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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
330/443

外伝2:チキンレース

 シルヴェストル公爵との会談を終えると、クララック子爵は、これで全ての問題が解決したかのように晴れ晴れとした表情で公爵の屋敷を辞した。子爵の馬車がまだ見えている内に公爵は傍にいた下級執事に顔を向けた。


「ボドワンを呼べ」

「アラス通りの、で御座いますか?」

「そうだ」


 アラス通りに店を構えるボドワンといえば、ドゥムヤータでも名の通った豪商だ。その彼が屋敷に到着したのは、子爵が去ってから僅か一刻(2時間)たらずだった。


「急に呼びつけてすまなかったな」


 ボドワンは子爵より30以上は年上だが、身分差を考えれば謝罪しているだけ、まだ丁寧なほどだ。ボドワン自身もそれを理解している。

「いえいえ。お気になさらずに」

 そして、これ程急に呼び寄せるならば、重要な話であろうと横道にそれず単刀直入に申し出た。


「して、今日は私に何用で御座いましょうか」

「実は、お主にはブランディッシュに行って貰いたい」


「ブランディッシュで御座いますか?」

「そうだ。お主には、そこで商売を行って欲しい。ブランディッシュの財務大臣クララック子爵とは、既に話が付いている」


「ブランディッシュ、で御座いますか……」


 ボドワンは察しの良い男だ。当然、今までも海外からの交易品をブランディッシュや、更にその先に運んで商売をしている。だが、公爵の言葉はそういう意味ではない。ブランディッシュ商人相手の’卸業’ではなく、庶民相手の’小売業’だ。


「それは勿論、私も商人。物が売れるとなれば地の果てまでも出向く所存でありますが、土地には土地の組合というものが御座います。組合に入れねば様々な妨害を受け、そう簡単に市場に入れ込めるとは思えませぬが」


 一言で組合と言っても、その数は多い。農業組合、漁業組合、商業組合は勿論、更に枝分かれし業種毎に存在する。時にはそれぞれの組合の利害が衝突し争いとなる事もあった。


 小魚を取る漁師達が画期的な漁法を発明して漁獲量が増大したのだが、その結果、その小魚を餌とする大きな魚を取る漁師達の漁獲量が激減したのだ。


「ふざけるな! お前達は取り過ぎなんだよ!」

「こっちは努力して漁法を発明したんだ。お前達も努力して沢山取ったらいいだろ!」


「馬鹿か! ただでさえ数が減ってるのに、更に取ったら魚が居なくなるだろうが!」

「知るか!」


 双方引かず、遂には武力衝突にまで発展し死傷者まででた。衝突は大きな魚を取る漁師側が勝ち、小さな魚の漁獲量は制限される事となった。組合がなく、漁師達が個々に対応していれば埒があかず、大きな魚を取る漁師達は生活の糧を失っていた。


 彼らに取って生業なりわいとは、まさに生の業である。それを脅かされては生きては行けない。彼らにしか分からぬ専門知識もある。その地を治める貴族すら容易に口出しできず組合は強固な力を持ち、組合同士の諍いには基本的に不介入が基本だ。その組合に入れず、商売を行うのは困難。


 だが、公爵は断言した。

「いや。組合に入る必要はない」



 こうして両国の商人が、それぞれの国で商売を行う事となった。公爵の通達もあり、ブランディッシュ商人達は、ドゥムヤータの組合に快く迎えられたのだった。


 ブランディッシュ商人達は組合の会合にも参加し、ほっとした表情を浮かべた。代表者のヒーズマンが笑顔で挨拶を行う。頭には白い物が混じっているが、他国にまで来て商売を行う気概に満ち、肌にも張りがある。


「正直なところ、このように歓迎して頂けるとは思いも寄りませんでした。快く迎えて頂き、心から感謝致します」

 その言葉も堂々としたものだ。


「何を仰る。我が国と貴国は兄弟のようなもの。遠慮する事はありません」


 ドゥムヤータ商人達は、にこやかに対応したが、その裏にはシルヴェストル公爵の思惑があった。


「お主達の中にはブランディッシュで商売を行う者も居よう。それを、こちらがブランディッシュ商人を排除しては都合が悪い。多少は甘い汁を吸わせてやるのだ。ブランディッシュで向こうの組合と衝突しても、こちらは快く迎えたのにと非難できる」


 商人達は公爵の言葉を思い出しながら、表面上は笑顔を作り対応したのだった。


 ブランディッシュに進出したドゥムヤータ商人は、公爵の予想通り組合に受け入れられなかった。クララック子爵にはシルヴェストル公爵ほどの思案はなかった。


 確かにクララックは実直な人柄。やって欲しいと依頼した事は確実にこなした。中級以下の役人としては有能なのだが、独自の采配が必要な大臣には向いていない。悪意があるのではなく、そこまで気が回らないのだ。その為、ブランディッシュの組合は、極常識的な態度を取った。


