第219:積み木細工
王国からの’皇国成り’について、支配下の国々の支持を取り付け、最低限の体裁を整えたランリエルは、次に周辺各国の支持を得んと大使を派遣した。
このような時、外交官達はより大きな国に派遣される事を望む。大国を任されるほど外交官にとって名誉はない。だが、今回に限り、その例は当てはまらなかった。
最も大きな国に派遣されると決まった外交官のベリーニは、同僚達が開いてくれた送迎の宴に招かれた。しかし、肝心のベリーニの顔色は悪く、彼の抜擢を祝う同僚達も表情がどこか硬い。栄達を賞賛する言葉も、そらぞらしかった。その微妙な空気に耐えかね遂にベリーニが爆発した。
「お前達も分かってるんだろ! 筆頭外交官のサントリクィド殿が、どうして派遣されない! ランリエルが皇国になるなんて話を皇国に持っていけば殺されるに決まっているからだ!」
同僚達は押し黙った。外交官として腹芸の得意な彼らにして、取り繕う台詞が出てこない。そもそもこの場は形式としては送迎の宴だが、実態としては生前葬なのだ。
どうやってベリーニを宥めようかと思案し、解決方法が思い浮かばず、これからは皇国が2つになって紛らわしいな。グラノダロス皇国は今まで通り皇国で、ランリエル皇国も今まで通りランリエルで良いか。と、現実逃避して別の事を考えている者までいた。
結局、その日の生前葬、もとい、送迎の宴は実質通りお通夜のような雰囲気のまま終わり、酔い潰れたベリーニを皆で家まで運んだのだった。
代々外交官の家系に産まれたベリーニは父に相談したが、その父は、使者として出向きその国で死ぬは外交官の誉れである! という前時代的な思想の持ち主であった。全ての逃げ道を塞がれ、死人のような顔で出発したベリーニだが、皇国に到着してみると思いがけない事態が待っていた。
ランリエルの発表に皇国は怒り狂っている。そう予測していたのだが、彼が思う以上に皇国は激怒していた。彼は天に見放されてはいなかったのだ。
「ランリエルからの使者など、会う必要すらなし!」
皇国の宮廷をその声が満たし、実権を握るアルベルドとしても、どうせ認めぬ訳にも行かないなら、その声に反してまで使者と会う必要を感じなかった。結局ベリーニは、宮廷に入る事すら出来ないという外交官としては最大の失態を演じ、命を拾ったのだった。
しかし、使者として出向き、宮殿に入れなかったのは彼だけではなかった。ドゥムヤータに向かった外交官も、門前払いを受けた。そしてこれは、使者に先立ち王子が裏で手を回した結果である。
「皇国との戦いの時、我が国に向かう皇国軍の側背をドゥムヤータに突いて貰う計画だったが、近年、バルバールとの共同作戦を介し我が国とドゥムヤータが近いと内外で見始めているようだ。今更かも知れぬが、ここは距離を置く為にも使者と会わないで頂きたい」
このサルヴァ王子の考えにドゥムヤータの選王侯達も応じた。ランリエルと皇国との戦いに、皇国が優勢となればランリエルとの約束など反故するのは当たり前だ。ランリエルと距離を置いて見せるのは好都合だ。
とはいえ、同じ使者に会わないにしても、皇国とドゥムヤータとでは意味合いが違う。皇国の場合は怒りのあまりだったが、ドゥムヤータの場合は、もう少しマシな政治的判断によるものだ。
皇国の手前、支持は出来ない。しかし、はっきりと反対すれば、裏の事情を知らぬ両国の国民感情に禍根を残す。ドゥムヤータ王は使者に会わないが、非公式の宴には招き、そこで選王侯達とも顔を合わせ歓迎の雰囲気も演出した。つまり、黙認、という形を取ったのだ。
しかし、意外な対応を取った勢力もあった。ゴルシュタット=リンブルク二重統治。
