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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
271/443

第180:虎将対伯爵

「矢を射かけよ! 近づけさせるな!」


 リファール伯爵の傍で士官が叫んだ。しかし、城内から出撃した男は、本陣には近づかず城壁に取りついていた兵に向った。駆け抜けざま、平たい刃で城壁にかけられた梯子を切り飛ばしていく。兵士達は悲鳴を上げ、ばらばらと落ちた。折り重なり下の者は潰され肉塊となった。息のある者が呻き助けを呼ぶ声が聞こえる。


「毎度、同じ手にかかる奴らだ」

 城門の上でバルバストルの口元が皮肉に歪む。


「彼らは城攻めをしているのだ。城壁に取りつくしか選択肢はあるまい」

 敵を弁護したのはリュシアンである。


「確かに、敵に長期戦をする余裕は無いからな。兵糧攻めも坑道を掘る時間もあるまい」


 眼前ではブランが梯子を切り落とすのを阻止しようと敵が群がる。だが、それだけに乱戦に持ち込みやすい。ブランは梯子を数本残し、敵兵に切り込んだ。群がる敵のただ中に入り瞬く間に乱戦となる。


 完全に退路を断てば窮鼠と化す。かなりの数の敵が城壁に上っているのだ。それが一丸となって戦われては、下手をすればこちらが押されかねない。だが、退路を残せば希望を見出しそこに殺到する。


「さて、行ってくるか」


 傍らに置いてあった弓を手にしバルバストルが背を向けた。その背が冷酷に笑っているのをリュシアンは感じた。


「またか?」

「ああ」


 バルバストルが背を向けたまま手を振った。


 残った梯子に群がる敵兵は格好の的だ。面白いように当たる。だが、比喩でなく本当に面白がる者は稀だ。バルバストルは嬉々として敵兵を射殺す。矢が何本中何本当たるか。それを楽しんでいる。


 普段は競い合っているバルバストルだが、今回は争っている余裕はない。協力しドゥムヤータ軍と戦っているが、やはり彼のこういうところは好きになれない。リュシアンの彼の背を見送る視線は冷たかった。



 城壁の下ではブランがドゥムヤータ兵を蹴散らす。彼らも逃げたいところだが、城壁の上の味方を見捨てられない。必死で押し返そうとしそれが更に乱戦に拍車をかける。


「ブラン殿とお見受け致した! ロジェ・ビヤールと申す!」


 腕に覚えのある者がブランに挑んだ。しかし、僅か数合で首が飛んだ。ドゥムヤータ兵が目に見えて怯む。城壁の上の味方に申し訳なさそうな視線を送りつつ、後退していく。


「シルヴェストル公爵。万一を考え逃げる準備を」

 背後に控えるジルの声に緊張が帯びる。額に汗が浮かんでいる。


「見たところ敵は2千程度だぞ? 我が軍の10分の1だ。どうして押し返せない?」

「味方は敵の武勇に恐れをなしています。それでも半数はまだ戦う意思があるでしょうが、意志ない者と入り乱れている。敵の意志ある2千を支えきれないかも知れません」


 穴だらけの巨大な石壁に中身が詰まった石の塊を投げつけるようなものだ。いくら石壁が分厚くとも、貫通する事もある。


「しかし、それにしても2千程度の敵が本陣にまで来るとは……」

「万が一です。槍衾を作り弓兵で迎え撃てば、いくら敵の武将が豪勇を誇ろうとも近寄れるものではありません」


 だが、ジルの予想をブランの虎の嗅覚が上回った。ブラン自身ほとんど無意識に、ドゥムヤータ兵が本陣に向かうように追い詰める。折角並べた槍衾は味方の突入に慌てて槍をひっこめ、矢も放てない。雪崩れ込みブランが後に続く。


「不味い……」

 ジルの呟きを背後で聞いた公爵の背に冷たい物が流れた。

 本当に来た。ジルに忠告されても、結局はここまで来ないと思っていた。敵の顔すらまだ見えぬ距離だが、その獣圧は既に届いている。


「ちぃっ!」


 大きな舌打ちに公爵が目を向けると、リファール伯爵が馬に跨るところだった。周りの者も慌てて騎乗する。

 逃げるのか? ならばこちらにも一声かけても良いだろうに。公爵が憮然と騎乗する。しかし、伯爵が駆けた先は、城から打って出た男だ。


「リフォール伯爵お待ちを!」

「伯爵!!」

 伯爵も逃げるだろと考えていた近習が慌てて追いかける。しかし、出遅れ、しかも伯爵が乗るのは選りすぐられた駿馬だ。近習は離されて行く。


「馬鹿な!」

 公爵も思わず追った。ドゥムヤータ軍の総指揮官はリフォール伯爵だ。その伯爵が討たれれば負けだとは、いくら軍事に疎い公爵にも分かる。


「貴様は本物か! 偽者か!」


 伯爵が怒鳴りブランに駆ける。ブランは無言で、馬首を伯爵に向けた。馬の腹を蹴る。獣気を発し身体が膨れ上がる。伯爵の後を追う公爵にはそう見えた。


 実際は、男と伯爵の体格差は数サイトほど。だが、男が一回り以上大きく感じる。武芸に縁遠い公爵にも、戦う前に勝敗が見えた。だが、伯爵はなおも駆ける。伯爵には力の差が分からないのか。


「ぬぉぉ!!」


 伯爵が、本来は突く武器の槍を横殴りに振るった。男が平たい刃の付いた武器を縦にし受ける。駆け抜ける。馬首を返し突進。伯爵は縦に振り下ろした。男が頭上で受ける。伯爵は更に馬首を返し駆け、槍を振るい続ける。男は防戦一方だ。


