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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
301/443

第209:両立

「アルフォール城に、貴方からの使者が来た時には驚きましたよ」


 リュシアンの言葉に、ディアスはすまし顔で応じた。


 サルヴァ王子の副官ウィルケスから、頭が悪いと称されたバルバール軍の撤退だが、当然、ディアスが突如、若年性痴呆症になった訳ではない。バルバール軍が撤退し正統王朝軍が領土を広げれば、ロタ北部ばかりか南部からも元軍人達が集まるのは分かっていた。


 リュシアン達にしても、敵が守るべき城々を放棄しての撤退など、何か裏があるのではと通常なら逆に動けない。空城の計、ならぬ空領の計でもあるのかと警戒するところだ。特に相手は、あのフィン・ディアス。いくら警戒しても、し足りぬ相手。しかし、それならそれで、別の疑問もある。


「私としては、こちらからの提案を君達が疑わずにあっさりと信用した事の方が驚きだったがね。信用して貰えるまで、何度も使者を送らなければならないと考えていたんだが」

「貴方が、私達を陥れるはずがないですから」


「どうしてだい? あの時、ロタ北部はバルバールの領地だった。君達はその領土を侵した。十分、君達を倒す理由はあるはずだが?」

「ええ。倒す理由はあるでしょう。ですが、陥れる理由はない。貴方がその気なら、陥れる、必要などなく、私達を叩き潰せるはずだ」


 随分と買いかぶられたものだと、ディアスが苦笑を浮かべた。しかし、リュシアンの言葉も一面の正しさはある。目的の為なら手段を選ばぬ男と称されるディアスだが、裏切りなどというものはいわば人格の切り売りである。重ねていけば遂には元手が無くなり、サルヴァ王子などからも愛想を尽かされる。


 忌憚なく言えば、リュシアンやブラン如きを倒すのに、人格を切り売りしては割に合わないのだ。かけるならば、もっと大きな獲物。そう、国家の命運をかけるほどでなくてはならない。


「まあ、それは横に置いておこう。とにかく、これで約束通り、万一ランリエルが皇国に敗れる事があれば、バルバールは生き残れるようにアルベルド王に取り入って欲しい」

「約束は守ります。ですが、本当に私がその約束を守ると信じているのですか? 無論、守る積りはありますが。そもそもランリエルが勝つかも知れないのに」


「元々、サルヴァ殿下の要請でロタに侵攻したが、実際、持て余していたからね。私達のような小国に、飛び地の広大な領地など重荷だ。しかも、それが敵国との最前線となると負担だけが大きい。立場が違うからか、サルヴァ殿下には、そのあたりが分からないらしい」


 前回の戦いの時、ドゥムヤータの選王侯達は、ロタ王都の包囲をグレイスやディアスを騙してバルバール軍から奪い、リュディガー王の身柄を確保したと考えていた。しかしそれも、ディアスとバルバール宰相スオミの当初からの計画の内だった。リュディガー王の身柄を確保しては、周辺各国との外交戦に巻き込まれる。それを避けたのだ。


 ベルトラムは、ディアスのロタ騎士を追い払う策を不純物を取り除く為と読んだ。それは外れたように見えて本質的には当たっていた。ディアスに取ってロタ北部こそが不純物であり、それを取り除きたかった。


 ロタの民の反乱にも備えなければならず、ある程度の規模の軍勢を常駐させねばならない。しかも、バルバールとロタの間にあるコスティラとの関係は良好ではなく、軍勢を動かすなら海路のみ。祖国と切り離された兵士達の心理的負担も大きく、だからといって軍勢の交代を頻繁に行えば、それが更に軍事費を増大させる。領土を得て税収が増えたといっても、ほとんど帳消しになるのだ。


「なるほど。元々捨てたいが、ランリエルの手前、捨てるに捨てられずにいたところに、我々という拾い主が現れたという事ですか。どうせ捨てる領地ならば、約束を破られて持ち逃げされても痛くはないと」

「そうは言っても、守って欲しいところだがね」


 ディアスは、己の利益の為に友人を売るような男ではない。だが、バルバール王国軍総司令としては、人でも国でも売る。正しい自分でありたい。という事より国と民は重いのだ。


「ええ。分かっています」


 何の担保もない商談。しかし、リュシアンにとっても利益がある。この人脈によって、いざともなれば、勝利を呼び込めるのだ。


 ディアスとの約束は皇国が勝った場合だが、双方5分、いや、皇国が劣勢であったとしてもリュシアンの弁舌でディアスを丸め込み、皇国が有利と思わせればバルバールを取り込める。問題は、その時までに己が、そのディアスを騙せるほど成長しているかだが。


