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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
306/443

第214:器用貧乏の理想主義者

 北ロタ王国。ついこの前までは存在しなかった新しい国だ。


 創業の国というものは実力主義、能力主義。特に小身から領土を切り取り広げていった場合、他に道がない。功績も能力もない部下に領地を与える余裕などあるはずもなく、あっても親族に対してなど極一部の例外。無能な貴族、民の害となる貴族というものは、それから2代、3代と重ねていった末の話だ。


 無論、功績、能力も様々。才は平凡でも忠実という者もいる。才ある新参者を優遇し長年仕えた忠実な者を粗末に扱えば、誰が忠誠を尽くすか。能力が平凡でも功績を立てた者も無視できない。手柄を立てたのに報いられないなら、誰が命を賭して戦うか。そしてそれは部下達こそが理解している。手柄を立てれば報酬も大きいと奮戦するのだ。実力主義と標榜する必要すらない。


 しかし、北ロタ王国は奇妙な国だった。寸土の領地も持たぬ身から広大な領地を得た創業の国ながら、衰えた国を再興した国でもある。


 再興という場合、王家もそうだが代々の臣下というものが付随する。その者達が活躍し領土を取り戻したのなら、万事、目出度し目出度しなのだが、実際、活躍したのはブラン、リュシアンら新参の者達と侵攻の際に集まって来た者達だ。旧臣達はデル・レイで寝ていた。しかも、バルバールを恐れロタ北部から退転しながらもデル・レイの正統王朝にも向かわず、南部に逃れていた北部の領主達も戻って来た。


 そして困った事に、そのような争いごとをや困難を好まぬ者達が民に取っては良い領主だったりもするのだ。


「ご領主様が帰ってきなさった!」

「我らのご領主様はラサーニュ子爵様だけじゃ!」

 と領民達も彼らの帰還を望むのだ。


 正統王朝改め北ロタ王国としては、一旦領地を手放し、それどころか南部に逃げた者の領地など言語道断。


「どうせまた敵が攻めてくれば、また逃げ出すに決まって居るわ!」


 その危惧は当然で、デル・レイまで付いてきた忠実な者達にこそに与えれば安心できる。


「待て待て、戦ってない者達にではなく、俺達が与えられるべきだろ」

 と主張するのは、領土獲得に戦い活躍した者達である。


 更には、南部に逃げて戻って来た者達の中には、領地を取り戻して貰っても当然の顔で、感謝どころか

「領地に戻って見れば、城内は下賎の者達が闊歩し荒れ放題。損害を補償して貰えるのでしょうな」

 と厚顔無恥に詰め寄る領主さえいた。


 いっそ、南部に逃げた者達の領地は全て取り上げてしまいたいところだ。だが、面倒な事に、戦いに参加した騎士の中には、南部に逃げた元領主の領地を取り返す為に奮戦したという忠義者も存在するのだ。


「我々は、我が主をご領地にお迎えする為に戦ったのだ。この領地は主たるフォベール男爵こそが領すべきでござろう」


 確かに彼らはよく戦った。その騎士達に領土を与える代わりに男爵に領地を与えるのは問題ない。としたところ、妙な平等主義を唱える者も出始める。


「フォベール男爵が元の領地を与えられるなら、他の領主達も領地を与えるべきである」


 貴族の血縁関係の複雑さも混乱に拍車をかけた。ランベール王に付き従った忠臣に縁ある貴族が、忠臣に泣き付く。忠臣は王に泣き付き、その頼みは王も無碍には出来ない。


 この山の物も海の物も全て一緒に鍋に入れてごった煮にしたような収拾のつかぬ状態に、流石にリュシアンも頭を悩ませた。


 国務次官の彼は、実務を一手に引き受けている。宰相のワトーは、皆の顔が立つようにせよ。とリュシアンに丸投げだ。そして驚くべき事に、この、皆の顔が立つようにせよ、を具体的な指示と考え、その通りに出来ぬならリュシアンの無能とすら考えていた。リュシアンに取っては馬鹿馬鹿しい限りだ。


