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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
308/443

第216:妃候補

 ゴルシュタット=リンブルクの動きを知らぬランリエルでは、平和な日々が続いていた。


 跡継ぎのいなかったサルヴァ王子に待望の第一子が産まれ、明るい未来に民衆も浮かれている。如何に権力を持とうとも、跡取りがいなくては後々国内に混乱が起こるのではと不安があった。その不安が払拭されたのだ。


 確かに産まれたのは女児だったが、ずっと子が出来なかったサルヴァ王子だ。もしかしたら子を作れぬ体質なのではと思われていたところに今回の出産だ。


「これでランリエルも安泰だ」


 民衆は、無責任に騒いでいる。それだけならばアリシアも、どうぞご勝手に、というものなのだが、残念ながらそうは行かない。


「次こそはお世継ぎだ!」


 との声もある。かつてベルトラムの部下ダーミッシュは、娘のシモンに産ませる子を、男児が良いか女児が良いかとベルトラムに問い、産み分けの方法を弁えているようすだったが、無論、アリシアの知るところではない。


 それどころか、

「他の女性ならば、男子を産んで下さるかも知れん」

「こうなれば、男子が産まれるまでサルヴァ王子には、次々とお子を作って頂くのだ。その為には、寵姫をもっと増やさねば」

 と、いう声まで出始めている。


「全く勝手な事を言ってくれるわね」


 アリシアは、愚痴を零す事しきりだ。


 自分と結ばれた後もサルヴァ王子が後宮を畳まないのは仕方がないと考えている。だが、無論、歓迎はしていない。


「私にとって愛する女性はお前だけだ。他の女など抱くものか」


 王子からのそのような言葉を夢見もする。だが、現実的ではないのも分かっている。そのようなものが通用するのは、御伽噺の世界だけだ。もし、王子が跡継ぎを残さず亡くなればどうなるか。


 順当に考えれば弟のサマルティ王子がランリエルの王位を継ぐ。しかし、問題はランリエル国内だけではない。ランリエルは数ヶ国をすべる大勢力。権力が強まれば欲も強くなるのが、人の世というものだ。


「失礼ながらサマルティ殿下では、ご器量不足。王家に連なる何某殿下こそが、ランリエルを継ぐべきと確信しまする」


 そう言って王族を担ぎ出し、強引に王位継承争いに割ってはいる者も出てきかねない。そして、そのような者が幾人も出れば無視できぬ勢力となる。取り合えずサマルティ王子を廃する事で一致団結し、その後、小集団同士が相争い、ランリエルは四散、分裂し内乱となる。その可能性もある。


 アリシアにとって更に恐ろしいのは、我が娘がその政争に巻き込まれる事だ。娘には王位継承権はない。しかし、王子の子が娘しかいなければどうなるか。娘の夫とサマルティ王子が王位を争う事もあり得る。いや、今後アリシアが男子を産んでも、年少であれば、サマルティ王子と我が息子。どちらが上か微妙である。


 我が子には幸せになって欲しい。そう願っているが、その為には王子に跡取り、出来れば、正式に結婚した王妃が産んだ嫡子が必要という皮肉な現実があるのだ。


 だが、日々そんな事を考えていては精神的にたまらない。その為、お手軽な解決方法。考えないでおく、を実践しているのだが、周囲の声がそれを許さないのだ。


 乳児の生存率が低い時代だ。庶民と違い貴族、王族ならば生活環境も良く、庶民の乳児生存率とは雲泥の差だが、それでも不安はあった。しかし、最近では娘のジュリーの首も据わり、寵姫達からのお茶会の誘いも増えたが、それ以外にも今まで付き合いのなかったご夫人からのお誘いも増えて来ていた。


 以前よりサルヴァ王子の友人と見られていたアリシアだ。その時からお近づきになりたいと考えていたのは寵姫ばかりではない。貴族のご夫人方やご令嬢方も機会があればと思っていた。今までは、後宮に住んでいるアリシアには手が出せなかっただけなのだ。しかし、妊娠を機にアリシアは王宮に一室を与えられた。まさに、飛んで火にいる夏の虫である。


 アリシアと親しくなれば夫が出世できると考えるご夫人は勿論、あわよくば王子と、と考えるご令嬢も多い。寵姫はいわば公的愛人だが、私的愛人という訳だ。


 その者達が入れ代わり立ち代り

「ぜひ、アリシア様とご一緒したいですわ」

 と侍女のエレナを通じ、お茶会に誘ってくるのだ。


 エレナには絶対にお受けしないようにと言い聞かせ、今のところ防衛に成功しているが、何せあの貴族社会好きの侍女の事。砂を盛って固めただけの土塁のように頼りない。


「いい加減にして欲しいわね」


 ある日、そう愚痴を零すと、彼女の親友と目されているコスティラ令嬢ナターニヤは苦笑を浮かべた。彼女とて後宮の住人。本来、そう軽々しく後宮の外には出れないはずだが、アリシアが侍女に襲われた時に身を挺してアリシアを庇った彼女だ。例外として認められていた。暗黙の命として、アリシアが再度狙われた時には、また身を挺して庇うように、という事だ。無論、アリシアには、そんな気は毛頭ない。


