第196:復権
「ロタを返すですと?」
選王侯達の顔に困惑の雲が広がる。王権を与えるもなにも、リュディガー王はその名の通り王だ。
「デル・レイは、リュディガー王が我らに捕らえられ全ての権力を失ったと、そう王位の無効を訴えランベール王が真の王と主張しているのです。ならばリュディガー王がロタ王としてロタに君臨すれば彼らの主張は、その根拠を失います」
公爵の言葉には理があった。だが、選王侯達の顔は晴れわたるどころか、困惑の雲が厚くなる。
「それは……。ランベール王にロタを明け渡すのと、どう違うというのですか」
「デル・レイの影響力を排除できます。勿論、我らもロタの全てから手を引くのではありません。相応の影響力を残さねばなりません」
アルベルドはランベール王を担ぎ上げた。しかしそれは現ロタ王への敵対行為といえる。リュディガー王が復権して、やはり友好を結びましょう、は通じない。反ランリエルで手を組んだデル・レイとロタだが、その関係は少なくともサヴィニャック王朝においては終焉を迎えた。
「確かにデル・レイからの干渉は防げましょう。ですが、国を取り戻したリュディガー王が、国を失いかけたその元凶である我らと手を組むとは考えられません」
無論、今リュディガー王に、解放すれば我らに従うかと問えば首を縦に振るだろう。問題は、その約束を守るかだ。
「いえ、組めます」
「何故なのですかな?」
「ロタ北部はバルバール、ひいてはランリエルが抑えている。そしてリュディガー王の領地は北部にあった。彼は権力基盤を失っているのです。我らの後ろ盾なく、どうやって王位を保てるといのですか」
「なるほど」
フランセル侯爵が深く頷き感嘆の声が漏れる。
この点、権力基盤を保とうと北部の領地の陥落前に降伏したリュディガー王は、当てが外れたと言わざるを得ない。陥落はしなかったが、降伏後、バルバールによって摂取されてしまったのだ。
軍略には疎い公爵だが、こと政略にかけては選王侯の1人として不足ない。そして水準以上の知性と応用力があった。サルヴァ王子との対決から多くのものを学んだのだ。
国家間での駆け気引きは、正面から押すだけが能ではない。一見、無関係に見えるところを押し、それによって突き出たところで相手の足を引っ掛ける。それどころか、それで転ばした相手に別の者を突き飛ばさせるのだ。
公爵がサルヴァ王子と対決した時、王子は公爵を屈服させようとした。しかし公爵はバルバールと単独同盟を結び王子を逆に陥れた。その時はそう考えていたが、全てが終わり、冷静になって周囲を見渡すと、ランリエルにとって都合のよい結果となっていたのだ。
この件について王子は多くは語らず、公爵もあえて問わないが、全て王子の掌の上だったと、今では考えている。
「しかし、リュディガー王には、どこまでの権限を与えるのだ。我が国の貴族にも参戦への見返りが必要なのだぞ」
リファール伯爵の顔が渋い。彼自身も選王侯の平均年齢を下げる存在だが、公爵は更に若い。年下の公爵に主導されるのが気に食わず、反射的に反発する傾向がある。
「ですから王権です」
王権。主権と置き換えてもいい。つまり財政、軍隊、そして外交である。無論、財政とは徴税権も含まれる。
「それで、どうやって貴族達に報いるというのだ」
リファール伯爵の声は、やはり不機嫌そうに響く。
「ランリエルがコスティラを支配した方法を採用しましょう。ロタの軍勢を削減させ、軍事費の負担が少なくなった分を我らに供出させるのです。無論、その代わりに我らの軍勢でロタの後ろ盾とする。ドゥムヤータ貴族達には領地ではなく、金銭で報いるのです」
「それで、リュディガー王が納得しますかな?」
「納得させるのです。彼とて、それしか王座に留まる手段がない」
拒絶すれば、今度こそ全てを失う。ケルディラなどには甘い対応に見えるランリエルだが、ドゥムヤータとの約束を違えたロタ王を信用するはずがない。ドゥムヤータの影響力が消えれば、北部を支配するバルバールが南下するだろう。
「なるほど。確かにリュディガー王は我らと組むしかないでしょう。ですが、アルベルド王が納得せず、ランベール王を先頭にロタに攻めて来たらどうなされる? 到底、我らだけでは太刀打ち出来ない」
それでもアルベルドが攻めてくるならば、それはドゥムヤータが矢面に立つという事だ。ランリエルの援軍は期待できるが、正面から戦うには戦力が不足している。
