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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
278/443

第187:豪腕

 ケルディラ西部では、王城に立て篭もるケルディラ王国軍をよそに、ランリエル勢とゴルシュタット勢との睨み合いが続いていた。ケルディラ人にとっては、家に入り込んだ強盗同士が争っているに過ぎないが、その結果、被害が少なくなっているのは不幸中の幸いといえた。他国の軍勢が侵入すれば略奪などは当たり前の時代だが、軍勢同士が睨み合っていればその略奪も少しはマシになる。


 尤も、ランリエル側の侵攻の大義名分は、不幸にして袂を分かったコスティラ、ケルディラ両国の統一であり侵略ではない。その為略奪は禁じているが、数ヶ国からなる連合軍である。サルヴァ王子の命令も徹底しているとは言い難い。


 そしてベルトラムにしても、必要以上に民衆に圧政を強いては統治に支障が出ると考えているが、リンブルク勢が自らの権力基盤となっているのも事実だ。リンブルク兵の略奪は黙認していた。


「ベルトラム殿。今は、ランリエル勢と対峙している最中。兵達の略奪を禁ずるべきです」


 不安を覚えたルキノはベルトラムに進言した。いまだ戦時と、甲冑姿のルキノに対しベルトラムは文官の礼服である。しかしベルトラムの動作には一部の隙もなく、優れた技量を感じさせた。その偉大なる義父は首を縦に振らなかった。その動作すら隙がない。


「リンブルク兵には、無理やり出兵させられたと考える者も多い。多少は、甘い汁を吸わせてやらねばなるまい」


 その理屈はルキノにも分かる。甲冑は高価であり戦いで潰してしまえば、略奪でもせねば割に合わないのも現実。しかし理解と納得は同意ではない。素直に頷けないのも事実。


「ですが、ベルトラム殿も、必要以上の圧政は統治に支障があると仰っていたではないですか」

「無論そうだ。だが、悪さをするからと言って自らの手を切り落とす訳にはいくまい。リンブルク兵の支持は必要なのだ。リンブルク兵が略奪する一方で、ゴルシュタット兵には、被害があったケルディラの民に施しをさせている。それで釣り合いを取るしかあるまい」


 釈然しないものを感じたルキノだが、政治的な話には太刀打ちできず、引き下がらざるを得なかった。事実、太刀打ち出来ない証拠に、義父の更なる思惑に気付いていない。


 リンブルク兵が略奪しゴルシュタット兵が施すのは釣り合いを取るどころの話ではない。リンブルクを悪者にしたてゴルシュタット兵を救済者とするのだ。見え透いた手にも見えるが、時に人々はその見え透いた手にこそ陥る。


「リンブルクなど小国の癖に、ゴルシュタットの威光を借りてやりたい放題している卑怯者では無いか。それに比べてゴルシュタットの方は我らに食料まで配給してくれる」


 ケルディラの民はそう声をあげ、ベルトラムの思惑通りだ。無論、ダーミッシュらに宣伝もさせていた。ゴルシュタット軍が受け入れられればその後の統治もやり易くなる。


 リンブルクに略奪はさせ支持を得るが、領土は与えぬか、与えてもよほど自分に忠誠を誓う者だけに限る。後はゴルシュタット人の部下に配分する。今はリンブルクの支持が必要だが、長期的にはやはりゴルシュタットでの基盤を拡大すべきなのだ。


 そのような情勢の中、ランリエル軍本陣に、深夜に人目を避け実直そうな顔付きのゴルシュタット人がやってきた。ベルトラムからサルヴァ王子への書簡を携えていた。


「サルヴァ殿下からの返事を、ここで待たせて頂く」

 言葉短く言うと直立不動で微動だにしない。


「好きにせよ!」


 書簡を受け取った士官は、ランリエルのケルディラ侵攻の漁夫の利を得ようとするゴルシュタットに良い心証を持たない。対応も冷たいものだった。尤も使者は目を閉じ、それを気にした様子はない。それが士官を更に苛立たせた。


