第181:一線
バルバール軍2万は、海上からロタ北部に上陸した。
サルヴァ王子の要請であるが、表向きはドゥムヤータと同盟関係にあるバルバールの単独外交。ランリエル派のコスティラも無関係。そう主張している為、コスティラ経由の陸路はとれない。バルバール艦隊をロタの海軍要塞ドーヴィルの近くにあるバスティア島に集結させロタ海軍を封じ、制海権はバルバールが得ている。バルバール軍を阻むものは何もなかった。
そのバルバール軍に対しロタは決戦を挑まず城に籠って守りを固め、バルバール軍も各城を包囲しているという情勢だ。
ドゥムヤータは、サルヴァ王子の切り取り放題という言葉に躍起になってロタを攻略せんとしているが、ディアスに、というよりバルバールにはドゥムヤータほどの領土欲は無かった。これが隣国なら話は別だ。しかし、ロタとバルバールとの間はコスティラが隔てている。
「近くを攻め1サイト取れば1サイトの領土を、1ケイト取れば1ケイトの領土を確実に手中に出来ます。しかし、他国を越えて領土を得てもその維持は難しい。それに私は、あえて損をする気はありませんが、無理にバルバールを繁栄させたいと考えている訳ではありません。ドゥムヤータが積極的に戦うのを止める積もりはありませんよ」
サルヴァ王子から要請を受けた時、ディアスはそう言った。無論、ディアスの独断ではなくバルバール宰相スオミも同意見である。
無理に攻める必要もないと敵城を包囲したものの積極的な攻勢には出ず、城を遠巻きにしている状態だ。とはいえ、戦いに負けてしまっては元も子もない。ドゥムヤータ側の戦況も、海を隔てながらも苦労して得ていたが、どうやら芳しくなさそうだ。そうなって来ると、傍観もしていられない。ディアスは諸将を招集し軍議を開いた。
「ドゥムヤータ軍は、ロタは切り取り放題と攻勢を強めていた。我が軍は敵を引き付けているだけで十分と考えていたが、どうやら向こうの状況は良くないらしい。全戦線、劣勢で攻めあぐねている。私達が北部からロタを圧迫しなければならない状況になって来た」
「過去には、ロタに比べ数は少なくともドゥムヤータが強いと言われていたものでしたが、今回はその数でもドゥムヤータが上回っているはず。意外ですな」
将軍の一人が腕を組み首をかしげた。確かにと頷く者も多い。
「ドゥムヤータが弱くなったのではなく、ロタが強くなったのだろうね。いや、無駄な部分がそぎ落とされたというべきだ。以前のロタは、王家が貿易の利益で多数の歩兵を集め強政を敷いていた。しかし、その実、いざ戦いとなればその歩兵中心の軍勢が数ほどの戦力を発揮できなかったんだ」
「それが、その金で集めた歩兵が取り除かれドゥムヤータより強くなったと?」
「兵自体は互角といったところだろう。ブランという者が活躍しているらしい」
「おお。グレイス殿と互角に戦ったというあの者ですか」
将軍達が感嘆の声を上げ、グレイスが苦笑する。実際、将軍同士の一騎打ちなど稀だ。しかし、グレイスは幸か不幸かランリエルのララディ、ケルディラの勇者などと一騎打ちを重ね勝利して来た。それ故、グレイスの名声は高い。
「しかし、そのブラン殿が南部の戦線に居るとは残念ですな。グレイス殿も決着を付けたかったでしょう」
「まあ、そうですな」
とグレイスはやはり苦笑する。
「いや、そのブランは、おそらく我らが居る北部にも来るだろう」
「北部に来る?」
「南部を捨ててですか?」
「ブラン殿の独立騎兵隊は、ロタの最精鋭と聞いております。それを南部から抜いては、いくら今は優勢でも戦線が維持できますまい」
驚きの声が上がる。通常、そうそう軍勢の配置を変えたりはしない。ドゥムヤータ軍が撤退したのなら話は別だが、劣勢なりにもいまだ健在だ。
「どうやら敵は、小細工をしているらしい。軍勢は置いて、ブランのみが移動しているんだ」
ブランに匹敵する者が何人もいるならば、一斉に攻勢に出ればいい。今日はこの城、数日後にはこの城、などとする必要がない。裏をかき、ブラン1人しかいないと思わせる為。というのも考えにくい。本当にブランに匹敵する者が何人もいるならば、そう示した方が味方は奮い立ち、敵は怯む。ドゥムヤータ軍も劣勢どころか、撤退に追い込まれている。
そして、敵に包囲されている城に入った方法も、まったく想像が付かない訳ではなかった。どこかに抜け道でもあるのだ。と推測している。空を飛べないなら、それしかない。そして、そのような方法では軍勢ごとの移動は出来ない。
