第205:侵食
バルバール軍が去った後、ブランらロタ正統王朝軍は空になった城塞を次々と占領していった。それはディアスもその可能性を幕僚達に語った通りだったが、結果はそれに準じなかった。
2千の正統王朝軍が城々を占領するたびにその戦力は薄くなる。そのはずが、占領するたびに厚くなったのである。
どこから兵が沸いたのかと言えば土から沸いて出たのだ。正統王朝にも向かわず武器を捨て土に帰った元軍人達が、ブランらの活躍を聞き、再度武器を取り集まった。そしてその中には、彼らに感化されて付いてきた義勇兵も多い。バルバールの支配に甘んじていた彼らだが、ロタ人による解放のチャンスが来たのなら、愛国心も湧き出ようものだ。
ブラン達の進撃は留まるところを知らなかった。彼らの到着前に立ち上がった者達が城を占拠し出迎える事もあった。それどころか、村の荒くれ者の頭が、仲間達を連れて空城の城主の椅子に座り、これからは俺が領主だ! と宣言する始末である。
入城したブランらにも、城を漁って見つけたらしい甲冑を着込み出迎え、リュシアンに対しても尊大な態度だった。自分をブランと同格とでも考えているらしく、その副官という立場のリュシアンを下に見ている。
「この城は俺のもんだ。文句ねえだろうな」
「その件については、この戦いが終わればランベール陛下にお伺いを立てよう」
「お伺いじゃねえ。俺が占領したんだから俺のもんなんだよ!」
「占領したと言っても、空の城に入り込んだだけであろう。認めて欲しくば、相応の手柄を立てるのだな」
「何だと偉そうに。そっちがその気なら、城に立て篭もって抵抗したっていいんだぜ」
粗野な口振りだが悪知恵は働くのか、荒くれ者が凄んだ。男の仲間は十数名。戦いになるはずはないが、味方になろうという者と争っては、今後の勢力拡大に影響があると見透かしている。
とはいえ、実際、リュシアンに決められる問題ではない。この地にも本来の領主が者もいる。その者がデル・レイの正統王朝で健在かまではリュシアンも把握していない。それに、空の城を占拠しただけで領地が貰えるなら、他の命がけで戦った者達が黙っては居ない。
リュシアンが面倒くさげに振り向き、離れた場所に居たブランに声をかけた。
「ブラン! この者が、お前と戦いたいそうだ!」
その大声にブランが振り向き、兜を脇に抱えて近づいてくる。
荒くれ者もブランの名は知っていた。だが、自分も腕に覚えがある。村では誰にも負けなかった。気晴らしに通りかかった男をぶちのめしたら、数人で仕返しに来たがそれも返り討ちにした。自分に勝てる者など居ない。その自信があった。
しかし、一歩一歩近づいてくるブランに、何かが違うと感じた。
自分の腕はあれほど太いだろか。自分の胸板はあれほど分厚いだろうか。あれほどの巨体にもかかわらず、その歩みには愚鈍さの欠片もない。歩いているだけで敏捷さを感じさせる。何か、巨大な肉食獣を思わせた。
ブランが男の前で足を止めた。その止まるという動作すら隙がない。男も背は高いが、それでもブランを見上げねばならなかった。ブランの視線が男を一瞥する。それだけで男の中の何かが折れた。
「本気か」
「いえ。冗談です」
男は神妙な顔だ。リュシアンが笑いを噛み殺した。
「ランベール王に、ここの領主として認めて貰えるように、この戦いで奮戦してくれるそうだ」
「そうなのか」
「そうです」
「そうか。では、頑張るのだな」
鋭かったブランの視線に、暖かいものが浮かんだ。男の胸に熱いものが込み上げた。仲間と認められた。それを魂で感じた。
「はい。頑張ります!」
心の底からそう思った。気付けば、何故か目から涙が溢れていた。
リュシアンがその光景を微笑ましく眺めていた。
まあ、あの様子なら領地が貰えなくてもグダグダ言うまい。