「我らは長年にわたり、信頼関係を築いて来たのだ。それをにわかに、しかも、他国から来て同じように商売をしようなど都合が良すぎるのではないですかな」


 ドゥムヤータでブランディッシュ商人が受け入れられたなら、ならばこちらも快く迎えよう、とならなかったのには他にも要因があった。組合は談合により商売範囲、つまり縄張りが決められている。当然、古くから商売を行っている者ほど縄張りが広く、新参者ほど狭い。古くからいる者はブランディッシュ国内だけの商売で十分利益があり冒険する必要がない。今回ドゥムヤータに進出したのは新参者達ばかりだ。本国の組合では力は弱く、助けにならなかった。


 しかし、ドゥムヤータ商人達も、それでは国に帰ります。というほど物分りが良くない。ドゥムヤータの豪商ボドワンは、ブランディッシュ商人達を前に大見得を切った。


「なるほど。組合に入れて頂けないのならやむを得ません。我らは我らで独自の販路を開拓し商売をするまで」


 これは、相当強引な方法だ。ここまでやっては関係修復は難しい。しかも、組合に入らなければ、現地の関連産業からの協力も得られず、根を切られた樹木のように立ち枯れる。


 ブランディッシュ商人達は不快そうな顔を並べ、商売を始めたドゥムヤータ商人達の店舗など、すぐに廃業するに決まっている。

「やれるものならやってみろ!」

 と吐き捨てたのである。


 しかし、事態は彼らの思惑に反した。ドゥムヤータ商人達が開いた店は潰れるどころか大繁盛である。思いも寄らぬ手を打ってきたのだ。ブランディッシュ商人は慌てた。


「売上げが激減しているだと!」

「は、はい。客足が遠のき店は閑古鳥が鳴いております」


 ブランディッシュでも、名のある商人バイゴッドが怒鳴りつけると、店を任されている番頭が、何故自分が責められねばならぬかと理不尽に思いながらも弁解した。


「彼らの店では、当方より2割以上も値引きしているのです」

「2割……」


 その報告に愕然とした。


 なぜ、皆は組合に入ろうとするのか。それは、様々な恩恵を受けられるからだ。ある商品を売るのにその商品だけを仕入れれば良いのではない。その商品を包む資材などの細々とした物や従業員の食事の用意。それらの商売をする者達にも組合があり、組合同士が手を結んでいる。組合に入らなければ他の業種の組合の協力も得られないのだ。全てを独自に用意するとなれば経費は莫大となり、それは商品価格に反映させるはず。


 それが2割引きだと!


「それで、客は奴らの店に押し寄せているというのか」

「い、いえ、それが……」


「それがなんだ? こっちに来ていないのだから、奴らの方に行っているのだろう」

「実は、向こうではすでに品切れを起こし、店は休業しているのです。ですが、商品が入ってくるまで待てば安く買えるのだからと……。買い控えているようなのです」

「なに!」


 しかも、ドゥムヤータ商人達は、ブランディッシュ全土であらゆる品目、業種に進出し、安売り攻勢を仕掛けていた。


 ドゥムヤータ商人の値下げ攻勢に売上げが激減したブランディッシュ商人達は対抗処置を取らざるを得なかった。同程度に値下げを行ったのだ。すると客足は戻った。とはいえ、会合に集まった組合員達の表情は優れない。


「しかし、これでは利益は微々たるもの。全く迷惑な話ですわ」

「やむを得ん。物が売れず、蔵で腐らす訳には行かん」


「彼らは、どのようにして利益を出しておるのでしょうか」

「うーん。現地の組合に入らなければ商売にならぬはずなのですが……」


 組合員達は首をひねったが、結局、どうにかして上手くやってるのだろう。という漠然とした結論を出すしかなかった。


 こうして同程度に値下げし、利益は減ったものの一息ついた彼らだったが、暫くして再度、驚愕の声を上げた。品切れを起こしていたドゥムヤータ商人達の店に商品が入荷されたのだが、それだけではすまなかったのだ。


「奴らが、更に値下げしただと!」

「はい。こちらの1割ほども値下げしております。し、しかも」


「しかも、なんだ!」

「こちらの値段から、必ず1割値下げして売ると看板を出しております」

「くっ! おのれ。どこまでもわしらと争う気か」


 ブランディッシュ商人達は、対策を練るべく会合を開いた。どの顔にも怒りの表情が浮かび額に青筋が刻まれている。


「奴らの店など叩き潰してしまえ!」


 過激な発言をする者も居るが、組合の和を乱す者への制裁は今までもあった。組合に逆らった者は潰す。経済的にも物理的にもだ。経済を握る組合の力は侮りがたく、貴族、王家とて見て見ぬ振りをする。だが、今度の相手は今までとは勝手が違う。


