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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
344/443

第249:王として

 数名の騎士が、その名が示すとおり馬に跨っていた。一見ゆったりとした歩みだが、その表情はまるで敵襲を知らせる早馬かのように余裕がない。事実、彼らの心はそれに匹敵するほど焦燥にかられていた。


 ルキノとその護衛という名の監視役の者達だ。


 身分の偽りが露見したルキノは、その代償を払うべくセルミア王都付近に陣を構えるサルヴァ王子の元へと向かっていた。だが、その進みは遅く不安と不満を量産している。


「もっと急げないのですか」

「焦るな。馬が潰れては元も子もない」


 訴える部下をハイトマンが抑えた。国境付近で敵襲を知らせる早馬などは国内各地に代え馬の用意があり、馬が潰れるのを気にせず疾走出来るが、敵地を移動するこの者達にそれを望むべくも無い。


 2ケイト、3ケイトの距離ならともかく、ここからセルミアまでにはその数倍の距離があり、全力で駆ければ間違いなく途中で馬が潰れ、その後、徒歩で駆けるとなると結果的に大幅に遅れる。今は、馬をもたせる事を重要視すべきだ。


「ですが、馬が潰れれば、馬を奪えば良いではないですか。途中に村ぐらいあるでしょう」

「村があっても馬がなければどうする。そんな博打は出来んな」


 デル・レイからはサルヴァ王子の元へは途中ケルディラを通るが、ケルディラの情勢は不安定だ。一応はランリエルの勢力下に有るが、その住民、貴族がランリエルに心から心服しているとはいえない。敵地に準じると見る方が無難であり、騎士が馬を奪えといったのもその認識による。だが、密かに進む彼らだ。裏街道にある寂れた村に全員が乗り換える馬があるとは思えない。誰か1人の馬が潰れれば、その者を見捨てない限り結局は遅れるのだ。


 不満な騎士は更に食い下がったが、ハイトマンにすべて論破された。騎士は渋々引き下がったが、その騒動はルキノの耳には入らなかった。


 彼が突如にして難聴になった訳でも耳を塞いでいたのでもない。騎士として鍛錬された身体は無意識に馬体を操っていたが、様々な考え、感情が渦巻き心ここにあらずだ。


 自分がランリエルの士官と知った妻は、それをどう思っているのか。妻はどうしているのか。


 妻は、純真で世間知らずで傷付きやすい心を持つ女性だ。事実を知り、深く心を傷付けているだろう。だが、身分に偽りがあろうとも妻を愛する心に偽りは無い。それを妻は分かってくれているだろうか。


 妻に合わせる顔がないという思いと、会って話を聞いて欲しいという思い。その相反する心の葛藤がある。ケルディラから北上してリンブルクに入る。その無謀な進路を取るべく馬首を返そうとする衝動に耐えた。


 義父であるベルトラムの思惑も分からない。確かに初めから妻との関係には否定的だった。頭蓋骨を鷲掴みに締め付けられ、殺されるとすら思った。娘である妻への執着は、少し過剰ではないかとも感じていた。それでも、此処までするものなのか。


 最近では、自分を認めてくれているかのような発言もあった。それは偽りで、やはり妻との関係を認めていなかったのだろうか。


 いや、流石に娘可愛さで、数千、数万の人命がかかわる策略を用いたというのは飛躍し過ぎだ。義父は冷徹な政治家。そうした方がゴルシュタットの利益になると、娘の夫を切り捨てても帳尻があうと判断したに過ぎない。おそらくそうなのだろう。


 そしてサルヴァ殿下。


 いや、ランリエル皇帝となった今、サルヴァ陛下だ。その陛下は、この状況をどう見ているのか。


 自分がリンブルク王になったのは、自ら望んだ事ではないと分かって貰えているはずだが、それがランリエル皇帝の策略だったと公表され陛下はどう考えているのか。


 会って見なければ分からない事だが、考えずにいられない。ルキノは黙々と馬を進ませ続けた。


「あんた。まさか今でもランリエル士官の積りじゃないだろうな」


 夜、皆が寝静まった後、眠れずにいたルキノは、木の幹にもたれ掛かって見るでもなく夜空に顔を向けていた。そして不意に声をかけられたのだ。顔を向けるとハイトマンの姿があった。


「どういう意味だ?」

「どうもこうもねえ。言葉通りの意味さ」


 ルキノにしてみれば、どうもこうも、そもそも自分がランリエル士官だったから、このような状況になったのではないか。としか思えず、その言葉の意図を計りかねた。


「いや、事が済んだ後なら、ランリエルに戻って軍人に戻るなり、好きにしてくれて構わないんだがな。今はリンブルク王として考えて貰らわにゃたまんねえって話さ」

「お前がか?」


「今も山に篭っている兵士達がさ」

 ハイトマンの顔に苦笑が浮かぶ。


 確かにルキノ自身もベルトラムに騙されていた。だが、兵士達はルキノの、リンブルク王としての命令でデル・レイに進軍し、今、カリチェ山でデル・レイ軍に包囲されている。その彼らをリンブルク王として救う責任を果たせというのだ。