「君の方はどうなんだい? 今回の事でアルベルド王も君の能力には一目置くだろう」


 保険とするならば、そうなってくれないと困る。


「どうでしょうか。全ての事が自分の手の中で起こらないと気が済まぬ人のようですし。逆に、疎んじられるかも知れません」

「なるほど。そうかも知れないな。だが、アルベルド王個人の思いはともかく、組織としてはそうも言ってはいられない。君はこれで、正統王朝で重要な地位に就くのだろ?」


「旨みのある地位は以前からランベール王についていた方々が独占なさいます。私は、あまり旨みのない役職ですよ」


 微妙な言い回しだ。旨みとは賄賂が多いという事だ。その賄賂が当然とされている世界ではあるが、物事には程度というものがある。そして旨みのある地位と実権のある地位が等しいとは限らない。


「ちなみに、君はどんな地位なんだい?」

「国務次官です」


 国務大臣の下で実務を行う。一見、一番大変な仕事を押し付けられたようにも見えるが、全体を把握しやすい地位でもある。度が過ぎた者達を失脚させるにはもってこいだ。数年もすれば、以前から付き従って来た’忠臣’達は姿を消しているだろう。


「そう言えば、こちらからもお願いがあるのですが」

「なんだい?」


「もし、ランリエルが皇国に勝つ事があれば、ロタが生き残れるようにサルヴァ殿下に働きかけて欲しいのです」

「確かに、当然の要求だ」

 ディアスが頷く。

「正統王朝を存続させれば良いんだね?」


 南部のリュディガー王のロタ王朝はドゥムヤータを介してランリエル側だ。尤も、それはランベール王のロタ正統王朝に対抗してのもの。正統王朝が消滅すれば、ドゥムヤータとしては、心置きなく南部を直接支配できる。


「正統王朝が安泰ならば、南部のロタ王国も安泰とは思いますが、一応は両方という事でお願いします」


 ディアスが首を傾げた。



 東はデル・レイ、ひいては皇国から、西はランリエルからロタ正統王朝の領土は認められた。この大陸の2大勢力から認められた以上、国際的に承認されたという事だ。ランベール王が住まう宮殿も建てられる事になり、取り敢えずは、領地内で最も見栄えの良い城を仮の王城として身を移している。


 しかし、考えてみれば奇妙な話だ。ロタ正統王朝が国際的に認められたなら、南部のロタ王国は何だというのか。何せ、正統王朝なのである。北部が正統王朝ならば、南部は不当なのか。当然、南部は反発した。国号を変えよと正統王朝に通達したのだ。北部も当然、はい、そうします、とはならない。


 北部としても、正統王朝などという名称は仮のもの。小さいとはいえ、一応は国家として成り立つほどの領土を得た以上、名称変更を考えてはいたのだが、外部から、しかもよりによって対抗する南部から言われてから変更しては、膝を屈したようで変えるに変えられなくなったのだ。


 折角、戦乱が収まったにもかかわらず、早速、一触即発の事態である。しかも、その原因は他者から見れば他愛もない。更には、どちらかといえば南部が劣勢だ。正統王朝を承認したアルベルドやサルヴァ王子の顔に泥を塗りかねないからだ。


 自分達が折れるしかないのか。しかし、正統王朝などと称するのを認める訳には……。しかし、2大勢力に逆らっては……。南部は苦悩したが、意外にも先に折れたのは北部だった。


「リュディガー王の南部は南ロタ王国。我らの北部は北ロタ王国。これでよろしいではありませんか」


 単純と言えば単純な名称だが、どちらか一方ではなく、双方名称を変えるならば公平でもある。南部も承諾し、これにて、北部は北ロタ王国。南部は南ロタ王国が正式な国号となったのである。


 国交も行われる事となった。お互い相手を認めぬのが国是ではあるが、皇国とランリエルの手前、暫くは行儀よくしておく必要がある。まず、北ロタから特使が派遣される事となった。それ自体はよい。問題は、その人選である。南ロタはその特使の名に驚愕した。


「シャルル・ブランとリュシアン・リュシェールだと!」

「あの裏切り者どもが、何の面目あって顔を出すか!」

「厚顔無恥にも甚だしい!」


 2人はリュディガー王が、サヴィニャック公だった頃から仕え、取り立てられた者達だ。その罵倒も無理はない。だが、特使は特使。王宮に入ったところをやたらめったらに打ちのめしたい気持ちを抑えて、謁見の間に通されたのだった。


 しかし、リュディガー王の視線が穏やかなものになりがたいのは当然である。たまわるお言葉も冷え冷えとしたものだった。


「よくも顔を出せたものだな」


 王といえども外国からの特使には、ある程度の礼節は守るべきだが、臣下達も誰も制しない。2人との因縁を考えれば、他国から見ても、多少の礼節破りは許されるだろうという計算もある。


「今日は、北ロタ王国と南ロタ王国が並び立ったお祝いの言葉を、ランベール王から預かって参りました」


 そう言ってリュシアンが書簡を差し出す。これは受け取らぬ訳にもいかず、リュディガー王が文官に受け取らせた。これで、一応は体面はなったと、面倒くさげに手を振りブラン達を下がらせようとしたリュディガー王だったが、リュシアンの言葉は続いた。


