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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
338/443

第243:反転

 形勢は逆転した。


 それは一手で有利、不利が入れ替わったどころの話ではない。優位に進めていたゲームの盤が、いきなりくるりと180度回転してしまったのだ。


 皇国の大軍をゴルシュタットと共に包囲するはずが、ランリエル軍こそが皇国とゴルシュタットに包囲されんとす。リンブルク軍を足止めしているデル・レイ軍すら包囲の一角をなす形勢だ。


 そして戦略的不利だけでなく、ランリエル陣営の各軍も浮き足立った。謀は密をもって良しとする。というが、それが称賛されるのは、謀が成功すればの話。


「我らに秘して事を進めた挙句、失敗し戦況を悪化させるとは何たる不手際」

「まったくよ。サルヴァ皇帝が我らを信じぬというならば、我らも皇帝を信じられぬ!」


 流石にサルヴァ王子に面と向かっていう者は居ないが、陰では多くの者が憤り、バルバールとコスティラの士官ですら長年の確執を忘れて意気投合するほどだ。そしてサルヴァ王子は反論の言葉を持たなかった。


 無論、ベルトラムの主張は真実ではない。


 ルキノがリンブルク王になったのは全くの偶然であり、王子はベルトラムと交渉し同盟の約束を取り付けていた。だが、それを公表出来ない。


 ゴルシュタット=リンブルク二重統治と手を組み反グラノダロス皇国包囲網を密かに形成するという計画が、偶然にも王子の元副官がリンブルク王となり、ベルトラムの豪腕によりケルディラは分け取りとなっている。


「副官が偶然王様になったなどという戯言を信じろというのか!」

 多くの者がそう感じるだろう。たとえ真実でも、全く信じて貰えない弁明は信用を失う。


 更にコスティラ人も

「ケルディラとの統一は我がコスティラの悲願。それを同盟の証にとゴルシュタットに分け与えたと申すか!」

 と憤るだろう。ベルトラムが強引に既成事実を作ったのだ。と弁明しても王子が追認したのに違いはないのだ。


 故に真実を捨て、リンブルク王に仕立てたが、それが失敗した。という事実の方がマシ。という状況なのだ。


 自称、誠実な人は、真実を隠すなど相手に誠意がない。と主張するだろうが、相手に取っても不愉快な真実などを公表してもすっきりするのは自分だけであり自己満足に過ぎない。無論、事態を悪化させぬ為に嘘に嘘を重ねた挙句、その嘘が露見してしまっては被害が大きくなるが、今回の場合、真実を話しても信じて貰えそうもないのでやむを得ないところだ。


 だが、それでも真実を話しておかねばならない者達もいる。サルヴァ王子は、各国の総司令達を招いた。ランリエル側は、副官代理のベルトーニすら会議室から退室させ王子の他にはムーリのみ。


「貴公も存外、阿呆だな」

「ぐふっ」


 王子が一通り説明した後、ベヴゼンコが吐き捨て、他の者達がその暴言に絶句する中、誠実な人柄なのだが、どこか感性がずれているテグネールはツボにはまったのか思わず噴出した。サルヴァ王子は絶句を通り越して青ざめている。


「ごちゃごちゃ小細工をするからいかんのだ。戦略は単純明快であるべきだ」


 まさかベヴゼンコから戦略の講義を受けるとは思っていなかったが、ディアスなど他の総司令達どころかムーリも頷き、王子もぐうの音も出ない。


 確かに技巧凝らした戦略というものは成功すれば華麗だが、それだけに机上の空論にもなりがちだ。華麗と空論を分かつ一つの要素は立案、実行者の天才であり、サルヴァ王子はそれを有しているが、それでも1つ躓けば全体のバランスが崩れる。


 作りそこなった芸術作品などガラクタと差はなく、ガラクタなどどんな阿呆でも作られる。誰にでも理解出来るものが真の芸術ともいえる。戦略とて同じで、誰が見ても明快な戦略が正しい戦略なのだ。ベヴゼンコの言葉に反論出来ず王子は押し黙った。


「過ぎた事を問い詰めても建設的ではありません。今、論ずるべき問題は、如何にこの事態に対処するかです」


 ギリスの援護にほっとしたサルヴァ王子だが、次にディアスが口を開いた。


「ドゥムヤータについては、どの程度話が進んでいるのか、お聞かせ願いたい」


 サルヴァ王子が動かす兵理から導き出した推測に過ぎないが、ディアスは確信している。


「なんだ。そっちにも手を出していたのか。気の多い事だ」


 ベヴゼンコが憮然と腕を組んだ。


「ゴルシュタットと同じだ。皇国軍が大挙してランリエルに攻めかかれば、その背後を討つ手筈だった」


 自分が悪いと分かってはいても叱られ慣れていない王子だ。ベヴゼンコの態度に憮然とし、不機嫌そうだ。


 子供か! と、思わぬでもないが、今はサルヴァ王子の両親の教育方針について論じている場合ではない。


「万一事が漏れればドゥムヤータは皇国から真っ先に狙われる。陛下がそれを恐れ、今まで誰にも漏らさなかったのはドゥムヤータへの信義で御座いましょう。問題は、事態がこうなった以上、そのドゥムヤータの協力も得るのは難しかろうという事です」