サルヴァ王子は、ドゥムヤータと同じく黙認を望んだのだが、ゴルシュタットは、何と支持の返答を寄越したのだ。しかも、リンブルクは不支持である。リンブルク王は使者に謁見を許した上で正式に否定したのだ。
「支配下の国々からの支持しかないとなれば、格好が付きますまい。我が国だけでも支持させて頂く」
ベルトラムは、裏側からそう伝えて来た。リンブルクが不支持なのは、皇国とのバランスを取る為だ。更に言えば、リンブルクはゴルシュタットの傀儡ではなく、独自に政策を行っているという宣伝でもある。
「やはり、食えぬ男だ」
サルヴァ王子は、ベルトラムをそう評した。
元々、ゴルシュタットやドゥムヤータからの支持は期待していなかった。皇国に付いては論ずるまでもない。身内だけで決めたのではなく、他の国にも報告しておかなければ国際的には認められない。その為だけに使者を派遣したのだ。それで反対されたとしても、現実にランリエルは皇国を名乗り、他の国々もランリエルと国交断絶でもしなければ明確には拒絶できない。
急ぎ建設している戴冠式用の宮殿も、更に急がせている。建築の専門家からすれば、ほとんど奇跡とした思えないほどの速度だ。建築にはサルヴァ王子も口を出したのだが、無論、いかな多方面に才能を誇る王子とはいえ築城についてはど素人である。ど素人でしか思いつかない事を言い出したのだ。
新しく作る宮殿には、選りすぐりの建築家を招集し当たらせていた。彼らは、彼らなりの秘策を打ち出した。
「建設には当然設計から始めねばならず、それだけでも多くの時間を必要とします。そこで、既存の城や屋敷の設計図を集め流用するのです。それでかなりの時間が節約できます」
無論、今ある城、屋敷をそのまま作れば外聞が悪い。渡り廊下など、区切りが良い部分毎に分けて他から持ってくるのだ。それで多くの者の目は誤魔化せる。なにせ宮殿の建造など、本来は年単位の計画だ。その単位を月にしなければならない無茶な計画。
しかし、そこでサルヴァ王子がこう言ったのだ。
「よし。ならば、その建物ごと持って来させよ。元ある物をばらして組み立てるだけならば、そう時間はかかるまい」
名だたる建築家達は唖然と顔を見合わせた。確かに屋敷を解体して別の場所に移し変える。という事は稀にはある。だが、継ぎ接ぎの宮殿を建てるのに、その1部分ずつを取られた屋敷は、その後どうなるのか。到底、成り立たぬ話と思われた。
「宮殿の中枢は、我が王家のヴァラネーゼ宮から持って来させよ。ヴァラネーゼは規模も大きく不足はあるまい。それを内装を豪華にして誤魔化せ。他の周辺建造物も、交渉次第でどうとでもなろう」
建築家達は記憶を掘り起こし、ヴァラネーゼ宮にはご祖父の前国王がお住まいなのでは、と思ったが、それはサルヴァ王子自身が説得に当たる事となった。王子は、早速、白馬に跨りヴァラネーゼ宮に駆け、名誉欲を巧みにくすぐり祖父を説得した。祖父は、自身の宮殿がランリエル栄光の日の舞台になると喜び快諾したのだった。祖父は、別の宮殿に移った。
更に王子は奔った。国内有数の大貴族達の元にも自ら出向き、戴冠式を行う宮殿の西の塔はお主の城から頂きたい。東の塔はお主の城の物をと説いた。彼らも、それは名誉と承知した。頼んでもいない者達からも、どうして我が城からは持ち出してくれないのかと不満が出るほどで、ならば、お主は南の城門、北の城門をと割り当てた。庭を掘り起こし、地面から引っぺがすようにして、寄進する者すらいた。
人員についても貴族達が領民、兵士を動員し提供した。皇国となるランリエル王室に如何に尽くすか。ランリエル皇帝即位に際し、某家の功績大であった。そう歴史に名が刻まれるかも知れないのだ。そして名を重んじる貴族社会において、それは実益にも繋がる。
