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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
300/443

第208:当事者

「なるほど」


 意識せず、アルベルドは呟いていた。


「如何なさいましたか?」


 そう問うたものの、サルヴァ王子は、その呟きの意味を理解している。


「セルミア王国旗だったという訳ですか。何か違うという気はしていたのですが」

「混乱させて申し訳ない。このような事に疎い性分でして。ランリエルの物とほとんど同じにしてしまいました」


 ランリエルの国旗は赤字に黒い雄牛を象った物だが、セルミアの国旗は地の色が少し淡い程度で他は同じ物だ。その違いを微かにでも感じたアルベルドこそを褒めるべきだろう。


「それにコスティラの旗もあるようですが」

「我が国は国土も小さく民も少ない。私も力を尽くし内政に励んでいますが、それも10年、20年かかる事業。ある程度の規模の軍勢を整えるには他国にそれを求めるしかありません」


 コスティラ兵は大陸でも名の通った強兵。それにしても、コスティラ兵はないだろう。とアルベルドは思ったが、口には出さなかった。内政干渉に当たるし’セルミアの話’を続けても、自分に利はないのに気付いたからだ。


「なるほど。確かにランリエルの影響下には数ヶ国あり、兵を求めるのに強兵でなるコスティラほど適切な国はない」


 アルベルドはランリエルを強調した。セルミアの王よりランリエルの王子の方が相手にしやすい。しかし、サルヴァ王子は気にしたようすもなく、笑みを浮かべている。


「それはともかく、バルバールの民を救って頂き感謝いたします。ここにいるバルバール王国軍のディアス殿も、礼を述べたいと申しております」


 王子が促しディアスが進み出た。跪いて書簡をアルベルドに差し出す。


「バルバール王国軍総司令フィン・ディアスです。敵といえる我が国の民を救って頂き、感謝に堪えません。バルバール王ドイルからも、アルベルド陛下への感謝の言葉を預かって参りました」

「我が国が支援しているロタ正統王朝がバルバールが占領していた国土を回復したのは、正統な権利と考えているが、それによってバルバールの民に責を求めるのは筋が違うと考えたまで。だがドイル王のお言葉は、ありがたく受け取ろう」


 そう言いつつアルベルドが受け取る。


 一見、慈愛に満ちた言葉に聞こえるが、王子は嫌な言い方だと感じた。後半は確かにそうだ。しかし、前半は大いに異論がある。問題は、前半と後半を組み合わせている事だ。王子としては後半について感謝する立場の為、前半に反論しにくい。


 王子がディアスに視線を向けた。すでに立ち上がり、うつむき加減で眼を閉じていた。王子とアルベルドとの会話を邪魔せぬように遠慮しているようにも見えるが、他人事と考えているのではと、ふと思った。


 まあ、確かにバルバールにとっては礼を言うまでが当事者。その後は他人事かも知れない。ランリエルの一員としての立場はあるとしてもだ。王子はアルベルドに視線を戻した。


「ロタ北部の所有権については、双方、考えもありましょう。手短に済むものでもなく、座ってゆっくりと話し合いましょう」


 アルベルドも頷き、用意された椅子に座るとリュシアンもそれに倣った。他の出席者に比べ自分が格下なのを自覚しているのか、動きがやや硬い。続いて、実用を考えた頑丈な樫の机を挟みサルヴァ王子、ディアスと腰掛けた。


「まず、そもそもロタ北部の領有権について、ランベール王にその権利はない。という事を確認したいのですが」

「お待ちを」


 サルヴァ王子の言葉を、アルベルドが遮った。相手の言葉を遮るなど非礼だが、アルベルドはあくまでサルヴァ王子をセルミア王ではなく’王子’として格下に扱う積りだ。


「ここにいるリュシアン殿は、ロタ正統王朝の代表。私は、その彼らを支援する立場だ。そちらのディアス殿もロタ北部を実効支配していたバルバールの代表。問題はないでしょう。ですが、ロタに関してはバルバールとドゥムヤータとの共同作戦において支配したもの。両国の同盟についてランリエルは無関係と聞いている。サルヴァ王子は部外者ではないのか。先ほどのランリエルからの謝辞については、拒絶するのも非礼と素直に受けたが、領土問題にまでかかわるとなると話は違う」


