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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
321/443

第229:妻と母

 ユーリとエミリアナ王女が衝突した騒動の翌日、2人はフィデリアや他の王女達の前でお互いに謝罪した。


「昨日は、貴女をぶったりしてすみませんでした」

「こちらこそ、貴方のお母上を侮辱して申し訳ありませんでした」


 そう言い合うとお互い笑みを浮かべてはにかむ。俗にいう、良い雰囲気というやつだ。


 昨日に引き続き、エミリアナ王女派とユーリ派に分かれ、ギクシャクしていた他の王女達は、どういう事!? と、派閥も忘れ顔を見合わせている。


「フィデリア様。フィデリア様にも失礼な事を言ってしまい、申し訳ありませんでした」

「母上。私からもお願いします。エミリアナ王女を許してあげて下さい」


「いえ。許しません!」


 ええ!?

 全員が予想外のフィデリアの怒声に固まった。常に温厚で優しい彼女が出したとは思えぬ大声に、皆の思考が停止している。


「私は、あれほどの侮辱を受けたのは初めてです。簡単に許されると思ったら大間違いです」


 一転して冷淡な口調。なまじ美しい声だけに、その冷たさが倍増し氷の壁が立ちはだかるようだ。しかも、言葉だけでは済まない。


 美しい眉間に皺を寄せ、怒りに燃える瞳すら美しく輝く。


「こちらにいらっしゃい」

 とエミリアナ王女の手首を掴んだ。かなり強い力で掴んでいるのかエミリアナ王女の顔が苦痛に歪む。フィデリアも大柄ではないが、それでも平均的な女性よりは少し背が高い。しかも大人と子供。そのまま王女を引きずるように歩き始めた。


「母上。お待ちを!」

「ユーリ! 貴方は稽古があるのでしょう。何をぐずぐずしているのです!」


「で、ですが」

「ですが、何なのですか。貴方は騎士になる為に稽古をしているのでしょう。気にかかる事があるからと、戦いを避けられるとお思いですか」


 微妙に論点をずらしたが、正義感溢れ、騎士を目指す少年には急所だ。反論できず立ち尽くす。フィデリアは、ユーリや王女達に背を向けると、エミリアナ王女が痛がるのに構わず引きずっていく。


「誰も、部屋に近づけてはなりません!」


 普段は、居るか居ないのかも分からないほど静かに控えている執事に、そう言いつけるとエミリアナ王女を引きずったまま自分の部屋の扉を硬く閉ざしたのだった。


 エミリアナ王女にとってフィデリアは、いつも微笑みを浮かべ、感情を高ぶらせて大きな声を上げる事もない優しい女性だった。昨日の彼女の発言は、フィデリアになら何を言っても怒る事はないだろうという、子供特有の身勝手な甘えでもあった。


 しかし、その認識は甘かった。フィデリアの正体は、十数名の王女達が束になってかかっても敵わない美しい雌豹だったのだ。エミリアナ王女は、凶暴で美しい豹を前にした子犬のようにプルプルと震えている。


 王女を恐怖のどん底に陥れているフィデリアは、部屋に入ったとたんに怒りの表情を解き感情が読み取れない。それが更に王女の不安と恐怖を煽る。


 フィデリアは、呼び鈴を鳴らし侍女を呼ぶとお茶を2つ持ってくるように言いつけたが、その間も表情を崩さない。そして侍女がテーブルにお皿に載せたお茶を置くと、やっと口を開いた。


