第248:孤立
ルキノが急造した本陣の部屋に居るといきなり扉が開いた。視線を向けると数名の騎士が剣を抜いている。リンブルク軍の将官達だ。つい先ほどまでルキノに敬愛の眼差しを向けていた視線が、今は憎悪に燃えてる。その瞬間、事態を察した。慌てぬルキノに相手もルキノが事態を察したのを理解したようだ。
「どうやら。お分かりのようですな。弁明は?」
「弁明はせぬ。と、言いたいところだが、さて、これは何の仕儀だ?」
ほぼ間違いなく予想は当たっているとは思うが、自白した内容が間違っていればただの自爆だ。
「勿論、貴方がランリエル軍の士官だった。という話です。他にも心当たりが?」
「いや。特に無いな。で、どうしてそれを知った?」
あるにはあるが、それを馬鹿正直に言う必要はない。
「士官の1人に、こういう物が届いたのですよ」
その男が手紙をルキノに投げ渡した。それには次のような事が書かれていた。一読したルキノの表情が険しくなる。半分は予期した通りだが、半分は違った。
イザーク。どうしてお前は祖国を裏切り、ランリエルの士官というその偽物の王に仕えているのですか。ランリエルでの地位を約束されたという事だけど、母には信じられません。このままでは、お前は祖国を裏切ったと殺されてしまうのです。早く目を覚まし戻ってきなさい。
「お主達まで……巻き添えという事か」
ゴルシュタットでは、自分の正体がばれただけではなく、その軍勢ごとランリエルに寝返ったと思われている。それは義父ベルトラムから連絡があった事態とは相違する。
「その口ぶりでは、あんたにも少し予想外だったようですな。何が予想通りで、何が予想外だったか教えて欲しいものですが」
「私がランリエルの士官であったのは本当だ。それがゴルシュタットに露見したのもベルトラム殿から連絡は受けていた。だが、お主達までランリエルに裏切った事になっていたのは、私も始めて知った」
「ほう。知らなかったと? では、誰が、そのような話を作ったのです?」
「分からぬ」
ルキノの正直なところだ。
「あんたの義理の父、ベルトラム殿が怪しいのではないのですか?」
「かも……知れぬな」
確かに、ゴルシュタット軍が国境を封鎖した時には、既に軍勢ごとランリエルに寝返ったとの話が広まっていたと思われる。しかし、その後に来たベルトラムからの手紙にそれは書かれていない。不自然な話だ。
「とにかく、一から洗いざらい話して貰おうか。俺達、全員の命がかかっているんでね。王様としての待遇なんて望んで貰っても困りますよ。喋らないっていうんなら……ね?」
「今更、隠し立てなどせぬ」
拷問も辞さぬという態度だが、ルキノは洗いざらい話した。立場が強くなれば調子にのる男が、嫌がらせの為だけに女王との夜の営みを問い、洗いざらい話すと言っただろうと詰め寄ったが、流石にルキノもそれに答えず、仲間達もあまりの下品さにその男を部屋から引きずり出す場面もあった。
尋問が終わると将官達は部屋から出てルキノ1人が残され、扉の外からは錠が下ろされ監視も置かれた。将官達は、ルキノの処遇と対策を練る為に改めて別の部屋に集まった。
「偽物……だっただと!」
「ふざけやがって!!」
腹いせに置いてあった椅子を蹴り潰した。硬い軍靴に踏み抜かれ粉々に飛び散る。彼らも有能な軍人。ルキノの前では冷静にならねばと堪えていたが、仲間だけになった瞬間爆発した。悪態を付き、家具を粉砕する。一瞬にして、部屋が廃墟となった。
「不満を並べても、何が解決するって訳でもないだろ」
木片の山となった部屋で発言者に皆の視線が集まったが、それは好意的なものではなかった。逆張りのハイトマン。そう陰口を叩かれている男だ。その陰口通り、皆の反対意見ばかりを口にしているのだが、彼の言い分は、何も一から十まで反対しているのではない。同意権なら口を開く必要がなく、俺以外にも反対する奴がいたらそいつに任せる。俺が口を開く時は俺だけが正しいので目立つだけさ。
確かにそうでは有ろうが、そのような言動が皆から好かれるはずもなかった。先ほどのルキノへの尋問でも、一言も口を開いてはいなかった。
「今まであの男を称賛しておきながら、都合が悪くなると手の平を返しやがって」
「我らが手の平を返したのではない。あの男が我らを裏切っていたのだ!」
「だがよ。戴冠式で王冠を被ったのは間違いなくあの男だ。摩り替わったってんじゃない」
確かに法に沿えばそうだ。だが、人とは法的に正しければ納得するというものではない。誰も納得はせず、しかし、法に沿えば反論しがたく、不満の視線がハイトマンに集中した。
「そんな目で見るなよ。今は、国王が偽物だって騒いでも問題は解決しないって言ってるんだ」
「解決? そんなもの議論するまでもない。あの偽王を突き出せば良いだけではないか」
「突き出すなど手ぬるい! 即刻、首を落としてしまえ!」
「そうだ!」
他の物達も同調し、気の早い事に剣を抜き放つ者もいる。
「待てよ。話はそんなに簡単じゃねえ」
「何がだ」
「ベルトラムは、これを機に俺達を地上から消滅させる気だ。あの男の首を持っていったところでどうにもならねえ」
「何を言うか。我らは騙されていたのだぞ。そう訴えれば良いではないか」
