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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
305/443

第213:常識人

 ランリエル王宮の一室に、ランリエル派と呼ばれる各国の軍高官が顔を揃えていた。


 カルデイ、ベルヴァースら東方諸国。大陸中央国家のコスティラ。そのコスティラとランリエルを繋ぐバルバールらの総司令も顔もある。サルヴァ王子がいるのは言うまでもない。


 彼らの前には巨大な大陸地図が広げられていた。主要な街道、河川、城塞が記され、ここで見るだけで書き写す事すら禁じた。それぞれの軍部が持つ重要機密を集約し、これだけの物は2つとない。


 いや、ランリエル軍部に1つ隠してある。他の国には秘してあった。尤も、それは他の国も薄々察している。だが、抗議しない。なぜならば、他の国よりランリエルが強いからだ。それ以上でもそれ以下でもない。


 先の戦いで降伏したケルディラもランリエル派と言えるが、今回は参加していない。国は逃げられないが人は逃げられる。ケルディラ軍高官が、ここで話した内容を手土産に皇国に走る可能性がある。ケルディラを会議に加えるには、今少しの時が必要だ。


 各国の軍高官が顔を揃える中、会議が始まって最初に口を開いたのは意外にも文官である。しかも、カルデイ、ベルヴァースではなく、コスティラ、バルバールの者でもなかった。そしてランリエルでもない。


 セルミア宰相ヴィルガ。表情に険があり油断できなさそうな男だ。事実、かつてはサルヴァ王子の弟であるサマルティ王子を擁しランリエルの実権を握ろうとした男。王子がセルミア王になった時にその宰相に任じられ、事が露見し、器でも王子に敵わぬと全面降伏した。


 確かに能力はある男で、王子はセルミアの運営をほとんど任せっきりにしている。セルミアはランリエルとカルデイとの境に位置し、かつては戦乱が絶えず人口は少ない。ヴィルガは、そのセルミアに入植者を増やし発展させている。


「ロタ北部はバルバールが占領しておりましたが、その権利は我がセルミアに委譲されました。しかし、サルヴァ陛下とデル・レイのアルベルド王との会談により、現在はロタ北部の5分の2ほどだけがセルミア領となっております」


 ランリエルにはクレックス王が健在だ。サルヴァ王子も王子の敬称である’殿下’で通っているが、ヴィルガに取ってはサルヴァ’陛下’である。


「そのロタ北部のセルミア領に、セルミア王国王都を遷都します」


 ざわめきが耳を打つ。一つ一つは小さいが、全出席者が一斉に放ったそれは大音量となった。


 ディアスとギリスの瞳が光り、ベヴゼンコがにやりと男臭く笑う。テグネールは眼を伏せ考えが読めない。実直な男という印象だが、中々食えないところもある。


「ロタ北部の要害サヴィニャック城を皇国からの盾とし、その皇国から見て後方、つまり北東方向に4ケイト(約30キロ)にあるクルセイユに王都を建設するのです」


 ゴルシュタットのベルトラムが本拠地をリンブルクに移したのと理屈は同じだ。違うのは王子はランリエル王都に留まり、セルミアは相変わらずヴィルガに任せるところだが、軍事拠点としての機能は、セルミアの飛び地と王都では雲泥の差がある。


 ここでヴィルガからサルヴァ王子が説明を引き継いだ。


「クルセイユは四方が開けた盆地で大軍に囲まれやすい。その為、城内には数年分の食料を蓄え、井戸も複数掘って水を確保する。民はサヴィニャックが持ち堪えている間に退避させる予定だ」

「自らの国の王都を囮とするのか……」


 発言者は誰かは分からなかった。誰でも良い事だ。全員が同じ考えだった。


 サルヴァ王子は、ドゥムヤータとゴルシュタットとは裏で手を組んでいる。進軍する皇国軍の後背、あるいは側面を彼らが突く手はずだ。しかし他国の事。完全に連携して動くのは困難。前もっての計画が重要になり、それには皇国の動きに確証が欲しい。


 皇国がどこに軍勢を向かわせるか、それが問題だった。


 他国を踏み躙るのを全く躊躇せぬ皇国だ。ゴルシュタットが占領しているケルディラ西部を踏み越えケルディラ東部からコスティラ。ランリエル中枢に近いバルバールが占領していたロタ北部を突く可能性もあった。ランリエルとは一線を引いているように見えるが、バルバールを介してランリエル色の濃いドゥムヤータを潰しにかかる危険も捨て切れなかった。


 それが、今回の件でロタ経由が濃くなった。ロタ北部の5分の3までが攻略済みなのだ。ランリエルの勢力圏まで後わずか。そこからコスティラに向かうのも易い。あえてケルディラを経て進む線はほぼ消えた。皇国の動きは、かなり絞られて来る。