 リュシアンは今でこそ子爵位を得ているが、元々サヴィニャック公の私的な食客集団の1人であり、代々の貴族ではない。貴族の特権を守ろうという意識は薄く、理想を求める書生的なところもある。とはいえ貴族の必要性も理解している。


 貴族もある種の技術者だ。何の技術者かといえば領地経営の技術者である。もし貴族を全て廃して領民達の自治に任せれば、数年で農地は荒れ果てるだろう。少なくとも現在はそうだ。民を教育し、その能力を与えるには長い年月が必要なのだ。


 何とか王家に武力と財を集中させられないか。この当時、中央集権という言葉はまだない。だが、リュシアンはその存在せぬ中央集権を目指した。


 本来、貴族達に王家への納税の義務はない。王家の戦いに貴族達が私兵を率いて参加し、王家も貴族達を守る。それが王家と貴族の契約だ。王国はその契約の上に成り立っている。その契約を取り除いた裸の王家は、多少領土の大きな貴族でしかない。中には、有力貴族より王領が少ない王国すらある。


 しかし、ランリエルのサルヴァ王子は、カルデイやコスティラを支配するのに貴族にも税を課した。その代わりに軍役を軽くしたのだ。貴族の負担は差し引きゼロとし不満を抑えているが、国全体の軍事力は弱まり、ランリエルに抵抗出来なくなっている。


 北ロタでも同じ事が出来ないか。貴族に税を課し、軍事力を貴族達に頼るのではなく王家で統括するのだ。


 しかも、貴族の負担は差し引きゼロではなく軽くする。貴族達にとっても軍事力は自立の糧。そう易々と手放しはすまい。貴族にも益を与えねばならない。それでも、全ての軍勢を手放させるのは不可能だ。初めは最低半分とし、負担の軽さを彼らが実感できれば更に手放す者も出てくるだろう。


 今までも王家の軍勢の士官に貴族の当主、子弟を任命して来たが、それを更に増やす。貴族は元々、領地の軍勢の士官だ。王家の軍勢を任せる事により、自らの軍事力を失った実感を持たせないようにする。万一彼らが王家に反抗すれば罷免するのは当然である。


 その軍勢を王都に集める。妻子も王都に住まわせよう。士官たる貴族達も、その妻子もだ。


「領地の管理は執事にでも任せ、ご当主、ご夫人は王都にてお住まい下さい。その方がご夫人も喜びましょう」


 領地問題は、領地は元の領主に与え、功のあった創業の者達は、文に秀でた者は文官として、武に優れた者は武官として登用した。当然、彼らは領主並みの報酬を望んだが、流石にそれは難しい。


「領主といっても、羽振りが良いのは一握りの大領主のみ。領地経営にも多額の金が必要だ。多くの者は、自由な金など微々たる物。その実態は窮々としたものなのだ」


 そう言って宥めた。確かに多くの貴族は意外にも質素なものだ。一見、功なき者に篤く報い、功ある者に薄く報いているように見えるがリュシアンには更に考えがあった。


 王家の軍勢は、元ロタ軍人で構成する。バルバールに敗れた後、デル・レイの正統王朝に流れた者もいて、更に北部侵攻時に多くが再集結した。北ロタ王国建国後に集まって来た者達も多い。彼らは一旦は旧主の元に向かったが、領主達の軍縮により仕官出来ないと知ると王都を目指した。


 リュシアンは、余ほど評判の悪い者以外は全てを受け入れた。その為、王家の軍事力は飛躍的に増大した。当然、予想される事態が発生した。資金不足だ。


 元々ランベール王の領地は、現在の旧ロタ王国王都ロデーヴ周辺。その代わりに、北部にあるリュディガー王の旧領であるサヴィニャックを手に入れ王領としたかった。リュディガー王がランベール王の旧領。ランベール王がリュディガー王の旧領。公平に思えるが、そう上手くはいかず、アルベルド王とサルヴァ王子の会談により、リュディガー王の旧領はセルミア領となった。


