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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
329/443

外伝1:人の良い財務大臣

読み飛ばしてよいです。


主要国意外が何をやっていたかも描いた方が良いかと思いドゥムヤータとブランディッシュの話を書きましたが、よくよく考えても要らないかと思い掲載していませんでした。


本編の時期的には2部の「第226:嘘(2016年8月13日掲載)」の後に来る話です。

書いたのはそのちょっと前なのですが、最近、アメリカでトランプ政権が出来て日本にも経済的に影響があるというニュースが多く、この話でも私なりに経済についての考えを織り込んでいますので、そういえば自分も書いていたな、と思い出しました。

折角なので掲載することにしましたが、繰り返しますが、読み飛ばしても問題ありません。


**********************************************************************************************


 大陸暦630年以降。この大陸の勢力図は大きく変動した。東方の覇者サルヴァ・アルディナは勿論、ゴルシュタットの宰相でしかなかったベルトラム・シュレンドルフは祖国どころかリンブルク、そしてケルディラ西部にまで勢力を拡大した。


 元の地位を考えればベルトラムの台頭は、サルヴァ王子を越えると評価する事も可能だ。


 そして、多くの人々の目は両勢力に向いているが、ドゥムヤータも侮りがたい。バルバールと同盟しロタからの侵攻を防ぎ、逆にロタから貿易の利権を奪ってからは海外との交易により巨万の富を得た。その利益は制度的にはランリエル、バルバールとも分け合っているが、この大陸最大の消費国家である皇国、及びその衛星国家との関係を考えれば、一応は中立と認識されているドゥムヤータに偏るのも当然であった。


 しかも、その利益を横から掠め取ろうとしたブランディッシュをも降し、前国王に謀反を起こした者を新国王に立て傀儡とした。更に南ロタをも保護国とした。


 拡大した勢力は、一見、ゴルシュタットと同等のようにも見えるが、小国リンブルクとブランディッシュは国力が違う。ドゥムヤータのそれはゴルシュタットを大きく上回るのである。


 しかし、周辺の認識では他の勢力と比べ、ドゥムヤータは今一つぱっとしない。勢力拡大の過程において、ランリエルやバルバールの活躍に引きずられた。という評価がなされていた。その中でもブランディッシュの傀儡化はドゥムヤータの独力で成したはずなのだが、それもブランディッシュから仕掛けられた戦い。


 如何な金持ちでも主体性のない男は見くびられる。それは国家とて同じだ。その支配下にあるブランディッシュでも、ドゥムヤータへの見くびりは反感へと繋がっていた。とはいえ、すぐに背くとまでは行かない。その代わりに、従っている見返りを得るべきという声が大きくなっていた。


 近頃、ブランディッシュは経済が悪化しており、その救済をドゥムヤータに求めたのだ。属国が宗主国に要請するなど、通常では考えられぬ事だ。


 財務大臣といえば、金に煩そうな神経質な容貌か賄賂に浸った欲深そうに弛んだ容貌を想像するものだが、ブランディッシュ財務大臣クララック子爵はそのどちらでもなかった。白髪交じりの面長なその顔は、如何にも無害かつ無能そうである。そして、その容姿に反し、実は切れ者。という訳でもなくその通りであった。


 前王から政権を奪った現国王派だが、その大義名分は、貴族達に無理な出兵を強いた前国王への反発である。それは全くの偽りではなかったが、政権を握ったならば、それなりの旨みにありつこうという下心も当然。簒奪、という危ない橋を渡ったのだ。見返りがあって当然ではないか。


 だが、やはり建前も大事。旧国王派は現政権を追い落とす火種を探している。その最も注目されるのは、やはり事の発端となった財政である。貴族の窮状を訴え前国王を討ったのだ。過剰に賄賂を得んとする者は当然として、有能で国庫の支出を削減しようと貴族への賦役を増やそうとする者も避けねばならない。現国王派は、財務大臣に無害かつ無能な者を任命せざるを得なかったのである。


