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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
316/443

第224:急襲

 荷物を馬の尻に括り付けた男が、矢のように馬を飛ばしていた。身なりは良く、荷の具合から、どこかの貴族が旅をしているようだが共は連れていない。そして旅にしては、やはり馬の飛ばし方が尋常ではない。


 ウィルケスである。


 あの毒女。ナターニヤを口説く決意をしたウィルケスだが、少女向けの恋愛小説のように愛を囁けば、悪女の冷たい心が氷解するとは考えていない。あの女の意思など関係なく、とにかく目的を達成すれば良いのだ。


 何の備えもない裸城を落とすなら、心臓部である居住区を侵せば勝負ありだ。しかし、相手は家柄という城壁の前にも、実家の意向という外堀も備える要害だ。まずは、その外堀を埋める必要がある。


 王子の案に乗る決意をしたウィルケスは、サルヴァ王子と共にその対策を練った。当然、王子は、アリシアがナターニヤを自分の妃候補に考えているとは露ほども知らない。


 ほとんど寝ておらず妙に気が高ぶった王子は次々と対案を捻り出し、ウィルケスは頷くばかりだ。とはいえ、それによってウィルケスは劣等感を抱かない。元々軍人としての出世を考えていた。突然、国王になれと言われて王子と比べる方が無茶なのだ。その程度の割り切りは出来る男だ。


 こうして王子から策を授かり、許可を得てコスティラに向かった。その策を授けたサルヴァ王子も睡眠不足の妙な高ぶりに、ウィルケスを送り出し一眠りした後に目を覚まし、少し調子に乗り過ぎたかも知れん。と、呟いた。


 サルヴァ王子すら調子に乗り過ぎた策を胸に、ウィルケスはコスティラに辿り着き宿を借りて衣装を整えた。そしてナターニヤの実家。バルィシニコフ公爵家の門を叩いたのだった。


 大貴族に面会。特に初対面の場合は、他者からの紹介状と事前の連絡が必要なのが慣例であり、それがない者は執事も門前払いするが、ランリエル皇帝の副官という地位は、その慣例を軽々と突破した。初めは胡散臭げな視線を向けていたコスティラ人にしては小柄な執事は、訪問者の地位を知ると態度を豹変させたのだ。


「なに? サルヴァ殿下。いや、陛下の副官だと?」


 執事にそれを伝えられたバルィシニコフ公爵は、そのコスティラ人に相応しい巨体を揺らし驚きの声を上げた。突然、ランリエル皇帝が何の用だというのだ。公爵の頭に、その副官自身の用件という考えはない。あるはずがなかった。皇帝の副官が来たのなら、皇帝の命を受けてやって来たと考えるのが自然である。


「はい。ランリエル政府発行の身分証もあり、間違いないかと」

「うむ。しかし、いったい……」


 コスティラはランリエルの支配下にあり、公爵家がコスティラでは名門中の名門とはいえ、王子が直接バルィシニコフ公爵家に副官を派遣するなど、今までになかった事だ。


「もしかすると、サルヴァ陛下がナターニヤお嬢様を妃にお迎えする意向を示され、それを伝えにいらしたのでは。陛下の副官がその使者とは妙な話ではありますが……」


 通常、婚礼の使者は宮廷の侍従長などがその任にあたる。他の例としては、相手の貴族の親族を使者とする場合もあるが、副官というのは例にない。


「確かにの。しかし、陛下は変わったお方という話だ。一概にそうとは言えまい」


 娘をサルヴァ王子の妃にする野望を諦めきれない公爵は、王子が変わり者というその評判に一縷の望みをかけ、客間へと向かった。


「サルヴァ陛下の副官。ウィルケス・バルレートと申します」


 バルィシニコフ公爵は豪快な外見であり、実際、内面もそうなのだが、公爵もコスティラでは名門と呼ばれる貴族だ。礼と節は弁えている。ウィルケスの服装、態度、言葉が’正式な使者の態’を取っていないのを瞬時に察した。ならば、私的な使者である。


