表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
277/443

第186:領分

 バルバールの別働隊がロタ王都を包囲した。南部で戦うロタ、ドゥムヤータ両陣営に早馬が飛び込み、報告を受けた彼らは共に驚愕したが、その後の行動は共有しなかった。


 ブランらの活躍で数では勝るドゥムヤータに優勢に戦いを進めていたロタ陣営である。士気高く、北部でもブラン達の働きでバルバール軍も防げるのでは、そう期待していたところにこの急報だ。にわかには信じる事が出来ず、確認の早馬を出し時を無駄にしたのだ。


 それに対しドゥムヤータの動きは迅速だった。ロタ陣営は別働隊の迎撃に向かったブラン達がどうなったかまでは知らなかった為に時を無駄にしたが、当のバルバールの別働隊から連絡を受けたドゥムヤータ陣営は状況を把握していた。すぐさま行動を開始したのだ。


 しかし、その中にも心中穏やかではない者もいた。リファールの暴れん坊ことリファール伯爵である。


 甲冑を纏っていない時は着やせし、そうとは見えないが、甲冑姿の彼は見るからに騎士然とした姿だ。尤も、一言で騎士と言っても、その態≪てい≫は唯一ではなく、高潔、紳士的、など種類は多い。彼の場合は良く言えば勇猛、悪く言えば粗野である。漏らした不快げな声は上品とは言い難い。ただ不思議な愛嬌も感じさせ、彼の異名である’暴れん坊’は確かにいいえて妙だ。


「バルバールのグレイスが、ブランと引き分けただと!?」


 世間の評価では、まずグレイスが猛将として名高く、そのグレイスと互角に戦ったという事でブランの武名も上がったのだが、ブランに負けたリファール伯爵としては、ブランの方を高く評価していた。


「まあいい。落ち延びたならまた再戦の機会もあるだろう。その時こそ俺が討ちとってくれる」

「ですが、彼らはデル・レイに落ち延びたと聞きます。こちらからは手が出せぬでしょう」


 息巻くリファール伯爵を冷静に指摘したのはシルヴェストル公爵である。後ろには彼の相談役であるジル・エヴラールの姿もある。


「分かっておる。だが、奴らの方から手を出してくるかも知れんではないか」

「デル・レイといえばアルベルド王ですか……。前ロタ王はアルベルド王が抑えている。彼らがデル・レイに向かうのは不思議ではないですが、こうなると厄介な者達が手を組んだと見るべきでしょう」


 状況を再認識した伯爵が唸り声をあげ口を閉ざした。アルベルドはもはやデル・レイ一国の王ではない。副帝として皇国の実権を握る。デル・レイが動けば皇国が動く。あの巨大皇国がだ。


 ただでさえ手強いブランである。現実的かはさておき、皇国の大軍の先頭にブランが立つ姿を思い浮かべれば背筋に冷たいものが奔る。それに、再戦を望む心に偽りはないが、今すぐ戦っても勝てないのは分かっている。


「まあいい。とにかく、敵は慌てて撤退するだろう。追撃し叩き潰してくれる!」

「ここで叩いおけば、後がやり易くなりますからな」


 伯爵の勇猛な言葉に公爵も頷く。軍事には疎い公爵だが、戦後の統治計画については予習を怠らない。後々の事を考えても、ロタの軍事力はここで徹底的に叩いておくべきだ。


 外見的に似ているところも多いドゥムヤータ人とロタ人だが人種的には別人種。それを片方がもう片方を征服するのだ。これからは同国人として仲良くしましょうが通るものではない。優しい征服者になれば、被征服者が大人しく従うなど夢物語。皇国が外国人の兵士を使わず、ランリエルが当初、配下の国々からの外人部隊の受け入れに慎重だったのもその為だ。


 ロタ人を大人しくさせるには、軍事力を徹底的に叩く必要があるのだ。抵抗する術を奪ってから従順な者を優遇してやれば、抵抗するだけ損だと協力するようにもなる。尤も、’敵軍’は文字通り敵である。あちらはあちらでこちらを殺そうとする者達だ。それだけでも、手加減してやる理由は無い。