 とはいえ、クララック子爵に向かって無能だから選んだのだ。とは言えず、表向きは、実直な人柄を買って、という無難な言葉で着飾ってある。


 理由を説明するまでもなく(説明すれば財務大臣がクララック子爵だから)、ブランディッシュには悪化した財務を立て直す方策なく、その財務大臣は解決策を求め遠路はるばるドゥムヤータのシルヴェストル公爵の屋敷を訪ねた。


 対面した公爵は、さりげなく財力を誇示する為に海外から輸入した茶を用意させた。茶葉自体はこの大陸の物と同じ品種なのだが発酵の度合いが違う。この大陸の茶は完全に発酵させるが、海外の物は発酵が薄い。更に遠い国には、ほとんど発酵させない茶もあるらしいが、それは公爵も試した事はない。


「海外では砂糖を入れずに飲むのですが、子爵は甘い物がお好きと聞いております。どうぞ」

 と、砂糖の小壷を示した。


 貴方の事は色々と調べていますよ。と牽制したがクララック子爵は気付いた様子もなく、それはそれは、と公爵の気遣いと素直に喜んでいる。事前に調査した情報を統合し、韜晦しているだけで実は切れ者。という可能性を公爵は排除した。


 しばらく型通りの当たり障りのない会話が続き、公爵が本題を切り出した。本来は訪問した子爵から切り出すべきなのだが、無駄な会話がいつまで経っても終わりそうにないのに公爵がしびれを切らしたのだ。一応は、当たり障りのない会話の延長の態を取る。


「そういえば、最近、気になる事を耳にしました。現在、貴国の財政が逼迫しているとか。とるに足らぬ噂であれば良いのですが……」

「実はそうなのです!」


 いきなりの食い付きに、切り出した公爵の方が仰け反るほどだ。財政が困難なので助けて欲しい。それが今回の訪問の趣旨なのは分かり切っていたが、交渉には多少の駆け引きが必要。しかし、クララック子爵は’愛すべき人柄’のようだ。


「お恥ずかしい話ですが、近頃、戦いが多く王家は勿論、貴族達も戦費に苦しんでおります。とはいえ、領地からの税収など急に増えるものではありません。商人から税を取ろうとも考えたのですが、関税を上げる訳にもいかず……。どうしたものかと頭を抱えているのです」


 海外からドゥムヤータに入った貿易品は、ブランディッシュを経由して皇国などに流れる。現在では南ロタ経路も開拓されつつあるが、まだまだブランディッシュ経路が主体。しかし、ブランディッシュで関税を上げる事はドゥムヤータ商人の打撃になるとドゥムヤータが禁じている。


 ちなみに、領内の農民に増税しようとしないのは貴族達が善政を敷いているのではなく、すでに搾り取っているからだ。戦に領民を招集せず、戦い方を教えていないとはいえ死ぬほど搾り取れば死を覚悟で暴動を起こす。また商人にしても、土地に縛られる事が農民に比べて薄い。重税を課せば他に移り住んでしまう。


「ならば、経済を発展させて商人からの税を増やすしかありますまい」

「ですが、商人に物を売れと命じても、それで物が売れる訳でもありますまい」


 民からは搾り取るだけで、経済を成長させるという発想がない財務大臣は首を傾げ困惑している。その様子に公爵は頭を抱えたい思いだった。


「子爵。税を取り立てるだけの下級役人ならばそれでも良いですが、子爵は財務大臣。経済を発展させるように導いてやるのが役目。民に任せるだけでは発展しません」


 公爵とは親子ほどの歳の差がある子爵だが、その歳の差が逆転したかのように子爵は叱られうな垂れた。とはいえ、無害無能の子爵にも美点はある。それは、それ故に体面などに縛られず、年下の者にでも素直に教えを乞えるところだ。