ブランらの進撃は続いた。アルベルドからの指示は、バルバールの逆襲に備え、戦線の拡大は控えられたし。というものだ。深追いは禁物とも言っていたが、それも、バルバールの逆襲に備え、との言葉にかかっている。
しかし、バルバール軍が撤退した今、逆襲という状況は消えた。ならば、備えるも禁物もない。無理やりな拡大解釈。いや、意図的な曲解というべきか。しかし、それで通す。アルベルドから不興をかうだろう。だが、知った事か。
アルベルドの心底を看破した。アルベルドから真の友情など望めない。今回の事がなくてもだ。あからさまに態度は変わるかも知れない。だが、包み紙が豪華だろうと汚れていようと中身が同じなら本質は同じだ。ならば遠慮は無用である。
文字通り、無人の荒野を行くが如しにブラン達は占領地を広げていった。
軍勢も一万を超えた。新たに得た兵士達も新兵ばかりではなく元軍人が大半。士官も多く、決して烏合の衆ではない。ブランがデル・レイに向かった時、故郷の家族とは離れがたいと袂を分かった、元ブラン独立騎兵連隊の面々も北部出身の者を中心に再度集まって来た。ブランは、それらの者達をわだかまりなく受け入れた。
そして遂には、バルバールが抑えているコスティラ国境付近と東海岸線を除いた全てをその支配下に治めた。それはロタ北部の3分の2にも及んだ。ディアスが幕僚達に語った予測を大きく裏切ったのだった。
ブランらの活躍に、ロタ南部の民衆の心は複雑だった。
純粋にロタ人として彼らの活躍には心躍った。そして翻って見れば南部の不甲斐なさ。リュディガー王はドゥムヤータを追い出さないのか。その声が大きくなった。
弁護もある。いや、滅びかけたロタに自治を取り戻しただけでも十分じゃないか。というものだ。
確かに、ドゥムヤータに直接支配されるところだった南部だ。それに比べ、北部はバルバールが支配していたのを取り返しつつあるだけ。バルバール軍の反撃もあるだろう。戦いが終わって復興に取り掛かっていたところに再度の戦乱だ。まだまだ南部の方が幸せじゃないか。
さらにある。正統王朝がバルバールとの戦いに勝利し、北部の支配を確立させたらどうなるかだ。
「ランベール王の正統王朝軍が攻めて来るんじゃないのか?」
「ランベール王はリュディガー王の王位を認めていないという事だからな……。あるかも知れん」
「ならばいっそ、今のうちにこっちから攻めればいいんじゃないか? 今ならバルバールとで挟み撃ちに出来る」
「何だと! 北部の者達は同じロタ人なんだぞ! それをバルバールと一緒に攻めろだと!」
「い、いや。でも、じゃあ、北部の奴らに攻められてもいいっていうのかよ」
「そ、それは……」
人種問題があり、北部に親類がいる者も多い。北部に攻められるのは嫌だが、北部が他国にやられるのも嫌だ。脅威と同族意識が絡み合い、感情が定まらない。
そして、戦うとしても大きな問題があった。
「北部が攻めてくるなら、あの、虎将ブランが相手なんだぜ」
その言葉に、南部の者達は背筋を冷たくするのだった。
そのブランとゆかりのある女が、ロタ王都に居た。酒場の女主人アレットである。
ブランの愛人とも内縁の妻とも言われる彼女だ。そのブランがリュディガー王を裏切りランベール王に走ったと白い眼を向ける者も多い。だが、彼女はその冷たい視線を平然と受け流した。だが、それでも実害がないのはある噂があったからだ。
バルバールの猛将グレイスが、ロタに滞在している時に2人は仲が良かったらしい。
そして、その噂は事実だった。占領当初、バルバール軍の主力はロタ王都近郊に布陣しており、確かにグレイスは、何度もアレットの店に足を運んでいた。問題は、どの程度仲が良かったかだ。大抵の者は、男女としてだと信じていた。そしてそうなると迂闊に手が出せない。