 包囲していたロタの城々にあえて隙を見せ、城兵をロタ王都へと退却させた。ドゥムヤータ軍はそれを待ち構えていた。窮鼠とさせぬ為に、ここでは敢えて完全には囲まず逃げるロタ兵を後ろから討つ。退却しながらの戦いは圧倒的に不利だ。足を止めて対峙しては、その間に他の味方は逃げ去り取り残され、懸命に駆けるしかなく、そうすれば背中は無防備だ。


 街道にはロタ兵の死体が累々と折り重なった。その屍をドゥムヤータの兵馬が踏み潰す。全軍敗走のロタ兵は、逃げるのに邪魔だと武器さえ捨てた。甲冑を脱ぎ捨てた者もいる。だが、ロタ軍が状況確認の為に時を無駄にしている間に、ドゥムヤータ軍は一部の兵を先行させていたのだ。


 背後に迫る敵軍から逃げる為、懸命に奔るロタ兵の前に新手のドゥムヤータ兵が立ちふさがった。血と汗、土埃にまみれたロタ兵は、新品同然に磨かれ輝く煌びやかな敵の隊列を目の当たりにしたのだ。


「あぁぁ……」


 兵達は絶望に顔を覆った。武器もなく体力もない。戦意も朽ち果てた。兵達は呆然と立ち尽くした。退路を断たれたロタ兵は、ドゥムヤータ軍に完全に包囲された。武器すら手放した彼らには、もはや窮鼠となっても咬みつく牙はない。


 ドゥムヤータ軍は盾と槍衾を並べ立て1万を超えるロタ兵を取り囲む。その後ろに矢を構える射手が並ぶ。相手は怯えるだけの鼠の群れ。獣を狩るのよりも容易い。戦えば一方的となる。いや、戦いとすら呼べぬ虐殺だ。


「降伏する! 我が軍は降伏するぞ!」

「我がいえも降伏だ!」

「エクトル・アルドワン男爵。投降する!」


 彼方此方で貴族達が叫んだ。国軍と言っても軍勢の大半は貴族達の私兵。各地の城兵が追撃されつつ集まっただけのロタ軍には全軍を纏める者すら居なかった。それどころか、元の城の指揮系統すら壊滅している。私兵を率いる貴族が各々の判断で動いた。


「どうしますか。リファール伯爵。敵軍は叩いておくべきですが、さすがに降伏を申し出ているのを無視して攻撃は出来ますまい」


 敵の軍事力は徹底的に叩くべき。だが、物事には全て程度というものがある。降伏を申し出ている者を虐殺しては、ロタ人に恨まれ過ぎ統治にも支障が出るのは公爵にも分かる。同じ人を殺すのでも、殺し方というものがある。


「指揮官たる貴族達と主だった者達だけを拘束。我が軍と同行させ、他の者達は武装解除してこの地に牢を作らせて捕えておくのが現実的かと」

「ちっ! 面倒な」


 伯爵は吐き捨てたが、降伏する者を殺す気にはならない。戦いが好きで、若い頃には戦に出たいからと選王候を父から継ぐのを拒んだ男だ。決して博愛主義者ではないが、虐殺が好きな訳ではないのだ。


「まあいい。監視に5千程残し、残りは急ぎ王都に向かうぞ!」


 降伏したロタ兵から、残り少ない武器を取り上げ、さらに甲冑も奪った。戦利品として兵士達に分配されるのだ。兵士達は命がけで戦っている。それくらいの役得は必要である。


 ほとんど肌着一枚となったロタ兵に、彼ら自身を入れる牢を作らせた。斧や鶴嘴も武器になる為、最小限の数だけ与え、後は手作業だ。


「自分達が入るんだから、ちゃんと作るんだぞ! 後で雨漏りするなどと言っても自業自得だからな!」

「おい! 柵の作りが甘いぞ! わざと脆く作って逃げ出す気ではあるまいな!」


 ドゥムヤータの一兵士が、ロタでは名の知られた騎士を怒鳴る。騎士は屈辱に唇を噛みしめ、素手で土を掘った。爪が割れ土を赤く染める。尤も、ロタが、ドゥムヤータ軍を降伏させていれば、立場を入れ替えるだけで同じ事が行われただろう。