 現在の北ロタ王家の王領は、戦乱の混乱で主を失った領地をかき集めた物でしかない。猫科の肉食獣の毛皮の模様のように点々と北ロタ全土に散らばっている。かき集めてもその総面積は、北ロタ王国全土の20分の1ほどでしかなかった。


 貴族から取り上げた軍勢の代わりに、治安を維持するのに王家から軍勢を派遣しなければならない。全土に散らばった領地は、軍勢を駐屯させるのには都合が良かったが、王家の予算を全て軍事費に回しても足が出た。この事態にリュシアンが宰相閣下から頂いた指示は

「どうにかしろ」

 だった。


「アルベルド陛下。資金を援助して頂きたい」


 当初、デル・レイに向かったリュシアンだったが、アルベルドが皇国にいると聞き、そのまま皇都を目指した。そこでアルベルドと会い、挨拶もそこそこに、そう申し入れたのだ。


 北ロタ建国時において、アルベルドの指示に反しロタ南部ではなく北部に進んだリュシアンに不信を抱き警戒しているアルベルドだが、それを態度に出すほど幼くはない。本心を隠し、リュシアンの手を取り笑みを浮かべて称賛した。


「流石はリュシェール殿。このアルベルド、ここまで鮮やかな手並みは見た事がない」


 上の者が下の者の手を取るのは、最高の賛辞だ。尤もリュシアンも、それが心からのものではないと察しつつ謙遜して見せ、型通りの社交辞令の後は早速本題に入った。政策を説明し終えたリュシアンに、アルベルドの演技は続く。


「すばらしい考えだ。リュシェール殿。喜んで援助しよう」


 無論、援助とは借金である。


 リュシアンが目指すのは中央集権である。それは権力を一手に握りたいアルベルドに取っても魅力的な政策だ。だが、失敗すれば反動も大きい。おいそれと自国で試すのは危険だ。目の前に自らで実験しようという物好きが居るのだ。実験費用くらいは出してやる。失敗しても自分がやる時の参考になるし、借金を理由に北ロタ王国の領土を取り上げればいい。


 ただ、援助するとしても問題はある。


「返済の計画はお有りか」


 返済出来ないなら、また金を借りに来るだろう。如何に実験とはいえ、金を出し続けねばならぬなら割に合わないし、早々に破綻しては、実験にもならない。


「王都近郊に兵士とその家族、貴族達も住まわせます。民衆を含めれば、この大陸でも有数の都市に発展するはずです」

「その人口を背景にした経済力で財政を賄う計画か……」


 アルベルドの顔には納得し難いものが浮かんでいる。王家だけで巨大な軍勢を支えるには、それだけでは心もとない。


「それと、皇都から優れた職人達も我らの王都に招きたいのですが」

「職人?」


「はい。皇国の優れた衣装、宝石を作る者達から料理人まで。貴族、富豪達が飛びつき、金を使うような物を王都に揃えるのです。皇国の名のある貴族の方お招きし、舞踏会を開く事も考えております」


 貴族達は流行に敏感だ。時には舞踏会の衣装一つの為に領地の一部を手放す事すらある。だが、そこまでするには、それに見合う舞台があればこそ。皇国の名家が参加する舞踏会。各国の貴族にとってこれ以上の場所はない。


 良い物を作れば、自然と売れるなど商売の素人の発想。どうすれば売れるかが、商売には重要なのだ。ある魚は夏に食べれば精がつくと考えられ夏に良く売れるが、実は本来の旬は冬である。夏に売り上げが落ちる商人が、そう宣伝したのだ。


「更に、王家から彼らに金を貸します。商人達への税は優遇しましょう。ですが、貴族への融資の権利は王家が一手に握ります」


 他国を介して、王家より低い金利で貴族に金を貸そうとする商人も出るだろう。しかし、それが発覚した時には多額の罰金を課す。北ロタでは商売の取引が出来ないようにもする。違反は、割に合わないと思い知らせる。