お互い事業で誰と手を組もうかと言う時、条件が同じなら名の通った方を選ぶ。それが貴族というものだ。
建築家達の懸念を、提出者達の名誉欲をくすぐるという手段で解決した。建造技法の話のはずが、いつの間にか政治、名誉、人脈の話に摩り替わった。
しかも、サルヴァ王子はこれを殆ど瞬間的に思いついた。今までの経験、知識、それらを独立させず、新たな問題の解決に自然と関連付ける。それが王子の天才、天から授かった才能。それゆえ王子に取っては当たり前の解答なのだが、他の者はそれがどう当たり前なのかが分からない。時には彼らには、王子が奇妙な事を言っているようにすら感じるのだ。
こうして、継ぎ接ぎだらけの宮殿、もとい、ランリエル王家と貴族達の団結の象徴といえる宮殿は短期間で完工したのだった。
ついに、戴冠の儀式を数日後に控えたある夜、クレックス王がサルヴァ王子を酒席に誘った。王子がクレックス王に皇国成りの考えを伝えた時とは逆である。
「後、数日で父上は皇帝となりますな」
最高級の葡萄酒を満たした杯を傾け王子の口は軽い。それは、酒に酔っているばかりではなく、少し浮かれているようだ。それに反し、王の反応は腰が重い。
「う、うむ」
と、ちびりと飲み、酔うほどには飲まない。
しかし、サルヴァ王子の口はますます軽くなり、ランリエル皇国初代皇帝となる父の偉業を杯を卓に置いたまま褒め称える。酒を飲まずとも自らの言葉に酔っている。
クレックス王は杯を手にしてはいるが、殆ど口に運ばない。運んでも、唇を付ける程度だ。まるで酔う事を恐れているようにすら見える。
サルヴァ王子が尚も父の偉業を称え続ける。だが、クレックス王は沈痛な顔で、その言葉1つ1つが針となり心に突き刺さっているかのようだ。
「サルヴァよ。止めにせぬか」
何をです? とは、王子は問わなかった。言わぬでも分かっている事だ。
「内外に通達し、宮殿も作り、人も呼んでいます。今更、後戻りは出来ませぬ」
浮かれたように喋っていた王子が、父の言葉を予測していたかのように瞬時に表情を改めた。クレックス王が大きな溜息をつく。その顔には疲労の影が浮かんでいる。
「わしは、皇帝などという器ではない。たまたま、お主という、何やら訳の分からぬ者の父となってしまっただけの男だ」
訳の分からぬ者とは、父から息子への言葉ではない。だが、事実、父には、この、出来るはずもない事を次々と成す息子が何を考えているのか分からない。恐怖すら感じるほどだ。
「皇帝など、わしには荷が重いのだ。到底、勤まるとは思えぬ」
「父上、ですが--」
「ただの飾りとしてもだ」
王子は口を閉ざした。父が皇帝とは名ばかりで、実権は自分が握る。言わずとも暗黙の了解だった。現在のランリエル王国がそうなっている。皇国になったからと言って、それが変わるものではない。
「今更、止められぬというなら、わしは退位する。皇帝はお主がなれ」
言い。王は立ち上がった。それは、議論の拒絶を意味した。議論をすれば息子に負ける。それが父には分かっている。王が我を通すには、言い捨て、立ち去るしかなかったのだった。父は息子に背を向けた。王子は、父に逃げられた。
「私は、かなり人が悪いらしいな」
父が去った後、部屋に入って来たウィルケスに零した。
普段は口の軽い副官も、それに応じる言葉を持たない。今まで散々、王子が王位を継ぐべきと主張して来た彼だが、その彼にしてもサルヴァ王子が皇帝となるまでは空想、いや、妄想すらしていなかった。王子の機略は、この才気溢れる副官すら軽々超える。
今回の策は、一石で三鳥を得る。元々、3つの問題があった。まずサルヴァ王子の権威を高める必要がある。次に父から王位を奪う息子としての情。そして、王位を奪うとなれば国内からの批判が出るはずだった。それが全て解決するのだ。
