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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
309/443

第217:予兆

 アリシアがサルヴァ王子の跡継ぎ問題に思い悩みナターニヤに相談していたころ、そのサルヴァ王子も苦悩していた。


 山と積まれた報告書を前に、一息付くと侍女に紅茶を運ばせたが、一口啜りつつ頭に浮かぶのは侍女が丁寧に入れた大陸渡りの紅茶の舌触りではなく、もっと散文的な事柄だ。


 跡継ぎの事ではない。対皇国についてだ。だが、それを根にし幹が育ち枝が伸びる。その内の最大級といえる枝があらぬ方向に伸びている。どこに伸びているのかサルヴァ王子ですら、見通せぬほどだ。


 一口分だけ分量を減らしたカップを受け皿に戻す時、強く音が鳴った。後ろに控えるウィルケスが、割れるのではないかと少し眉をひそめたほどだ。それほど、王子の思考は他の事に集中していた。


 バルバールの、ディアスの思惑が分からぬ。


 バルバール王国軍総司令は、バルバール王国とその民を守る為に存在すると公言し憚らぬ男だ。そして、公言する事すら戦略に組み入れている。もしディアスがバルバールの利益の為にランリエルを裏切れば人々はどう言うか。無論、ディアスを非難する。だが、その一方、こうも言うだろう。


「ディアスは普段からそう公言していたではないか。どうして備えていなかったのだ」


 まるで、裏切られた方が悪いかのようだ。しかし、実際、その通りとも言える。ディアスを排除せねばならないのだが、対皇国を考えれば、ディアスの軍事能力を捨てるのは惜しい。しかも、バルバール王ドイルの信頼も篤く、温和で知られるドイル王がディアスの解任にだけは頑として首を縦に振らない。無理をして排除を強いれば、それこそバルバールが離反しかねない。


 自然、バルバールが裏切らないように優遇せねばならない。そのような雰囲気がある。他の国々からバルバールへの非難が集まりそうなものだが、それも、ディアス1人が悪い。と防波堤になっていた。


 国と民の為に自分が犠牲になる。などという自己犠牲の精神は持ち合わせてはいないが、自分の名声の為に国と民を犠牲にするのは馬鹿げていると考える男なのだ。


 そのディアスに不穏な動きがある。北ロタ王国軍、当時のロタ正統王朝軍がバルバールが占領していたロタ北部に侵攻した時、ディアスはわざと領地を放棄した。それは間違いない。北ロタとも何らかの接触があったはずだ。


 問題は、その接触がどこまで踏み込んだものかだ。単に、占領地を持て余していたバルバールが、正統王朝軍の侵攻を口実に手放したか、その先、皇国側に寝返る事まで踏み込んでいるのか。


 もし、バルバールが皇国に寝返れば致命的だ。


 バルバールの東西の国境は、険峻な山岳地帯に守られ僅かな兵で大軍を防ぐ事が出来る。海路も精強でなるバルバール艦隊と名将ライティラを擁し、ランリエル艦隊の内海への進入を防ぐだろう。つまり、バルバールが皇国に寝返れば、ランリエルは極東地方に封じ込められ、バルバール以西は皇国の思うがまま。勝負どころではなくなる。


 カップを掴んだままの王子の腕がぴくりとも動かない。


「新しい物に代えさせますか?」


 ウィルケスの声で、自分の視線の先の紅茶に気付いた。それほど意識が内に向いていた。


「ああ」


 カップから手を離し、背もたれに身を任せた。ウィルケスが侍女を呼んだ頃には、また思考はバルバールへと向かっている。


 ディアスとて、裏切りが趣味ではない。バルバールが付いた方が勝つ。という状況ならば、裏切らないはずだ。ランリエルの敗北が濃厚ならば裏切る。いや、バルバールに多大な犠牲を強いてのランリエルの勝利。それも、ディアスは許さないだろう。