「彼らの道理が立たぬようにすれば良いのです」
「道理?」
「はい。彼らの主張は、ロタを支配するドゥムヤータとその傀儡のリュディガー王を追い払い、正しき王を王座に迎える。そのはずです」
「それは、そうでしょうな」
「ならば、こちらはリュディガー王が正統なる王と示すまで」
「しかし相手は、こちらがそう主張するのを圧して来るのです。分かりきった事と、一笑に伏されるのでは」
「ロタ人が彼らを拒めばどうです?」
「ロタ人?」
「リュディガー王自身がロタ騎士を率い出陣。正真正銘、ロタ人の軍勢です。ロタに正統なる王を、と主張する彼らが、これと戦えますか?」
皇国の力をもってすれば、ロタを滅ぼすなど造作もない。しかし、ロタに正統なる王、という主張は、ロタの為に、という透明の文字で書かれた前文が付くはずだ。ならば、ロタ人でなる軍勢との戦いを避けねばならない。戦えば、大義名分に傷がつく。
「もし攻めてくるとしてもランベール王配下のロタ人部隊のみ。アルベルド王はランベール王に資金などを援助するでしょうが、こちらはリュディガー王を支援するのです」
そうなればロタ人同士で殺し合う事になるが、それが嫌ならばランベール王が王位を諦めればいい。
「一番面倒なのは、リュディガー王が王位を自ら捨てる事ですが、おそらくそれはないでしょう」
「そうでしょうな」
そもそも、ロタの内乱で双方軍勢を率いて戦ったランベール王とリュディガー王だ。その時もロタ人同士の殺し合いだった。今更、それを避ける為に王位を捨てるなど、噴飯ものである。
「リュディガー王との交渉は、御三方にお願い出来ますでしょうか」
「お任せあれ」
「リュディガー王など、我らから見れば、まだまだひよっこ」
「せいぜい、良い条件と思わせ、実利は我らが握って見せましょうぞ」
公爵が3老侯爵を指名した。飄々とし、掴みどころのない彼らだが、いつの間にか相手を自分のペースに引き寄せる交渉術に長けている。ロタからの侵攻時にも、ブランディッシュとの戦いでもその力を発揮した。ブランディッシュとは、その後、一時劣勢に立たされたが、それは老侯爵ではなく、敗北したリファール伯爵の責任である。
こうして、リュディガー王はドゥムヤータを後ろ盾に、再度、ロタの王座に座する事となった。尤もそれは、実質的に選王侯達より低い位置となるのだが。
そのような事が選王侯会議で決定したころ、1人の男がロタ王都からデル・レイ王都に入った。聳え立つ城壁に穿たれた城門を潜った彼が目指したのは、とある屋敷だった。
王都の中央部からは外れたところに建てられたその屋敷は、それだけに広い敷地を持っていた。建物も立派で、数代前の王弟が居住としていた物だ。最近では、万一王宮で問題が起こった時の為の避難地とされていた。それが新しき主を得たのは1ヶ月前。しかも今度は王弟ではなく国王である。
ランベール・ブリュネル。ロタの前国王にして、ブリュネル王朝最後の国王である。しかし最近では、真なる王や正統なる王とも呼ばれる。形容詞の多い王だ。
そして、この屋敷の敷地内はロタである。周りはデル・レイなのだが、一歩、門を潜ればそこはロタなのだ。ロタ王に、ロタ宰相、大臣が揃い、軍勢まであった。ロタ亡命政府。屋敷の中央は謁見の間と王の居住区があり、右側が文官達の執務室と居住区。左側が武官達の領域だ。男が目指したのは左側だった。
男がある部屋に入って跪いたのは’男’だった。男。そのものの男である。それは女性的な部分がないという意味ではない。勇猛などといった男臭さを感じさせる印象よりも先に’男’だ。
鍛えられた身体は、鋼の筋肉で覆われていた。太腿などは小柄な女性の胴よりも太い。だが、2.3サイト(約195センチ)のその体躯は、引き締まった腹筋もあいまって、遠目には痩身にも見えるほどだ。男であれば、一度はそうなってみたいと望む身体である。
「ブラン隊長。ただ今戻りました」
ブランの亡命政権での地位は、王国騎兵隊隊長である。騎士団というには規模が小さい為だ。軍部の長は、軍務大臣と総司令を宿老ヴァレスが兼任する。彼は長きにわたり国王警護の任を我が使命と考え、その職から離れなかったが、ここに至っては他に人なしと受け入れたのだ。
「ご苦労だった」