 場を仕切りなおしたのはテグネールである。才能、能力ではこの場の誰よりも劣ると目される彼だが、ここは年長者の人徳というものだ。


「確かにドゥムヤータが我らの味方に付くのは、相応の勝算があればこそ。ですが、導き出したその計算にゴルシュタットが皇国に付くという要素は思わぬ変数。導かれる計算は別のものとなっているでしょう」


 続きを受けたギリスの声にサルヴァ王子を責める質感はない。読みに長けた彼の特性として、状況分析に感情を交えず、事実は事実として受け止める。


 勿論、ここでいう別のものとは、ランリエルが負けるという意味ではなく、勝算という言葉も、文字のままの意味ではなかった。ドゥムヤータにとっての勝算とは、ランリエルに味方して利益があるという意味だ。ランリエルに味方して軍事的に勝てたとしても消耗が激しくては、それはドゥムヤータに取っての勝利ではない。


 確かに勝利がおぼつかないランリエルを助けて勝てば、それだけ取り分が増えるという考えもあるが、それは投機ではなく博打。ドゥムヤータの主導的立場にあるシルヴェストル公爵は優れた財政家であって博徒ではない。確率の低い5割の利益より、確実な5分を取る男だ。


「分かっている。ドゥムヤータをこちらに引き寄せる為にも、まず先にゴルシュタットとの問題を解決せねばならぬ」

「解決といいますが、今更、ゴルシュタットがこちらに付く事はあり得ません。武力を持ってゴルシュタットを制圧するしか――」


「ゴルシュタットは我がコスティラが叩き潰す!」

 ベヴゼンコが机を激しく叩いた。


「ゴルシュタットから取り返したケルディラの領地はコスティラの物だ。異論、御座らんな?」


 ベヴゼンコのギョロリとした目が王子に向けられ、他の総司令達へも一巡した後、また王子に戻った。


「異論はないようですな」


 存外、ベヴゼンコは政治が分かっているのかそれとも偶然か。これだけでは判断は難しいが、状況的にサルヴァ王子は反対しにくく、他の総司令達としては反対してベヴゼンコと対立する理由はない。だが、状況的に全員が承認した形になり、サルヴァ王子も後から反故には出来ない。


 しかも、この会議の後、さっさと兵を纏めケルディラ方面へと軍勢を動かしたのである。その為、食糧、武具等の物資の一部も置き捨てた。


「コスティラの猪どもは、物資の重要性も分からんのか」

「全くだ」


 多くの将兵はベヴゼンコの性急を笑ったが、各国の総司令達は英断と称した。



 ランリエル陣営は混乱しつつも一応の方針を定め動き出したが、いまだ混乱が収まらぬ者達があった。当のリンブルクである。


 自分達の国王が、紛争相手国の士官だったと知った宮廷の文官、武官は勿論、貴族から庶民に至るまで身分に分け隔てなく混乱の極みである。


「国王がランリエルの士官だっただと!?」

「女王陛下の危機を偶然救ったなど、話が出来過ぎと思っておったのだ!」


 やはり、ここでもルキノが女王を偶然助けたなどは話が上手すぎるという者が多い。そう見るのが当然なのだ。そして、そうなると次の主張がなされた。


「リンブルクの王位はリンブルクのものだ。ランリエル士官の王位など無効だ!」


 これも当然の主張だ。だが、心情的に、という但し書きが付く。法的には、戴冠式を行いルキノが国王になった事に変わりなく、その王位は正統。だが、それにも反論がある。


「王位を与えたのはあくまでラルフ・レンツに対してだ。それが実際には存在しない人物であったというならば、王冠の主も実在しないのだ」


 この主張も当然なのだが、この時代の’形式’というものは、後世から見れば滑稽に見えるほど融通が利かない。


 過去には、ある将軍の部下が、将軍が寝ている内に国王が身に付ける衣装を将軍に着せてしまい、着せられた将軍は、着せられてしまったのだから仕方がないと謀反を起こして国王になった。という、後世の人々からみれば、首を傾げるような事件まで起こっているのだ。


 形式として、戴冠式で王冠を被せてしまったのだから、それは国王なのだ。という話だ。そして厄介な事に、国家を運営する長老格の者達ほど旧例に拘る。


「ランリエルの士官だったとしても、国王として戴冠した以上、それを支えるのが臣下の務めではないか!」


 白髪頭の者達はそう主張したが、若く柔軟な黒頭の者達が反論した。


「その戴冠式で王冠を被ったのはラルフ・レンツのはずでした。ラルフ・レンツに王位を与えたのです。そのラルフ・レンツが存在しないのなら、戴冠式も無効ではないですか」

「何を言うか。名前がどうであろうと存在しておるではないか」


 名前が違うなら存在しない。名前が違おうが存在する。これを言い合っても水掛け論。無論、時に悪政をしく国王を、王たる資格なし! と反乱を起こす事もあるが、それもいわば名分であって、反乱が成功しても前国王の王位を公式に無効とする訳ではない。史書には、やはり国王として名が記される。