 ロタ兵は陽気になれるはずもなく、黙々と作業を行った。その為、粗末な道具とはいえ順調に進んだが、それでも1万を超える捕虜を収容するに十分な物を作るのは一朝一夕ではない。リファール伯爵らがロタ王都に軍勢を進ませたのは作業を開始してから5日後だった。さらに数日をかけ進軍し、グレイス率いるバルバールの別働隊と合流したが、ロタ王都はまだ陥落していなかった。


 この間、デル・レイ、ブランディッシュ両軍は、ロタ南西部でいまだ対峙している。南西方向から侵入したブランディッシュ軍をロタの援軍であるデル・レイ軍が迎え撃った形だが、実際はほとんど戦闘は行われず、にらみ合ったままだ。一応それでも両軍には言い分があり、共にこう主張した。


 我が軍が、敵の援軍を引きつけているからこそ、本軍ロタあるいはドゥムヤータは安心して戦えるのだ、と。


 そしてそれは事実でもあり、確かに’居ないよりはマシ’ではあった。ロタ王都が陥落すればデル・レイ軍は帰国し、ブランディッシュ軍はノロノロと王都にやってくるだろう。


 到着したドゥムヤータ軍が陣を敷くと、グレイスが挨拶に来た。近年、何かと名が上がっているバルバールだが、国際的な地位で言えば、国力的にはドゥムヤータが上回り、そもそも、国家の首脳部たる選王候のシルヴェストル公爵、リファール伯爵と一将軍のグレイスでは格が違いすぎる。グレイスが出向くのが当然である。


「この軍を任されたヨエル・グレイスです」

「ファブリス・リファールだ。グレイス将軍の武名は聞き及んでいる。お会いできて光栄だ」


 リファール伯爵もだてに選王候の1人ではない。外向きの顔、というものを持っていた。そもそも、伯爵の普段の振る舞いが乱暴なのも身内への甘えである。駄々をこねる暴れん坊も、こねる相手をわきまえているものだ。


「ジル・シルヴェストルです。今回の作戦は総司令のディアス殿の発案と聞いていますが、我が軍が手こずったブランらを、こうも簡単に打ち破るとは、さすがに大陸に知られたディアス殿です」


 公爵の言葉に、グレイスは、一瞬浮かびかけた皮肉な笑みを抑え込んだ。


 簡単に勝つ。戦を知らぬ者ほど口にする言葉だ。いや、公爵はまだ称賛しているだけマシか。簡単に勝った。簡単に勝ったのだから、勝って当然だったのだ。だから称賛する必要もないと考える者も多いのだ。簡単に勝てる状況。勝って当然の状況を作る事こそが軍略というものであるのに。


「それはそうと、そのディアス殿はまだ到着していないようだが。北部の城に籠るロタ兵も、南部と同じく撤退していよう」

「いえ。ほとんどは撤退したのですが、撤退せず頑強に抵抗している城もあるのです」

「抵抗している城?」

「はい。ロタ王リュディガー・サヴィニャックの領地サヴィニャックです」

「うむ。なるほどの」


 伯爵が得心いったと頷く。公爵も僅かに遅れそれにならった。


「このロタ王都は、元々防衛よりも貿易の為に築かれた城。それほど頑強ではないですが、さすがに王城を落とされてはなるものかと、兵士達の指揮は高い。それを攻めるには多くの被害が出ます。なので、先に北部のサヴィニャックを落とします。こちらは元々北部防衛の堅い城ですが、そう多くの兵が籠っている訳ではありませんので。王都を攻め落とすよりは易いとディアス総司令は申しております」


 王とはいえ、無条件の忠誠を得られるものではない。相応の力があってのものだ。北方の領地が落ちれば、リュディガー王はその力を失う。それでも、長年君臨した王家ならば諸侯からの忠誠心も期待出来ようものだが、リュディガー王は、近年簒奪したばかりである。その求心力は弱い。それどころか、城に籠る諸侯の中には内乱時には王に敵対した者すらいるのだ。


「サヴィニャックが落ちれば諸侯がリュデガー王を担ぐ理由はなくなります。こちらの誘いに応じる者も出てくるでしょう」

「内応が出るようでは籠城どころではないからな」

「はい。実は、ロタ城内には、現在サヴィニャックを攻略中だとそれとなく伝えているのですよ。リュディガー王に良い補佐役がいれば、サヴィニャックが落ちる前に降伏するでしょう」