「ゴルシュタットのベルトラム……殿から使者が届きました。書簡を預かってきたとの事です。これです」

 サルヴァ王子の前に到着した不機嫌な士官は、何とかベルトラムを呼び捨てるのを堪えた。


「うむ」

 サルヴァ王子は、士官の葛藤を聞き流し、書簡を受け取る。その後ろでウィルケスが人の悪い笑みを浮かべる。だが、サルヴァ王子の表情が険しくなるのを見るとその笑みを収めた。


「返事はしばらく待て」

 王子の声が不快なものに堪えるように響く。士官も王子の表情の変化に気付き、まるで自分の所為かのように青ざめる。


「使者は、殿下の返事を受け取るまで待つと申しておりましたが……」

「待たせておけ!」


 低く、だが鋭く激しい王子の言葉に士官が更に青ざめ立ち尽くした。助けを求めるような視線をウィルケスに向ける。


「殿下が返事を認≪したた≫めたなら改めて呼ぶ。一旦下がるがいい」

 ウィルケスの助け舟に、士官は逃げる様に部屋を後にした。


「殿下。ベルトラム殿は、どのように言って来たのですか?」


 図太い副官は不機嫌な王子を前に平然としたものだ。尤も、その幾分かは演技である。頭に血が昇っていても、周りの者が普段通りだと冷静になるものだ。上官の精神の安定をはかるのも副官の勤めである。


「ぬけぬけと、ケルディラ西部は、ランリエルとの同盟の証に頂くと言ってきた」

「そ、それは……」


 ベルトラムからの書状は、ランリエルと同盟を組むとしても皇国の力を考えれば同盟が露見した時の危険は大きい。こちらにも相応の利益がなくてはそこまでの危険を冒せない。ついてはケルディラ西部を貰い受ける。そのような事が書かれていた。


「一方的な。事前にこちらに使者を送り協議すべきではないですか」

「事前協議などすれば、そこから皇国に漏れるかも知れぬ。真に敵対し一触即発。いや、多少の衝突があった方が皇国の目を欺ける。そうも言ってきている」

「なっ」


 流石のウィルケスも絶句した。衝突というが、そうすれば双方に死傷者が出る。軍人として戦いとは命を賭けるものだと考えているが、見せ掛けの為に命を捨てる気はない。


「で、ですが、ベルトラム殿は、こちらがその申し出を断るとは考えてはおられないのですか」

「それについては、一言も書かれてはおらん」


「一言も?」

「そうだ。一言もだ!」


「お言葉ですが、仰っている意味が分かりません。このような一方的な提案、こちらは反対しないとベルトラム殿は考えているというのですか? ありえません」

「反対しないとは、奴も考えてはいないだろう」


 怒りに、ついにはサルヴァ王子はゴルシュタットの最高権力者を奴呼ばわりだ。


「ではなぜ?」

「我らが、反対したくても、出来ないと見抜いているのだ!」


 ウィルケスが再度、絶句した。皇国100万の軍勢を破ったランリエルに、ここまで強気な態度を取るのは正気とは思えない。だが、ベルトラムはいたって正気である。


 常人ならば、鎖で繋がれた獅子の爪先の前で眠れるものでは無い。届く訳がないと頭では分かっていても、その巨体、咆哮、鋭い爪が自身の身体を引き裂くのを想像し、青ざめ飛びのく。だが、ベルトラムは平然とそれをやってのける。


 ランリエルはゴルシュタットと敵対する事は出来ない。対皇国を考えれば、絶対に出来ない。それをベルトラムは理解し、理解する以上に現象として受け止めている。


 サルヴァ王子はそれを知性で察した。それだけに燃える怒りが身を焦がす。


 王子に、己など対した事はない。などという謙遜はない。ランリエルの実権を握る地位についておきながら、そんな謙遜をするなら、それは人格者などではなく、謙虚な自分が好きな自己愛者だ。能力に自負なくして、権力を握ろうなどと思うものか。