ドゥムヤータ軍を散々悩ましたリュシアンの策を、数十ケイトの距離を隔てディアスはあっさりと看破していた。
「軍勢を置いてですと!?」
将軍達が驚きの声を上げる。グレイスも意外そうに顎を撫でている。確かに対陣の最中に軍勢の編成を行う事もある。しかし、武将のみを移動させるなど、常識の範囲外だ。
「包囲されている城に少人数で潜り込み、城兵を率いて出撃して敵に被害を与えれば、また城を脱出して次の城へ。と繰り返しているんだ。ご苦労な事だ」
ディアスは、出来の悪い生徒の解答用紙を前にした教師のように額に手をやり首を振った。
素人くさい策。ディアスの素直な感想である。
ディアスもグレイスを頼みにする事はあるが、基本、奥の手とする。サルヴァ王子もバルバールと戦った時、虎将ララディがグレイスとの一騎打ちに勝てるとは思いながらも、一部将の戦いに戦局全体の勝敗を委ねる気にはなれず、一騎打ちは許可しなかった。
一部将に勝敗は委ねない。勝つべくして勝つ。それが本来の軍略というものだ。ブラン頼みでしかないリュシアンの策は、ディアスから見れば博打でしかない。
それだけその者を信頼していると言えるのだろうが……。少し極端過ぎる。毎回、有り金全てを賭けた博打を繰り返すようなものだ。当たればでかいが、外れれば全てを失う。
勿論、ディアスもグレイスを並みの将より優れているとして使うが、それも程度の問題。グレイスが居なくては成り立たない作戦、というものは実行しない。
しかしそれも軍略として。事実、一個の戦士として見た場合、やはりブランにはグレイスをぶつけるのが効率が良い。おびき寄せて取り囲み、弓矢で仕留めれば楽なのだが、ブランは城から出て一撃し、被害を与えればすぐに引き返す。おびき出すなら、余程巧妙な手が必要だ。
「それでは、これからは我が軍が城を囲んでいる時に、ブラン殿が兵を率いて出てくるのですな?」
「そうだ。もうしばらくしたらね。ただ、城にはどこかの抜け道から入り込んでいるはずだ。兵達には警戒を強めさせよう。それを防げれば儲けものだ」
とはいえ、バルバール軍は複数の城を包囲している。それぞれの城を蟻の這い出る隙間もなく包囲するには戦力が足りない。どこにあるか分からぬ抜け道から潜り込むのを発見するのは困難である。ディアスにしても、言った通り、発見できれば儲けもの。その程度と考えている。
「城を囲む兵にも、今までとは違い城兵が出撃して来る事もあると警戒させよう。前もって、これあると知っていれば、慌てる事もない」
「はっ!」
「それと、今まで通り、城は遠巻きに包囲するだけでいい。無理に攻め落とす必要は無い」
「ですが、ドゥムヤータ軍は劣勢です。我が軍が攻勢に出なければ、戦いを有利に進められません」
「攻勢に出なければ、戦いを有利に進められないものでもないさ。敵こそが、我が軍が攻勢に出て欲しいと願っているだろうね」
「敵が、で御座いますか?」
「ああ。ドゥムヤータ軍の情報を調べたところ、ブランは攻勢をかけているところに出撃して乱戦に持ち込んでいる。こちらが城を遠巻きにし、隊列を組んで迎え撃てば、如何にブランの武勇が優れていても手も足も出ないよ」
「ですが。それでは戦況は膠着致します。それこそ敵の思う壺なのではないでしょうか」
今回、皇国の内乱に合せる為に急遽出陣した。蓄えは乏しく、長期戦は避けたいところだ。
「なに。ドゥムヤータ軍もいつまでも後退したままじゃないさ。軍を立て直せば、また攻勢に出る。我が軍は、それに合わせて攻勢に出る。少し、遅らせるがね」
ディアスの顔に皮肉なものが浮かび、グレイスも苦笑する。バルバールが攻勢に出ず、ドゥムヤータの再攻勢があれば、ブランはまた南方の戦線に向かう。バルバール軍はブランの居ない城を攻めるのだ。
グレイスもブランと決着を付けたい気持ちはあるが、個人の感情で勝敗を委ねるべきではない。それに、グレイスの居るところにブランが出撃して来るとは限らない。
「しかし。敵を誘い出す手ぐらいは打っておこうか」
ディアスの顔に、また皮肉なものが浮かんだ。
ロタ南部から北部へと移動したブラン達だったが、攻勢をかけぬバルバール軍に戦いは膠着状態だ。一度、それでもブランが出撃してみたが、敵は柵を張り巡らし矢を浴びせてくるばかりで戦いに応じない。ブランの武勇も発揮出来なかった。
動かぬ戦況に、ブランらは集まり机に地図を広げた。
