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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
304/443

第212:セレーナ

 アリシア・バオリスは、サルヴァ王子との間に女の子を授かった。アリシアはランリエル王宮の後宮の寵姫だった。とはいえ、いくら王子の娘を産んだからと、身分の低い彼女が王子の妃になれる訳もなく、対外的には寵姫のままだ。ただし、流石に後宮から王宮に部屋を移していた。なので、他の寵姫とは違うと愛妾と呼ばれる事もある。


 今まで、ずっと子が出来なかった王子だ。もしかすると、何か身体的な欠陥があるのかもと噂されていた。王子の跡継ぎを産み、末は王妃にと夢見ていたアリシア以外の寵姫達にとっても、それは死活問題だった。


 その為、彼女達の心境は複雑だ。アリシアに出し抜かれ。王子の初めての子を産んだ。その焦りはあるが、その反面、なんだ女の子か。という思いもある。この大陸の多くの国では女性の王位継承を認めていない。確かに王子の第一子ではあるが、王子の跡継ぎ、未来のランリエル国王の母の座は空いたままだ。


 それに、産まれた女の子は健康で、王子が子供を作る能力があると確定したのは喜ばしい。アリシアが他の男と通じて、王子の子だと偽っているという可能性もあるが、その点については、寵姫達からもアリシアは妙な信用があった。尤も、王子が子を作れる方が彼女達に取っても都合が良く、そう信じたいという心理作用も皆無ではない。


 ただ、あのアマ! 今まで騙しやがって! という感情はある。無論、口に出す時はお上品に、

「アリシア様ったら、お人が悪いですわ」

 おほほほ。と笑って見せる。


 アリシアを王子とは友人だと思っていた彼女達だ。アリシアを持ち上げ、いずれ自分を王子に勧めて貰おう。友人の推薦ならば、王子も特別に扱ってくれるはずだ。その計算もあって、アリシアに接近していたのだ。それが、脆くも崩れた。


 クレックス王が思いの外、アリシアの警護を厳重にし、よからぬ事を考える貴族達も手が出せない。という事もあり、寵姫達は選択に迫られた。


 アリシアに敗北を認め、本当の意味での取り巻きとしてお零れを預かるか、まだ、王子の跡継ぎを産むのは可能だ! と、アリシアに接近しつつ逆転を狙うかだ。様々な思惑を持った寵姫達に囲まれ、お茶会は混沌とした。


 元々、他の寵姫達と一線を引いていたアリシアだが、一旦出来た縁はそう簡単には切れない。冷めたところはあるが、薄情ではないアリシアである。お茶会仲間だった寵姫に、

「お産まれになったお子様もご無事のようですし、アリシア様もご出産の後、お加減もよろしいようですので、久しぶりにお茶会など如何ですか?」

 と誘われては断りにくい。仕方なく出席してみたが、諦めた派と諦めない派の板ばさみとなった。


「私、きっとアリシア様とサルヴァ殿下は、いずれ結ばれると思っておりましたのよ」

「私なんて、アリシア様とサルヴァ殿下が愛し合っていると見抜いておりましたわ。だって、殿下のアリシア様へ向ける眼差し。あれは、愛する者へのものでしたもの」


 そうすり寄って来る分には、アリシアにもあしらい易いのだが、問題は諦めない派だ。


「でも、お産まれになったお子が、女の子だったのは残念でしたわね。いえ、悪く取らないで下さいまし。殿下も、お世継ぎをと、望んでおいででしたでしょうにと……」

「ええ。私の祖母が申しておりましたが、女性には、稀に女の子しか産めない方もいらっしゃるとか。いえ、悪く取らないで下さいまし。アリシア様がそうという訳では……」


 こいつら「悪く取らないで下さいまし」と付けたら、何を言ってもいいと思ってんじゃないの。悪く取るに決まってるでしょ! と、アリシアの笑顔が引きつる。


 しかも、彼女達は本当に、その呪文を唱えれば、相手が悪く取らないと思っているらしい。なので、私が代わりに殿下のお世継ぎを産んであげる。貴女も、どこの誰かが産むより、気心が知れた友人が産んだ方が良いわよね? と、遠回しに言ってくるのだ。


 そもそも、アリシアと結ばれたのだから、後宮など閉鎖してしまえば良さそうなものだが、そうも行かない。クレックス王は、そもそも初めから後宮を持たなかったので問題ないが、一旦整えた後宮は、そう簡単には閉鎖できない。


 アリシアの安全の意味もある。今、後宮を閉鎖しようものなら、クレックス王が敷いた万全の警護すら擦り抜け、アリシアを亡き者としようとする者も居るかも知れないのだ。


 アリシアは王子の子を産んだが女の子だった。だから、まだ望みはある。それが第一の防波堤。もし、アリシアが男の子を産んでも所詮は庶子なのだから、王妃にさえなれば後から男の子を産んでも、その子が嫡子。というのが第二の防波堤だ。今は第一の防波堤で防いでいるが、アリシアが男の子を産めば、第二の防波堤での攻防となる。