 北ロタの残余の旧ロタ領の名義がバルバールからセルミアに変更されたのも大きい。セルミア王都も置いた。ランリエルの前線基地だ。皇国は無視出来まい。ここにある程度の軍勢を配せば、おびき寄せる餌になる。バルバール産の餌より、ランリエル産の餌の方が皇国という大魚には食いつきが良いはずだ。


「相手が相手だ。これくらいの餌は必要だろう。皇国が狙うのはセルミア王都。それを踏まえて作戦を考えて欲しい」


 各国軍首脳部の面々が頷く。彼らは、王子がベルトラムと手を組んでいるとは知らないが、今は公表すべき時ではない。どうせ、あからさまにゴルシュタットと連携した作戦など取れない。


 皇国にはランリエルとゴルシュタットは無関係。そう見えるように軍勢を動かす。ランリエル、そしてドゥムヤータを警戒し進んでくる皇国の背後を、ゴルシュタット軍が突く。それが、作戦の骨子だ。


 作戦は海上にも及ぶ。それを主導するのは、バルバール王国海軍提督ライティラである。日と潮で焼いた真っ黒な肌には艶すらある。誰に対しても歯に衣を着せぬと言われているが、夫人を前にする時だけは、その歯は真綿で包まれる。


「我らの国々の多くはテチス海に面しております。その制海権を皇国に奪われては致命的です。以前、皇国がタランラグラを制圧しようとしたのもその一環でした。それを防ぐのに成功しましたが、制海権奪取を諦めたとは思えません」


 ライティラが長い棒で地図の一点を突いた。皇国の衛星国家バンブーナである。そこから東に延びてタランラグラの海岸線を進む。


「おそらく、ここからここまでの間」

 と、タランラグラの最東端と北東部の地域を棒で丸を書く。


「この辺りに艦隊を寄航させる港を急造するでしょう。そこで一旦、上陸部隊を降ろして身軽になり、我が海軍と決戦。撃破した後、改めて上陸部隊を乗せて海上からランリエルを攻める。これが想定される皇国海軍の動きです」

「そこまで分かっているなら、防ぐ手立てはあるのではないかね」


 ある将軍が皆の気持ちを代弁したが、早速、歯に刃を仕込んだ提督の餌食となった。


「あのろくに水もないタランラグラに、10万の軍勢を配置するというならそれも可能ですが。本気ですか。前回ランリエルが戦った時には、その半分の数ですら財政を圧迫させました。10万の軍勢の軍事費を各国で負担するというのですかな」

「い、いや、そういう訳では……」


「タランラグラの最東端から北東までといえば広大です。しかも、タランラグラの大地は平坦で兵を隠す場所もない。我らが待ち構えていると見れば、上陸地点を変えてくる。その上陸を防ぐのは不可能だ。その上陸部隊も数万に及ぶはず。我が軍の防衛部隊が到着する頃には、彼らの方こそ柵を張り巡らし弓矢を並べ待ち構えている」


 どうして、この程度の事も分からぬのかと、ライティラの視線が鋭く発言者を貫いた。同じ事を、もう少し柔らかく伝えれば良さそうなものだが、彼の物言いは常にこのようなものだ。


 やはり、海軍軍略ではライティラが第一人者。口を挟めば、どれほどの攻撃があるかと皆は口を閉ざし彼の独壇場だ。


「皇国の制海権を取られ、数万の上陸部隊が海上に浮かべば、その上陸を防ぐには長大な防衛陣地が必要です」


 各国軍高官達の中でも、ランリエル将校達の表情は深刻だ。バルバールとの戦いでは僅か1万の上陸部隊に10万の兵が海岸線に釘付けとなった。数万で浮かべば数十万が必要なのか。


 無論、バルバールと皇国は同じ戦略ではない。バルバール軍は海岸線の村や町を焼き討ちして難民を大量発生させてランリエルを経済的に破綻させるのが目的だった。だが、皇国にその考えはない。言うなれば、もっと堂々とした戦略をとる。


 ランリエル軍の主力が大陸中央に展開している時に、上陸軍でランリエル王都を落とす。ランリエルとバルバールとの間に険峻な国境付近を占領しランリエル本国と主力軍を分断する。バルバールとコスティラとの国境も考えられる。もっと直接的に、ロタ北部で皇国軍と対峙しているランリエル主力軍の背後を、上陸軍で突く可能性もある。


 その全てに備える為には、やはり、上陸軍の数倍の軍勢が必要だ。ただでさえ兵力が劣るランリエルに勝算はなくなる。


「これでタランラグラを取られていたと思うと、ぞっとするな」

「はい」


 サルヴァ王子が現状を肯定し、流石のライティラもそれには噛み付く角がなかった。


「タランラグラが取られていれば、上陸軍は数万では利かないでしょう。艦隊が寄航する港も、もっとランリエル本国に近い場所に、しかも、強固に作られているはずです。そうなれば、彼らは守りを固めているだけで、我が軍を釘付けに出来ていた」


