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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
335/443

第240:前哨戦

 ランリエル配下の軍勢は西を目指した。先頭を行くのは、最も西のコスティラだ。ベヴゼンコ率いる2万のコスティラ兵が、その巨体で周囲を圧し進む。


 皇国側もいまだ全軍動員されてはいないが、それでもコスティラ軍を遥かに超える。ぶつかれば、豪傑揃いのコスティラ兵とてひとたまりもない。


 安全を考えればコスティラ国内でランリエル本隊と合流して進めば良いのだが、ランリエル本隊は20万を超える大軍。それでなくても街道が兵で溢れているところに更に合流すれば、にっちもさっちも行かなくなる。それに全軍の到着前に陣地を構築しておくのも重要。


 コスティラ軍は皇国軍が囲むセルミア王都から北3.6ケイト(約30キロ)の地点で進軍を止めた。


 3.6ケイトとは通常の行軍速度で1日半の距離であり、皇国軍の監視を怠らなければ、万一こちらに向かってきても十分に逃げられる。そこに柵を並べ、更に北6000サイト(約5キロ)の距離にある山岳地帯にも陣地を構築する。こちらが主陣地であり、皇国軍に近い方は副となる。更にベヴゼンコは、西南西8000サイトに兵2千を向かわせた。こちらも陣地を構築するが、それは虚だ。


「まあ、これくらいの小細工はせんとな」


 戦いとなれば小細工などせず突撃一辺倒のベヴゼンコだが、それは突撃一辺倒で勝てるからであり、それが利かないところで突撃を強行するほど頭が固くはない。必要とあれば策も弄する。


「命令通り、前の陣から西に毎日5百ずつ向かわせています。尤も、夜のうちに西からこっちに来るんですがね」


 部下の報告に、ベヴゼンコが、くふっと、意外と可愛らしい笑いを漏らした。


 初めは副陣に兵の大半を置き陣を構えて、皇国軍から以北の動向を遮断する。そこから兵を割いて虚陣の構築を開始し、兵力も日々増強しこちらが本命と見せ、その実、人数を増やしているのは主陣である。後続のランリエル本隊らを収容できる大規模な陣地を作っているのだ。


 だが、皇国軍とて無能ではない。各陣地の構築を開始してから5日後、西の虚陣から早馬がその名に恥じぬ速度で主陣へと転がり込んだ。


「皇国軍、およそ1万が我が陣へと向かっております。おそらく、兵が少ないのを見破ったのかと」


 埃まみれの騎士が跪き訴えた。味方の危機に息も絶え絶えに駆けて来た。顔が赤く高揚し戦いを前に興奮が見える。


「ま、そうだろうな」


 切羽詰った騎士に対し、ベヴゼンコは幾分暢気そうだ。


「敵の数から見て、こちらの出鼻を挫く程度の積りらしいですな」

 幕僚の言葉に頷く。


 考える時の癖なのか、腕を組み奥歯を軽く噛み合せている。騎士は跪いたままベヴゼンコを見つめている。徐々にベヴゼンコがゆっくりと目を見開いた。


「よし。前の陣から千ほど西に向かわせろ」

「千、で御座いますか?」


 騎士が戸惑い、幕僚達も疑問に思ったようだ。


「西には現在2千、千を向かわせても心もとないのでは」


 焼け石に水とまでは言わないのは、豪傑揃いのコスティラ人の矜持だが、それでもわざわざ少ない兵で戦う必要はない。戦力が伯仲する方が双方の被害は増えるものだ。1万対3千で互角と考えるのもどうかという話だが、コスティラ人にとっては、それが自然な計算であり、事実、それは多少の誇張ではあっても、全くの虚構ではない。それに防衛側の地の利もある。


 サルヴァ王子などから見ても、こんな奴らを相手に、どうして体格的にはランリエル人とそう変わらないバルバール兵が互角以上に戦えたのか不思議なほどだが、それはディアスがベヴゼンコを評する言葉に表れている。いわく、平地での戦いなら彼らが最強だと。つまり、極力、平地での決戦を避けていた為である。


