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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
337/443

第242:発覚

 セルミア王都北部にランリエル本隊、カルデイ帝国軍なども合流。ランリエル側は全軍が集結した。


 皇国側も衛星国家から続々と兵が集まり、その数はランリエル側を上回る。皇国軍の動向に注視しつつ、各国の総司令、幕僚を収集し軍議を開いた。


 ランリエル側は、サルヴァ王子は勿論、宿将ムーリなど幕僚の参加者が最も多い。ただし、テッサーラ王を兼ねる副官ウィルケスはこの場におらず、別働隊を率いケルディラ西部の抑えとして出陣している。サルヴァ王子の傍らにあるのは副官代理のベルトーニだ。


 コスティラからベヴゼンコ。バルバールはディアス。ベルヴァース、テグネール。カルデイ、ギリス。そして、それぞれの副官と幕僚達。


 サルヴァ王子を中心に左右に各国の総司令と幕僚達が座る。サルヴァ王子の右側にカルデイ、バルバール。左側にコスティラ、ベルヴァースだが、その席順にディアスの顔に苦笑が浮かび、ベヴゼンコの顔にも皮肉めいたものが見える。その様子にサルヴァ王子が小さく、だが、わざとらしく首を振った。


 コスティラとバルバールが犬猿の仲なのは有名だ。席順を設定した者がそれを考慮し、隣り合いもせず正面から顔を見合わせもしないようにとの配慮だろうが、ディアスもベブゼンコも、そのようなものを気にする性ではなく、両者を見くびっているとも取られかねない。サルヴァ王子が首を振ったのも、自分が指示したのではない。との無言の弁明でもあった。


 とはいえ、彼らの心理などお構い無しに会議は進行される。若い士官が緊張気味の堅い声で資料を読み上げた。参加者達が、その声に耳を向けつつ机上に広げられた巨大な地図に目をやる。


「セルミア王都を囲んでいた皇国軍は、王都への抑えを残し6000ケイトほど(約5キロ)前進しております。背後にセルミア王都を背負いますが、その方面には幾重にも柵を並べ備えているようです。数は皇国軍が勝りますが、我らがセルミア王都に入り防備を得れば戦術的に優位を失う。それを嫌っての処置と思われます」


 サルヴァ王子が頷き、他の幾人かも同じように頷く。ディアスは微動だにせず、ギリスは目を閉じ状況を頭の中で反芻しているようだ。他に、幾つかの情報が提供され、それが終わるとサルヴァ王子が口を開いた。


「敵は我が方がセルミアに入るのを防ぐ算段のようだが、私は王都に入る積りはない」


 ディアスの視線が動き、ギリスが目を閉じたまま額に手をやった。ベヴゼンコに男臭い笑みが浮かぶ。


 サルヴァ王子は、本気で皇国と決着を付ける気だ。セルミア王都に入れば安全ではある。その場合、王都を攻めあぐねた皇国軍は撤退し、それを追撃するランリエル勢が皇国の殿しんがりを血祭りに上げ、その戦果を持って勝利宣言を行う。その未来が彼らの脳裏にありありと浮かぶ。だが、精々数千の殿を殺したところで何になるのか。


「我が軍は、徐々に西から南西方向へと勢力を伸ばす。内海に展開するバルバール艦隊に乗せた軍勢も機を見て上陸し北ロタを圧迫。セルミア王都とも連携し敵を包囲する」


 戦局を上空から俯瞰し、セルミア王都を囲む皇国軍を更にその外側から逆包囲するのだ。


 そして、この段階まで来れば勘の良い者は更にその先を見通している。だが、それを見抜く有能さ故に口には出さない。ディアスもその1人だ。


 ドゥムヤータ辺りと既に交渉済みか。


 ディアスがサルヴァ王子にちらりと視線を向けた。


 確かに有効な戦略だ。皇国軍を革袋に入れて引き絞るように追い詰め最後には消滅させてしまう。だが、それも現在の戦力で持っての話。皇国はまだ十分な余力を残している。


 しかし、その皇国の余力を引き受けるか、或いは、援軍が動員されて戦力の空白地帯となった皇国領を突く者が居れば話は違ってくる。そして、皇国軍に大打撃を与えるのがサルヴァ王子の目的ならば、おそらく後者。