 故に、こういう主張も出され始めた。


「正式に戴冠したとしても、ランリエルの士官だというならばこのまま国王として掲げ続ける訳にはまいらぬ。退位して頂く!」


 王位を認めた上で退位を迫る。ある意味、謀反と言えるが、硬い白髪頭を柔らかくし、柔らかい黒頭を妥協させる現実的な案だ。しかし、一つ問題が解決すれば、新たな問題が発生するのも常である。


「クリスティーネ女王陛下は、どうすれば良いのだ? 女王陛下にも退位頂くのか?」

「まさか。女王陛下まで退位して頂く事もあるまい」


「だが、ランリエル士官を国王に迎えたのは女王陛下とご婚姻なされたが故。女王陛下にも非が無いとは言えぬ」

「そうは言っても、女王も騙されたのだ。それを問うのは酷ではないか」


「何を言う! 上に立つ者は、騙されるのはそれだけで罪だ!」

「では、貴公が女王に言って来い! ランリエルの士官を国王にしたのは貴女の罪だと! だが、女王がベルトラムの娘だという事を忘れるな!」


 ベルトラムの名を出されては、女王退位派もぐうの音も出ない。退位を求めるにしても国王に対してのみ。という方向になったが、ここでも新たに問題がある。尤も、これの解決はさほど困難ではないと思われた。


「国王の王位は、女王陛下と婚姻したというのが、そもそもの発端だ。女王陛下には婚姻を解消して頂く事になるだろう」

「うむ。女王陛下も、騙されたと、悲しんでおられるだろう」


 この件に関しては、貴族、役人達も皆同じ意見だ。その手順も役人達が協議し、まず女王陛下に国王と離縁して頂き、その後、女王陛下が国王の退位を宣言すると決まった。夫である間は国王で居させる。という配慮であり、それを女王に伝えるべく侍従長のグヴィナーが派遣された。


 彼は、先代、先々代の国王から宮廷に仕え、きめ細やかな気遣いを好まれてその地位まで上り詰めた。成功者と言えるが、そのきめ細やかさは頭髪を燃料としていたのか、その頭髪は、頭の両脇に白く僅かに残すのみでる。


 そして、その気遣いは自身の処世術にまで及んでいる。侍従というのは仕える国王に気に入られるかで出世が左右される。故に、王宮の主が変われば、その顔ぶれも波で洗ったように一新されるのが常だが、彼はその大波を上手く潜り抜けて来た。


 権力者が変われば政策も変わる。自身の政策と違う政策を支持する者に傍に居て欲しいとは思わぬだろう。彼は、主から政策について問われても慎重に応じ、その意見を明確にしない。相手の気に障らぬように注意し保身に務める天才であった。その中立性を買われ、今回、女王に議会の決定を伝える役目を仰せつかった。


 グヴィナーが伝えるならば、女王もその背景に役人や貴族達の勢力争いを思い描かず受け入れやすいだろう。そしてグヴィナー自身も、提案受け入れに楽観的だった。


 自分を騙した男に未練などあるものか。


 普段の丁寧な立ち振る舞いは努力の賜物。内心を吐露し、口汚く罵ったとしても誰も異論を挟まぬだろう。


 女王の部屋の前に辿り着くと軽く扉を叩いた。返事があるまで少し間があったが、辛抱強く待った。


「なに?」

「は。国王陛下について、皆の意見をお伝えに参上つかまつりました」


「そうですか。お入りなさい」


 その動揺を感じさせぬ声にグヴィナーは意外に思ったが、彼も感情を表に出さないのはお手のものだ。それに、新しい恋人が出来た時に、男は過去の恋人の思い出を追加するが、女は上書きをする。とも言われ、女は過去の男をきっぱり忘れる。それは、男は同時期に複数の女性を妊娠させられるが、女は1人の男の子しか妊娠できない生物学上の差異かも知れない。グヴィナーもそこまで考えた訳ではないが、まあ、国王への未練は無いのだろうと考えた。


 グヴィナーが部屋に入ると、やはり女王に暗い影は感じられない。もしかすると、既に新しい恋人が居るのかも知れない。


「女王陛下。皆と協議した結果、国王陛下につきましては、あくまでリンブルク王の格式を保たれた上で退位の手続きをとり、その後、陛下との婚姻の解消をして頂く事とあいなりました」

「婚姻の解消? 何故です?」


 クリスティーネが不思議そうに首を傾げた。

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