 アルベルドの視線が、さて、どうでるか、と値踏みするように王子に向けられた。王子はそれを受け止めた後、一瞬、ディアスに視線を向ける。やはり、ディアスは、他人事のように目を伏せている。


「それについては、説明が遅れ申し訳ない。領土問題は私が受け持つ事になっております」

「バルバールから全権の委任状でも受け取っていると仰るか?」


 アルベルドの瞳には、冷ややかなものが浮かんでいる。その程度で誤魔化せると思うか。それが通用するなら、極端な話、他の国々とランリエルとの全ての問題に、委任を受けたと皇国が出張れる。皇国が任せろというのを断れる国はないのだ。今回、それを通せば長期的に見て、サルヴァ王子が不利になる。


「いえ。購入しました」

「購入?」


「はい。バルバールから買い上げたのです」

「だからランリエルの領土であり、ランリエルに交渉権があると?」


 なるほど。確かにそうなれば当事者といえる。やられたかとアルベルドの視線が鋭くなった。


「いえ。違います」


 視線が鋭さを増した。何が違うのか。他に何がある。


「購入したのはランリエルではなくセルミアです。勿論、現在のバルバールの占領地だけではなく、ロタの北半分全て。正統王朝との領土問題は、セルミア王の私に交渉権がある」


 アルベルドは舌打ちを堪えた。サルヴァ王子が国際的な格を考慮し、ランリエル王子ではなくセルミア王を称するのは予測していた。だが、そんなもの名ばかり。実質的にランリエル勢力を率いているのはランリエル王子として。それがバルバールの支援にセルミア王として会議に出席するなど笑止の限り。そう主張する気だった。それが、サルヴァ王子は、バルバールの支援者としてのランリエル王子ではなく、当事者としてのセルミア王になりおおせたのだ。


 当然、金の出処はランリエルだ。それでも、バルバールとの契約書の署名がセルミア王ならばセルミアの領土。どうせ、サルヴァ王子の気が向けば、セルミアからの借款の返済が滞ったとランリエルが担保に取り上げるとしてもだ。


 この時アルベルドも保険をかけていた。サルヴァ王子がランリエル王子とセルミア王、2つの肩書きがあるように、アルベルドにもデル・レイ王と皇国の副帝の2つの顔がある。副帝を称すれば国際的な席次に優位に立てる。それをあえてデル・レイ王で臨んだ。


 万一副帝として出席しサルヴァ王子に遅れを取れば、それは外交的に皇国がランリエルに敗れた事となる。その為のデル・レイ王としての出席だ。交渉が決裂すれば、その時には副帝として皇国軍を動かすとしてもだ。サルヴァ王子とアルベルド。どちらが’ずるい’かは容易には判断出来ない。


 ちっ。まあいい。元々、現時点でランリエルと戦う積りはない。双方の出席者と国際的な格は、交渉を優位に進める土台に過ぎない。その土台の高さが同程度である事は認めてやる。


「なるほど。サルヴァ王子、いや、サルヴァ王の主張。真に理にかなったものだ」


 アルベルドが素直に認めたのは王子にも意外だった。もう少し、粘り強く反対されると予測していたのだ。それだけに王子は身構えた。そしてそれは正しい。


「しかし、それがその場しのぎの虚偽でなければです。そちらの主張を信用していない訳ではないが、この問題は些事ではない。前もって返答を用意していたようにお見受けした。ならば、その領土移譲の契約書の写しもご持参なさっていると予測しているのだが」