権威付けはいうまでもなく、皇帝となるとなれば、父は退位すると予測していた。国内の批判にしても、サルヴァ王子の力は認めつつも、王子の権力が強くなり過ぎると危惧する貴族達、その彼らからして、ランリエルが皇国となる。その栄光の時、歴史に永遠と刻まれる初代皇帝の名がクレックス王かサルヴァ王子かと問われれば、東方の覇者サルヴァ・アルディナ。それ以外、ないではないか。
父を超えたい。男ならば誰しも思う事だ。成長し、大人になり父が老いて腰が曲がってくる頃に、父を超えたと思える男は幸せかも知れない。父とは全く別の道に進み、比べる相手ではなくなれば、それも良いだろう。
自分は、父を超えたのだろうか。無論、政治、軍事では比べ物にならない。それは分かっている。だが、それで父に勝ったのかといえば、それを否定したい気持ちもあった。息子として、父は自分より上の存在であって欲しい。
その父が自分から逃げた。お前には付き合いきれぬと逃げたのだ。自分がそう仕向けた。父を自分の意のままに操った。にもかかわらず、父に捨てられた。その感情が沸き上がる。
王子の相手をすべき気の利く副官は、それ故に、いつの間にか姿を消していた。王子も、副官の姿がないのに気付いたが、再度呼ぼうとは思わなかった。
父を敬愛している。妹のチェレーゼ王女は、父を自分より人格的には上だと言った。確かに、そうだと思う。だが、人格者では戦いには勝てない。政争には勝てない。その意味では、サルヴァ王子は永遠に父には勝てない。サルヴァ王子が戦いに勝ち政争に勝ち続ける故にだ。
現在の自分を否定はしない。戦いに強く政治の駆け引きも出来、経済に置いても無知ではない。完璧ではないとしても、客観的に見て、これ以上を望むのは贅沢。と言えるものだ。だが、別の次元で父には勝てない。そうも思っていた。
だが、その父を降ろさせた。父自身に、お前には敵わぬと認めさせたのだ。沈痛な顔で。
もっと、同じ土俵で競えるものだったなら、父ももっとカラリと明るく負けを認めたのだろうか。もう少し、年月を経て父を超えたのならば、父も喜びを持って負けを認めたのだろうか。
王子は父には敵わぬと思っていた。だが、父の方も息子には敵わぬと思っていた。だからこそ、王子に政治も軍事も任せ、自分は飾り物に徹した。それが出来る事こそが父の偉大さだった。父自身、それに気付いていただろうか。
クレックス王が評したサルヴァ王子の中の、訳の分からぬ者、が父の包容力を超えた。それが、父を超えた事になるのか。それは王子には分からない。ただ、小さい頃に庭で転び、その時、何故か父が助け起こしてくれなかった事を思い出していた。
戴冠式が行われた。その数日前に急遽の予定の変更があり、招待された各国の王族、貴族達は驚いたが、その驚きもどこか冷ややかだった。まさか、というより、やはりな、という雰囲気が強かった。各国の支持についても、クレックス王だから良く、サルヴァ王子だから駄目というものではない。
王座が2つ用意されていた。その1つに王冠が載せられ、もう1つには何も載っていない。王冠が載せてある方がランリエル皇帝の玉座で、載せていない方はランリエル王の玉座だ。
当初の予定では、クレックス王がランリエル王の玉座に王冠を置き、ランリエル皇帝の玉座に置かれた王冠を自ら頭に載せ玉座に座る。その手はずだった。それが変更された。
クレックス王がまず進み、ランリエル王の玉座に王冠を置いた。ランリエル皇帝の王冠に手を伸ばす。そこに、無冠のサルヴァ王子が進み出た。王子はクレックス王の前で跪き、クレックス王は王子の頭に王冠を載せたのだった。
ランリエル皇国初代皇帝サルヴァ・アルディナの誕生である。