 その自負が、鑢をかけられたような痛みを感じた。知者にとって、己を見透かされる以上の屈辱はない。自身の弱点を的確に突かれ、脳髄が燃えるように熱を発する。


「このままゴルシュタットまで攻め込んでやろうか!」

 燃える頭が激情にその結論に達する。

「い、いや、しかしそれは……」

「分かっている!」

 王子の言葉にウィルケスは口を閉ざした。上官の理不尽な物言いに気を悪くしたのではない。その心情を理解したが故だった。


 ケルディラすら攻略中なのだ。そのケルディラ西部で対峙するゴルシュタット=リンブルク連合軍と戦って勝てるのか。


 戦力はランリエル側13万。ゴルシュタット側9万。4万の有利がある。だが、ケルディラ残党への抑えにも兵を割かなくてはならない。ゴルシュタット側が守りを固める事を考えれば、戦力の優位はほとんどない。そして勝てたとしても……。


 それに一体なんの意味がある。


 確かにケルディラ西部は手に入る。だが、ゴルシュタットが敵に回る。理想ではゴルシュタットとは手を組みたいのだ。最悪でも中立を守って欲しい。それを敵対してどうする!


 ケルディラ西部とゴルシュタット=リンブルク。天秤にかけどちらを取るのか。どう考えてもゴルシュタットを取るしかない。理性ではだ。だが、感情がそれに抗う。


 いっそ、ゴルシュタットまで攻め込むか。


 出来るものか!


 サルヴァ王子はその考えを即座に否定した。ケルディラを落としたとしてもまだまだ不安定。ゴルシュタットまで攻め落とせる訳がない。


 ならばせめてリンブルクまでならどうだ? それならば不可能ではないか。


 ゴルシュタットが敵対勢力として残っては駄目なのだ! 将来の対皇国戦時に、皇国北部からの攻撃どころか、ランリエル勢西部への脅威になってしまう。


 更なる動員をかけ、数で圧倒するか。無理だ。経済的負担が大き過ぎる。前回の皇国戦で最大動員を行い、その後のタランラグラの出兵の負担も大きかった。その上このケルディラ遠征。さらなる動員をかけるとなれば増税するしかない。


 無論、国家存亡の時ならば増税もやむない。民が可哀想などと言って座して負ければ、それこそ民を苦しめる。目先の優しさで民を殺すなど、非難されたくないが為の自己愛に過ぎない。必要ならばやる。しかし、それは今ではない。やるなら皇国との戦いでだ。ゴルシュタット征伐でそれは出来ない。


 理性で考えれば、どうしてもゴルシュタットと事を構えるのは得策ではない。


 だが、国家の発言は何も真実を言うのが正しいとは限らない。時には、はったりも必要だ。


 そちらがその気なら、こちらにも相応の覚悟がある。その姿勢をみせる。怒らせれば、理性を超え、皇国との戦いなど放棄してでもゴルシュタットを討つ! その意志をベルトラムに叩きつける!


 問題は、ベルトラムがそれに乗るかだ。今まで書状だけのやり取りだったが、相当な人物だ。底が見えない。頑強な岩のようにこちらを寄せ付けぬ。そしてその頑強な岩を砕き突き進んでも、いつまでも固い岩盤が続くのではないか。そう思わせるものがある。


 書状では勝てぬ。書状ではその岩盤を打ち抜けない。返事を何日もかけ思案できるのだ。一旦砕いても、落ち着いて修復されるだけだ。


 これが、断交覚悟の交渉ならばいくらでもやりようがある。こちらの真意はあくまでゴルシュタットとの同盟。相手の言い分を打ち砕き、更に同盟を結ぶ。傍から見れば複雑怪奇な業をせねばならない。あの豪腕ベルトラムを相手にだ。


「ウィルケス」

「は」

「ベルトラム殿からの使者に、私がベルトラム殿との会談を望んでいると伝えるようにと、先ほどの士官に伝えてくれ」


 固い岩盤を突き破り、修復の間を与えず相手を取り込むには直接対決しかない。

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