 とはいえ、アリシアの身分の低さが逆に幸いし構築されている第二の防波堤だ。王子がずっと正式な妃を迎えなければ、実質、アリシアが妃となる。皆がそう認識すれば第二の防波堤も決壊する。その前に、アリシアの安全の為に、他の女性を妃に迎える。という皮肉な事も、いずれは考えなければならない。


 実際、大貴族達が手を組み一致団結すれば、殺せない王族は居ない。サルヴァ王子ですら、殺すのは不可能ではないのだ。今はまだ、彼らにそこまで団結してサルヴァ王子を殺す理由がないだけだ。


 王宮は、下働きすら身元が確かな者しか雇わない。だから安全。そう思われている。しかし、その身元とは、貴族の身内だったり、貴族が人柄を保障した者。貴族の命令には逆らえない。


 料理に毒が入れられるのを警戒し、毒見役を置いたとしても、その毒見役が敵ならどうするか。あらかじめ解毒剤を飲んで更に遅延性の毒を食べて、安全と思った王族がそれを食べる。苦しみだしたころには、その毒見役は逃げおおせている。


 無論、貴族達にも、それぞれ支持する王族はいる。今のところランリエルを強国としたサルヴァ王子を支持する貴族は多いのだ。王子を殺そうとしても、他の貴族の息のかかった者が守る。王子を殺したい貴族が居ても成功の可能性は低く、失敗すれば破滅だ。そんな勝算の低い勝負をする者は居ない。


 そして、王子を支持する多くの貴族は、娘に王子の世継ぎを産ませたいと思う。その為、王子は後宮を閉鎖出来ない。アリシアも、王子が後宮で他の女性を抱くのを、極力考えないようにする。そうするしかないのが現実だ。


 その為、寵姫達は相変わらずアリシアを取り巻いている。その中で、1人中立なのはコスティラ公爵令嬢ナターニヤだ。アリシアを挟んでの両派の争いを、しょうがないわね。と冷ややかに傍観している。


 助けなさいよ! と、アリシアは視線で訴えるが、ナターニヤは気付かないふりだ。一応、彼女がなぜ中立でいるのかの説明は受けている。


「貴女を追い落とそうとしている人は、仲間を求めている。しかも、強力な。私はこの中では一番貴女に近いと思われてる。その私が貴女を助けずにいたら、仲違いをしたのかと考えるはず。そして私を取り込もうとする。貴女の敵を焙り出してあげるから、ちょっと待ってて」


 諦めない派にも温度差はある。ナターニヤを味方につけようとする者は、それだけ危険だ。とはいえ、やはり、煩わしく思い、つい助けを求めてしまう。ちょっとぐらい我慢しなさい。と、ナターニヤの視線が言っている。


 アリシアも、もっと直接的な攻撃なら反撃し易いのだが、御令嬢達の攻撃は可愛いお人形の中に砂糖をたっぷり詰め込んで殴られたように、可愛さと甘ったるさで武装しつつ殴られたら鈍く痛い。という厄介なものだ。棍棒しか武器のない自分が下手に反撃しようものなら、自分こそが悪者にされそうだ。


 もし反撃しようものなら、

「私、そんな積りでは……およよよ」

 と泣き崩れる御令嬢の姿がはっきりと脳裏に思い描ける。


 やっとの思いで逃げるようにお茶会を抜け出したアリシアが部屋に戻り、暫くすると職務を終えたサルヴァ王子もやって来た。以前は、金糸、銀糸であしらった服装が多かったが、父となった自覚からなのか最近では深緑などの落ち着いた服装だ。顔付きも、少し温和になった。


 この人の妻なのだと思うと不思議な気がする。勿論、身分としては寵姫に過ぎない。だが、心では妻だ。王子もそう思ってくれていると信じている。


 もし、時を遡り王子とあった当時の自分にそれを教えたら、どんな顔をするだろう。そんな他愛もない事を考えてしまう。王子は、今よりずっと感じが悪かった。自分もリヴァルを失い自暴自棄になっていて、かなり刺々しかったと自分でも思う。2人は憎しみあってさえ居たのだ。


 それが変わったのは、いつからだっただろうか。セレーナの王子への愛を知ったからだろうか。王子のセレーナへの愛を知ったからだろうか。セレーナを失った王子の姿を見たからだろうか。


 セレーナを失ったこの人を見た時、自分はこの人は狂ったのかと思った。小さな教会の神父を引きずって来て、死せるセレーナと結婚した。それほどまで彼女を愛していた。その姿に、この人を憎む事が出来なくなっていた。


 リヴァルの事も、この人の所為ではないとは分かっていた。戦争では、大勝利でも死ぬ人はいて、大敗北でも生き残る人はいる。確かに王子の戦いでリヴァルは戦死した。誰の所為でもない。でも、誰かの所為にしたかったのでこの人の所為にした。戦場で、直接リヴァルを殺した人が誰だか分からないので、目の前にいる人の所為にしたのだ。その方が楽だから。その方が分かりやすいから。その方が直接怒りをぶつけられるからだ。