 融資の担保は、当然、貴族達の領地だ。貴族の消費により経済を発展させ、更には彼らに金を貸し利子を得る。しかも、その末には領地すら取り上げるのだ。そうして領地が増えれば税収不足も解消される。そして今後は、功績があった者が居ても領地は与えず金銭で報いる。貴族とは名ばかりの領地を持たぬ者が増え、王家の力は更に強まるのだ。


 功なきに領地を求める者が目先の欲に抗えるはずがない。功なき者に与えた領地は取り返す。自制出来る有能な者だけ残ればいい。その子、孫が堕落すれば、その時には領地を手放す事になる。


「なるほど。お考えよく分かった。皇国から援助しよう」


 頷いたものの、資金提供をデル・レイからではなく皇国からとしたのはアルベルドの強かさだ。皇国が他の国を助けるなど今までになかった事。畏怖のみが対象だった皇国への見方も変わる。対ランリエルには今までと違い他国との協力も必要だ。その良い契機になる。さらに言えば、北ロタ王国は皇国が担保とする土地となる。それを攻めるのは皇国領を攻めるに次する。


 北ロタはランリエル勢力の喉元に突き立てた刃。ランリエルとの決戦前に、北ロタは皇国とは無関係と主張してランリエルが仕掛けてくる可能性は否定出来ない。それを防げるのだ。


「リュシェール殿。貴殿は、意外と悪党だな」

 冗談の積りらしく、アルベルドは笑みを浮かべた。


「貴方ほどではない」

 とリュシアンは返さず、礼儀正しく一礼したのだった。


 今までの経緯からフィン・ディアスと比較される事が多いリュシアンだが、その性質は万能型というべきものだ。とはいえ、器用貧乏なところもある。彼は軍事において小フィン・ディアスであり、政治においては小サルヴァ王子。経済では小シルヴェストル公爵であった。しかも、実践ではなく学問で身につけたものだけに、かつて彼の軍略はディアスに素人くさいと称された。確かに彼の策は、素人くさく理想主義的で、机上の空論の面もあった。


 とはいえ、一面においてはサルヴァ王子よりも、中央集権を目指すリュシアンの方が近代的ともいえる。これは能力の問題ではなく思想の問題だ。サルヴァ王子にとって良き政治とは国を豊かにする事であっても、貴族から力を奪う事ではないのだ。


 ただ、リュシアンの政策が、その根本において王子のカルデイ、コスティラ政策の模倣であるように、やはり王子が一枚上手である。さらに言えばカルデイ、コスティラから吸い上げた財力によりランリエル王家の軍勢は王領に比べて多く、結果的にサルヴァ王子も中央集権に向かっている。


 経済についても、もしシルヴェストル公爵がリュシアンの計画を聞けば、消費者の借金が前提での消費経済など先細りになるに決まっている。借金で首が回らなくなれば、その先はどうする積りか。と止めただろう。


 安定経済とは如何に緩やかな清流のように金を流し続けるかであり、洪水が如く一挙に流しては濁流に飲み込まれる者も多く、その後、水はかれ果て破滅する。その破滅を回避するには、ある程度のところで消費をコントロールしなければならないが、一旦濁流となった消費を制御するのは至難の業だ。


 アルベルドもリュシアンの経済政策には、注目していない。取り合えず、当面は大丈夫だろうと判断したに過ぎない。アルベルドが知りたいのは、中央集権に貴族達がどの程度反発するかなのだ。


 北ロタ王家とは違い、皇国の財政は豊かである。同じように貴族達の軍勢を取り上げても財政は耐えられる。ただ、やはり、今までのように軍勢100万というのは流石に難しい。ランリエルとの決戦前に兵力削減は不可能であり、その後になる。アルベルドはランリエルとの戦いの先を考えていた。


 とはいえリュシアンを弁護するならば、万全の方策を立てる時間がなかったのだ。とにかく走り出しながら修正していく。


 改革は、今のぬかるんだ泥のような状態の北ロタ王国だからこそ出来るのだ。急がなくてはならない。その泥が乾ききるまでに形作る。今までの形のままで固まってしまえば、今までのままである。

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