第245:南部情勢
ドゥムヤータ王国。
王国と名乗るからには国王が存在する。が、そのドゥムヤータ王の名は、国民に取っては己が住む村の村長の名前よりも陰が薄い。ドゥムヤータの最高権力者は国王ではなかった。選王侯。名が示す通り、王を選ぶ諸侯だ。
国王は世襲ではなく、崩御すれば次の国王は7人の選王侯がドゥムヤータ貴族の中から選ぶ。当然、選ばれる国王は選王侯達の意のままに動く程度の勢力の者が指名される。国王の実権は彼等が握るのだ。
そう、このドゥムヤータは選王侯の国。
その選王侯の中でも主導的立場の者がいる。シルヴェストル公爵。まだ30にもならず選王侯でも最年少でありながら、選王侯唯一の公爵だ。とはいえ、選王侯の中では職位の上下は絶対ではない。全員が同格だ。リファールの暴れん坊と異名をリファール伯爵などは、実は、侯爵位を持っている。
本来、爵位と領地は一対で、没落した貴族が金に困り売る事もある。選王侯ともなれば、あらゆる手段で領地を増やしている。リファール伯爵家も元々の伯爵領以外に多くの領地を持ち、それと共に複数の爵位を持っている。
通常は、所有する爵位の中で一番高位の爵位を名乗るものだが、すでに選王侯のリファール伯爵として名が通っていた当時の当主が、爵位など唯の符号! と豪語し、リファール家は代々の伯爵位を名乗り続けているのだ。
尤も、その裏には、強かな計算もあった。選王侯には侯爵位を持つ者も多い。そこに自らも侯爵を名乗る意義を見出さなかったのだ。それよりも、あえて伯爵を名乗り続け、選王侯内で爵位の上下はない。との印象づける方が、シルヴェストル公爵家を牽制する利があると踏んだのである。
それゆえ、シルヴェストル公爵が選王侯内で主導的立場に立つのは爵位だけが理由ではない。現在、ドゥムヤータは隣国のブランディッシュ王国、南ロタ王国にまで勢力を広げているが、その際、ランリエルの支援を受け、その交渉を担ったのがシルヴェストル公爵。そして、皇国とランリエルとの決戦にも、ランリエル側に立つとの密約をサルヴァ王子と結んでいた。
「それでは、グラノダロス皇国とランリエル皇国との戦いに、我らは不介入。という事でよろしいですかな?」
選王侯が集う会議で、纏め役とされるフランセル侯爵が、心持ちシルヴェストル公爵に視線を向けながら言った。選王侯達は頷き、その中には公爵の顔もある。
「リンブルク王にサルヴァ皇帝に腹心を送り込み、それが露見してゴルシュタットが皇国に付いた。これでは、話が違い過ぎます。当然でしょう」
公爵はすまして答えたが、内心はその表情ほど心穏やかではない。
ランリエルと密約を結んでいるのは、当然、選王侯達の承認も受けていた。しかし、現在、当初の計画で想定されていた状況とは大きく変わった。状況が変われば計算結果も変わる。
ランリエルとの密約を反故にし、中立を守るのは仕方がないとしても、それを主導していた公爵の立場が弱くなるのも当然だ。しかし、その劣勢を素直に認めては主導権争いも後退する。何ほどの事もないと平然と構え、踏み止まらなくてはならない。
「しかし、一度、約束をしたものを反故にするのは、信義に反するのではないか?」
嫌味のように糾弾したのは、何かと公爵と対立するリファール伯爵だ。選王侯の中では珍しく武辺ばり、主導権を握ろうというタイプではないが、その代わりに、自分より年少の公爵が主導権を握るのを苦々しく思う子供っぽさがあった。
「なに、信義に反すると後ろ指を刺されるのはドゥムヤータではなく、この私でしょう。しかし、私の信義を守る為、方々は勿論、ドゥムヤータ一国を道連れには出来ません。私は、喜んで不義理者の汚名を受けましょう」
「ふんっ!」
一見しおらしいが、その実、自らを犠牲にドゥムヤータを守ってやっているんだ。との言い草に、リファール伯爵が、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