 援軍を想定していないよりも想定していた援軍が来ない方が相手には打撃だ。作戦的にもそうだが、心理的にも重い。援軍が無いならば、無いを前提に作戦を立てる。心構えも出来る。来るはずの援軍が来なければ作戦に穴が開き、兵士の心にも穴が開く。


 兵の士気の高さを考慮し寡兵で敵の大軍に当たるなど戦略家として言語道断。だが、現実、兵の士気が勝敗を分けるのも事実。兵の士気を考慮に入れずに立てた作戦は机上の空論になりがちである。


 今まさに皇国から援軍が発しようとしているその時にドゥムヤータがその背後を突く。軍勢の編成は口で言うほど簡単ではなく、半分はそのまま進み、半分はドゥムヤータに向かわせる。というのも簡単ではない。一旦は、その矛先をドゥムヤータに向けざるを得ず、こちらの余力があればその背後を脅かす。皇国軍は進退窮まり勝敗は決する。


 だが、ドゥムヤータの参戦無くば、セルミア王都を囲む皇国軍の退路を閉じようとしても、皇国は更なる動員をかけその袋を内外からこじ開けようとするだろう。セルミア王都を包囲する皇国軍を逆包囲するランリエル勢を、皇国の援軍が更に逆包囲。という馬鹿げた戦況すらあり得る。


 ディアスはそう推測したが、神がその回答を採点すれば、現時点では50点というところだ。’読み’においてはディアスをも上回ると評されるギリスとて、さほど変わらない。だが、その点数は決して低くはない。むしろ、それだけの読みが出来るのが尋常ではないのだ。残りの50点を取れないのは決して彼らが無能だからではない。


 如何な知者とて判断の元となる情報が無ければ正解に辿り着けない。残り50点の要素。王子がベルトラムにも同盟の打診をしているという情報なくば正解に辿り着くのは困難だ。


 ケルディラ南西部を巡ってランリエルとゴルシュタットは紛争を抱えているが、紛争をしているから手を組んでいるに違いない。という者が居れば、それは推測ではなく、何となくの感がたまたま当たったに過ぎない。ブラン辺りならば断言するかも知れないが、正統な軍略家ほどそのような読みはしない。


 尤も、他者の目を晦ますために表向きは紛争をしてみせる。というのはサルヴァ王子ではなくベルトラムの策だ。その意味ではベルトラムが正しかったと言えるが、紛争を抱えていては多少なりとも武力衝突の危険があり、策略の為に味方を死なせかねない。それは王子が望まず、ベルトラムの知能がサルヴァ王子を上回っているのではない。言うなれば性格の差である。


 ギリスが軽く手を挙げた。会議を進行する士官がサルヴァ王子に視線を向け、王子が小さく頷くのを確認する。


「ギリス殿。どうぞ」

「デル・レイに進出したリンブルク軍は現在どこにいるのだ? 行程を考えれば、当の昔にセルミア王都付近に到着しているはずだが」


 ギリスの疑問も当然だ。何せリンブルク軍がデル・レイに進軍したと聞いてから軍勢を動員したランリエルらが、その王都近郊まで進出しているのだ。


「は。それが、デル・レイ王国軍に行く手を阻まれデル・レイ国内から抜け出せない状況にあると思われます」

「思われます。とは?」


 正確さを欠く士官の報告にギリスの視線は冷たい。


「な、何分、戦時動員中の敵国の事ですので、詳しくは……。ですが、国境付近を監視するもリンブルクの敗残兵らしき姿は確認出来ません」


 戦闘において時に全滅という言葉が使われるが、実際に全兵が死ぬなどほぼなく、精々、逃げ散ってしまったから軍勢が崩壊したに過ぎない。敗北したリンブルク兵は、リンブルクを目指すはずだが、デル・レイ兵の追撃をかわすには最短距離を目指さず、友軍。つまり、ランリエル軍の元へと逃げてくる者も多いはず。それが無いならば、デル・レイ国内で組織的な秩序が保たれているのだ。