南部に影響力を持つのはドゥムヤータ。バルバールは北部。しかし、そのドゥムヤータとバルバールが同盟を結んでいる以上、バルバールと南部も無関係ではない。所詮、女1人だ。放置しても実害はなく、無用の騒動を起こすべきではない。
それに南部でも、いまだブランの人気は根強い。南部に家族を残し、心ならずブランの元を離れた独立騎兵隊の隊員もいる。その者達が連日アレットの酒場に屯しているので、アレットを快く思わない者達も手が出せないのだ。
しかし、当のアレットはご機嫌斜めだった。
「でも、ブランって酷くない!?」
「で、でも、アレットさん。隊長だって仕方なかったんですよ」
ブラン独立騎兵隊は、リュディガー王直属の精鋭部隊。本来ならそのような物は、貴族の師弟や名の通った騎士で構成されそうなものだが、その前身は王が、サヴィニャック公だった頃のブラン独立連隊だ。当のブランが庶民の出だが、隊員達も元庶民が多い。身分意識も高くはなく、アレットにも隊長の内縁の妻として相応の敬意をはらっている。
「だって、王様に取り立てて貰ったんでしょ? その王様を置いて、自分だけ逃げちゃうなんてさ」
ここでいう王様とは、現在ブランが仕えているランベール王ではなく、リュディガー王だ。
ブランへの愚痴を零すアレットを隊員達が宥めている。彼らもブランがアレットを王都から脱出させようとした事は知っていた。ブランがその気ならば、彼らにとって彼女はいまだブランの内縁の妻であり、アレットの愚痴も夫婦喧嘩のようなものと受け止めていた。
「ブラン隊長だってリュディガー陛下を見捨てた訳じゃありません。王都に進撃していたグレイス将軍を止めようとしたんですから」
「それは何度も聞いたけどさ、もうちょっと何とかならなかったの?」
「無茶を言わないで下さいよ。グレイス将軍はこの大陸でも名の通った方です。ブラン隊長はこの前の戦いでも、その前の戦いでも、そのグレイス将軍と互角に戦いました。それだけでも凄い事なんです」
「でも、ブランより強いようには見えなかったけどね」
「い、いや、でも、見た目だけで強さが決まる訳でもないですし……」
隊員の歯切れが悪い。グレイスがここの通っていた時に、彼らも顔を合わせた。確かに見た目なら、ブランの方が圧倒的に強そうに見える。それは、見た目で強さは決まらないと言った彼自身も認めるところだ。
強い男こそが優しい男。その信念を持つアレットだが、彼女自身に武芸の素養など微塵もなく、強さを見抜く眼力もない。見た目と雰囲気で判断しているにすぎず、この世には見た目と香りが良くても、食べてみれば不味い料理などごまんとあった。
とはいえ、ある程度付き合ってみればその男の本質は分かる。ブランは間違いなく優しい男だった。それ故に別れるつもりはなく、だからこそ愚痴を言いつつここに留まっている。本気で別れるつもりなら、無理やりにでもグレイスに付ついて行っただろう。
それどころか、隊員達は知らない事だが、バルバール軍の大半が本国に引き上げる時、グレイスの方からバルバールに来ないかと彼女を誘っていたほどなのだ。彼女には、戦う男を引き付ける何かがあるらしい。ちなみにその時、彼女はこう答えた。
「ブランに勝てたらね」
とはいえ、彼女も強かである。グレイスとの噂が己に身を守っているのは理解している。あえて噂を否定せず、問われても
「あんまり野暮な事、聞くんじゃないよ」
と、肯定しているとも取れる微妙な態度だ。
隊員達は、アレットの愚痴に付き合いつつ杯を重ねたが、小さな身体のどこに消えるのか、アレットは笊どころか枠である。笊ほどにも引っかからず、枠に酒を流すように消費していく。
いくら飲んでも足取りもしっかりしたままで、散々、客のはずの隊員達と飲んでいる割には、女主人の矜持は働くのか、酒が無くなると男達は座らせたまま自ら酒を運んでくる。隊長の内縁の妻にそんな事をさせてはと、椅子から腰を浮かせる隊員達に、