我ながら人が悪くなったものだ。全てサルヴァ皇帝の所為だな。公爵が僅かに苦笑を浮かべた。確かにサルヴァ王子と初対決した時には、公爵も今より若く直情的だった。それが、サルヴァ王子との交渉から、’素直’でなくなったのは確かだ。
「まあ、御二方。ドゥムヤータを憂う気持ちは同じで御座いましょう。それよりも、今後、どうするかです」
フランセル侯爵が場を収め、ジェローム伯爵に視線を向けた。選王侯の中でも情報収集を担い、位置づけ的にはサルヴァ王子配下のカーサス伯爵のようなものだが、残念ながら、そこまでの能力は無い。しかし、カーサス伯爵のように裏向きの情報までは手が届かなくとも、表向きの情報を得る分には不足ない。
「我が国は、現在、南ロタ、ブランディッシュを影響下に置いておりますが、懸念すべきは、その両国がこの混乱に乗じ我らの影響下から離れようとする事です」
選考侯達が頷く。シルヴェストル公爵とリファール伯爵も、とりあえずは矛を収め大人しくしている。
「とはいえ、南ロタは問題はなさそうです。旧ロタ王国を二分した北ロタは皇国の保護下。むしろ、南ロタが存続出来ているのは、我らの影響下にあればこそ。それは彼らも理解しております。我らの元から離れれば、皇国の支援を受けた北ロタが南下しましょう」
無論、現在は皇国軍も北ロタ軍も、その矛先はランリエルに向いている。だが、それが収まれば、その矛先がくるりと変わり南ロタを襲う。この混乱に乗じて南ロタが独立出来たとしても、その寿命は限りなく短い。
「たしかに、我が軍の駐留を求めて来ていたな」
「ええ。皇国とランリエルとの戦いに巻き込まれないかと怯えているようです」
「ふんっ! かつては我が国にまで手を伸ばそうとしていたというのに、随分と落ちぶれたものだ」
リファール伯爵が不機嫌そうに言った。
戦争の時は軍勢の指揮をお抱えの武人に任せる事が多い選王侯の中で、唯一己で軍勢を率いる彼だ。軍人になりたいが為、父から選王侯の地位を譲られるのを拒絶し、地位を継いでも軍勢を率いてよいという条件で当主の座に座ったという逸話まである。自分も南ロタをそのような状況に追い込んだ張本人の1人なのを棚に上げ、落ちぶれたかつての宿敵に武辺者らしく憤慨している。
「まあ、やむを得ませぬでしょう」
「左様。それが小国の処世術というもの」
「身の程を弁える者が、長生きできるというものじゃ」
南ロタを擁護しているのか侮蔑しているのか分からない老三侯爵の口ぶりに、シルヴェストル公爵は、彼等が南ロタで何か仕掛けていると確信した。そして、それは正解だった。裏工作に長けた彼等は、南ロタに多くの内通者を得て、今回も、その者達を使って南ロタの不安を煽っていた。
「問題は、ブランディッシュです。現国王バートレット陛下は、我等の支援の元王座に就いた方なので、今まで我等に従順でした」
「従順も何も、ブランディッシュで反国王派が勢力を拡大する度に、我等は示威出兵してやっているではないか」
「はい。ですが、ここに来て事情が変わりました。今回の騒乱は、我等の影響下から脱する絶好の機会と反国王派も現国王の退位を求めず、一致団結して我等を追い出そうというのです」
「国王と手を結ぶ反国王派か。中々の喜劇ですな」
「笑い話にもならぬわ」
「問題は、それによって現国王バートレット陛下の気持ちが揺らいでいる事です。元々、従兄である前国王を自害に追い込み王座に就いたお方ですので……」
「自らの進退を決めるのに、主義主張などなく利に従うという事ですか」
「はい」
「利に従うなど、どこぞの商人のようではないか」
「商人は信用第一ですよ。そうでなくば大きな商いは出来ません」
今回、ランリエルとの密約を反故にするが、それは、条件が変わり過ぎた。の一言に尽きる。大規模投資を行う契約をしたその予定地で火山が噴火したような状況で、律儀に契約を守る馬鹿は居ない。
