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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
292/443

第200:乱す者

 皇国での内乱、ランリエルの外征。それらが一応の決着をみ、その後は各国、国力の充実に努め数年は戦がない。人々はそう考えていた。


 サルヴァ王子はそうであったし、アルベルドもそうだった。ギリス、ディアスもそうだ。武勇一辺倒と思われるベウゼンコすら、しばらく戦はないぞ、と飲んだくれていた。これは彼が怠惰なのではなく、戦がない時のコスティラ軍人の日常である。


 サルヴァ王子の寵姫アリシアが女の子を産んで、ルージ王子の妃、アルベルティーナ王女は男の子を出産した。国民は祝福し歌い踊った。更にその前にはディアスもミュエルとの間に第二子の女の子をもうけている。


 平和な日々。しかし、その平和も皇国との決戦で負ければそれまで。サルヴァ王子は、幼い我が子に相好を崩しつつ戦略を練り、数年後の戦いに備え軍備を整えていた。


 だが、この世はサルヴァ王子一人の物ではなく、アルベルド一人の物でもない。一人一人の人間に一つ一つの思惑がある。王子やアルベルドの都合など知った事ではない者もいた。いや、知った上でそれを壊そうとしていた。


 ベルトラム・シュレンドルフ2ヶ国王。ゴルシュタット=リンブルク二重統治の統括者。


 ゴルシュタットとリンブルクの国内問題は両国の王が行う。外交、軍事はベルトラムの管轄だ。その為、内務大臣などは王の部下だが、軍務大臣はベルトラムの部下である。ベルトラムは内政と財政に労力を割かず、外交、軍事にのみ集中できるのだ。外交に関しては大臣を置かずベルトラムが直接見るが、外交に大臣を置かないのは他の国々も同じである。国際法などない時代だ。各国の首脳の思惑がそのまま外交に直結する。


 その身を包む服は文官の物だが、包まれる肉体は武官以上だった。武芸に優れたゴルシュタット騎士と比べても優秀といわれるルキノですら片手でねじ伏せる男だ。50を超えてもなお熱い胸板は、衣装を中から押し上げていた。腕も太く袖を膨らませていたが、不自然に見えないのは精悍な顔付きと高い身長のなせる業だ。


 その彼の巨体を樫の椅子が支えていた。ベルトラムが座っても軋み一つ鳴らない丈夫な椅子である。長年使われたそれは光沢を帯び、主人の風格が乗り移ったかのように威厳すら感じさせる。


 彼の前には複数の武官と文官が顔を並べていた。ダーミッシュと違い’表向き’の部下達。文官は瞳に知性を、武官は勇猛さが浮かぶ。共通するのはその鋭さだ。


「制圧したケルディラ西部についてですが、リンブルク兵に略奪させ、それを我らが救済するという政策が上手く機能しております。我等を侵略者ではなく救済者と受け止め大きな抵抗はありません」

「ふ。単純な奴らよ」


 文官の報告に、彼方此方で嘲笑が漏れる。ベルトラムは表情を変えない。いつも通り、自然に相手を畏怖させる視線を向けるのみだ。


「尤も、全ての民が我らの支配を受け入れている訳ではありません。不服と考える者が一団となり、武器を持って山に立て篭もっております」

「民衆が抵抗しようと何ほどもなかろう」


「ですが、我らに敗れた領主や騎士達も合流し、戦いの素人ばかりではありません。それに……」

「それに? なんだ。はっきり言え!」


 組織として文官と武官は同格だが、武官の語気は荒い。武を重んじるゴルシュタットの伝統で武官が強気に出る傾向がある。


「ケルディラ人は気性が荒く巨人揃いです。農民でも侮れません」

「ちっ!」


 武官の列から舌打ちが漏れた。ベルトラムの部下だけあり有能な男達だ。相手の力量を軽視する愚は犯さない。


 武芸を修めた騎士ならともかく、未熟な兵士達の戦いは勢いが重要だ。ケルディラの巨人達が鋤や鍬を振り回し突進してくる様は、兵士達にとって十分恐怖となる。


「捨て置け」


 沈黙を守っていたベルトラムの呟きに、皆は姿勢を正した。


「ですが、よろしいのですか?」

「捨て置いて、何が困る」

「何が……」


 部下達が絶句した。敵が居るのだ。倒すのが当然。それが彼らの常識だ。しかしベルトラムは、なんとそれを無視しろという。ベルトラムと他の者との違いは、脅威を平然と無視してのける豪胆さだ。


「山に立て篭もっているなら好きにさせるが良い。腹が減れば降りてくるだろう」


 まるで遊びに出た子供へのもの言いだ。武官の中には思わず笑みを浮かべた者すら居たが、多くの者の表情はまだ硬い。


「し、しかし、確かに食うに困れば降りては来ましょう。ですが、そうすると我が方の物資の集積所を狙うのではないでしょうか」


 抵抗勢力が山に篭って正規軍を迎え撃つ。一般的にゲリラと呼ばれるものだ。だが、それには一つ欠かせない要素がある。民衆の支援である。現状、民はゴルシュタットの統治を容認している。一部の民も山に立て篭もり、その親族からの支援はあるだろうが、それだけでは不足だ。