「俺はこれでも一応は貴族の端くれだが、三男坊の俺に無駄飯を食わせ続けらせる程余裕のある家じゃなかったんで早々に軍に入った。軍に入れるくらいの付き合いは、貧乏貴族にもあるからな。だが、その一応の貴族でも、軍に長く居れば平民の兵士とも親しくなる。あいつ等も食う為に軍人になった奴らばかりだ」

「だからなんだ? 可哀想な奴らだから、情けをかけてやれというのか」


 ルキノにも自分も騙されていたという思いはある。にも係わらず、全責任を背負わされ押しつぶされそうになっている。思わず、反発の言葉が出た。


「ああ、そうだ。可哀想な奴らだ。だから情けをかけてやれ」


 喧嘩になっても仕方がない。その覚悟で吐いた暴言を肯定され、ハイトマンの顔を改めて見直した。


「リンブルク王として考えるってのは、リンブルク人を可哀想と思えって事さ。他に何があるんだ?」


 言い換えれば民を憂うという事だ。その憂いを晴らそうというのが民政というものだ。民が満ち足りているのならば政治は必要ない。満ち足りた生活を続けるには先手を打って対策を取るのも政治だが、それも未来に起こるであろう憂いを取り除く為だ。


「あんたは、自分も騙されたって考えてるんだろうが、兵士達はもっと騙された。その騙されて可哀想な兵士達を救ってやれ。尤も、敵さんの兵士だって、何かに騙されているのかも知れないがな」


 今この大陸では大戦に向けてあらゆる国が動いている。だが、真に戦う相手を知っている兵士がどれほどいるのか。敵と考えていた者が本当は味方で、ところが、それも偽りで、やはり敵だ。サルヴァ王子、副帝アルベルド、二重統治統治者ベルトラム、選王侯シルヴェストル公爵、そしてその他の国々の指導者達。彼らがそうした。


 本当は味方のはずの兵士と戦い、戦争の途中で、本当は味方なのでこれからは協力して戦えというのか。確かに敵の意表を突き戦果は上がるかも知れない。人々は、それを優れた戦略というのだろう。だが、本当は味方のはずの兵士との戦いで命を落とす者は、何の為に死ぬのか。


 指導者達は、それが国を守る為と言うだろう。国を守る為に必死で考えた策略だ。その苦労も知らずに文句ばかりだ。と主張する。その言葉も本心であろうが、では、実際、自分が兵士達の立場になれば同じ言葉を言えるか。


 国の為に戦い、死ぬ覚悟の兵士もいる。だが、その者とて敵と戦って死にたいのであって、本当は味方とのやる必要があったのかも分からない戦いで死にたい訳ではない。祖国の為と命がけで戦っていたのが振りだけで良かったと知れば、祖国への忠誠心など霧散してしまう。


「私も出来る限りの事はする。それは約束する。だが、サルヴァ陛下には陛下のお立場がある。ランリエル兵に多くの被害を出させてまでリンブルク兵を助けてくれるかどうか」

「あんた。まだ分かってねえな。そうじゃない。そうじゃないんだ」


 ルキノなりに誠実に答えた返答をハイトマンは真っ向から否定した。鋭くなったルキノの視線をハイトマンはしゃがみ込んで真正面から受け止めた。


「ランリエルに多くの被害を出させてもリンブルク兵を救うんだ。それが、あんたの役目だ」

「なに?」


「あんた。リンブルク人とランリエル人のどっちが大事なんだ?」

「確かに私はランリエル人だ。だが、リンブルク王としてリンブルク人をランリエル人と等しく大事に思っている。リンブルク人を疎かには考えてはおらぬ」


「ああ。あんたはランリエル人だ。そのあんたがリンブルク人とランリエル人を同じように大事に思うってのは確かに立派なのかもしんねえよ。リンブルク兵をランリエル兵と同じように大事にって思い、差し引きして割りに合わない救出作戦でランリエル兵を死なせる訳にはいかねえっていうんだろう。だがな。リンブルク王としてってのは、そうじゃないんだ。ランリエルと交渉してリンブルク兵をどうやっても救うんだ。ランリエル兵の事はランリエルが考えればいい」

「しかし、己の都合だけを主張しても交渉は纏まるまい」


「そりゃ、どっかで妥協は必要さ」


 外交とはいかに自国に利益をもたらすかだ。相手の立場を思いやる心は、個人としては尊いものだが、外交に置いては弱点となる。双方、端と端から利益を引っ張り合いその中間地点で妥協点を探すのが交渉というものだ。こちらが相手を思いやり中間地点から引き合えば、最終的な妥協点は相手寄りになるのは自明の理。交渉の開始地点は、こちら側の端であらねばならない。