 とはいえ、ランリエル配下の国はバルバールばかりではない。バルバールを優遇した挙句、他の国が不満に思い裏切られて敗北しては本末転倒だ。


 新しい紅茶が運ばれて来て、カップに手を伸ばした。

「結局は、ランリエルが強くならねばならんという事か」

 呟き、口を付けた。


「何がですか?」


 王子の思考を邪魔してはと口を閉ざしていたウィルケスだが、王子が話し相手を求めていると察した。


「我が国、いや、我らというべきか。我らは皇国に比べ一枚岩ではない。烏合の衆と言っていい。どうすれば、纏まるのかと思ってな」

「それで、強くならねばならないという話ですか」


 王子は頷き、そのまま、またカップに口を付けた。


 皇国は、その成り立ちからして一枚岩だ。今回、内乱が起こったが、それはアルベルドが自身の権力を強める為に邪魔者を排除したにすぎず、その意味では更に強固となった。


 強大な敵の手下達は自分の欲にしか頭になく好き勝手に動きバラバラで、味方の小勢力は愛と正義と友情で心は一つ。数だけ多い烏合の衆の敵を一致団結して倒す。弱き者はそう夢見るものだが、現実はその逆だ。強い者は強いからこそ纏まり、弱い者は生き残る為に、それぞれが右往左往する。


 その点、前回の皇国軍侵攻は皇国にも油断があった。皇国の大軍が必ず勝つと信じて疑わず、だからこそランリエル側勢力の国々全てを討伐すると発表した。それ故に、カルデイ、ベルヴァース、バルバール、コスティラなども、ランリエルの元に’纏まるしかなかった’のだ。しかし、次は、ランリエルのみを標的にし、切り崩しにかかる可能性もある。


「やはり、殿下が王位を御継ぎになるのがよろしいのでは。確かに殿下はすでにセルミア王であらせられ、国際的な序列では国王として扱われますが、現実、殿下はランリエル王子として見られています。王位に就かれれば、それだけ他国の見る目も変わると思うのですが」


 セルミア王戴冠前にも、ウィルケスは王子に国王になれと薦めていた。暫く収まっていたが、諦めてはいなかったようだ。


 そして、ウィルケスの言い分も、的外れではない。現在でも、ランリエルの政治はサルヴァ王子が見ていて、クレックス王は式典に出席するのみ。サルヴァ王子が、国王になったからと言って実質ほとんど変わらないのだ。しかし、人の目とは実質以外のものも映す。権威、というものも、その一つだ。


 国王になったサルヴァ王子は、今までより力を持つに違いない。実際には何も変わらずとも、国王になったという権威が、そう思わせるのだ。それは王子も認めざるを得ない。


「お主も、しつこい男だな」

「しつこく言っても、殿下は私を遠ざけられないので」


 王子が探るような視線を向けた。


「女性を口説く時、しつこく言い寄って相手がそれを嫌がる素振りを見せれば、他の手を考えるしかありません。ですが……」

「なんだ?」


「そうでないなら、いずれは落ちます」


 嫌がっていないならば、相手も少しは気があるという事だ。ならば、押せば押すほど次第に相手もその気になってくる。無論、本心では嫌でも顔に出さない女性も居り、それは見抜かねばならない。見抜けるかどうかが、ただの勘違い男とウィルケスとの差だ。


「それがお主の手か」

「他にも、引いてみたり、他の女性に好意を寄せられているところを見せて独占欲を刺激するなど、色々ありますが」


 女の話としながらも、外交にも通じる。所詮は人と人との関係だ。


「なるほど。しかし、私には不要だな」

「なぜです?」


「私は、お主ほど女に不自由しておらん」


 ウィルケスが苦笑を浮かべ引き下がった。確かに、後宮に30人の寵姫がいる王子に比べれば、いかなウィルケスも形無しだ。無論、話の本質は女の口説き方ではない。王子が本心では王位を望んでいるのか。という話だ。王子はそれをあえて外した。ウィルケスも、王子がわざと外したのを察し、それ以上の追及はしなかった。


 父を王座から追い国王になる。気が進まぬ。しかし、気が進まぬからと言って、いつまでも逃げていて良いのか。自分が国王になった方が都合が良いのは確かなのだ。それこそ、ディアスが言う、自分の感情の為に国や民を危ぶませる行為ではないのか。


 その、王位という甲冑を着る決断をしかねる王子だったが、権威の城塞を築くのには着手した。それは、実際にも城塞だった。


 旧ロタ北東部に遷都したセルミア王都だが、更にそれを城塞都市化すると発表したのだ。いや、城塞都市どころではない。城塞地区というべきものだ。


 バルバールが所有していた、内海に浮かぶバスティア島。このロタ沖に蓋をする島は内海の交易を制する中継港として利益を上げている。バルバールとしては手放したくはなかったが、王子としてもここを確保しておかないと、飛び地であるセルミアとの連携が不便だ。バスティア島からの税収の20年分と主張するバルバールと交渉を重ね14年分という金額で手に入れた。これで、物資と人の道が確保できた。