 山岳地帯は守る方に地の利上がる。しかも乱戦にもなりやすく個人の武勇がものをいい巨人揃いのケルディラ人に有利。下手にこちらから山に攻め込めば足元をすくわれかねない。なんだかんだ言っても、同国人が他国者と戦って勝てば無条件に喜ぶのが民族意識というものだ。大人しく従っているケルディラ人も、抵抗勢力が勝てば彼らの支援に乗り出すだろう。


「山に篭って戦えば向こうが有利だ。それだけに山での戦いを望む。降りて来るのは後がない時だ。こちらの裏をかく余裕もなく、一番近い集積所を狙うだろう。そこを待ち構え多勢で取り囲むのだ」


 部下達から感嘆の息が漏れた。平地で隊列を組んでの戦いなら訓練された兵士が有利。数でも圧倒できる。


「警戒だけは怠るな。勝てる戦を油断で負けるほど馬鹿げた話はない」


 軍隊にとって偵察、斥候など、当たり前すぎるほど当たり前。戦いは相手があり、偵察はやるかやらないかだ。敗戦は許されるが偵察を怠るのは許されないという言葉もある。軍隊は組織である。司令官が命じなくても幕僚達が当然として行うのだ。偵察をしない軍隊があるすれば、それは狂った司令官が「偵察などするな!」と命じたのだろう。


 今のベルトラムの言葉も命令というものではなく、当たり前の事ゆえに自然と口から漏れたという程度のものでしかない。


「は」

 と応じた部下達も反射的なものだ。


「ケルディラ西部の支配を固めランリエルにつけいる隙を与えるな」

「はい。ご命令通り、要衝に砦を築いております」


 それらの砦には抜け穴は当然として、いざともなれば城壁を自ら崩す仕掛けまであった。しかも、外部からである。敵に砦を奪われた後に逆襲する為だ。そしてその仕掛けを知るのはベルトラムとダーミッシュの一族だけ。工事の責任者すら知らないのだ。


 その部分を監視する士官にダーミッシュの部下を送り込み、徴集された民は意味を深くは考えず言われた通りに作業するだけ。しかも、日々作業する者を入れ替える念の入れようだ。作業に慣れぬので効率は悪いが、それよりも重要な事だ。


 ランリエルとは裏で手を組むゆえ、表向き敵対していると思わせるには砦を作ってみせるだけで十分。不要な仕掛けだが、その不要をするのがベルトラムである。


 その後も会議は続き全ての議題が終わると、部下達の緊張もほぐれ穏やかな雰囲気が満たし雑談めいたものが始まった。ベルトラムは厳しいばかりの男ではない。また、上が部下を愛児が如く接すれば、部下は上を親のように慕うとは、人身掌握の基本でもある。尤もベルトラムは甘い親ではない。


「そういえば先日の戦い。お主の隊の動きが悪かった。他に遅れれば隊列に隙が出来る。もう少し精進いたせ。お主は我が軍の一翼を担うものと期待しておるのだ。その期待に応えて見せよ」

「は。ははっ!」


 叱責と同時に信頼も示す。言われた者は反発せず、萎縮もせず、叱責されない為ではなく期待に応えるために奮闘する。ベルトラムの老獪さだ。


「そういえば、婿であるラルフ王は目覚しいご活躍でしたな」

「どこの馬の骨とも分からぬ者を夫になどと、クリスティーネ様を非難する者も多い御座いましたが、今では掌を返し、自分の言を忘れたかのように賞賛しております」

「私なども、中々の者とは思っておりましたが、豪遊揃いのケルディラ騎士の中でも武勇名高いヴェルシニフ子爵を討ち取るほどとは。我が不明を恥じ入るばかりです」

「ベルトラム様も、ご息女が良い夫を得たと一安心で御座いましょう」


 彼らにベルトラムに媚びる様子はない。武に秀でた者を素直に賞賛するのは、武を重んじるゴルシュタット人の長所だ。尤も、武を重んじ過ぎるのは短所だ。


「なに、まだまだよ」


 ベルトラムの返答はそっけないものだったが、厳格なこの男が、意外と娘には甘いのは周知の事実だ。自分から娘を取った男へのやっかみだろうと部下達の顔に笑みが浮かぶ。


 そしてその推測は当たっていた。ベルトラムのそっけなさの元はやっかみである。ただ、部下達の認識が不足しているのは、その深さだ。ただのやっかみではない。憎悪と近似値、いや、それよりも深いやっかみである。


 娘は妻の生まれ変わりだ。それが他の男に奪われた。どこの世界に、妻を寝取られ平気な男がいるか!