「貴女も座りなさい。ゆっくりとお茶でも飲みましょう」


 エミリアナ王女は、逆らう事など微塵も頭に浮かばず、ゆっくりと料理される気持ちで席に着いた。


「駄目よ。貴女達。あんな、あからさまな事をしては」


 フィデリアはそう言いながら、お皿に手を添え、お茶に口を付けたが、エミリアナ王女は、言われた言葉の意味を考える余裕もなくカップを持つ手も震えている。


「ユーリも、ユーリね。他の子は叔母上って呼ぶのに、貴女だけ王女って呼んだら、貴方達が仲良しなのが皆にばれてしまうわ」

「え、ええ!?」


 エミリアナ王女が思わず声を上げた。次の瞬間、頭から湯気が上がりそうなほど顔を赤くする。


「咄嗟に私が怒鳴ったから、誰も気付いていないとは思うけど」


 今まで無表情だったフィデリアが薄っすらと笑みを浮かべたが、エミリアナ王女はそれどころではない。


「それに、皆の気持ちも考えなさい。貴女の姉妹達もユーリに好意を持っているのは知っているわ。でも、昨日、彼女達は貴女の味方になってくれた。貴女の為にユーリの敵になってくれたの。それが、肝心の貴女が、皆よりユーリと仲良しになりました。じゃあ、その娘達が可愛そうだわ」


 フィデリアが危惧しているのは、それによってエミリアナ王女が他の姉妹達から爪弾きにされたり、虐められたりする事だが、今はそこまで言う必要はない。


 それでも、昨日の事で叱られる。と思っていたら、実は、自分の危機を救ってくれたのだと察したエミリアナ王女だが、それ以上にユーリとの仲を指摘された事に動揺し、感謝の心が芽生える余裕がない。


「わ、私はユーリ様とは、べ、別に何も……」


 フィデリアが、あたふたする王女の顔を悪戯っぽく、本当に? と覗き込む。


「あ、い、いえ、あの……」


 エミリアナ王女の態度は言葉より多弁に彼女の心を物語っていた。今までもユーリに好意を感じていたが、昨夜の一件で恋にまで昇華している。尤も、母であるフィデリアから見ても、自分が彼女の立場ならば、ユーリに恋しているだろうと思う。


「ユーリも、貴女には、好意を持っていると思うわ」


 これは控えめな表現だ。好意を持つ程度なら、他の王女達も含めて全員に持っている。しかし、逆に言えば、他の王女達はどんぐりの背比べだ。昨日までは、エミリアナ王女もどんぐりの1つだった。


 実際、全員が金髪碧眼の美少女であり、姉妹だけあって顔の作りもどこか似ている。それが2人、3人ならまだしも十数人もいては、薄情な人間でなくとも個別認識すら難しい。それが昨日の一件でエミリアナ王女と感情をぶつけ合い、その存在感を増した。ユーリの中では、もはやエミリアナ王女とそれ以外の王女達だ。


「でも、暫くは皆には黙っていなさい。ユーリにも、私から言っておくわ」

「は、はい」


 ついに王女も観念し、真っ赤な顔で頷いた。


「皆に嘘を付いているように感じるかも知れないけど、皆には仲良くして欲しいの。分かるわね?」

「はい」


 昨日までもエミリアナ王女なら、確かに、皆に嘘は言いたくないとユーリとの関係を隠すのを拒絶したかも知れない。しかし、ユーリの言葉で、何かを守る為の嘘もあるのだと学んでいた。


 フィデリアがカップに手を伸ばすと、指先にひんやりとしたものを感じた。


「あら、すっかりお茶が冷めてしまったわね」


 呼び鈴を鳴らして侍女を呼び、新しいお茶を運んでくるように命じた。


「もう少しお話しましょう。貴女は、私にこってりと絞られている事になっているのですからね」


 その言葉でエミリアナ王女は、自分を助ける為にフィデリアが怒って見せた事に、遅ればせながら感謝の気持ちが湧き上がった。


「あ、ありがとう御座います。私、昨日はフィデリア様に酷い事を言ってしまったのに……」


 エミリアナ王女は頷き、意を決したように顔を上げた。

「昨日、ユーリ様にお聞きしました。フィデリア様は、ナサリオ様を――」


 フィデリアの美しい指が、エミリアナ王女の可憐な唇に触れた。


「それは、絶対に口にしてはなりません。分かりますね?」

「フィデリア様……」


 アルベルドとの子を産んだなどとは、フィデリア自身が最も否定したいはずだ。それが、愛する者を守る為、罵声を浴びせられても反論一つしない。その強さにエミリアナ王女の胸に感動が湧き上がる。