 海軍軍略でいう’存在する艦隊’という思想だ。制海権を得るとは航行の自由を得る事。それを取られるまでは皇国軍の上陸はないが、ランリエル艦隊が海戦でもし敗れれば上陸してくる。その時になって慌てて軍勢を用意するのは不可能。海戦で皇国艦隊を打ち破るまで、大量の兵が釘付けになってしまう。皇国艦隊は、存在し続けるだけでランリエルを圧迫できるのだ。


「タランラグラをこちらが制圧している為、皇国軍は急造の港しか作れない。守りを固めて我らの攻撃をやり過ごすのは困難です。早期に海戦が行われるでしょう」

「勝てるか?」


「皇国との戦いは数年後と予想されています。状況も変わる。現時点での勝敗の予測に意味はありませんな」

「確かに」


 王子にすら歯に衣を着せぬ海軍提督だが、王子は素直に頷く。そうなると噛み付いた方こその器が小さく見えるものだが、ライティラに気にした様子はない。


「ただし、皇国がどの程度準備を進めるかの予測は出来ます。その予測に対し、我が方も準備を行うべきでしょう」


 王子が頷き、諸将も頷く。歯に衣を着せぬ提督が更迭されないのは、その有能さの為である。


 会議は進み、活発な発言もあり多くの事が決まったが、現状では判断しきれず持ち越された議題も多い。それは次回に持ち越し解散となった。とはいえ、状況は刻一刻と変わる。次回どころか、皇国との戦いまで会議は繰り返される。


 皆が席を立つ中、ディアスは王子の視線を感じた。浮かしかけた腰を降ろす。他の者達も雰囲気を察したのか、立ち上がらぬ王子とディアスを残し姿を消した。


 2人だけとなっても王子は、暫く口を開かなかった。ディアスは、王子の副官の姿すらないのに気付いた。その時、王子の口が開く。


「ディアス殿。将来、皇国と戦うとして、まずどこが主戦場になるかが問題だった。おかげで、やりやすくなった。礼をいう」

「それは、どうも」


 ディアスの咄嗟の言葉は、かなり礼を欠いたものだった。大陸にその名を轟かせるフィン・ディアスともあろう者が、ギクリとし、反射的に言葉を漏らしていた。


 バルバールが領していたロタ北部のほとんどを失ったのは、ディアスの失態だ。対外的にはそうなっている。あのディアス殿が、と皆が驚くほどの大失態。ただ、人的被害がほとんどなかったのと、サルヴァ王子に領土の権利を買い取って貰った事によりバルバールの損失は少なく、ディアスも総司令の地位を保った。尤も、バルバール王国国王ドイルのディアスへの信頼は篤く、どちらにしろ罷免されなかったとも言われている。


「私の副官は、口が悪い男でな」

「そうですか」


「正統王朝軍がロタ北部に攻め、バルバール軍が撤退した時、ディアス殿の事を、こんなに頭が悪い人だったか、などと言いおった。いや、失礼。勿論、無礼だと叱っておいた」


 嘘である。その時王子は、確かにな、と頷いていた。

 ディアスは探るような視線を王子に向けている。


「なるほど。私の能力が疑われたという事ですか」

「そうではない。部下がディアス殿に対し、無礼な言動があったので叱っておいた。ただ、それだけの話だ」


 王子がディアスを見つめる。ディアスも王子を見つめた。お互い表情が読めない。読めない事で察する事もある。


「話がそれだけなら、私はこれで失礼します」


 王子の’言いたい事’は十分に分かった。ならば長居は無用だ。


「ああ。時間を取らせて済まなかった」


 言いたい事を’十分’に言った王子も引き止めない。


「さて。サルヴァ殿下の中で、私の信用は、どの程度残っているんだろうね」


 部屋を出て、扉を閉じた時に呟いた。


 裏切りは人格の切り売り。そんな事は覚悟の上だ。裏切れば裏切るだけ信用は削られていく。信用を築くのは難しく、失うのは一瞬。極、ありふれた言葉だ。だからこそ真理。今から、多少ランリエルの為に働いたとて、どうとなるものではない。それは分かっている。


 ランリエルと皇国との決戦。誰もがいずれあると予想してる。各国は、その決戦に向け優位な立場にならんと動く。バルバールは生き残る。ランリエル、皇国、どちらが勝とうとも。ランリエルが勝つならば、その仲間として戦う。皇国が勝つならば、皇国に寝返る。それをやる。


 自分を悪者としてバルバールを守る。そんな自己犠牲の精神など持ち合わせてはいない。バルバール王国軍総司令なのだから国と民を守る。当たり前の話だ。自分が、良い人、である事より国と民が重い。だからやる。極、常識的な判断だ。


 愛国に血を熱くしているのではない。冷静な計算の結果だ。自称、正義感の強い優しい人間が、汚い真似、卑怯な事をしたくないと国と民を滅ぼす。自分が正しい人でありたいが為に国と民を道連れにする。そこまで、気が狂っていないだけだ。

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