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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
314/443

第222:得て不得手

 以前、ある噂が王宮に広まった。それは、いつしか舞踏会でも使い古され人々の口の端にも乗らなくなり忘れ去られていた。


 しかし、突如、その噂が再燃した。しかも、遥かに強固に武装され帰ってきた。人々に忘れ去られていた事すらその噂を補強したのだ。


「陛下の副官のウィルケス様とナターニヤ様が? 確かに以前にもそのような噂がありましたけど、その後はとんと、その話は聞かず……。今回もただの噂ではありませんの?」

「それが、どうやら、以前のはただの噂だったらしいのですが、今回は真らしいのです」


「今回は? どういう事ですの?」

「ナターニヤ様がアリシア様を陰で支えてなされていたように、ウィルケス様も陛下とアリシア様の関係を知り、協力していたという事なのです。その関係で、ウィルケス様とナターニヤ様もお近づきに……」


 そう言われれば、思い当たる事もある。ウィルケスは以前、ナターニヤだけではなく一時アリシアとの関係も噂された。しかしそれも今では、陛下との関係を隠す為の擬態だったのではと言われている。しかもナターニヤとの噂は、アリシアとウィルケスとの関係を隠す為と言われているのだ。


 つまり、ナターニヤとウィルケスの関係は、アリシアとウィルケスとの関係を隠す為の嘘であり、しかし、それすらもアリシアとサルヴァ王子との関係を隠す為の擬態。という二重の策だったと思われている。


 実際は、ウィルケスとナターニヤの間には、なんの打ち合わせもないのだが、結果だけみれば、ウィルケスとナターニヤが示し合わせたと見るのが自然に思えるのだ。


 2人は協力して陛下とアリシアとの関係を守った。当然、表立っては会わずに密会し相談していたはず。そして、密かに会う内に……。


「ありそうな話ですわね」

 と、人々は頷いた。


 無論、その噂を流したのは当のウィルケスである。以前も使った手だが、何もあの手この手を使う必要はない。1つ強力な手があるなら、その手を使い続けるべきだ。他の男との醜聞。寵姫にとって致命的。そのような噂があるだけでも、妃への道は閉ざされる。


 だが、自分はその噂で失脚しない。サルヴァ王子は、そのような醜聞のみで処罰する人ではなく、己の身は安全とウィルケスは踏んでいた。この点、一見すると相打ち策に見えるが、ナターニヤの方が被害が大きいのだ。


 しかも、その噂を広めるのは簡単だ。ナターニヤがアリシアの部屋に頻繁に呼ばれるのを逆手に取る。アリシアがナターニヤを呼ぶにはエレナに命じる。彼女がそれをウィルケスにも伝え、その時に合わせてウィルケスもアリシアの部屋を訪問するのだ。


 今日も、そうしてナターニヤとウィルケスはアリシアの部屋で鉢合わせていた。


「あら。またいらしたの?」

「ええ。サルヴァ陛下のご命令で、アリシア様のご様子をお伺いに参りました」


 本当は、命じられたのではない。


「万一の事があってはなりません。今、私は手が空いております。アリシア様のご様子を見てまいりましょう」


 セレーナの事もある。サルヴァ王子もそう言われれば否はない。それでは頼む。とウィルケスを送り出すのだ。


 ウィルケスが上手いのは、余計な事を言わないところだ。あくまでもアリシアへのご機嫌伺いに徹する。アリシアもサルヴァ王子が自分を気にかけてくれていると喜び、ナターニヤも非難の取っ掛かりを失う。ここで下手にアリシアの前でナターニヤに粉をかける素振りを見せれば、ナターニヤもアリシアに苦情を言い、ウィルケスが来るのを控えるようにサルヴァ王子に伝えさせるのだが、それが出来ない。


 ウィルケスはしばらくすると部屋を出るが、その後をエレナが追いかける。彼女が素早く手紙を差し出しウィルケスが受け取った。アリシアの部屋は、ご令嬢達に監視されている。当然、この様子も見られている。


 間違いなく恋文だろう。では、誰からなのか?