 そのリヴァルの形見の兜はサルヴァ王子が持っている。初めは、大敗北しかけた自分への戒めの積りだったらしい、でも、今は本当に大事にしてくれている。それは分かっている。リヴァルは私にとって大事な人だ。その自分の大事な人を、同じく大事に思ってくれる人がいる。大切にされていると思った。自分をではない。自分の全てをだ。


 でも、私はどうなのだろうか。王子の全てを大切にしているだろうか。王子が愛するこのランリエルを愛している。王子の、誰よりも味方であろうと思っている。でも、セレーナを大事に思えているだろうか。


 王子は私との関係には過剰なほど慎重になっていた。自分が私を愛していると他に知られれば、即、私が殺されるとまで考えていたようだ。それも、セレーナとの事を思えば仕方がないのかも知れない。彼女は、王子との関係を妬んだ他の寵姫に殺されたのだから。


 王子が、娘を抱き上げている。娘の名前はジュリア・コスタンツァ・クレオ・エルネスタ・セレーナ・アルディナ。髪と瞳の色は王子と同じで黒い。産まれて直ぐは、もう少し淡い色だったが、段々と濃くなって来た。


 ジュリアは王子がコスタンツァはクレックス王がクレオはマリセラ王妃、エルネスタはクレックス王の父。つまりサルヴァ王子の祖父だ。セレーナは私が付けた。王子は、娘をジュリアの愛称のジュリーと呼ぶ。セレーナとは呼ばない。私もジュリーと呼ぶ。国民はジュリア王女と呼んでいる。でも、この子にはセレーナの名が付いている。それを忘れる事はない。王子も。


 侍女のエレナには、相変わらず私の世話をさせている。娘には別に乳母と侍女が付いている。エレナは娘の世話もしたがったが、それはさせなかった。


「私が信用できないんですか!」

 エレナは食い下がったが、そうよ。とは言えず、クレックス陛下がそう言ったのだと、王様の所為にした。エレナの事は妹のように思っているが、娘を、うっかり1日1回くらい落としそうな気がする。流石に怖くて任せられない。


 王子は娘を気にかけているが、意識して厳しい父たらんとしているように見える。まだ6ヶ月の赤ん坊に厳しいもなにもないと思うのだが、理屈が先行する人だ。娘がキャッキャッと玩具で遊び笑っているのを、表情が崩れないように引き締める。それを、仕方がないと微笑ましく眺める。


 娘に物心がつけば、王子の顔を見て怖がるんじゃないかしら。

 気が早いが、そんな心配もしてしまう。


 王子は娘を愛してくれている。私も娘を愛している。


 でも、怖い。自分が怖い。娘を見る度に思う。娘に微笑み、娘の柔らかい頬に自分の頬を寄せるたびに思うのだ。


 私はしてはいけない事をした。それを、した自分が怖い。


 サルヴァ王子と私は結ばれた。愛し合っている。その喜びに胸がいっぱいになる。その王子の子を授かった。これ以上の幸せはない。この地上にはだ。いずれ死が2人を分かつ。


 愛し合っていても、死が2人を分かつ。


 だけど、かつて王子は別の女性と結ばれていた。結ばれている。セレーナ・カスティニオ。王子が彼女と結ばれた時、すでに、この世の人ではなかった。死んだ人と結ばれたなら、どうなれば2人を分かつのか。それどころか、王子が亡くなった時にこそ、真に2人は結ばれるのではないのか。


 王子は死せるセレーナと結ばれた。死が2人を分かつ事はない。王子が亡くなれば天界でセレーナが王子を待っている。王子は永遠にセレーナのもの。


 嫌だ。嫌だ! 嫌だ!!


 王子を愛していた。愛している。誰にも渡したくない。セレーナにも。王子が亡くなった後にも。


 王子は、娘の中にセレーナを想う。娘は娘。頭では分かっていても。普段はそう呼ばなくとも。娘の中にセレーナの片鱗を探す。些細な事をセレーナと重ね合わせる。他の人なら気にしないような事でも。娘の微笑みはセレーナの微笑だ。娘が泣けばセレーナの涙だ。娘の幸せがセレーナの幸せ。


 セレーナへの想いは娘への想いと重なり昇華する。娘の幸せをセレーナの幸せとして願う。娘が良い相手と巡りあい幸せになるのを、サルヴァ王子は父として祝福するのだ。


 それで、我慢して頂戴……セレーナ。


 死せるセレーナと結ばれた王子は、死をもってしても分かつ事は出来ない。でも、セレーナが生き返れば……。セレーナが王子以外の男性と結ばれて幸せになれば……。夫としての王子はセレーナから解き放たれる。


 卑怯だ。私は卑怯だ。娘に親友だった女性の名前を付ける。人々は、それを美談だと褒め称える。とんでもない。母が愛する娘を利用したのだ。浅ましい女だ。


 娘を眺める王子の表情が、娘への愛しさに耐えかね緩んでいる。それを眺めるアリシアも微笑んでいる。幸せな家族。そのようにしか見えない。そう見せている。

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