 ランリエル皇帝からの正式な使者ならば、例え相手の身分がどうであれ、公爵の自分が跪いて勅旨を受けるのが礼儀だが、私的な使者ならば、その必要はない。


「コンドラート・バルィシニコフだ。今日は、何用で参られたのかな」


 言いながら長椅子に腰掛け、ウィルケスにも対面に座るように手を示し促した。一見、尊大にも見えるが、お互いの身分を考えれば、むしろ格下への温和な態度と言える。


「失礼致します」

 とウィルケスも気にせず腰掛ける。


「実は、今日はご息女の件で参りました」

「娘は、あれで中々のお転婆。もしかすると、陛下の後宮から追い出されるという話ですかな」


 正式な使者ではないと気を楽にした公爵が、軽い冗談を飛ばした。しかし、娘から冗談にもならない冗談を言うと呆れられている公爵だ。この時も、冗談の積りだったが冗談として成り立たなかった。とはいえ、それは公爵の所為ではない。


「実は、その通りなのです」

 と言ったウィルケスに責がある。


 あちゃーと、公爵は額に手をやり天を仰いだ。無論、比喩であり、ここは室内である。


「バルィシニコフ公爵。お気を確かに。ご安心を。ご息女には何の非もありません。実は、サルヴァ陛下が、あるご意向を示されたが故なのです」

「陛下のご意向?」


 娘に責任はないと聞き、最低限の安心を手に入れた公爵の表情が幾分和らぐ。ご不興をかって下げられるなら処罰もありえ、そうでなくとも今後の縁談にも影響する。


「そうなのです。ですが、それを説明する前に、少し別の話をさせて頂く必要があります」

「ほう。その話とは?」


「は」

 とウィルケスは語り始めた。


 自分はサルヴァ皇帝の覚え目出度く、何とこのたび広大な領地を賜り、しかも王に列せられる事になった。その領地テッサーラもサルヴァ皇帝が国王を兼ねるセルミア王国の西に領地を接し、まるで双子の国である。ただ、このテッサーラ。セルミアがそうであるように、かつてはカルデイ帝国との戦いの戦場になる事多く人口は少ない。だが、それも昔の話。カルデイはすでにランリエルに膝を屈し、しかも隣国はセルミア。これ程平和な土地はない。


 元々、土地が痩せ作物が育たぬのではなく戦乱で人が寄り付かなかっただけ。新たに開墾するには易き土地。問題は、どこから人を持って来るかである。


「そこでバルィシニコフ公爵にご相談があります」

「私に?」


「はい。その人々をコスティラ。特に公爵の領地からの移住をお願いしたいのです」

「う……む」


 公爵が思案するように小さく唸った。


 この当時の人口の上限は、現実的に生産力の上限とほぼ等しい。人々の身体は頑強で避妊という概念もあるにはあるが、それも完全ではない。4人、5人の子供がいる家庭も多い。だが、産んでも養いきれないのも現実だ。子沢山でひもじい生活になれば、更に子を成そうという気力はなくなる。


 公爵の領地も、もはや他に開墾に適した土地はなく限界に達していた。これ以上の人口増加は、農耕、畜産技術の発達を待たねばならない。


 そうなると農家の次男、三男はもっと悲惨だ。限られた田畑を兄弟で分け合えば、数代後には1人の人間も養えぬほど細切れとなる。善悪の問題ではなく、自然、長男1人に相続させるという考えが主流となり、次男、三男は、実質的に長男家の小作人。子供を作るどころか、嫁を貰う事すら難しい。


 その次男、三男をテッサーラに移住させる。彼らは意中の娘に新天地で共に暮らそうと求愛し、そこで田畑を耕し家長となる。領地に残る長男夫婦も、彼らが去り食い扶持が減れば、安心して子作りが出来る。


 それだけを考えれば、この提案は良い事尽くめに感じる。だが、公爵には領主としての判断もある。人口とは力だ。公爵とて領民の幸せを考えぬ訳ではないが、次男、三男が去れば領主としての力は落ちる。領主の善政とは領内の民の幸せであり、新天地に向かう者達は、その範疇ではないのだ。