 侍女など問題外。ウィルケスが如何に将来有望な若者であろうとサルヴァ王子とは比べ物にならず、アリシアがサルヴァ王子を捨て、ウィルケスを選ぶなど、これもない。ならば残るはナターニヤ。


 何かしらの理由でアリシアにも2人の関係は秘密なのだろう。それで、このような手段で連絡を取っているのだ。少し不自然にも思えるが、他に考えようがないのも事実。


 こうして、ウィルケスとナターニヤが密かに手紙のやり取りをしている。その話が更に噂を強化し、もはや事実として受け取られつつある。


 舞踏会でも、この話題で持ち切りである。舞踏会での会話は、如何なものでもその場限り。宮廷の秘事が語られる事も多いのだ。


「陛下とアリシア様が結ばれ、副官のウィルケス様とアリシア様の親友ナターニヤ様も結ばれるなんて、素敵ですわ」

「ええ。本当に」

 と肯定的な者達も居れば

「ナターニヤ様は、まだご身分としては陛下の寵姫。その陛下の副官といえど、不義ではないのですか?」

 と関係には否定的な者も居るが、噂自体は、すでに事実として受け止められている。


 アリシアは社交界とは断絶しているし、その侍女のエレナはそもそもウィルケスの味方。アリシアが、この噂を耳にする事はなかったが、ナターニヤの方はそうは行かない。ナターニヤ自身はアリシアと同じく社交界から距離を置いているが、その侍女達は情報収集に余念がない。


「ナターニヤ様! ナターニヤ様とウィルケス様との仲が噂になっています!」

「皆も、それが本当に違いないと言っています!」


 ナターニヤが祖国コスティラから連れて来た侍女達が口々に言った。皆、コスティラ女らしく、ほっそりとした肢体を持つが、顔ばかりか、その身体まで青ざめている。


 ちなみに、以前の侍女仲間で鉄の女と呼ばれていたアドリアナは、すでに辞めている。ランリエル王宮に仕える若い執事といつの間にか良い仲になり、結婚してしまったのだ。


 その彼女から侍女仲間に時々手紙が来るが、その内容は如何にコスティラ男達に比べランリエル人の夫が妻を大切にしてくれるかという惚気ばかりだ。侍女だった頃は、鉄の女の異名に相応しい堅物で男気など微塵もなかった彼女の変わりように、侍女達は手紙を読む目を疑うほどだ。とはいえ、彼女達にしてもランリエル男が、祖国の粗野な男達に比べ格段に優しげなのは分かっている。


 私もランリエル男と結婚する! と息巻いていたところに主人の醜聞だ。主人の評判は彼女達の縁談にも影響し、決して他人事ではないのだ。コスティラ女の美貌を武器に、すでに相手の両親と会う約束まで取り付けた者も居るのだ。


「ナターニヤ様。このような出鱈目な噂。早く何とかしなければ!」


 次の休日には相手の両親と会う。その時、主人の醜聞が話題になっては致命的だ。ご令嬢という者は、侍女の手助けなくば何も出来ないと考えられている。過去には愛妾が他の男と噂になったというだけで、手引きしたであろうと、その侍女まで打ち首にした王も居るのだ。サルヴァ王子は、そのような暴虐はしないとは思うが、万一という事もある。その危険のある女を息子の嫁にと考える親はいまい。


 ナターニヤの方も、侍女にせっつかれなくとも、どうにかしなければとは考えている。しかし、この手の噂は、否定すればするほど泥沼に嵌るものだ。前回のように全く相手にせず、その内に都合の良い状況が発生すれば、それに便乗して逸らしたいところなのだ。


 とは言っても、そんなに悠長な事も言ってはいられないわね……。


 アリシアの気持ちは固まりつつある。しかし、その気持ちを汲んで王子が頷いたとしても、やはり皇帝の妃となれば色々と下調べも入る。他の男と噂のある女。などとなれば、国家の体面にかかわると宮廷の役人達が総出で反対するだろう。