「勿論です」


 王子がウィルケスに命じ、写しを持って来させ、アルベルドに渡させた。アルベルドの視線が隅々まで這う。契約書に不備はないはずと思いながらも、王子の額に汗が浮かぶ。


「確かに、契約に不備はないようですな」


 その言葉に内心ほっとする。


「しかし、そうなれば、バルバールのディアス殿は部外者という事になる。それとも、正統王朝が占領している地域を取り戻して引き渡すまで、取引が完了していないという事ですかな? それならば、やはり、セルミアこそが、現時点では当事者とは言えなくなるが」


 今度はサルヴァ王子が舌打ちに堪える番だ。確かに契約書に不備はなかった。考慮不足だった。半分を受け取り完了とし、半分は取り返してからの受け取りとすれば良かったのだ。


 取引完了となれば、確かにバルバールはすでに部外者。取引が未完了でも将来の所有者としてセルミアは残れるが、当事者、という点では弱くなる。


 やむを得ぬ。

 王子としては、当事者として残りたい。


「取引は完了していると受け取って頂いて構いません」


 そう言い、ディアスに視線を向けた。ディアスも頷く。


「はい。私は領地交渉の為ではなく、民を救って頂いた事へのお礼と、その民を保護する為にこの場にいるとお考え下さい」


 アルベルドとしてはディアスを退席させたかったが、ディアスは踏み止まった。しかし、領土交渉についての口は封じた。これで2対1だ。交渉で人数差というのは無視できぬアドバンテージだ。


 不利となった王子だが、やむなしと口を開いた。


「そもそもロタ王国の主権は、ランベール王からリュディガー王に移った。それはリュディガー王からランベール王の身柄を預かったデル・レイも承認したはず。そのリュディガー王はドゥムヤータ、バルバール連合に降伏し、北部はバルバール、南部はドゥムヤータとの条件を飲んだ。正式な手順でロタ北部はバルバールの所有となっており、それを正統王朝が取り返すのは不当と考えますが」


 アルベルドが応じる。

「不当と言っても、そもそもバルバールとドゥムヤータがロタを攻めたのが不当。その後、リュディガー王が降伏したのも、王のお命が危険に晒されたが故のやむなき仕儀。正統王朝が取り戻すのみ不当というのは理にかないますまい」


「少なくとも正統ではありますまい」

「一方的に不当と言われる事ではない」


 双方、これを言い続けても水掛け論だ。無論、王子にそのような不毛を続ける気はない。


「戦争も外交の一形態に過ぎません。双方の合意があれば占領も正統となり、合意がなされなければ不当。そうではありませんか」


 その言葉に、王子から見えぬ机の下で、出番だとアルベルドがリュシアンの足を軽く叩いた。


「正統王朝の領土奪還は承認されていない以上は、不当と申されますか」


 今まで無言だった男の突然の発言に、サルヴァ王子は意外そうに眼をむける。しかし、直ぐに表情が険しくなった。早速、数の優位を押し出して来たのだ。


 王子がバルバールによる占領の正当性を説くと、リュシアンはリュシアンで正統王朝の領有権を訴える。双方、一歩も引かず論戦を続けるが、やはり、王子が一枚上手だ。そもそもの論拠も王子に理があり優勢である。


「お互い、自らの主張を言い続けるばかりでは結論は出るまい。相手の言い分にも耳を傾けるべきだ」


 まるで第三者かのようにアルベルドが仲裁に入った。だが、リュシアンが優勢ならば、そのまま続けさせていたはず。やはり、2対1ではやりにくい。アルベルドの言葉で、一旦仕切り直しとなり、再開してリュシアンが劣勢になると、またアルベルドが仕切り直す。それが続く。


 議論とは、相手を論破するだけが勝利ではない。相手を’降ろさせる’のも勝利だ。馬鹿馬鹿しい話だが、相手をうんざりさせれば勝利となる事もある。王子は、その程度で引く気はないが、論破が不可能とも感じた。