「仕方がないわ。私だって、もしかしたら殿下は、お子が作れないんじゃないかって思っていたもの。それが貴女が殿下のお子を産んだから、皆、欲が出たのよ」

 と、言われても、その欲の種類と量に辟易する。男産めに始まり、お零れが欲しい、王子を紹介しろだ。それが国を挙げて圧しかかってくるのだ。並みの神経では頭がおかしくなってしまう。


「やっぱり、殿下には、妃を迎えて頂くのが良いのかしら……」


 サルヴァ王子などからは神経が太いと思われているアリシアだが、実際、王子が思うほどは図太くない。他の者と壁を作る事によって防衛しているに過ぎない。王子をそう思わせている要因は、初期ではリヴァルを失った事の自暴自棄であり、その後は王子への甘えだ。女性は、この人には甘えても大丈夫という嗅覚を備えているものだ。しかも、無自覚にである。


「なに弱気になっているのよ。私が妃になる! ぐらい言えないの?」

「そうは言っても、陛下や王妃様も……」


 ナターニヤが小さく呻いた。アリシアを励ます積りの彼女すら、言ってはみたものの、現実的にアリシアが妃になるのが難しいのも分かっている。そして、クレックス王やマリセラ王妃の立場なら、王子の嫡子が欲しいと考えるのは無理はない。


「実は、こういう事があったの……」


 数日前の事だ。クレックス王とマリセラ王妃に王子と共に晩餐に招かれた。初めは、次々と運ばれる美食に舌鼓を打ちつつ和やかに会話も進んだ。娘の話にもなり、それも楽しいものだった。問題はその後だ。


「それで、次のお子の、予定はないのですか?」


 切り出したのはマリセラ王妃である。クレックス王は黙々と料理を口に運んでいる。


「サルヴァは陛下の跡を継ぎ、このランリエルの王となります」


 そう前置きし、ならばサルヴァの跡の子もランリエルの王となる。しかし、その子はまだ居ない。と続いた。そこで、だから早く男の子を産むのです。と続くのなら、まだ良いのだが、姑というものは、元がどれほど善良でも、姑というだけで姑となるものらしい。


「いったい、どうしたものでしょうね」

 あえてアリシアに問う意地の悪さである。


 王子の話では、出産の時には、くれぐれもアリシアを労わるのですよ。という暖かい言葉を貰ったと聞いているが、産まれた子の首が据わり、一安心と思ったのはアリシアだけではない。マリセラ王妃も一安心し欲が出たようだ。


 貴族、王族というものは、お上品に見えて、庶民の感覚とは、やはりずれがある。庶民も跡継ぎは欲しがるものだが、その次元が違う。子孫に残すものが庶民とは桁外れの為、跡継ぎが大事というその意識も桁が違うのだ。


「そ、そうですわね。頑張ります……」


 マリセラ王妃は小さく頷き、クレックス王は相変わらず黙々と料理を食すのみ。アリシアが王子に視線を向けると王子も黙って料理を口に運んでいる。


 その後も王妃は、ちくりちくりとアリシアを言葉で刺す。思わずアリシアも、子供なんて産むんじゃなかったな……。と考えてしまうほどだ。


 更に王妃の攻撃は続きアリシアは防戦一方だ。クレックス王は無言で、王子も黙っている。


 殴りたい。王子を。

 もう、殴っちゃおうかしら。王子を。


 マリセラ王妃については、まあ、姑とはこんなものなのだろうと思う。王妃に愛されるいわれもない。だが、王子は私の事を愛しているはずだ。ここは、自分を庇うべきじゃないのか。というより庇え。次に、王妃様が何か言っても黙っているなら、こっちにも覚悟がある。もう、後の事は考えずに殴っちゃおう。王子を。


「母上。次の子と言っても、アリシア1人で産めるものではありません。私にも責任がある事。ましてや、他の寵姫にも子が出来ぬのは、アリシアにも、どうする事も出来ますまい」


 王子、愛している!