 セルミア王都を置くクルセイユは四方が開けた盆地だが、その四方を閉ざし城塞とするのだ。


「クルセイユから伸びる大街道4筋。小街道12筋。その他、無数の枝道。全てを城門、城壁で塞ぐ。内部に多くの田畑も作り、如何な大軍でも落とせず、100年囲んでも飢えぬ要塞とする」


 水の手を絶たれた時の為に、無数の井戸も掘る。大陸中央に勢力を伸ばすランリエルだが、その本拠地は東の果てだ。中央に近くなるほど影響力が弱くなるのも当然であり、バルバールに国境を閉ざされては進退窮まるという弱点もあった。


 その弱点を補う為、大陸中央にも軍事拠点を築こうというのだ。とはいえ、常駐できる兵力は経済的な制限もありランリエル本国と比べれば微々たるもの。しかし、軍事拠点がある。というだけで、周囲の意識は大きく変わるものだ。コスティラなどは、ランリエルの出張所が隣に出来たようなものだし、バルバールにしてみれば、東西を挟まれる事になる。ドゥムヤータなどにしても、余程距離が近くなった。


 セルミア王都建設を命じられていた宰相ヴィルガは、

「こうも方針が頻繁に変わられてはかないませんぞ!」

 と流石に愚痴を零したが、その顔には生気が漲っていた。


 元々、若くしてランリエル宰相に任じられたにもかかわらず、王子が立案する政策の調整役でしかない事に不満を抱き、サマルティ王子を擁立しようとした男だ。困難な事業であるほど血が熱くなる。王子も、以前とは違い、方針と期限を厳命した後の計画と実施はヴィルガに一任している。


 ヴィルガも、以前は、もう少し繊細な仕事をする男だったのだが、サルヴァ王子により夢にも思っていなかった(というより、それまで存在してもいなかった)セルミア宰相となった経緯からか、どこがたががはずれたらしい。あるいは、サルヴァ王子の影響を受けたのかもしれない。一任されたヴィルガは、大胆な計画を打ち出した。


「サルヴァ殿下のご方針は、クルセイユ盆地を大軍が押し寄せても落ちぬ城塞とせよとの事だ。ならば、大軍が来れぬところなど、土塁で十分だ」


 少数の軍勢しか通れぬ小道を塞ぐには、少数の軍勢を防げる程度の備えで良い。確かにその通りなのだが、中々そう割り切れるものではない。しかし、ヴィルガにも言い分はある。


「クルセイユ盆地を全て石造りの城壁で囲むなど、何十年かかるか分からぬ。こうでもしなければ、殿下のご要望に間に合わぬわ」


 更に、軍制にも着手した。この大陸の軍隊は、基本、職業軍人のみで構成されている。それは、民に戦いをさせないという優しき心からではない。民衆に武器や戦い方を与えると反乱を起こされた時に面倒だという考えからだ。獣を弓矢で狩る猟師になるのにも領主の許可が必要だったりするのだ。


 事実、民を兵として召集する東方の大陸の国では、民の反乱から国が覆され、民衆から王が出る事も多いが、民を兵としない国では、それがない。低い身分から成り上がる者も居るには居るが、戦乱の中から這い上がるというより、成り上がって兵を率いる身分を得てから戦乱に身を投じる形だ。身分制度を守るには、民に武器を持たせない事だ。しかし、今回は特例処置を行った。


 職業軍人とは別に、多くのいわゆる屯田兵といわれる者達を置く事にした。対皇国の最前線となる事を運命付けられているセルミア王都だ。ランリエル本国から移住者を募集しても、中々応じる者はいない。しかし、いずれは騎士にもなれるとなればどうだろうか。騎士も貴族の末端である。爵位のある貴族に見込まれ、婿となって爵位を継ぐ事すらある。