「座ってな!」
と一喝し、店の奥に向かうのだ。
ここは酒場でありアレットがその主人なのだから、当然といえば当然なのだが、なんだかんだ言って、男を立ててくれるこの女性を男達は敬愛しているのだった。
酒を飲み、愚痴を零すだけでは済まされないのはリュディガー王を玉座に就けるロタ王国とドゥムヤータだ。ロタの正統王朝を主張する存在などリュディガー王としては認める訳にもいかず、ドゥムヤータとて他人事ではない。
ドゥムヤータからはモンドヴェルという男が監査官として派遣されていた。フランセル侯爵に仕える者だが、選王侯全員の利益を守る立場である。主人である侯爵とは同年代で、主人に似て調整役としての手腕を有していた。だが、軍事的な手腕は皆無である。表向きは、たまたまという事になっているが、実はそこには選王侯達の思惑があった。
監査官は重要な役目だ。権力という意味では本来そう強いものではない。だが、ドゥムヤータとロタを繋ぐ重要な神経回路だ。ドゥムヤータからのロタへの指示は彼を介し、ロタからドゥムヤータへの報告は彼が中継する。
彼がその気になれば、双方に都合のよい情報を流し私腹を肥やすのは容易。それどころか、ロタでの地位と引き換えにドゥムヤータに虚偽の報告を続けてロタには戦力を蓄えさせ独立させる事も不可能ではない。その為、人選には細心の注意がはらわれた。そして、文武両面の才人ではないのは勿論、反乱などを考えぬ少し臆病なところがあるモンドヴェルが選ばれたのだ。
ロタは領土が半減し、度重なる戦いでその土地も疲弊した。更にドゥムヤータに奪われた領地、利権も多い。多額の賠償金も大きな負担だ。今のロタが動かせるのは精々2万。しかも、ドゥムヤータの支配下にあるロタだ。軍勢を動かすにはドゥムヤータの許可が要る。
リュディガー王は、不測の事態に備え、その2万を動員し北部との国境付近に展開したいと訴えたが、モンドヴェルは即断出来なかった。非常事態であり即応が求められる状況だが、非常事態過ぎ、モンドヴェルの臆病の木を揺り動かしたのだ。
「2万となるとロタ王国の全軍。そのような動員、ドゥムヤータ本国に居る選王侯の方々にお伺いしませんと、私には判断致しかねます」
モンドヴェルの心底は、その口調ほど落ち着いてはいない。政治的感覚も有している彼は、もし、ここで北部と南部が結びつけばという可能性も視野に入れている。だが、リュディガー王も勝算なくば、その選択はすまい。彼の臆病の元は、軍事的手腕を有しない彼には、その勝算があるかどうかが分からない事だ。
もし、勝算がありリュディガー王が北部と手を結べば自分の命はない。手を組んで目指すのはドゥムヤータからの独立しかありえず、その時、真っ先に自分が血祭りに上げられるだろう。
「だが、国境付近の領主達も不安を訴えておるのだ。それに、北部から南部に逃れて来た者達どころか、南部の民達も奴らを支持し北部に向かっておると聞く。それも抑えねばならん」
ここでいう民とは、ロタからデル・レイに流れた者達とはその質が違う。一方的に食わせて貰うだけの者達ではなく、自ら戦い働く意思がある者達だ。それは国力の増加につながり、南部にとっては国力の低下だ。リュディガー王が、それ食い止めるのに必死になるのも無理はない。
だが、王が必死になればなるほどモンドヴェルの猜疑心は深くなっていった。過剰といえば過剰な反応だが、彼に取っては自分の命がかかっている。賽を3つ転がし、全て1が出たら殺す。そんな可能性はほとんどないのだから安心して転がせと言われて安心する者はいない。転がさなければ死ぬ事はないのだ。
「とにかく、私には判断いたしかねます。急ぎ選王侯の方々の判断を仰ぎますので、それまでお待ち下され」
リュディガー王の願いもむなしく、南部は動けなかったのだった。