「私、フィデリア様のようになりたい」


 それは、昨夜にも言った言葉だ。しかし、その時以上に強く思った。碧い瞳から涙が零れ頬を伝う。フィデリアは美しい指で、その涙を優しく拭ってやったのだった。


 暫くして部屋から出て来た2人を見て、王女達は騒めいた。フィデリアは相変わらず冷たい表情で、その後ろに付き従うエミリアナ王女は、どれほど怒られたのか涙で顔を泣き腫らしている。


「もう、いいわ。これからは気を付けなさい」

 そう冷たく突き放すようだ。


「ユーリが戻ったら、すぐに部屋に来るように伝えなさい」

 と侍女に命じて背を向けると、部屋に戻り扉を閉ざした。その背も話しかけられるのを拒絶している。


 エミリアナ王女同様、いつも優しく怒らないフィデリアを、少し甘く見ていた王女達も、これからは逆らわないようにしようと心に誓ったのだった。


 その後、ユーリが稽古から戻り部屋に来ると、エミリアナ王女との関係は他の王女達にばれないようにしなさいと言い付けた。


 初めは顔を赤くし否定したユーリだったが、

「エミリアナ王女を大切に思うなら気を付けなさい」

 と言われ、赤い顔のまま頷いた。


 子供とは不思議なもので、優しい大人は好きになるが、それと同時に甘くも見る。厳しい大人には恐れ畏怖する。そして、優しく、かつ厳しい大人は慕うのだ。優しい人が怒るなら、相応の理由があるはず。余程、理不尽に思える場合でなければ、自然とそう考え、信じられる人と認識するのである。


 あの事件の後、暫くは王女達もフィデリアの前に出ると緊張していたものの、当のフィデリアは、あの事件がなかったかのように、今まで通り、いつも笑みを浮かべ優しげだ。


 王女達も、怒る時には怒るが、基本的には優しい人なのだ。と改めて認識し、以前より彼女を慕うようになっていた。特に小さい王女達は、彼女を時々、お母様と呼び間違えるほどだ。その度に幼い王女は顔を赤くし恥ずかしがるが、フィデリアがにっこりと微笑んであげると、はにかみながら抱きついてくる。フィデリアは、その頭を優しく撫でてあげるのだった。


 そのような日々を過ごしていると、屋敷にフレンシスが訪れた。一瞬、どうしたのだろうと思ったが、王女達が、お姉様、と駆け寄るのを見て、苦笑した。つい、フレンシスと王女達の年齢差から姉妹だというのを失念していたのだ。


「フィデリア様。妹達がお世話になっております」

「いえ。こちらこそ、毎日楽しくさせて頂いております」


 フレンシスは笑みを浮かべているが、相変わらずその笑みにも影があり、あまり幸せそうには見えない。だが、それと同時に、瞳に、何かに覚悟を決めたような力強さも見える。


 王女達の中でも年少になるほどフレンシスの訪問を喜び、抱き付きお喋りをした。あぶれた王女はフィデリアの周りに集まり、彼女達はフレンシスとフィデリアの間を行ったり来たりした。


 その日の晩餐は楽しいものだった。それが終わると、改めて2人は卓を囲んだ。2人の間には葡萄酒の瓶が置かれている。水が不味い所為もあり、女性でも葡萄酒程度は食事の度に飲むほどだ。ユーリや王女達の中でも年長の者達は、晩餐では水で薄めた葡萄酒を飲んでいた。


 フィデリアは、王女達、つまり、フレンシスの妹達がどれほど可愛いかを笑みを浮かべて語り、フレンシスも微笑み聞き入っている。聞き役の為かフレンシスの杯は進み、かなりの量を飲んでいるが、あまり酔った様子はない。実は、意外と甘党なアルベルドなどより、フレンシスの方が酒には強いほどなのだ。


 ひとしきりフィデリアの話を聞き終わると、フレンシスが口を開いた。


「安心しました。実は、今日は、父に言われて様子を見に来たのです。フィデリア様もお気付きとは思いますが、妹達とユーリ様との結婚に付いてです」

「ええ」


「フィデリア様から見て、良い娘はおりましたか?」

「皆、良い子ばかりです。誰かなんて選べません。ですが……」


「ですが?」

「ユーリは、エミリアナ王女を選んだようです」


「そう。あの子が……」


 指名された妹の姿と性格を頭に描き、フレンシスが笑みを浮かべた。妹達の中で、一番融通が利かず、それだけに異性との関係にも歩み寄るところが少ないと思っていた。彼女の中では、一番無い、と認識されていたのだ。