「2千送ったら、敵が逃げちまうだろうが」


 ベヴゼンコは、結局、千しか兵を送らなかった。


 西の陣に向かっていた皇国軍1万も、その動きを察知した。


「合流させては面倒だ。こちらから2千ほど割いて向かわせろ」


 建設途中とはいえ陣に篭った兵は厄介だ。特にコスティラ兵は並みの兵ではない。陣に篭った3千を1万で攻めるより、2千を割いて敵の合流を防ぎ、8千で陣に篭った2千を叩く方が割がいい。


 2千の皇国兵に行く手を阻まれたコスティラ兵1千は、そこから北上して大回りに西の陣へと向かおうとしたが、皇国軍も北上するとコスティラ兵は今度は南に急進し裏をかこうとしたが、それも皇国軍に阻まれた。コスティラの援軍が進路を阻まれた蛇のように南北にうねうねと動いている間に、皇国軍先鋒は西の陣に到着し戦端が開かれたのである。


「強靭でなるコスティラ兵とて、我が方が4倍。乱戦に持ち込まず落ち着いて対処すれば、所詮は数がものをいう。恐れる必要はない!」


 個々の武勇では勝てぬのを宣言しているようだが、数がものを言うのも事実。将軍の激の元、皇国軍はコスティラ陣地に近づき矢の射程に入ると、盾を並べ、その隙間から矢を放ちジリジリと近づいていく。


 コスティラ兵も、皇国兵の矢が耳元をひゅんとかすめるのをものともせず、反撃の矢を放つが、やはり数の違いは如何ともしがたい。コスティラ軍の思想が矢戦より、白兵決戦主義な事もあり、早々にコスティラの矢は沈黙した。そうなると、コスティラ兵は物陰に身を隠すしかなすすべがない。優位な戦況に皇国軍の勢いが増す。


「敵は沈黙したぞ! このまま圧し進め!」


 矢の援護を受けつつ皇国軍の進撃の速度が増した。コスティラ兵の反撃なく陣柵まで辿り着いた皇国兵は、悠々と柵を結ぶ綱を剣で断ち切った。


「へ。強ええっていうから、どれ程のもんかと思えば、たいした事ねえじゃねえか」


 コスティラ陣地に足を踏み入れた皇国兵達は悪態を付いたが、どこか自身に言い聞かせるようだ。視線はいつコスティラの巨人どもが襲い掛かってくるかと忙しなく動く。槍を持つ手にも汗が滲む。しかし、続々と皇国兵が陣地に突入しても、コスティラからの反撃がない。


「どうしたんだ? 奴らはどこにいる?」


 敵はまだ逃げた様子はない。だが、姿は見えない。見えないからこそ恐怖が増す。兵士達の口数も少なくなっている。


 ランリエル、コスティラによる第一次ケルディラ討伐では、ケルディラ側の援軍として出兵したデル・レイ軍だが、その時はコスティラ兵と戦う機会がなかった上に、今回はアルベルドがデル・レイ軍の温存を意図した為、前哨戦に駆り出されたのはデル・レイ以外の兵ばかり。今まで、コスティラ兵と矛を交えた事はない。だが、コスティラ兵の勇猛さは大陸全土に鳴り響いている。


 突如、陣地の彼方此方から火柱が上がった。油でも撒いているのか一気に火柱が天まで届くほど燃え上がる。


「て、敵襲だ!」


 皇国軍は混乱に陥った。矛を逆さに逃げ出し始める者も居る。それを押し留めようとする士官達。


「ああ。やはり、何か企んでいたか」


 皇国の将軍が、落ち着いた声で呟いた。若いが前哨戦を任されるだけあって才覚あり、冷静にコスティラの反撃も予想していた。


「奴らに勝ち目があるとすれば、我らを引き付けて乱戦に持ち込むしかない。兵は我らが4倍だが、奇襲効果とコスティラ兵の武勇を思えば、勝機があると考えたか」


 だが、突入させたのは全軍の極一部。それに釣られてコスティラ兵が出てくれば、後ろに控えた弓隊の一斉射撃で一網打尽にする。もし、コスティラ兵が出てこなければ、手の内を晒した相手を、このまま数で圧し包む。