「後、いささか個人的なおもむきで御座いますが、リュディガー陛下へのお別れと、これからはランベール陛下に忠節を誓うとの宣言をしに参りました」

「これからはだと? わけの分からぬ事を」


 王は、苛立たしげに吐き捨てた。


「先のドゥムヤータとバルバールとの戦いのおり、我らは王都を目指すバルバール軍の別働隊と戦い、力及ばず敗れました。それにより、リュディガー陛下のお命は風前の灯。例え降伏しても良くて捕らえられたまま一生を終えたでしょう。首を討たれる事も考えられました」

「そ、それがどうした。現に今、こうして玉座に座っておるわ」


「はい。私達は考えました。どうすればリュディガー陛下を御救い出来るか。玉座に座らせ続ける事が出来るかをです。そして出た結論が、デル・レイにてランベール陛下を擁立する事でした」

「なんだと!?」


 予想外の言葉に王が驚きの声を発し、臣下達もざわついた。


「ランベール陛下を擁立しロタの王位を主張なされれば、ドゥムヤータはその対抗としてリュディガー陛下を担ぐより他なし。そう考えたのです」


 ざわめきが大きくなり、謁見の間を満たした。ランベール王の目は大きく見開かれ、リュシアンの言葉を理解し、更にそれを吟味して納得する。それに擁した時間は長く、声を発したのはかなりの時を経てからだった。


「全て……。全て余の為だったと申すか」

「はっ」


「う、うむ……」


 王が唸り、臣下達は更にざわめく。本当であろうかと、顔を見合わせている。だが、確かにドゥムヤータに移送され、そこで一生を終えようとしていたのはリュディガー王も察していた。そして、デル・レイでランベール王がロタの正統を主張し、事態が急変したのも理解している。


「ですが、それもここまで。リュディガー陛下は、我らを取り立ててくれた恩義ある主君。ですが、その為とはいえ、ランベール陛下にお仕えしたのも事実。それを疎かにするは不義。これからは、真にランベール陛下に忠義を尽くす所存です」


 ブランとグレイスとの再戦だけを考えるならば、ランベール王に使える必要はなかった。アルベルドは、デル・レイの武将としてブランを召抱える気だった。戦力としてはその方が格段に上だ。それをあえてリュディガー王を助ける為に、ランベール王に使えたのだ。


「なるほど。お主達の忠義。よく分かった。このリュディガー・サヴィニャック。お主達を疑った事を心から詫びよう。よく今まで余に尽くしてくれた。これからはランベール王に忠義を尽くせ」

「はっ」


 2人が王から背を向けると、王が立って2人を見送った。王としての最高の礼だ。臣下達も深く頭を下げ見送ったのだった。



 王宮を出た2人がある場所に向かい歩いていた。


「これで良いのだな?」

「ああ」


 頭と何とかは使いようという。頭が良いかより、どう使うかが重要。どんなに頭が良くても悪事に使えば、ただの悪党である。確かにリュシアンは頭だ。しかし’使いよう’はブランが握っていた。それがブランとリュシアンの関係だ。


 目的の場所に到着し、扉を開けるといきなり空の杯が飛んできた。あっと思う間にリュシアンの頭上で、こん、と音を立てる。


 意外にもブランの頭に直撃したのだ。跳ね返り落ちた杯は乾いた音を立てて地面に転がる。ブランは特に痛そうな様子もない。避けられなかったのではなく、避けなかったようだ。


「怒っているのか」

「当たり前でしょ!」


 アレットである。小さな身体を怒りで膨らませている。ブランが、リュシアンに顔を寄せ囁いた。


「さっきリュディガー王に説明したのを、もう一度やってくれ」


 ブランの困った顔というのを、リュシアンは初めて見た。


 現金なもので、リュシアンの説明にアレットはあっさりと機嫌をなおした。


「王様を見捨てて逃げたのが、ちょっと気に食わなかっただけ。やっぱり、私のブランだね」

 と、杯を投げつけた事など、なかったかのようだ。


 本当に強い男こそが本当に優しい男。それが彼女の信念だ。その彼女から見て、リュディガー王を見捨てたように見えたブランは、強い男ではなかった。優しい男は人を裏切ったりしない。


「2人は、いつまでこっちにいるの?」

「すぐに帰る予定だ。だからお前も一緒に――」


「あ、そう。じゃあ、この店片付けちゃうから、ちょっと待っててよ」


 そう言いつつ早速、店の奥に向かい、どれを持っていくか、捨てるか、売っぱらえるかと、選別を開始した。どこまでもマイペースな彼女に、ドゥムヤータを震撼させた虎将も、ロタ一の知者も形無しである。



 アレットより一足先に北ロタ王国に戻った2人を、北ロタの民衆も歓呼の嵐で出迎えた。2人は南ロタに出立する前に、ランベール王にも説明しており、彼らが南ロタから帰ってくる間に他の人々にもそれが伝わっていたのだ。


 人々は2人を称賛しその後、2王を立てし者。そう称されるのだった。

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