「それに、集結した皇国軍の中にデル・レイ王国軍旗を掲げる軍勢の数は少なく、リンブルクへの対応に兵を割いているものと思わ……断定されます」


 ギリスが頷き、士官は胸を撫で下ろした。だが、すぐにギリスの質問が再開する。


「こちらに来ているデル・レイ軍の数は? 確認できる範囲でいい」

「は、はい。2万がよいところかと」

「では、国内には5万ほど。余力を残しているとしても、リンブルク軍は1万で数倍のデル・レイ軍を引き付けている、か」


 ギリスが思案げに呟く。1万で数倍の兵を引き付けたなら割がいい。とも考えられるが、大局を見れば評価は変わる。サルヴァ王子の作戦は、皇国の遠征軍を包囲殲滅するのが目的。デル・レイ国内では、その袋の外だ。


「リンブルクを見捨てる訳にはいくまい」


 サルヴァ王子の言葉にギリスが意外そうな視線を向けた。ディアスも王子に視線を向けたが、表情からはその思惑はうかがい知れない。


「兵を向かわせるお積りですか?」

「リンブルク王は、我がランリエルとの友誼を唱えデル・レイに侵攻したのだ。その友誼に我らも応えるべきだろう」


「たしかに」


 ギリスはそう言ったものの、本心では不自然さを感じていた。


 確かに行動としては一貫している。この大動員自体がリンブルク軍を救うというのが引き金となっている。にもかかわらずそのリンブルク軍を助けずして、何の為の大動員なのか。


 だが、そもそも今まで敵対していたリンブルクがランリエルへの友誼を示さんと。というのに違和感を覚える。始まりが不自然な以上、そのまま進んでもギリスにとっては違和感が増すばかりである。


「その役目。我が軍がお引き受けしましょう」


 人が悪い。ギリスが発言者に視線を向けた。その者は何の邪気も感じさせぬ笑みすら浮かべている。読みに長けた彼からすれば、言葉の裏まで読めた。発言者はディアスだった。


「リンブルクがランリエルとの友誼を唱えているとはいえ、一触即発の間柄であったのも事実。他に任せるとしても、コスティラとリンブルクも利害が衝突し、カルデイ、ベルヴァースは遠方よりの参陣にて負担が大き過ぎます」


 故にリンブルクと利害関係になく地理的にも近いバルバールが適任。そう言外に主張した。


 ランリエルの幕僚の幾人かが意外そうな顔をし更にその内の何人かがその後、感心したかのように笑みを浮かべて頷いた。あまり好意的なものではなく、例えるならば利かん気の強い腕白坊主が珍しく殊勝な態度を取ったのを褒める大人のようなものだ。


 ランリエルに対し従順とはいえぬバルバールである。それが、この面倒仕事をかって出るのは心を入れ替えたのか。確かに危険な任務である。既に王座から引いたとはいえ、デル・レイは副帝アルベルドの本拠地。リンブルク軍を救いに行くのは皇国への侵攻と同義語だ。


 リンブルクの行動は皇国から見ても奇異。故に扱いかねている感もあり、包囲されつつも、ある意味見逃されている。だが、ランリエル勢の一翼を担うバルバールが援軍に向かえば状況は明白。皇国からも大規模な援軍が向かうと予測され、ランリエルの幕僚達の態度もその危険な任務を担うというディアスへの好意だ。


 援軍になど行く気はないよ。ディアスが心中呟いた。発言はサルヴァ王子の腹を探る為であり、その主音声の裏の副音声では別の意図がある。


 周知の通りランリエルに不従順なバルバールだ。点数を稼げるところで稼いでおきたい。それにギリスと同じくサルヴァ王子の対リンブルク、ひいてはゴルシュタットへの対応に違和感がある。それを探る思惑もあった。


 が、リスクを背負う気は毛頭ない。


 王子とゴルシュタットとの間に公開されていない密約があるのなら、その事情を知らぬ者に介入され引っ掻き回されるのを嫌うはず。何としてでもランリエル軍から手を割くはずだ。