「弓。構えよ!」


 命じ、逃げて来る味方に続くはずのコスティラ兵を待った。乱戦に持ち込みたいなら、逃げてくる兵を追ってくるはずだ。


 弓を引き絞る兵が、味方の後ろに現れるはずのまだ姿の見えぬ敵兵に瞬きもせず狙いを定める。矢が当たり、倒れるコスティラ兵の姿すら思い浮かべた。


 だが、一向にコスティラの巨人達は、その姿を見せない。


「敵。逃げていきます!」


 梯子を組み合わせた即席の櫓の上で目の良い者を選抜した監視兵が目を凝らし叫んだ。


「なに!?」


 監視兵の視線の先に将軍が目を向けたが、この高さからでは彼方此方から上がる炎と煙で全く見えない。


「ちっ! 火は逃げる為の煙幕か。我らが待ち構えるのを察し、逃げに転じたか」


 敵が逃げたなら勝ったと言える。だが、作戦が空振りしたのに違いはない。脳味噌まで筋肉で出来ていると侮っていた者達に裏をかかれ、将軍の声に苛立ちがある。


「数は!」

「およそ2千」


 事前の偵察でも敵は2千。百や2百の誤差があり、万一その誤差が伏兵として潜んでいても、こちらは8千。物の数ではない。職業軍人ばかりの軍隊が少数の伏兵で崩れるなどまずはない。たとえ相手が剛勇でなるコスティラ兵であったとしても。


「追え!」

「おおっ!!」


 コスティラ兵の影に怯えていた兵士達も、そのコスティラ兵が逃げ出し勇ましく吼えた。


「脅かしやがって。強いっていうからどんなもんかと思えば、逃げるんじゃねえか」

「コスティラ兵たって、こんなもんよ」


 兵士達は勢いづきコスティラ兵を追った。有能な皇国の将軍もそれを制しない。兵の勢いを上手く利用するのが名将というものだ。コスティラ兵が逃げる先に深い森がある。敵はそこに逃げ込む積りらしい。深追いは避けるとしても、そこまでは追う。そこで兵を制すれば良い。


「皆の者。手柄を立てよ!」


 将軍が再度激を飛ばし、お墨付きを得た兵士達が先を争って進む。まず、皇国騎士が徒歩で逃げるコスティラ兵に追い付き、足止めをしている間に遅れた皇国兵も追い付き取り囲む。


 将軍の指示で森の中までは追撃せず、多くのコスティラ兵が森に逃げ込んだが、逃げ遅れた者も数十人。戦いとは意外と人が死なぬものであり、この規模の戦いでの戦果としては悪くない。


「良し。十分だ。奴らが捨てた陣まで引き返し、燃え残った物も全て燃やしてしまえ」

「はっ!」


 将軍の指示は、どうせ燃やすなら物資を着服して良いと言う略奪を暗に許可している。兵士達は喜び意識が追撃から、略奪へと移る。


「突撃!」


 不意に、少ししわがれた大きな声が響いた。


「誰の指示だ?」


 兵士達が辺りを見回し、最後に将軍へと視線が集中した。しかし、将軍の顔は青い。将軍の視線が森の中に吸い込まれていた。


「おおおぉっ!!」


 森が鳴った。鳴いて揺れた。コスティラの巨人達が木々を揺らし飛び出して来た。槍を持つ者も居れば、戦斧を持つ者。棍棒も居る。数千のコスティラ兵が不揃いな武器を振りかざし、地を踏み鳴らし大地を揺らす。


「防げ!」


 皇国の将軍が叫んだ。だが、その動きは鈍い。如何に職業軍人の集団とはいえ、彼らは戦闘から略奪へと意識が切り替わっていた。数では、まだ勝っているが、戦いに意識が向いている者の数は少ない。整然と並ぶべき槍先も乱れている。