「不思議なものです」

「縁。というものなのでしょうね」


 確かに、何事もなければエミリアナ王女は他の王女達の中に埋没していた。もしかしたら、他の王女との方がユーリと相性も良かったかも知れない。それが、ユーリが慕う母フィデリアをエミリアナ王女が侮辱するという、本来なら減点すべき事件がきっかけでユーリと結ばれたのだ。人と人とのかかわりとは計算ではない。


「これで、デル・レイの次期国王は、ユーリ様となるでしょう」


 フィデリアは言葉を飲んだ。


 フィデリア自身、眼を背けていた事ではある。フレンシスが男児を産めばその子が嫡子。ユーリはあくまで庶子だ。しかし、すでにその差は微妙。何故かと言えば、ユーリは以前にデル・レイ王になった実績があるからだ。つまり、後継者問題は、嫡子と庶子ではなく、嫡子と元国王との比較と見る事も出来るのだ。


 そこに、デル・レイ王女との結婚ともなれば、ユーリこそが王位に近いとみる貴族も増えるだろう。血統の正当性も重要だが、貴族の支持によってそれが覆される事も多いのだ。


「で、ですが、これからでもフレンシス様がアルベルド様のお子をお産みになれば、その子が次のデル・レイ王です。ユーリもそう望むはずです」


 立ち入った事とは思いながらも、フィデリアは訴えた。ならば、ユーリとエミリアナ王女との仲を認めなければ良さそうなものだが、母としての息子への情。聡明な彼女ですら抗えない王族、貴族として長年蓄積され血液に流れる政治的感覚。それが、結婚相手には家柄などを考えてしまう。それに、今の言葉通り、最終的にはユーリが断るとも信じている。


 しかし、彼女の言葉に苦笑を浮かべるフレンシスに、思わずドキリとした。


 確かにフレンシスが子供を授かれば、ユーリは王位を辞退する。でも、授からなければ……。その時には遠慮なくユーリに王位を継がせる。その浅ましい息子への愛情を見透かされた気がした。


「たぶん、あの人は、誰とも自分の子など作る気はないのです」


 更にドキリとした。何気ない言葉に聞こえるが、誰とも、とはどういう意味なのか。それはフィデリアとも、なのか。彼女は、ユーリがアルベルドの子ではないと知っているのではないのか。だが、それを問う事は出来ない。


 男に子を作る意志がないから出来ない。意志があるから出来る。そういうものではないはずだ。しかし、フレンシスはそう感じ、それは確信に近い。


 アルベルドは、フレンシスを思い込みの強い女。事実より信じたいものを信じる女だと認識し、それはほぼ当たっている。そして、あくまでほぼであり、完全にではない。その僅かな差が、2人の関係に大きな溝を作っていた。


 彼女は、信じたいものを信じる女ではない。信じたいものを信じ続ける女だ。フィデリアが感じたフレンシスの覚悟とは、信じ続ける覚悟だった。それをアルベルドが理解していれば、2人の関係はもう少し変わっていたはずだ。


「国民もそれを望んでいます。父も、妹達もです。誰もが、そう望んでいるのです」


 本来なら、アルベルドの子を産み、世継ぎを産んでその国母となる。その幸せはフレンシスのものだ。それが、デル・レイの他の者達が幸せになるばかりで、肝心のアルベルドの妻フレンシスのみが幸せではない。


「夫は、アルベルドは優しい人です。貴女にも、ユーリ様にも、民にもです。唯一、私以外には」

「フレンシス様……」


「なぜ、なのでしょうね?」


 首を傾げ、不思議そうな目をフィデリアに向けた。己の不幸を嘆くのではなく、ただただ、不思議そうに見つめる。


 フィデリアには、それに答える事が出来なかった。

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