではないか? まるで皇国艦隊がそろそろ現れると知っていたかのような……」

「……そういう事だ」


 バルバールは以前から、いずれ裏切るのではないかと噂されていた。しかし、そうはいっても、これまで裏切らなかった。その為、なんだかんだ言っても、結局は裏切らないのではないかという雰囲気もあったのだ。


「これからいったいどうなるんだ?」

「知るか!」


 勇猛で負けるところなど想像も出来なかったベヴゼンコ率いるコスティラ軍が造反者により敗北し、我が軍は大丈夫なのかと浮き足立っていたところにこの追い討ち。祖国への帰路を断たれ補給もままならず、このままでは軍勢の統率が取れず崩壊しかねない。


 かろうじて統率が取れているのは、この大陸の軍隊のほとんどが訓練された職業軍人ばかりで構成されているからであり、訓練薄く動揺しやすい徴集兵で構成されていれば、既に脱走兵が続出していただろう。


 だが、このまま座して待てば、いずれは崩壊する。人は動揺しているほど目標を必要とするものだ。取り合えず戦う。という純軍事的には全くの愚行が行われた。コスティラ国境を南部から固める皇国軍に攻撃を仕掛けた。


 矢を放ち隙あらば突撃した。皇国軍も応射し突撃し返す。押しつ押されつ矛を交えた。大規模なものではないが、小競り合いから戦線が拡大し決戦に移行する事もある。全軍に緊張が行き渡り、荒治療ながら将兵の引き締めには成功した。この戦いで死傷する者は哀れとも思えるが、軍事にはこのような事も必要なのだ。


 無論、バルバールに対しても無策ではなかった。使者を繰り返し送り、考えを改めるようにと説得している。


 しかし、裏切りなど相当の覚悟が無くては出来ない。こちらがどんな条件を提示しても、どうせその場しのぎで、この難局を切り抜ければ前言を撤回し処罰するに決まっている。そうですか。それでは、止めます。と簡単に翻るものではない。


 寝返りを撤回するほどの条件となれば、多大な優遇処置と、それを必ず遂行するという担保。それが必要だ。だが、カルデイなど他のランリエル支配下の国々に取っては溜まったものではない。特にコスティラが激怒する。


「今まで従順に従ってきた我らより、散々、我がまま放題で、挙句、寝返ったバルバールを優遇するだと! 寝返れば優遇されるなら、幾らでも寝返ってくれるわ!」


 そう主張されても反論出来ず、故にバルバールへ甘い顔も出来ない。ランリエルの使者はバルバール王国宰相スオミに訴えたが、彼はアルベルドの罠からサルヴァ王子を救った事もある老獪な政治家だ。


「さて、私はそのような事、とんと存じ上げませぬが」

 と、ディアスの独断ではないかと韜晦したのだ。


「い、いや。如何な国王陛下の信頼篤いディアス殿とて、己が思案のみで軍勢を自在に出来るはずはないではありませぬか。国王陛下やスオミ殿の承諾を得ず、事を成しているとは思えませぬ」

「これは異な事を申される。さすれば、このスオミが嘘を言っていると申されるか」


「い、いや。嘘と申しますか……」

「交渉には、まず相手の言葉が真実であると信用するのが第一。それなくば、何を語り、約束しても空論、空約束となりましょう。御使者は、このスオミと交渉する気はないと申されるのですな」


「そうは申しておりませぬ。分かり申した。スオミ殿のお言葉、信用致しまする」

「いえ。今更、言葉を違えても、一度離れた信頼はますます離れるだけ。そう簡単に言葉を変える方は信用なりませぬ」


 そう言って、交渉相手の交代を要求したのだ。使者に取って交渉途中の罷免ほどの不名誉はない。だが、立場としては相手が圧倒的に有利なのも事実。次の使者は、スオミの顔色を伺いつつ交渉せざるを得ない。


 主導権をバルバールに握られ、交渉は難航し長期化すると思われた。だが、戦局はそれに合わせてくれない。


 皇国艦隊が近づいている。それどころか、予想通りタランラグラ北東部に上陸し拠点を構築し始めたとの報告があった。それが完成すれば輸送船団などはそこに置いて、身軽になった皇国艦隊が決戦を挑んでくるだろう。だが、それに対しランリエル海軍の対応も遅れていた。そもそも、バルバールが裏切ったという事がランリエル本国に伝わるのにかなりの日数を要した。