「戦いが長期化するというなら、こちらには好都合なのだがな」
「今回、バルバールは戦意が薄いようだ。開戦当初から城攻めらしい城攻めはしていない」
「バルバール軍は、ケルディラ方面にも5千の兵を派遣しているとの情報もあるが、それでもこちらと合わせて2万5千の動員だ。全軍の半数にも満たず、急遽の出陣でも余裕があるというのか……」
バルバール軍の戦意は薄いと断じるバルバストルに対し、リュシアンは歯切れが悪い。ディアスに及ばぬとは思いながらも、やはり、どこかで決着を付けたいという考えがある。そのディアスと戦うという意識がリュシアンを慎重にさせていた。
「それに、先ほど入った情報では、バルバール艦隊が海岸を離れたらしい。上陸した2万の兵を置いてだ。バルバール王都で、更に兵を招集しているという情報も入っている。大人しいのは、兵の増強を待っているのかも知れん。その前にバルバール軍を打ち破らねば、戦力的に更に不利になるか」
「そう見せかけた、誘いかも知れんぞ?」
「恐らく、その両方なのだろうな。実際に増援はある。そしてその間に我らが攻勢を仕掛ければ、奴らは手ぐすね引いて待っている」
「なるほど。バルバールにしてみればどちらでも良い訳か」
ディアスは(可能な範囲でだが)どう転んでも問題が無い作戦を立てる。ブラン頼みの博打をするリュシアンとの大きな違いだ。無論、リュシアンにも言い分はある。実際に戦力に差がある以上、それを覆すには博打が必要なのだ。
「とにかく、残ったバルバール軍に戦いを挑むにしろ、バルバールの増援が着た後に迎え撃つにしろ戦力は必要だ。多少危険でも、今攻撃を受けていない地域の守備兵を掻き集めるしかない」
ロタ王国軍5万といっても、その内情は王家の軍勢と貴族達の私兵の混成軍。しかし貴族達も、全兵を率いて来ているのではない。ある程度の守備兵を領地に残している。ドゥムヤータ軍と違い、城を遠巻きにしているバルバール軍だ。兵を送り込むのは難しくない。
バルバールは北東から。ドゥムヤータ、ブランディッシュは南東から来る。北西から西にかけての戦力は現状、遊兵だ。無論、まったく空には出来ないが、今は1兵でも惜しい時。守備に徹底すればしばらくは持ち堪えられる。その程度の戦力以外は全て集める。現在北部防衛に1万5千しか割けないロタである。3千でも集められれば、戦力は2割増しだ。
その時ブランの腕が伸び、地図のある一点を指さした。それがすっと動き、ロタ王都まで走る。
「奴らは、ここから来る」
断言。迷いのない言葉。ブランの虎の嗅覚がそれを嗅ぎ付けた。戦場の空気の中で発揮するその嗅覚が、敵の居ぬ会議室で目覚めた。戦場に立つに勝る戦慄が身体を駆けた。それほどの危機。発する覇気に部屋の温度が上がったと感じる者もいた。
「ブラン……」
「これは……」
リュシアンとバルバストルが絶句した。
本当にそうなのか。それをブランが感じたのか。そうならば、これは勝てない。自分達とディアスとでは差がある。それは分かっていた。だが、差があり過ぎる。確かにディアスは名将だ。こちらが何をやってもその手の平で踊っているに過ぎないのか。
「ふっ」
バルバストルが噴出した。
「こんなもの、どうしろと言うのだ。もはや、どうにも出来ぬではないか」
まるでおかしくて堪らぬようにバルバストルの口元が歪む。それに向けるブランの視線が静かに燃えていた。だが、戦う前の敗北宣言を非難する者は誰一人としていない。他の者達とて、代案など持ち合わせていないのだ。
本当にディアスは、それをするのか。するとすれば、初めから計画していたのか。戦いの前から。自分達は必死で作戦を考えた。それが奴の手の平の上だったというのか。
いくらフィン・ディアスとて、戦いの前から完全にこちらの手を読んでいた。それは考え難い。しかし、ディアスが戦いの前に用意した作戦の許容範囲内だった。
敵の増援に今の戦力では守りきれない。増援が来る前に勝負をかけるにも戦力が足りない。勝負をかけるにはロタ西部の戦力はどうしても必要だ。しかしそれをしては西部ががら空きなのだ。城に閉じこもるのが精いっぱい。敵が来ても素通りさせるしかない。動かさねば北東で負け、動かせば西部の道が開け放たれる。
ブランの指は、ケルディラを指さし西部を経てロタ王都に伸びた。その一線がロタを追い詰める。ケルディラ攻めには5千のバルバール軍が参加している。