 サルヴァ王子も今は、新皇国の皇帝としての体面を整えるのに注力している。それにけちが付くような妃を迎えるのは避けたいはずだ。自然と噂が消えるまで放置しておく。という手は取れない。


 でも、やっぱり、噂などはこちらが反応するほど、人々の関心が強まるだけ。どうしたものかしら。


 勿論、ウィルケスもそれが理解して仕掛けている。決して無能ではないナターニヤだが、両手を縛られて戦わされているようなものだ。条件が不利過ぎた。


 手足を使った高度な技が使えない状況なのだ。ならば、残る手段はただ一つ……。身体毎の体当たりしかない。


 人を死に追いやってまで大国ランリエルの妃の座を求めたのだ。簡単に諦めるものか!



 奇妙な問答が行われる事となった。非公式なものだが、人々はその話題で持ち切りである。なんと例の噂について、ナターニヤ・バルィシニコフとウィルケス・バルレートがサルヴァ王子の前で対決するというのだ。ナターニヤの意向によって、事前にあれこれ言われぬように、その内容は明かされていない。それが更に人々の関心を集めた。


「陛下の前でですって。いったい何を話されるのかしら?」

「もしかして……陛下の前でご婚約を?」


「でも、ナターニヤ様は陛下のご寵姫。それは難しいのではないかしら……」

「きっと、陛下の前で2人の関係を公表し、陛下のお許しを得ようというのですわ」


 皇帝が絶対の権力を持つグラノダロス皇国はいざしらず、通常なら国王、皇帝でも、そう簡単に罪人を無罪にしたり、その逆も出来ない。だが、後宮など奥向きの処罰は、その主の胸先三寸なところがある。こそこそせずサルヴァ王子の前で堂々と宣言すれば、その潔さに許しを与える。という事も大いに考えられる。


 流石のウィルケスにも、この行動は意外だった。確かにナターニヤは防戦。しかも、堂々と迎え撃つのではなく、部屋の隅に潜んでやり過ごすしかない状況だった。それが、むしろ攻勢に出た。


 あの女。思い切った手に出て来たな。


 サルヴァ王子の前で、きっぱりと否定する。のだろうとウィルケスは読んでいる。そのような対決をするだけでも妃の座を狙うには不利になる醜聞だが、このままずるずると自分との関係を噂され続けるよりはマシと判断したか。


 そしてウィルケスにしても、ナターニヤに同調して否定してはそこで話が終わってしまう。2人の関係が事実かのように主張せねばならない。王子の面前でだ。


 王子は確かに噂で人を処罰したりはしない。だが、当のウィルケスが認めれば、それは噂ではなくなる。正真正銘、王子の寵姫に手を出した。という事になり、十分処罰の対象となる。


 あの女は、俺がそれを避けると考えている。王子の面前で噂を否定すると考えている。


 やむを得ないか。


 王子には、兄嫁との醜聞で出世を諦めていた自分を拾って貰った恩義がある。軽薄そうに見えるが、軽々しく恩義、忠義と口にする者達より遥かに義侠心、篤き男だ。彼にしてみれば、本当は恩義や忠義の心がないからこそ、声高に宣伝しあるように見せる必要があるのだ。本当にその心があるなら見せるのは簡単だ。やって見せればよいのだ。


 ナターニヤとウィルケスの対決が始まった。サルヴァ王子は何とも言えない表情だ。ナターニヤがアリシアに頼みこみ、更にアリシアが王子に頼んで実現した対決だ。だが、王子にとっては、どう考えても他人事なのだ。


 いまだ王子には、アリシアからのナターニヤを勧める話はない。周囲は、ナターニヤが王子以外の男性と通じるなど、畏れ多い大罪と考えているが、アリシアと結ばれてからはナターニヤとは寵姫としての関係も絶っている。当の王子にとって、すでにナターニヤが自分の寵姫という意識は希薄だし、寵姫達が知れば激怒するだろうが、そもそも寵姫にそれほど思い入れもない。