 それに万一主張が通ってしまっても、それもディアスは想定していた。表面上は友好的に見えるランリエル配下の国々だが、勿論、お友達グループなわけも無く裏では虚々実々の駆け引きもある。それぞれ、各国に諜報員を送り協力者も得ている。


「バルバールがリンブルクを助けるのは、ゴルシュタットに恩を売って手を結ばんが為に違いない。古来より遠交近攻と申す。遠くゴルシュタットと結び我がコスティラを挟み撃ちにする戦略に相違ありませぬ」


 コスティラに仕込んだ者にそう言わせる。


 両国がランリエルの支配下にある以上あり得ぬ話だが、民族主義的な感情の対立は時に理性を超えるものだ。内輪もめなどしていられぬランリエルとしては、バルバール軍の派遣を撤回するしかない。


「いや。これは我がランリエルとリンブルクとの友誼によるもの。ランリエルが出陣するが道理。ディアス殿の提案はありがたいが、ここは我らで手当ていたす」


 その友誼の為と称し各国に動員をかけておきながら何を言っているのだという話だが、当然、億尾にも出さない。それどころか更に追撃する。


「しかし、友人を真に憂うるならば最善を尽くさねばなりますまい。私も多少は軍略の心得がある。陛下がご自身で向かわれるというならばこのディアスの出る幕はありませんが、そうでないならば私が向かいたく存じます」


 一見、サルヴァ王子を立てているように聞こえるが、実際、その王子を除けば自分に比肩する人材はランリエルに居ないと言い放っている。ランリエルの幕僚達の顔色も変わった。


「ムーリに行かせよう。ディアス殿に及ばぬとも任務に耐えるだろう」

 王子が言い、幕僚達も文句なかろうという顔だ。


「は。これは失礼致しました。確かにムーリ殿が出張ると仰るならば、このディアス如きの出番はありませぬ」

 ディアスは引き下がった。どうやら、王子はどうしても自分の掌上で事を収拾したいらしい。


 実は、サルヴァ王子は大軍の指揮が不得手だと前回の皇国軍との戦いで露呈している。勿論、高い次元での話であり、一流ではあっても超一流ではないという事だ。


 王子は間違いなく戦争の天才。しかも閃き型の天才だ。余人の及ばぬ奇策を閃き、戦機を見出し一気に攻めるのには向いているが、大軍の運用はそれら華麗な装飾を外し、地味な実務に終始する。秀才型の天才が得意とするものだ。ムーリは天才ではないが、秀才的な才能と長年の経験によって、天才近似値に達している。


 軍隊の体制として、通常は参謀が立てた作戦を総司令が軍勢の統率と指揮を行い実行するものだが、ランリエル軍では、サルヴァ王子が作戦を立て統率も行い、指揮はムーリ。これが最強の布陣である。


 繰り返すがサルヴァ王子とて指揮に無能ではないが、万全を期すならばムーリは手元に置いておきたい。とはいえ、ディアスを押しのけるにはムーリの名を出すしかない。


 まあ、実際にムーリが出陣する事はないだろうが、ともディアスは読んでいる。ムーリが行くという前提で準備を進め、もはやバルバール軍と交代出来ない段階を過ぎてから、ムーリが病を発したと他の者と交代させる。そんなところのはずだ。だが、強引であり不自然極まりない。その強引を王子はせざるを得ないのだ。


 ディアスがギリスに視線を向けた。ギリスは目を瞑って腕を組んでいるが、2人はほぼ同じ結論に至っている。サルヴァ王子とベルトラムとの間に何か密約がある。それ故に介入を嫌う。


 しかし、ムーリの出陣はその日の夜に撤回された。それどころではなくなったのだ。ベルトラムが内外に向けこう主張したのだ。


「リンブルク王ラルフ・レンツの正体はルキノ・グランドーニというランリエル人だ。ランリエル皇帝サルヴァ・アルディナの副官をも務めたランリエル軍の士官である。サルヴァ皇帝の命を受けリンブルク女王である我が娘に近づき、我が国を皇国との戦いに引き込もうとが策したのだ。私は娘を弄ぶランリエルの所業を許せぬ。我がゴルシュタットは皇国と共にランリエルに宣戦布告する」

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