「バートレット陛下は、我等と取引をしてその地位を手に入れた。私達もバートレット陛下に多くの投資を行っています。いわば、バートレット陛下にとって我等は債権者。バートレット陛下は反国王派と取引しようとしているものが、そもそも、その地位が自分の資産ではないと理解すべきですな」
「なるほど。して、どのようにして、ですかな?」
「今は矛を収めたとしても、元々、反国王派は現国王の退位を迫っていた。当然、次期国王と目論んでいた者が居るはず。ジェローム伯爵。伯爵ならば、掴んでおいでと思うが」
「ええ。ラルエット伯爵を次期国王にと担いでおりました。前国王の更に前の国王の甥の息子。という方ですので血としては遠いですが、よく言えば人柄が良く、悪く言えば操りやすい方ですので、その辺りが傀儡には適任だったのでしょうう」
ドゥムヤータの傀儡政権を打倒し、自分達の傀儡政権を樹立しようとしていたのだ。これも喜劇といえるが、彼等にしてみれば、他国人の傀儡政権より、同国人の傀儡政権の方がマシ。と主張するだろう。
「しかし、反国王派がバートレット陛下と手を組むならば、そのラルエット伯爵を手の平を返し捨てたという事。いくら人の良い方でも、そこまでは粗末に扱われれば心穏やかではありますまい」
「はい。反国王派に説得され大人しく引き下がった。という事らしいですが、やはり、陰では不満を漏らしているようです」
「それでは、そのラルエット伯爵にドゥムヤータ胡桃の家具一式でも贈りましょう」
シルヴェストル公爵の提案にジェローム伯爵が人の悪い笑みを浮かべ、老三侯爵も、くひひっと笑った。
ドゥムヤータ胡桃の家具は、この大陸の王侯の垂涎の的。テーブル一つですら、身代の小さい貴族には手が出ない代物。家具一式となると夢のような話だ。
「いえいえ。何の思惑など御座いません。ただただ、お近づきにと思ったまでで御座います」
と、何の要求もせず置いていかれ断る者はいない。
だが、反国王派はバートレット王からは、どう見えるか。ラルエット伯爵とドゥムヤータが手を組んだと見るだろう。何も請求しなかった事を示す誓約書などあるはずもなく、反国王派らがラルエット伯爵の身の潔白を求めても証明する手立てはない。一度、疑心暗鬼に陥った彼等はその猜疑心を膨らませていく。
ドゥムヤータがラルエット伯爵と手を組むなら、彼らも、やはりラルエット伯爵を担ぐべきだという者と、それでは自分達が主導権を握れないという者とで反国王派は分裂する。
そしてバートレット王は気付くのだ。自分が蚊帳の外であると。
「バートレット陛下は、慌てふためくでしょうな」
「勝負の卓に着こうにも、自分の掛け金など、そもそもないという事をバートレット陛下も理解するでしょう」
虎の威を借る狐が、調子に乗って虎から離れれば、ただの狐でしかない。虎に寄り添って居てこそ威を借りられるのだ。
その後、思惑通りドゥムヤータ胡桃の家具を受け取ったラルエット伯爵を反国王派は疑い、彼等が疑心暗鬼となって分裂し、寄るべきものがないと気付いたバートレット王が十分に怯えたころを見計らって動いた。
大陸の情勢不安を理由に、ブランディッシュには4万の兵を向かわせた。率いるのはリファール伯爵。治安維持活動には向かない人選だが、それよりも名を優先した。
彼等を屈服させた対ブランディッシュ戦は、出兵し続けブランディッシュに経済負担を強いるというシルヴェストル公爵の作戦で行われたが、人は目に見えるものに印象付けられる。最終的に武力でブランディッシュに止めを刺したのはリファール伯爵であり、しかも、僅か3千の兵力でブランディッシュ軍数万を撃破した。
ブランディッシュ兵は、リファール伯爵を恐れる事、婦女子が夜道を恐れるが如きであり、そのリファール伯爵が4万の軍勢を率いればブランディッシュは大人しくなるだろう。
そして、南ロタにも1万の軍勢を派遣し動揺を収めた。
ドゥムヤータは、北と西、2つの保護国に軍勢を置いて皇国とランリエルとの混乱を防ぎ、蓋をした貝のように沈黙したのである。