 勝てぬならば、有利な条件で和睦するのが賢い選択というものだ。それには余力があるうちに降伏すべきである。全てを失った後では、交渉というゲームの席に座る場代すらない。いや、それどころか、自分以外の誰か、がその席に座りかねないのだ。


「ディアス殿はそこまでお見通しですか」


 公爵が感嘆の声をあげた。しかし伯爵は何やら面白くなさそうな顔だ。

「しかし、リュディガー王が降伏するとなると、その処遇はどうする。ロタ王のままという訳にはいくまい」

 その声も、どこか詰問するような口調だった。


「それについては、ディアス総司令には何の考えもありません」

「なに、無いだと?」


「はい。我らは敵を倒すのが役目。その後の事は我が国の宰相スオミと、選王候の方々が話し合って決める事だと申しておりました」

「確かに仰る通りだ。スオミ殿にはスオミ殿のお考えがあるであろうが、こちらもリュディガー王が降伏してきた場合についての処遇を検討いたそう」

「は」


 城が落ちる前に落城後の話している彼らだが、決して油断ではない。想定可能な未来に備えるのは当然である。


「それはそうとして、グレイス将軍は、ロタ北部の戦線からケルディラに入り、そこからまたこの王都まで駆けてこられたとか。さぞかしお疲れでしょう。城を囲む役目は我が軍に任せ、部下の方々と共にゆっくりなされてはいかがですか?」


 公爵は笑顔でそう申し出た。


「グレイス将軍が率いるバルバールの精鋭に比べれば、我が軍は物足りぬように見えるかもしれませんが、なに、ロタ兵は城内で縮こまっています。数だけならば我が軍の方がグレイス将軍の軍勢より多いのですから、問題ありますまい」


「何を言う。我が軍とて戦いつつここまでやって来たのだ。我が軍が疲れていない訳ではないのだぞ」

 伯爵は不満げだ。


「それはそうですが、我が軍が手こずった敵将ブランを退けたのはグレイス将軍の功績。ここは、将軍の労をねぎらうべきかと」

「う……む」

 伯爵が、しぶしぶ頷く。


「分かりました。ご厚意、ありがたくお受けいたします。我が兵達も喜びましょう」


 グレイスが一礼し退席しても、公爵と伯爵はしばらく無言だった。遠ざかる足音だけが聞こえる。それが完全に消えるのを待つ。静寂が訪れると口を開いたのはリファール伯爵だった。


「いくら強くとも、所詮はあんなものか」

 先ほどまでの不機嫌な顔から一転、何やら楽しげだ。


「グレイス将軍ご自身も言っていたように、軍人でしかない彼らは、敵を倒せばそれで良いのでしょう。もしかしたら、万一の城兵の突撃を考え、その危険を我らに押し付けた積りなのかも知れません」

「ま、それくらいの危険は引き受けてやらねばな」


 戦場だけが戦いではない。戦場での勝利をどう政治的に生かすかだ。嘗て、戦えば連戦連勝の名将がいた。だが、その連戦連勝の名将は一国を征服する事が出来なかった。彼の部下はこう言ったという。


「貴方は、勝利する事は出来ても、勝利を生かす事は出来ない」


 勝ってからの交渉が真の戦いの始まりである。交渉というゲームをするには、手札、掛け金は多ければ多いほどいい。そして、交渉とは敵とだけではなく、味方ともするものだ。リュディガー王は近々降伏する予測だ。だが、問題は誰に降伏するかだ。城を囲んでいる者にしか、降伏のしようがないではないか。これで、リュディガー王という手札はドゥムヤータに転がり込む。


 終戦後、ロタは、バルバールとドゥムヤータ。そのどちらの物となるのか。その交渉が始まる。リュディガー王の身柄はその時に強力な手札となる。バルバールに譲るとしても、相応の対価が受け取れる。そして殺し、前王朝を滅ぼし征服するのも、身柄を押さえていればこそだ。


 猛将グレイス、いや、知将ディアスとて所詮は軍人。軍人かつ政治家のリファール伯爵。経済家かつ政治家のシルヴェストル公爵とでは住んでいる世界が違うのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