「しかし、経済を発展させると言われましても、私にはどうしたら良いのかさっぱり……。どうか教えて頂けませぬか」

「分かりました」


 公爵はそう前置きして話を始めた。経済を全く理解していない子爵の為に初歩の初歩からである。勿論、子爵には理解できるように、かなり簡素化してではあるが。


「経済とは、如何に金を回すかなのです」


 ある農民が銅貨10枚で娼婦と一晩を過ごした。娼婦はその中から銅貨1枚で農民から、その日に食べる物を買い、4枚を宿の亭主への付けに払った。残りの5枚は服を買った。宿の亭主はその銅貨4枚で自分と家族の分の食べ物を農民から買った。服屋も銅貨1枚で食べ物を買い、残りは雇っている者達への給金とした。その者達も食べ物を買う。結局、農民には銅貨10枚が戻り、その分の食料を失った。


 つまり、結果的には農民が無償で食料を配ったのと変わらない。しかし、実際、苦労して作った食料をただで配ってやるはずもない。金が回ったからこそ、何人もが食事にありつけたのであり、初めに農民が娼婦を買ったからである。しかも、娼婦を買っていなければ、農民が折角作った食料も、誰も買い手が付かず倉庫に山積みになる。売れないなら実質、無価値だ。


「なるほど」

 子爵は得心いったという表情で頷いた。

「娼館を沢山作れば良いのですな」


「違います」

 無害なのは美徳だが、やはり無能は罪悪だと公爵は額に手をやり思った。


「娼婦云々はあくまでもののたとえ。装飾品で服屋の針子の代わりに宝石の細工職人でも良いのです。かつて金という物が無かった時代、人々は物々交換で生活していた。それゆえに金は物の代わりと考えられる事が多い。それも間違いではありませんが、経済の本質を見るには更に根本を置き換えねばなりません」

「根本、で御座いますか?」


「物と物を交換したのではない。魚と肉を交換したのならば、それは魚を獲る労働と肉を獲る労働を交換したのです。つまり、金とは労働。金が動けば労働が発生し雇用が生まれる。金が動かねば労働が発生せず雇用も生まれない。経済を発展させるには、如何に金を使わせるかなのです」

「なるほど」

 子爵は頷いたが、本当に理解しているのか公爵は懐疑的に思いつつ話を続けた。


 本来、人は衣食住だけあれば、いや、生きるだけならば食だけでも可能だ。かつて食糧生産能力が低かった時代は、人々は自分自身を養うのが精一杯だった。その時には、食糧の物々交換で事足りていた。


 しかし、現在では3割程度の人々が食糧生産業に従事すれば、全人口の食糧を賄えるほどになっている。つまり、残りの7割の人間は、生きる為には必要がない人間である。


 では、その7割が遊んでいるかといえばそうではない。生きるだけ以上の豊かな生活をする為の仕事に従事している。その者達に金を回さなくては経済は発展しない。


 シルヴェストル公爵は、公爵家を継いだ当初、家を富まそうと支出を節約し蔵に金を溢れさせた挙句、領内の経済を破壊してしまった苦い過去を思い出しながら語り

「物事には全て程度というものがあり、破綻するほどの浪費は論外ですが」

 と最後に付け加えた。


「なるほど。しかし、そうは言っても、どうすれば金の流れが良くなるのやら……」

「現在、金が流れないのはブランディッシュに金がない訳ではない。流通していないだけなのです。どこかで金の流れを堰き止めている者達がいる。その者が金を吐き出せば、それを受け取った者も金を使う。更にその次と続くのです。貴国で、今一番金を持っているのは誰とお考えですか?」

「それは、勿論、国王陛下で御座いましょう。いや、領内に交易の要衝を持つカーソン伯爵も侮れませぬ」


 王家といえど意外と領土は広くなく、王家をしのぐ領地を持つ貴族の存在も珍しくはないのだ。しかも、王家としての格式を整える為には出費も多い。戦争をするのに、王家が貴族に金を借りる事もある。また、爵位は社交界では礼儀として敬意を払われるが、財力、勢力での力関係となれば話は別。公爵をしのぐ伯爵も珍しくはない。