「蹴散らせ!!」


 再度、森の中から怒号。それを合図にコスティラの巨人達が一斉に駆ける。両軍がぶつかった。皇国軍も整然と隊列を組めていれば勝負になったであろうが、隊列が乱れ懐深くコスティラの巨人に入り込まれては劣勢は免れない。だが、皇国兵とて訓練を積んだ者達だ。劣勢になりつつも徐々に持ち直す。


「突撃!!」


 その怒声に皇国兵の視線が森へと向いた。


 並の馬ではコスティラ人の巨体を支えきれない為か、コスティラ軍には徒歩の者が多い。しかし、その怒声と共に現れたのはコスティラ騎士を乗せるに相応しい大きな馬体を揃えた騎兵隊。その勇猛な姿は、それだけで皇国兵を圧した。動いた。


 槍衾は騎兵の天敵。だが、既にコスティラ兵との戦いでそれは乱れている。易々と入り込まれ、巨大な戦斧が皇国兵を襲う。


「うおぉぉっ!」


 皇国兵が騎兵に弾き飛ばされ宙に舞った。何とか持ち堪えていた皇国軍が一斉に崩れた。職業軍人の皇国兵が槍を捨て逃げ始める。逃げるなら躊躇無く逃げる。ある意味’職人’らしい潔さだ。


 戦況はコスティラが優勢。だが、ベヴゼンコは少し不満げに呟いた。


「森ん中まで追いかけてくれば、もっとやり易かったんだがな」


 木々に隊列が阻まれる森の中では、個の武勇がものを言う。逃げるにしても木々に阻まれれば思うように動けず、味方同士がぶつかり混乱が増す。コスティラ軍は更に有利に戦えていた。


 とはいえ、ベヴゼンコの不満も贅沢といえる。皇国の将軍は、被害を最小限に留めるべく奮闘している。


「留まれ!」


 将軍が叫ぶ。しかし、それも焼け石に水。彼もそれは分かっている。精鋭を揃えた直属の騎兵を持ってコスティラ軍に突撃した。戦況は、既にコスティラの優勢は決定的。武器を捨て敗走する味方の時間を稼ぐ為の犠牲だ。


 武勇優れ、コスティラの巨人達とも渡り合える者達だが、皇国兵の多くは逃げ散り、既に数でも優位を失った。次々と討たれ鮮血が大地を染める。


 だが、将軍と騎士達の命と引き換えに、皇国兵達は数千サイトの距離を稼いだ。とはいえ、騎兵で追撃すれば追い付くのは可能だ。


「総司令。どうしますか?」

「まあ。逃がしてやれ。敵は大軍だ。ここで、千多く殺しても対して違いはない」


 ベヴゼンコが兜の隙間から指をいれて顎をかきながら応えた。


 皇国兵は武器すら捨てて逃げているが、それも全員ではない。更に追い詰めれば思わぬ反撃で、こちらの被害が増える可能性もある。前哨戦は、勝った。という事実が重要だ。それにより、自軍の士気を上げる。すでに勝った以上は、被害を出してまで戦果を拡大する必要はないのだ。


「しかし、上手く行きいましたね」

「ん? ああ。そうだな」


 部下が作戦を称賛したが、当のベヴゼンコは気のない様子だ。敵を引き込んでからは、いつも通りの突撃だが、そこに至るまでには策を弄した。とはいえ、種を明かせばそう複雑な策ではない。敵に阻まれるのを承知で副陣から虚陣に援軍を送り、その一方、ベヴゼンコ率いる軍勢が主陣から北経由で進んだのだ。


 突撃一辺倒と言われるベヴゼンコだが、本当にそれだけしか’出来ない’のなら、総司令は勤まらない。普段は、突撃だけで事足りるので、それしか’しない’のだ。


「だが……」

「なんです?」

「やはり、こういう小細工は性に合わんな」


 ベヴゼンコが、豪快に笑うと、他の者も釣られて笑い始めた。

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