「しかし、奴らの後ろにはドゥムヤータが付いている。それを襲って、御咎めなしとは……」

「うぬ……」


 歯軋りし呻いたが、ドゥムヤータの名前を出されては振り上げた拳を降ろさざるを得ない。


「仕方がない。また、同じように値下げするしかあるまい」

「ですが、これでは利益が薄いどころか、売れば売るだけ赤字ですぞ」


「では、店を畳めというのか!」

「そういう訳では……」


 組合でも力を持つバイゴッドの剣幕に、他の者達が口篭る。しかし、臆せず冷静な者も居る。バイゴッドに比肩する豪商ブライスだ。年齢はバイゴッドより遥かに上で、すでに老齢に達しているが背筋は伸びまだまだ現役である。髪は真っ白だが禿げてもいない。


「確かに今は彼らの安さに客も群がっておる。だが、彼らの商いは小さく、すぐに品切れを起こす。ならば客も戻ってこよう。彼らに惑わされず、我らは我らの商売を続ければ良いのだ」


 その落ち着いた声には他者を説得させる重みがあった。


「だが、現に客が1人も来ないのだぞ!」


 バイゴッドは中々引き下がらなかったが、やはり、更なる値下げには消極的な者が多く、ブライスの人望も篤い。値段は据置き、つまり、元々の値段の2割引きで商売を続ける事となった。


 そして確かに、いくらドゥムヤータ商人の品が安くとも、買えねばブランディッシュ商人から買うしかない。ちらほらと客足が持って来た。だが、店の雰囲気は最悪である。


 今まで、店で商品を買う度に、にこやかにお金を払ってくれていた感じの良いご婦人が、

「あっちで買えれば、もっと安いんだけどね」

 と、嫌味を言いながら金を放り投げて寄越した。


 しかも、今までは一ヶ月分を纏めて買っていたのを、ドゥムヤータ商人の店に品が入るまでの繋ぎとしか考えておらず、少量ずつしか買わない。その少ない量で節約して持たそうと消費量まで落ちている。


 値下げして利益が激減しているのだ。それが販売量まで減っては諸経費を引けば赤字である。多くの商人達が窮地に陥った。組合の会合に並ぶ顔もお通夜のように暗い。


「20人……。暇を出しましたわ」

「うちは10人ほどですが……。このような状況が続けば、更に暇を出すしか……」


 ブランディッシュ商人達は窮地に陥り廃業する者も出始めた。とはいえ、廃業したのは比較的、身代の小さな者達だ。長年の蓄積は伊達ではない。まだ、かなりの資産を残している者も多い。


 そんなある日、シルヴェストル公爵がブランディッシュに向かった。真っ先に訪問したのはクララック子爵の屋敷だ。無害無能の子爵だが、それは先祖代々の伝統ではない。彼の祖父は中々のやり手で、屋敷はその時に建てた立派な物だ。敷地も広く、客間にはドゥムヤータ胡桃を使った最高級家具で揃えられている。


「ようこそおいで下さいました」

「いえ。助言をしたものの、その後どうなっているのかと気になりまして」


 そう挨拶した後、公爵は進められるまま、光沢のあるドゥムヤータ胡桃に最高級の牛皮が張られた長椅子に身を沈めた。


「どうです。商人達の様子は」

「はい。商人達の蔵から金はどんどん減っているようです」


「そうでしょう。彼らは今まで組合で談合し値段を決めていた。それが我が国の商人達が安売りする事によって今まで通りの利益が出せず蓄えた富を吐き出さずには居られなくなっている。どうです? 商品が安くなって民も喜んでいるでしょう」

「それどころか、今までどれ程ぼられていたのかと憤慨する者もいるほどです」


 安く売れているなら、以前から安く売れていたはず。事情を知らぬ者はそう考える。



「はっはっはっ。なるほど、憤慨しておりますか。無理もない。見ての通り安く売ろうと思えば今までも出来ていたのだ。それを談合で値を吊り上げていた」

「全くです。奴らが今までどれほど暴利を貪っていたのかというものだ」


 普段は温厚な子爵だが、珍しく語調が荒い。公爵は苦笑を浮かべつつ出された紅茶に口を付けた。クンロン産か? と、反射的に海外の国の名を思い浮かべた。しかし、今はその話題に花を咲かせる積りはない。


「安い商品により今までの生活の出費が抑えられた民は、今までとは違う金を使う。それは今までとは違う金の流れが出来るという事です。新たな金の流れが出来る時、新たな商売が生まれる。それには初期投資が必要。更に金が動きます」

「なるほど。なるほど。それで売買が増え、その税収で貴族達も潤うという事ですな」


「その通り。以前にも申し上げましたが、商人の蔵に眠っている金は税収にならないが流れる金は税を生み出す」

「流石は財政家で知られるシルヴェストル公爵。私には考えも及びません」


「今度はその金を貴族達が使えば、更に金の流れは速くなる。金の流れは労働力の流れ。労働力が円滑に活用されてこそ、人の生活は発展するのです」

「ありがとう御座います。これで私も財務大臣として胸をはれます」


 子爵も陰では自分が無能と言われているのは知っている。幾ら人が良くとも、陰口を叩かれてにこやかにはしていられない。今回の件で、周囲の者達の評価も変わるはずだ。その声には抑えられない興奮があった。


 公爵は僅かに罪悪感を感じた。

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