「……分かった。リンブルク兵を第一に考えよう」

「ああ。そうしてくれ」


 ハイトマンは、男臭い笑みを浮かべると立ち上がった。付いてもいない尻の土を払うとルキノに背を向けた。


「ちょっとまて」

「なんだ?」


「お前は何者なんだ? 貧しい貴族の三男で軍人になったと言っていたが、それにしては色々と詳しいようだ。ただの軍人とは思えぬ」


 確かにハイトマンはただの軍人とは思えない。一国の外交を担っていたかのように事の本質を突いている。


「こう見えても、俺は読書家なんだよ」


 ハイトマンが、おどけたように人差し指で自分の頭を突いた。書物の知識が頭に詰まっていると言いたいようだが、それが本気なのか冗談なのかはルキノには分からなかった。


 翌日もセルミア王都への緩やかな行程は続いた。この日も不満げな騎士は居て、それをハイトマンが宥めている。昨晩の事でルキノも当面の心構えが出来た。そうなれば、腰も据わり彼らの会話を耳に入れる余裕もある。


 騎士の中にはハイトマンと旧知の者もいるようで、あの時はこうだった、今はこうだ、と言ったやり取りもある。それによると、ハイトマンは今まで様々な役目をこなして来たらしい。感が良く、余人が長年かかって身に付けるコツなどをすぐに習得できるようで便利使いされているようだ。


 更に数日かけ、ついにランリエル軍の駐屯地付近までやって来た。ここまで来ればむしろこそこそしている方が敵の斥候と間違われ襲撃される。少数ながらルキノを中心に堂々と隊列を組んだ。


「ランリエル兵と遭遇しても慌てて隊列を乱すなよ。落ち着いて隊列を維持すれば、こちらに戦意がないと相手にも分かるはずだ。相手が近づいて来ればリンブルクの使者と名乗ればいい」

「ですが、いきなり相手が攻撃してきたらどうするんですか」


「そりゃ、逃げながら、こちらに敵意はないって叫ぶしかないだろうよ」


 心許ないハイトマンの返答に騎士も力なく頷くしかなかったが、その心配も杞憂に終わり、ランリエルの斥候と遭遇した彼らは問題なく接触する事に成功した。


 だが、彼らの正体がリンブルクの使者と知ったランリエルの騎士達は微妙な反応を見せた。やはり、リンブルク王が実はランリエル人。しかもサルヴァ王子の元副官であったという事実は、ランリエル騎士の中でも論争となっているようで、ある者は、如何な理由があろうとも身分を偽るなどと主張し、ある者は、主命を忠実に守った故と弁護した。


「どうやら、あんたがこの騒動の主役っていうのは、まだ黙っておいた方が良いみたいだな」


 ハイトマンに耳打ちされルキノが頷いた。本人だとばれたところで、いきなり否定派に殺されるような事にはならないだろうが、それでも避けられる騒動をあえて起こす必要はない。結局、リンブルク王からの使者、という態で彼らはサルヴァ王子との面会が決まった。


 本来、一介の使者団が大国の指導者と面会するには相応の手間と時間をかけて事前調整が必要なのだが、ハイトマンがその交渉を引き受け、火急の事態と強調し交渉を纏めたのだ。その手腕は、やはり、少なからぬ交渉の経験がありそうだった。


 ランリエル本陣で士官に先導されつつルキノは1人でサルヴァ王子の元へと案内された。リンブルク王という身分を隠している以上、今の彼はリンブルク軍からの使者でしかなく他の護衛を連れるのは許されない。


 ついに、サルヴァ王子と面会する事となったルキノは緊張で硬くなっているかと思えば、意外にも落ち着いていた。このように身分を隠した者との会談は今回で2回目だ。


 尤も、前回、身分を隠していたのは自分ではなかった。ランリエルとバルバールとの戦いの時、バルバールからの使者と思っていたら、それがバルバール王国軍総司令フィン・ディアスだった。その時、自分はサルヴァ王子の副官としてその場に居た。それを考えると、世の巡り合わせというものの不思議を思うしかない。


「こちらにサルヴァ皇帝がおわしまする」


 士官はそう言った後、扉を叩き王子の返答を待って扉を開けた。


「サルヴァ皇帝におわします」


 もう一度言うと一礼しルキノを通す。彼の仕事は此処までなのか、彼自身は部屋には入って来なかった。部屋にはサルヴァ王子の他に副官代理のベルトーニがいた。少し緊張した様子で右肘を微妙に内側に曲げている。ルキノは帯剣が許されていないが、万一サルヴァ王子に襲いかかろうとすれば、即座に剣を抜く気だ。


「ルキノ……か」


 旧知の副官の姿を認めたサルヴァ王子が驚きの表情を浮かべている。ベルトーニも王子とルキノに交互に視線を送り状況を計りかねている。


「いえ。ルキノではありません」

「なに?」


「今日は、リンブルク王ラルフ・レンツとして、ランリエル皇帝サルヴァ・アルディナ陛下にお目通り願いました」

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