「それで我らを許すならば、国境を封鎖していたゴルシュタット軍が、我らにそれを伝え投降を呼びかけていたはずだ。無駄な戦いをせずにすむんだからな」
戦いを職業とする軍人とて、無駄に死にたい訳ではない。相手が降伏するならそれに越した事はない。
「なぜ奴らはそれをしなかったのだ」
「だから言っている。俺達を皆殺しにする気なんだ」
「な、なぜそのような事を。なぜ俺達が殺されねばならぬのだ」
「二重統治では飽き足らず、リンブルクを完全に併呑しようというのだ。それには、リンブルクの軍事力である我らが邪魔だからな」
相手国の軍人を根絶やしにする。それで統治が上手く行くなら誰も苦労はしない。そのような大虐殺をすれば、その恨みは民族に深く刻まれ、むしろ統治は難しくなる。だが、その軍人達が祖国を裏切ったのならどうだ。殺されても自業自得であり、その軍人達の親類縁者ですら表立っては庇い難い。
しかもだ。ゴルシュタット軍は国境を固めているだけで、積極的には攻勢に出ない。リンブルク軍がデル・レイ軍との戦いで消耗し消滅すれば、ゴルシュタット軍としては自らは手を下さずに邪魔者を排除出来るのだ。
現在のリンブルク軍は全兵力で1万と言われる。以前は2万ほどと言われていたのが半減した。無論、デル・レイやゴルシュタットの侵攻により国力は低下したが、半減するほどではなく、他の要因がある。
この時代の国軍とは王家の兵と貴族の私兵の混成軍。そして貴族が兵を出すのはそれだけ王家を敬い恐れている証。ゴルシュタットは、度重なる戦乱でリンブルクの国土が荒れているのを理由に、申請があれば貴族は兵を出さなくても良いとした。
リンブルク貴族達は、賦役の負担が軽くなったと喜んだが、それは、リンブルク王家の権威失墜に繋がる。現在、それでも軍勢を動員しているリンブルク貴族は、それだけ王家に忠誠心篤い者達といえるが、それが消滅する。
「で、では、どうすれば良いのだ?」
「国境を封鎖するゴルシュタット軍を突破し帰国するのだ。それしかあるまい」
「だが、ゴルシュタット軍と戦えば、ランリエルに寝返ったとますます疑われるのではあるまいか……」
「じゃあ、どうしろって言うんだ!」
動揺が奔り口々に意見を言い合うが、その間、ハイトマンは黙って皆の意見を聞いていた。しかし、どの意見も決定打に欠け、言うべき事が無くなり皆が黙り込んだのを見計らってハイトマンが口を開いた。議論を制する間を見極めているとも言えるが、このような態度こそ陰口の元とも言える。
「俺に考えがある」
数時間後、ルキノの部屋の扉の錠が外れる音がした。続いて扉が叩かれたが、ルキノが返事をする前に、入るぜ、という言葉と共に扉が開かれた。
「俺の処遇は決まったか?」
「ああ。決まった」
と、ハイトマンが返事をしながらルキノの前の椅子に座った。ルキノはベッドに腰掛けている。
「そうか。首を落とすなり、生かして引き渡すなり好きにするがいい。俺にも言い分が無いでもないが、お主達には関わりの無い話だ」
「それで、ゴルシュタットの奴らが納得するなら、あんたが偽物だったと、向こうから俺達に伝えているさ。あんたを差し出して降伏しても奴らは俺達の武装解除を要求してくる。それを拒否すれば、やはり戦いだ」
そして、武装解除に応じれば、その後、素手でゴルシュタット騎兵に追い回される未来を予測するのは簡単だ。
「だったらどうする? リンブルクに戻れず、デル・レイ軍に包囲されたままでは飢え死にするだけだ」
「飢え死にする前に何とかするしかないだろ」
「何とか出来るものなら、誰も苦労はしない」
ルキノとて、否定ばかりするのが趣味ではないが、納得出来かねるなら否定するしかない。
「援軍を呼ぶ」
援軍なき篭城は愚策。とも言われるが、実際、打って出て勝ち目がないなら篭城するしかない。援軍が期待できなくても、篭城していれば何が起こるか分からない。思いのほか相手の準備が整っておらず、撤退するかも知れないし、天変地異で被害を受けて引き上げた事例すらある。とはいえ、援軍を得られるに越した事はない。
「援軍? どこからの援軍が期待出来るというのだ」
「我らを偽ったというなら、その偽りを貫いて貰う」
ハイトマンの意図を測りかね、ルキノは探るような視線を送り、鋭い視線に迎え受けられた。
「我らが裏切りランリエルに付いたと言うなら、そうしてやる。ランリエルに着き、ゴルシュタットとデル・レイと戦うと言っているんだ。奴らが敵に回るなら、他に手はないだろ」
確かに、そもそもランリエルへの助勢を唱えデル・レイに入った。それを考えれば順当ともいえるが、この状況に至った諸悪の元凶とも言える。そのランリエルを憎む気持ちはあっても好意を持つ者は皆無だ。
「だが……。どうやってランリエルに援軍を請う。ゴルシュタットが我らを殲滅するのを目論むなら、ランリエルにも何かしらの手を打っているはずだ」
確かにランリエルへも対策を打っていなければ片手落ちというものだ。あの賢者ベルトラムがそのようなミスをするはずが無い。
「ランリエルに使者を送って援軍を請う程度じゃ駄目なのは分かっている。だから、こちらの頭が直々に出向く。ランリエルのサルヴァ皇帝と直談判して貰う」
「頭……だと?」
「勿論、あんただ」