 王子は会談の前に、絶対防衛線と最大利益線というものを設定していた。現実的に見て、正統王朝軍をロタ北部から完全撤退させるのは不可能だ。現状バルバールはロタ北部の3分の1を確保しているが、それは絶対に守る。2分の1まで取り返すのが限界だと予測していた。そして、相手も相手なりに絶対防衛線と最大利益線を設定し、そしてそれはこちらの逆であろうと推測している。彼らとて、バルバールの完全撤退などあり得ぬと理解しているはずだ。


 バルバールが3分の1。正統王朝が3分の2.という状況から、バルバールが5分の2。正統王朝5分の3まで押し戻した。それが王子には限界であり、それはアルベルドも同じだった。問題は、その境界に位置するサヴィニャック城だ。王子は、サヴィニャック城は頑として譲らなかった。北部防衛の要衝であり、ここは手放せない。


 この当時、国家とは貴族の領地と王家の領地の集合体である。その意味では、王家が他国に領地を譲ると言っても、領主が反対する事も可能だ。とはいえ実際には、貴族個人の力など微々たるもの。諦めて明け渡すのが常だ。逆に言えば、領主自身が譲るというなら、これほど強固な契約はない。


「サヴィニャックは、その名の通り、リュディガー・サヴィニャック王の居城でした。そのリュディガー王がバルバールに譲ると言ったのだ。どのような観点で見ても正統王朝側に権利はないはず」


 流石のアルベルドもその主張を覆す言葉は持たなかった。3分の1から5分の2にまで押し返されたのも、このサヴィニャック城がその地点にあるからだ。アルベルドも、初めから承知していたのかも知れない。一見、アルベルドが押されたかに見えるが、そもそも正統王朝は、全く領地の無いところから5分の3まで取れたのだ。それで満足したのだろう。双方が誓約書に署名したのだった。


 これで今回、正式に国境が定められた。ロタ北部の5分の2はバルバール、いや、セルミアの領地として、5分の3が正統王朝の領地として、’正統’に国際的に認められた。どうせ将来、それが覆されるだろうと多くの者達が予感しながらではあるが。


 会談が終わり、双方、翌朝に引き上げる事となった。両軍、神経を張り巡らせながら野営を行う。とはいえ、人の動きが全く無い訳ではない。掲げる国旗が異なる者達が、彼方此方で談笑していたりもする。


「おお。お主は、あの時の戦場にいたのか!」

「お主もか!」


 お互い参加した戦いの名を言い合い。それが一致すれば、剣の変わりに酒を満たした杯を交し合う。


 戦いを専らとする職業軍人としての潔さか、この当時、終戦すれば、昨日までの敵と酒を酌み交わすのも珍しくはない。お互い理由ができ、この日は休戦だ! ともなれば、双方の兵士が中間地点までやって来て食料や酒を交換し合う事すらあった。敵国人は何が何でも許さない! というのはむしろ民間人に多い。安全なところにいる者ほど野蛮になるものだ。


 リュシアンもその例に漏れず、昨日までの敵の天幕へと向かっていた。隠れるでもなく、特別に用意した極上の葡萄酒をぶら下げ堂々の訪問である。彼自身、一度、じっくりと話してみたいと望んでいた相手だが、今回は友好を暖めるのが目的ではない。昼間の会議の延長線。いや、その遥か前から続いていた線の終着点というべきか。


 天幕に向かう途中で、何度もその相手の部下とすれ違った。リュシアンの名を知り、胡散臭げな眼をする者もいるが、好意的な視線を向ける者も多い。優れた敵というものは、一定の尊敬を受けるものだ。


 目的の天幕に到着すると、相手は副官や従者も連れず、1人で待ち構えていた。意外でも何でもなく、これから話す内容を考えれば当然といえる。これを、と葡萄酒を差し出し、口を開いた。


「おかげで、簡単に領地を取り戻せました。礼を言います」

「まあ、こちらも都合が良かったからね」


「しかし、サルヴァ殿下に知られれば、不味い事になるのではないですか? ディアス殿」

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