 とはいえ、シルヴェストル公爵がいう国一番の富を持つ者は、それらの者達ではなかった。


「いえ、一番富を蓄えている者は商人達でしょう。特に貴国のバイゴッドやブライスと言った者達は、王家に金を融資するほどと我が国まで名が知られています」

「た、確かに」


「本来、その商人達こそが経済の発展を考えるべきなのですが、彼らは自分の富を増やす事しか頭にありません。金を使うにしても他の者がすれば良いと考えている。彼らにこそ金を吐き出させるべきです」


 話を理解しているのか、していないのか、よく分からないがとにかく子爵は相槌を打っている。


「彼らの蔵に眠っている金を吐き出させ市場に流す。市場に金が溢れればその金を得た者が、更にそれを使い経済が回る。それに、蔵に眠る金からは税を取れませんが、動く金は税を産む。貴族達の財政も好転するでしょう」

「おお。流石はシルヴェストル公爵。まったくその通りです」


「とはいえ、商人に金をだせと命じても、大人しくは従いますまい。王家、貴族達に金を融通する彼らだ。社交界では顔役の貴族が、裏では商人達に頭が上がらない。という話も珍しくない」


 実際、商人に飼い殺しにされている貴族も多い。裕福な貴族とて高価な装飾品などを買う場合はつけで買い、後から商人が金を取り立てに来る。という事が多い。その方法では、自重せねば、つい買い過ぎてしまうのだが、商人達は見て見ぬ振りをする。そして、ある時、突如こう告げるのだ。


「男爵様。男爵様のつけが、このような金額になっております。これ程になると、男爵様とて、お支払いは難しいかと……」


 ちゃんと払って貰えるか心配そうな顔をしているが、ここまで黙っていたのは、当然、わざとである。


「なに!? い、いずれ払う。暫く待て」

「は。いつも我が店を贔屓にして頂いている男爵様の事。当然で御座います。しかし、我が店も、金が入らねば店が潰れてしまいます。利子だけでも、お支払い頂けない事には……」


 流石の男爵様も、これは突っぱねられず、利子を払うのを承知する。しかも、商人は貴族の経済状態が良い時には借金の元金の返済を求めず、経済状態が悪い時に元金の返済を求めて圧力を加え、男爵が破綻しそうなら更に融資もし、利子を払い続けさせるのだ。


 民から富を搾り取るだけの存在と思われがちの貴族だが、実際、彼らは領地経営の技術者。ある土地では民衆が反乱を起こして貴族を追い出し、これからこの土地は我らの物だ! とやってみれば、ろくに土地を管理できず土地が荒れ果ててしまった。という話もある。


 つまり商人達は、多少給料が高額な領地経営の技術者を雇っているのだ。一応の体面を保たせてやる為に顔を立ててやるが、あまり度が過ぎると借金のかたに領地を取り上げ、他の金に余裕がある貴族に売ってしまう。


「その商人達に貴族が金を使えと強制するのは困難。商人には商人をぶつけるべきでしょう」

「商人には商人?」


「はい。世に商人はブランディッシュ商人だけではありません。我が国にも商人はいる。ドゥムヤータ商人にブランディッシュで商売をさせるのです。あらゆる商売には組合というものがありますが、商人達はその組合で馴れ合い、競う事も忘れ、ぬるま湯に浸ったような商売をしている。そこに他国の商人が来れば、今まで通りにはいかないと何らかの動きがあるはず。商人が動けば金が動く」


 公爵は突然立ち上がり、子爵の手を握り締めた。


「クララック子爵。今日はよく来て下された。実は、我が国の商人達も富を蓄えるだけで、それを活かそうとしないと頭を悩ませていたのです。無論、我が国にもブランディッシュ商人を招き競い合わせます。そうすれば、両国の経済が発展する事間違いなしです」

「いえいえ。私も公爵のお力になれ、嬉しく思っております」


 一方的に助けを求めに来たクララック子爵だが、思わぬ公爵の感謝の言葉に戸惑いつつも、無害という名の善良さを発揮しその言葉を素直に受け取った。


 しかしクララック子爵は、この時、公爵の言葉の矛盾に気付いていなかった。

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