 それに問題はそれだけではない。そもそも順当に考えればランリエル人を入植させるのが筋。それをなぜコスティラ人を選ぶのか。裏があると考えるのが自然だ。


 だが、公爵とて海千山千の貴族社会の上位に君臨する男。粗野と言われるコスティラ人とて、腹芸は心得ている。


「いやいや、あまりにも望外の話。何故、これ程までに我らを遇して頂けるのか戸惑うばかりです」


 恐縮する態をなしながら探りを入れる。言葉遣いも打って変わって上位者に対するようだ。尤も、目の前の男が本当に一国の王となるなら、上位者に違いない。


「実は、サルヴァ陛下のご意向なのです。公爵も王家とは所詮、貴族達に担がれている神輿。というのはお分かりでしょう」

「う、うむ……」


 実際そうなのだが、面と向かって問われると肯定するのに躊躇する。何せ相手は、その’王家’側の人間だ。当のウィルケスは礼儀正しく気にしたふうもなく話を続ける。


「それは、如何な巨大な力を持つサルヴァ陛下とて同じ。ランリエル貴族が担ぐ神輿に乗っております。その者達が一斉に神輿を放り出せばサルヴァ陛下とて路頭に迷う。そこで陛下は考えたのです。もう1つ神輿を作ろうと」


 テッサーラ王国は国際的には独立した国家となるが、現実的にコスティラ人の移住者を増やせば、ランリエル国内の外国勢力だ。とはいえ、ランリエル貴族の総力とは比べ物にならず、もしランリエル皇室が倒れれば退去させられるのは必定。抵抗すれば皆殺しにされる可能性もある。その運命はランリエル皇室と一蓮托生。逆に言えば皇室の絶対的な味方とならざるを得ない。


「なるほど、なるほど。真にサルヴァ陛下にとっては、よろしい話で御座いますな。陛下がどうして我らコスティラ人を優遇して下さるか、よく分かり申した」


 そう言いながらも、公爵は探るような視線をウィルケスに向ける。王子の都合は分かった。だが、自分の都合はどうなのだ。しかし、それはウィルケスも予測済みだ。むしろここからが、サルヴァ王子と検討した口説き文句の本番である。


「ただ、領地を与えられたとはいえ、私は、元を正せば子爵家の次男でしかありません。今まで領地経営など考えた事もなかったのです。ですので、その能力がある人のお力を借りるしかありません。バルィシニコフ公爵。不躾なお願いではありますが、公爵のお力をお貸し願えませぬか」

「私の力? それは、ご要望があれば、お教えもしますが……」


「いえ。そうではありません。公爵を我が国の宰相としてお招きしたいのです。勿論、相応の領地と爵位。今と同じ公爵位を考えております。公爵だけではありません。公爵のお口添えで、他のコスティラ貴族の方々からもお力をお貸し頂きたいと考えています」


 公爵が目を見開いた。それはつまり、ただ領民を移住させるのではなく、コスティラ貴族自身が領民を率い、新たな領地を得るという事だ。領主としての力の低下は最低限に留められるし、その後、コスティラの領地の人口が戻り、テッサーラの開発が進めば、今より遥かに力を得る。コスティラの領地は息子にでも任せれば良く、しかも、他の貴族の口添えを自分に頼む、というのも気に入った。他の貴族達に恩を売り、バルィシニコフ公爵家のコスティラでの存在も大きくなる。


 しかし、条件面では良いとはいえ、根本的な問題が1つ残っている。


「過分なお話ですが、何故、それを私にお任せ頂けるのですかな?」


 美味い話には裏がある。そう考えるのは当然だ。公爵も疑念の視線を隠そうともしない。腹の探り合いは終わったのだ。ここを美麗字句で飾ろうとする者とは信頼関係を築けない。公爵のお人柄をお慕いし、など歯の浮いた台詞をほざけば即座に追い出す。無論、表面的には礼儀正しくだ。


 心得たとばかりにウィルケスに笑みが浮かぶ。


「それでは、話を戻しましょう。公爵のご息女と、大いに関係があるのです」

「おお。そうでしたな。我が娘が、何故、サルヴァ陛下の後宮から下げられるのか。その話で御座いましたな」


「実は……。私が領地と王位を得るには、条件が御座いまして」

「条件? それはどのような」


「それは、ご息女を私の妃に迎える事なのです」


 バルィシニコフ公爵は絶句した。

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