 その後、マリセラ王妃は口篭り、アリシアは笑みが零れそうになるのを抑えるのに苦労したのだった。


「という訳なのよ」

「え? なに? 結局、惚気なの?」


 心配気だったナターニヤの表情が、一瞬で呆れたものに変わる。


「べ、別にそういう訳じゃないのよ。ただ、殿下がそう思ってくれているんなら、私も考えなきゃ行けないのかなって……」

「何かって?」


 反射的に相槌は打つものの、いまだ呆れ顔だ。


「殿下の跡継ぎを産んでくれる女性や、妃になってくれる女性を探さなきゃいけないのかなって……」


 王子が他の女性と子供を作るのを嫌がっていたアリシアだが、当の王子に庇って貰えると、逆に後押ししたくなってくるのが女心の不思議なところだ。王子が本当に愛してくれているのは自分だけ。妃に迎えても、それは世継ぎが必要だからだ。そう納得も出来る。


 アリシアは、聖女、賢女ではない。他の女性に比べ心が広い訳でもなく、極、普通の女性だ。ただ一点、他の女性と違うところがあるとすれば、相手が誰であろうと普通のままであるという事だ。


 客観的に見れば、その妃になるという女性の人格を無視しているし、アリシア自身も薄々感じてはいるのだが、ここは、そういうものと考えるしかない。話の大前提が、王子やアリシアの人格を無視して、とにかく国の為には跡取りが必要なのだ。という話なのだ。途中から人道云々を言っても仕方がない。


 我ながら性格悪いわね。と思わないでもないが、割り切らねばこっちの精神が持たない。


「そうは言うけど、殿下もまだ後宮に通ってるんでしょ? その内の誰かが産んでくれるのを気長に待つしかないんじゃないの?」


 以前は、アリシア派の宰相として君臨し、今でも影響力の強いナターニヤだが、サルヴァ王子を部屋に迎える事が無くなって久しく、その方面には疎くなっている。アリシアと王子が結ばれた時には、それを知っていると悟られぬ為に形だけ王子を部屋に招いていたが、今ではその必要もない。


「それは分かってるんだけど……。でも、こういうのって王子の気持ちも関係あるのかなって」

「王子の気持ち?」


「ええ。王子も義務だからって思ってじゃなくて、その積りでっていうか、なんていうか……」


 アリシアの表現は漠然としたものだったが、ナターニヤも何となく察し、流石に故郷ではお転婆でならしたこの公爵令嬢も顔が赤くなる。


 要するにアリシアが妊娠したのは、他の女性と体質が違うのではなく、数撃って当たったという事だ。今現在、後宮には30人を超える寵姫がいる。しかも、王子も毎日その寵姫達を抱いているのではない。全員を均等に回っていると、年に1回か2回しか王子を部屋に迎えないのだ。しかも、どうやら王子は子供が作れないとまでは行かなくとも、出来にくい体質ではありそうだ。これでは、子供を作るのは難しい。


 しかしアリシアの部屋には、友人関係を装い月に何度も通うという他の寵姫からすれば、ずるのような事をしていた。しかも、会う回数ばかりではなく愛し合う回数もだ。


「それで何だけど……。貴女、殿下の事は、どう思ってるの?」

「は?」


 現在も身分としては、ナターニヤはサルヴァ王子の後宮の寵姫である。どう思っているもなにもない。ないはずなのだが、アリシアの親友という事で、その方面では縁遠くなっている。


「も、もし貴女がまだ、妃になりたいと思っているんだったら、どうかな……って」


 思いがけない言葉に、ナターニヤがアリシアを見つめる。その視線は鋭い。気まずい提案と自覚しているアリシアはたじろいでいる。


 繰り返すがナターニヤも寵姫だ。貴族の令嬢にとって、父の命令は絶対だ。如何なお転婆娘だろうと、父が大目に見てくれている範囲のお遊びでしかない。父からは、何としてもサルヴァ殿下の妃になるのだ! と言われている。それを考えれば、最大のライバルの王子が愛する女性からの後押しがあるなど、これ以上の美味しい話はない。


 しかし、アリシアの言葉がナターニヤには意外だったように、ナターニヤの反応もアリシアには予想外だった。現在ナターニヤが、王子と縁遠いのは自分に遠慮してと考えていた。ならば、自分が承知し、更に後押しするというなら、喜んで受けてくれると思ったのだ。


「ごめんなさい。変な事を言って。でも、貴女ならって……」


 ナターニヤの様子はアリシアの予想を裏切り、失敗だったかと口篭る。


「考えておくわ」


 いきなり席を立つナターニヤに、アリシアは慌てた。だが、引き止める言葉も無い。


「そ、そう。じゃ、じゃあ、またね」


 ナターニヤは、振り向きもせず、その言葉を背中に聞いた。足早に自分の部屋がある後宮へと向かう。


「まったく。お人よし過ぎて、嫌になるわ」


 苛立ち悪態をついた。だが、その声の半分は、自分へと向いていた。

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