「セルミア王都に来れば、戦いの無い時は農民として田畑を耕し、敵が来れば槍持ち戦う。手柄を立てれば、騎士として召抱えようではないか」


 農村の次男、三男といえば、自らの田畑を持つ事すら出来ぬ冷や飯食い。それでも、最前線のセルミア王都に移住するのを躊躇していたが、田畑と共に騎士にもなれるかも知れないとなれば話は違う。どうせうだつの上がらぬ人生である。一発当ててみようと手を上げた。そしてヴィルガは、やって来た者達に命じた。


「それでは、まず初めの任務だ。お前達には城壁を築いて貰う。お主達自身が住む町だ。手を抜けば、己に降りかかると心せよ」


 彼らは、こんな事をする為に来たんだったか? と首を傾げつつ石を運び、土を固め、日々城壁は高くなって行ったのだった。無論、城壁が完成すれば、約束通り屯田兵とする予定だ。


「ヴィルガは中々やるな。こんな事なら、初めから奴に全てを任せても良かったかも知れん」


 工事の進捗状況の報告を受けた王子は、そう評した。


 初め、とは、ランリエル宰相だった時にという意味だ。国政や大規模な事業は全て自分が管理しなければ気が済まぬサルヴァ王子だが、それは権力を一手に握りたいからではなく、他の者にやらせるより自分がやった方が上手く出来ると考えているからだ。自惚れとも取れるが、実際、王子がやった方が上手くいく事が多いのだから仕方がない。しかし、皇国との戦いの準備に追われ、流石のサルヴァ王子も手が回らなくなって来た。


 やはり、任せるところは任せねばならんな。という、凡人ならばすぐに気付き、天才ならばこそ気付かぬその真理に、やっと辿り着いたらしい。


 こうして、東西約1.3ケイト(11キロ),南北約4.2ケイト(36キロ)という広大な盆地は、着々と城塞化していったのだった。


 そんなある日の夜。サルヴァ王子は父であるクレックス王を酒席に誘った。


「サルヴァが余と酒を飲みたいと申すか。珍しい事もあるものよ」


 クレックス王はそう言いつつ快諾し、父と息子は人払いをし2人きりで杯を重ねた。庶民や下級貴族と違い、王族、大貴族という者達は、家族でも普段は別々に暮らし顔を合わせない事も多い。サルヴァ王子とクレックス王が2人だけで酒を酌み交わすなど、数年ぶりである。積もる話もあり、用意させた最高級の葡萄酒を満たし杯だけではなく、言葉も多く酒席を満たした。


 特に、待望の孫が出来た事もある。王子の小さい頃の話から始まり、遂には孫が出来たかと感慨深く頷くクレックス王の目尻には涙さえ浮かんだ。


「お主とは兄弟ほどの歳の差とも言われ、まだまだ若い積りであったが、そうも言ってはおられんようだな」


 涙を浮かばせ、杯を傾ける父だが、何故か息子の表情は、思い出話をするにしては堅いものがあった。一瞬、歯軋りがするほど歯を食いしばった後、口を開いたが、父はそれに気付かない。


「父上。父上がランリエル王となって、何年になられましたか?」

「そうだな。20……2年といったところか」


「なるほど。22年ですか。随分と長いですな」

「そうでもあるまい。歴代のランリエル王の中には、在位50年以上という方もおられる。わしなどまだまだだ」


 欲のないクレックス王だ。王座にしがみ付こうという気はないが、長いと言われれば、自分でも言った事とはいえ、歳を取ったようで反発したくもある。


「いや、長い」


 王子が父の言葉に短く逆らった。その語気は思いの外強く、他愛もない会話だと考えていたクレックス王が、その不自然さに首を傾けた。


「お父上。22年もランリエル王でいるのは、そろそろ飽きたのではないですか?」

「サルヴァ。お主、何が言いたい?」


 国王の背に冷たい物が流れた。酒に酔っていた精神も、この不穏な空気に急速に醒めていく。


「いえ。私も30年以上も王子と呼ばれ続け、そろそろ別の敬称で呼ばれて見たいと思いましたので、お父上もそうであろうかと」


 息子は今まで自分に忠実だった。東方の覇者と呼ばれてからも、父を立てていた。その息子が放つ不穏な言葉に、まるで場違いな演劇に無理やり出演させられたかのような違和感を覚えた。微動だにせぬ父の前で、王子はゆっくりと杯を傾けた。

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