 あの事は必ずどうにかする。どうするかは決めかねていた。簡単には殺さぬ。それだけは決めている。


 肉体を痛めつけ追い詰めるのは簡単だ。どんなに強靭な身体、精神を持っていても日々肉を削り、火で炙れば根を上げる。今までも、膝から下の肉を削ぎ落とし、剥き出た骨を火で炙ればどんな男でも悲鳴を上げた。騎士の中の騎士とまで言われた男が、激痛に糞尿まで垂れ流し、やめて欲しければそれを食えといえば貪り食った。


 そんな生易しい事はせぬ。


 それでは自分の気が晴れぬ。


 娘にそれとなく、もしあの男がお前を裏切ったならどうするかと聞いた事がある。


「もしそうならば、余程の訳があるのでしょう。私はあの人を信じるだけです」


 そう言った娘の瞳には迷いがなかった。


「あの人は、見ず知らずであった私を命を犠牲にして守ってくれました。くれようとしたのではなく、してくれたのです」


 山賊に襲われ矢を向けられた時、ルキノは彼女の盾となった。その行為の先には何の展望なく、待つのは確実な死だった。だから自分を裏切らないとは言わない。裏切るなら、どうしてもそうしなければならない理由があるのだろう。そう思うだけだ。


「お父様の言う通り、あの人も私を裏切るかも知れません。お父様しか信じられる人はいないのかも知れません。ですけど……」


 クリスティーネが笑みを浮かべた。母と、ベルトラムの妻と同じ笑みだ。


「私はあの人のする事を、全て許す事が出来ると思うのです」


 今殺しても、娘の心は奴が捕らえたままだ。どこぞの女と逃げ行方知れずになったと言っても、娘はあの男を許すだろう。


 殺さねばならぬ。奴をではない。娘の心の奴をだ。娘の心の中の奴を踏み躙り、抹殺する。


 娘の心が奴から離れれば、後はどうでも良い。両手両足の肉を削ぎ、火で炙って、腹が減るというならその血肉を食わせてやる。その程度で許してやっても良い。


「どうなされましたか?」


 部下の言葉で我に返った。


「何でもない。皆が婿殿を褒めてばかりいるので、少し荒を探していたまでよ。見つからなんだがな」


 部下達から大きな笑い声が起こった。



 部下達を解散させた後、改めてダーミッシュを呼び寄せた。跪く男は、やはり見覚えがなく、何となく見覚えのある顔だ。


「皇国とランリエルを探ってまいりました。ご命令通り、特に皇国を」

「うむ」


 ランリエルに敗れたとはいえ、まだまだ地力では皇国が頭一つ上。しかもベルトラムは、アルベルドの最終目的が皇帝であると看破している。皇国で大きな動きがあるはず。いや、すでに動き始めている。


「バリドット、ベルグラードを討伐し傀儡としました。さらにブエルトニスのグラシオ王も懐柔しアルベルド王の意のままと見て良いかと」

「そしてデル・レイか」


 衛星国家4ヶ国だ。


「それだけではありません。バンブーナの総司令、チュエカ殿と密かに連絡を取っております」

「アルベルド王は働き者だの」


 これで動かせるのは最大5ヶ国。そして副帝として皇国本国。アルベルドの勢力はすでにサルヴァ王子を超える。ドゥムヤータ、そしてゴルシュタットを合わせてもだ。


「皇国もランリエルも現在は国内、占領地の地盤を固めるのに注力するようです。特にアルベルド王は、先ほどのバンブーナをはじめ、衛星国家の懐柔、そして皇国には、徐々に役人を送り込んでおります」


 権力を持つ大臣や将軍を送り込めば、副帝の地位を権力増大に使ったと非難もでる。しかし、役人の登用など誰も気にしない。貴族達にとって、役人など雑用係程度の認識なのだ。


 だが、国家が発展、進化するほどにその中枢を担うのは、実は政治家ではなく官僚である。確かに王は頭であり大臣は手足だ。しかし、官僚は身体中に張り巡らされた神経。


「両大国に足元を固められては面倒だ。一当てさせてみるか。どこか火種を探せ。皇国とランリエルを安定させてはならぬ」

「は。ロタなどは利権が複雑に絡み合っておりますので、隙があるやも知れません」


「うむ。場合によっては、我らが動いても良い。ケルディラも我らが動けば揺さぶれよう」

「よろしいのですか。我が方も今は国を安定させ国力を充実させる時と認識していたのですが」


「構わん。我らは皇国とランリエルとの間隙を縫わねばならぬ。その為には場が荒れれば荒れるほど良いのだ」

「なるほど」


 ダーミッシュは得心いったとう台詞を無表情で答えたが、その前のベルトラムの返答には僅かながら間があった事に彼ほど鋭敏な男が気付かなかった。そして、ベルトラム自身も気付いてはいなかった。

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