 他の男と結婚したいというなら、祝い金を与えて送り出してやるのに。と考えている程なのだ。


 その王子の心中を知らぬ2人の決死の対決は始まった。


 口火を切ったのはナターニヤだ。


「今日は、サルヴァ陛下のお身をお運ばせ頂き、ありがとうございます。最近、宮殿ではウィルケス様と私との関係が噂されているようですが、そのような根も葉もない噂。迷惑しているのです。ウィルケス様も同じ考えと思います。そのような噂を払拭する為にも、畏れ多い事ですが、陛下の御前で、きっぱりと否定させて頂きたく存じます」


「ナターニヤ殿。どうしてそのような事を言うのです。私達は、お互いの気持ちを確かめ合ったではないですか」


 ウィルケスが尽かさず切り返し、ナターニヤの視線が一瞬光る。本当の意味での相打ちを望むか。ウィルケスが、そこまでの覚悟で来るとは予想出来なかった。


「あのような戯言を本気になさったのですか? そのようなものを本気にされては困ります」


 所詮ウィルケスの出任せ。どのような言葉かなど、ナターニヤにも分からない。だが、嘘でもあそこまではっきりと言われては、否定しても言った言わないの水掛け論になり疑惑が残ってしまう。敵の望む戦場に引き込まれたと察しつつも、ウィルケスの一方的な思い込みと主張するしかない。


「いえ。貴女だって分かっているはずだ。なぜ、己の心を偽るのです」


 ウィルケスが切り返す。王子は、この後に処理すべき書類の山に思いを馳せていた。


 確かに2人がその将来をかけるほどの対決だし、その決着如何によっては、王子の妃問題にもかかわる。王子にも大いにかかわりがあるのだが、それを理解していない王子には他人事だ。2人の関係がただの噂なら、それまでの話だし、2人が結ばれるというなら祝い金を与え祝福してやる。それだけの話なのだ。


 一応、真面目な顔で聞いてはいるが、内心では、早く終わらないかと考えている。その間にもナターニヤとウィルケスの対決は続いていた。


「私の何がご不満なのです」

「私。国王か皇帝としか、結婚相手には考えておりませんの」


 正面から切り込むウィルケスをナターニヤがいなしに来た。いかな名門貴族令嬢とて、皇帝か国王以外は認めぬなど所詮は戯言。しかし、ウィルケスは、会話を決裂させる事が出来ず乗るしかない。


「確かに、私は一介の武官。しかし、貴女の為ならば、必ずや功なし貴女をお迎えします」

「でも、私。髪が白くなってから、花嫁衣裳を着るなんて嫌ですわ」


 ウィルケスが食い下がり、ナターニヤが無理難題を吹っかけ弾く。それが続く。


「貴女を待たせたりは致しません。陛下にお願いし1万の兵をお貸しいただければ、すぐにでも10州、20州を切り従えましょう」

「勇ましいお話です。ですが、それも今はお言葉だけの事」


「何を仰る。このウィルケス・バルレート。すでに気概は王侯にも負けは致しませぬ」

「気概で、王冠は輝きませんわ」


 言葉を刃に、男女2人が踏み込みかわし、切り付け防ぐ。お互いギリギリのところで踏みとどまり、まるで剣舞のようだ。それはある種の芸術でもあったが、如何な見事な芸術とて、それを見る者に解する素養がなければ意味をなさない。


 いかな才気溢れる画家の絵でも、巧緻が過ぎれば子供には理解出来ない。そして時には、獅子の絵をひまわりと見間違える事すらある。


「よし。分かった!」


 突如、声高に王子が言った。2人の舞が止まる。王子は何やら自信満々の様子だが、それ故にウィルケスは不吉な予感に背に冷たいものを覚えた。


 王子はまごう事なき天才。しかし、事、男女の関係については、その分の才能を全て軍事と政治に振り分けてしまったのではないかと疑うほど凡才。王子は、分かったと言ったが、ほぼ間違いなく、分かっていない。

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