口数が少なく、戦いの最中には命令するより先に己の行動によって兵を動かすブランだが、この手の労いの言葉は欠かさない。生来、爵位や地位が上だから偉い、という感覚が希薄なのだ。部下を酷使して当然とは考えない。ちなみにブランの今の爵位は伯爵である。リュディガー王に子爵に任じられ、ランベール王からは伯の爵位を貰った。尤も、ブラン自身はそれを忘れているのか、自ら爵位を名乗った事はない。
「王都ロデーヴは、リュディガー王の降伏後、ドゥムヤータによって支配されております。一部ドゥムヤータ兵の横暴もありますが、選王侯が安定支配を目論んでいるらしく、それほど酷い略奪などは行われていないようです」
尤も、彼もロタ全てを見てきた訳ではない。選王侯達の目の届かぬ僻地では、隠れて略奪は行われていた。そして村人が被害を訴えても、村人が抵抗した為に、やむなく応戦したのだと騎士達は主張するのだ。
「それでリュディガー王は、如何なされている?」
口を出したのはリュシアンである。ブランより頭半分ほど低いが、これはブランが大き過ぎる為だ。こちらは紛れもなく痩身である。一時、戦いに参加する事が多かったので肉が付いていたが、最近ではその肉も落ちてきている。元々、軍人としてではなく文官として仕官した男だ。
「は。王宮から移され近くの屋敷に軟禁されているそうですが、取りあえずはご無事かと。その後、ドゥムヤータに移送されるという話でしたが、ランベール王のロタ王復権宣言を受け事情が変わったようです。いまだロタに留まっております」
「そうか」
リュシアンは何気なく頷いたが、ブランの視線が鋭くなった。リュシアンは、あえてそれに気付かぬふりをした。
人の能力を色分けすれば、ディアス、ギリスなどは軍事色に染まり、シルヴェストル公爵などは経済、政治に染まる。サルヴァ王子は万能型だ。そしてリュシアンも万能型である。尤も、同じ色でも、濃い、薄いはある。
リュシアンの才能はサルヴァ王子の縮小版といえる。だが、一国の王子として産まれ、どこか甘いところのある王子に比べ、下層から這い上がった強かさがある。
「とにかく、ランベール王の宣言をドゥムヤータが軽く見ていないという事だ。そのまま、選王侯達がリュディガー王を立ててくれれば良いのだが」
シルヴェストル公爵ら選王侯と対峙するリュシアンだが、その動きは読めていた。そしてその先、更にその先もだ。
選王侯達がリュディガー王を立てれば、ロタ人同士の戦いになる。しかし、ならばロタ本国を抑える選王侯が有利なのは当然。対抗するには、ドゥムヤータの支配を嫌い国外に流出するロタ人をかき集める必要がある。アルベルドから金を引き出して待遇を保障し呼び込むのだ。
問題は、それでどこまで集められるかだ。
「ロタ北部はどうなっている?」
「は。北部はバルバールが完全に領地化するようです。その地を治める領主や貴族を全て追い出し、抵抗する者は討伐しているとか」
これは特別バルバールが悪逆なのではない。戦争とはそういうものだ。勝っても得られるものが無いならば、何の為に命をかけて戦ったのか。何の見返りも考えずに戦う者がいれば、それは殺し合いが好きなだけの精神異常者である。しかし、義の為、正義の為に戦うとのたまえば、支持する者も多いのも事実。アルベルドが人気を得るのもその為だ。
「ならば、北部からの流出が期待出来るな」
戦いの多い世界だ。傭兵など貴族でない騎士もいるが、特別な理由がなければ貴族とは騎士である。貴族の男子は教養として馬術、武術を教え込まれるのが常。そして戦争となれば私兵を率いる士官となる。
これで、戦力強化の目処はついた。それでも数で劣るのは仕方が無いが、リュディガー王とてドゥムヤータによって抑えられ、軍勢の数は制限されるはず。今はこれで満足しておくべきだ。ならば、残る問題は後1つ。
「それで、アレットはどうした?」
ブランの愛人とも内縁の妻とも言われるアレットだ。そのブランがリュディガー王を捨てランベール王に走ったとなれば、彼女もただでは済まない。ロタの情勢を見てくると同時に、アレットを脱出させるのが、この男の役目だった。
「そ、それが……」
「それが、どうした?」
「アレット様は、王都に残ると申され、連れて来てはおりません」
男は項垂れ、ブランとリュシアンは言葉を発する事が出来なかった。