「バルバールが裏切っただと……」


 ランリエル艦隊提督のガルヴァーニも、この事態に絶句した者の1人だ。彼は、かつてバルバール海軍との戦いで散ったランリエル海軍提督カロージオの後任だ。尤も、年齢はガルヴァーニが2つ上で軍歴も長い。才覚、器量においてもカロージオに劣るものではなかった。それではなぜ軍歴の長いガルヴァーニがカロージオの後塵を拝したかと言えば、まさにその軍歴の長さが逆に枷となったのだ。


 それまでカルデイ帝国との陸戦主体の戦いばかりしていたランリエルには、まともな海軍は無かった。ほとんど一から海軍組織を作らなければ成らなかった為、長期間それに没頭出来るようにと、より若いカロージオが任命されたのだ。カロージオはテチス海一の提督と呼ばれるライティラも認めた器量人だった。


 そのカロージオに匹敵するガルヴァーニも、この事態に対応策が思い浮かばない。だが、最低限の命令を下すだけの理性は残っていた。


「ただちに全艦を集結させよ! カルデイ帝国艦隊にも伝令を出せ!」


 ランリエル海軍の全艦艇を平時に1つの港に集めて置くのは運用上、非効率だ。艦形としては、同階級の艦艇は全て同じなのだが、それぞれ微妙な癖もあるし、それぞれの艦には艦長が決まっている。同じ艦形だからとどの艦に乗っても良い訳ではなく、港の奥に居る艦が出港したくても、他の艦の中に埋もれていては、それもままならない。


 その為、効率よく運用、管理出来るように平時は複数の港に艦艇を分散させているのだ。伝令が各港へと飛び、各港はただちに出港準備に取り掛かった。しかし、その結果にガルヴァーニは絶句した。


「40……隻以上が、居なくなっているだと?」


 報告した副官の顔色も青く、この事態に額に脂汗を浮かべている。


「は、はい。全艦が集結すれば311隻になるはずが、268隻しか集まらず、調べたところ、ほとんどの港が配備数以下の艦艇しかないとの事で……」


 脱走兵というものは確かに存在するが、軍艦は1人、2人の意思で動かせるものではない。如何に艦長がその艦の全権を持つといっても、軍から脱走するとなれば、その時点で艦長としての身分を失い、部下がその命令に従う道理はない。それに人一人がこっそりと陣を抜け出すのとは違い、軍艦は巨大だ。見つからずにすむものではない。


「なぜ、そんな事が……。そうか!」

「はっ。バルバール海軍との軍事演習に派遣されていた艦艇が戻って来ていないのです」


 出来たばかりのランリエル海軍がテチス海一のバルバール海軍に教えを乞うのは当然だ。しかも、バルバール海軍から技術の習得を受けた者は、ランリエルに戻れば他の者にそれを教える立場となる為、派遣されるのは指導力と才覚を併せ持ったランリエル海軍の最精鋭、幹部達だ。


「軍の中核をなすべき者達が消え失せたといのか……」

「はい……」


 その者達はどうしているのか。どこかに監禁されているだけならばまだいい。だが、既に始末されている。という可能性もある。


 海軍の幹部達ともなれば、ガルヴァーニとは同年代であり、軍服を脱げば対等の友人である者も多い。その者達の運命を思い、心が凍てつくような無常と燃え尽くす怒りが込み上がる。


 感情のまま、机を力任せに殴った。拳の骨にひびが入ったのか激しい痛みがガルヴァーニを襲ったが、感情のみに心が囚われ、その痛みすら現実味が無く他人事のように感じる。皮膚も破け、血が滴り広がっていく。


「て……提督。手当てを致しませんと」


 副官が慌ててハンカチを取り出し地を拭こうとするが、ガルヴァーニは腕を微動だに動かさず拭く事が出来ない。


「大……丈夫だ」


 呻くように言った。拳から血が広がり続けた。

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