 リファール伯爵がここまで強いとは。公爵は驚愕し立ち尽くした。伯爵の近習も主人の武勇に顔を見合わせる。一騎打ちを止める為に追い掛けたが、このまま勝ちそうな勢いだ。


 伯爵が槍を振り下ろした。男がまた受ける。次の瞬間、伯爵の槍を左手で掴んだ。お互いの馬が止まり絡み合う。伯爵は必死で槍を引くがびくともしない。


「さっきから気になっていた。本物だとか、偽者だとか、何の話だ」

 兜の奥から低い声が聞こえる。肉食の獣が人語を話せばこのような声だ。


「彼方此方でブランと名乗る者が現れておろう。どれが本物でどれが偽者だ。お前は本物か!」


 言いながら伯爵は槍を引くが、やはりびくともしない。


「そうか。お前達にはそう見えているのか」

 獣が少し笑った気がした。

「俺がブランだ」

 槍から手を放し駆け、改めて対峙する。一呼吸の間。


「うおぉぉぉ!」


 虎の咆哮。虎の鳴き声には似ていない。にも拘わらず、兵士達は虎の声として聞いた。


 これは死ぬな。奇しくも伯爵はドゥランドと同じ事を考えた。駆け迫る虎に槍を構える。


「ふんっ!」


 槍を横殴りに振るった。虎も己の武器を薙ぐ。武器同士がぶつかる。槍が弾き飛ばされた。虎の武器が少し曲がった。柄がひび割れ中に通した鉄芯がのぞく。


 槍を弾き飛ばされた伯爵が体勢を崩した。槍を持っていた手を手綱に伸ばすが激痛が走る。掴めず落馬した。肩から落ち呻いた。ブランとの激突で腕にひびが入ったのか起き上がれない。


「リフォール伯爵!」


 近習が慌てて駆け寄る。数騎が槍を構えて伯爵の前に立ちふさがった。男は一瞥すると、興味を失ったようにゆっくりと馬首を返し城に向けた。近習達は背を向ける男を追えなかった。ロタ兵士達も引き上げていく。多くのドゥムヤータ兵の屍が残された。ドゥムヤータ軍本陣は多くの被害を出し後退したのだった。


 城に戻ったブランを籠城の主将であるボーダンが門まで出迎えた。城内にまで多くの敵兵の遺体が転がっている。城壁の上で逃げ場を失った敵兵が押し合って下に落ちたのだ。ロタ軍が完全に引き上げたのを確認したら、城外に捨てる。出来れば埋める。放置すれば疫病の原因となる。


「ブラン殿。援軍ありがとう御座います。これでしばらくは奴らも手出しは出来ますまい」

「ああ」


 ブランの言葉は短い。年齢ではブランなどボーダンの子供のようなものだが、ボーダンに侮りはない。武人として素直に恩人に礼を尽くしている。


「食事を用意させました。到着してすぐの出陣。さぞや腹の虫がなっておいででしょう」


 ブランはそれには答えなかったが、確かに腹は減っていた。


 ブランは独立連隊の主だった数名とリュシアン、そしてバルバストルと共に卓を囲んだ。まだ晩餐には早い時間だが、空かした腹は日が暮れるのを待つ余裕はなかった。


「遠慮なくお召し上がり下さい」


 籠城の食料は貴重だ。それを考慮しても今は大盤振る舞いする時である。残ったとしても城兵達で分け合い無駄にはしない。多くの肉が並んでいたが、ブラン達に一番ありがたかったのは暖かいスープだ。道中、馬上では水と干し肉ばかりを齧っていた。


「そういえば、最後の一騎打ちしたあの騎士はリファール伯爵だったそうだな」

 言ったリュシアンの手が皿に付いた料理のソースをパンで拭っている。


「今まで戦った者の中では、中々の腕だったが、負ければ共が守りに来るようでは覚悟が足りん」

 リファール伯爵にして見れば近習が勝手にやったのだが、ブランには同じ事だ。


「リファール伯爵だと? ドゥムヤータ軍を率いる選王侯ではないか。ブラン殿。どうして討ち取らなかった。リファール伯爵を討てば、我が軍の勝利だったぞ」

 バルバストルの手にはソースの付いてないパンだ。食事の作法としてはパンで料理の皿を拭うなど下品な行為。粗野に見える彼だが、リュシアンやブランなどより育ちは良い。


「一騎打ちをしている時には知らなかった。撃ち落としたら、共の者達が奴の名を叫びながら割って入ったのだ」

 ブランが肉を頬張り更にパンを齧った。作法など知った事ではない。


 バルバストルが不満げに口を閉ざし、少し乱暴に肉を切り分ける。独立連隊の他の面々が顔をしかめバルバストルを睨んだ。彼らから見れば、隊員で無いバルバストルが同行しているだけで眉を潜めるところだ。隊長に文句を付けるなど言語道断だ。


「なに。戦いには不測の事態が付きもの。何もかも思い通りには行きますまい」

 場を取り繕ったのはボーダンだ。

「それよりも、今夜はゆるりとお休み下され。貴人をお招きした時にと用意してある部屋を整えております」


「いや。食ったらすぐに出る」

「すぐにですと!? しかし、今朝着いたばかりではありませんか。せめて今夜一晩、お身体を休めるべきでしょう」


「ボーダン殿。この間にも味方の城が落ちるやも知れません。敵は我らが寝ている間、待ってはくれませぬ」

「しかし、リュシアン殿……」


 言わんとしている事は分かるが、彼らは城を救ってくれた恩人である。出来る限りの事はしたい。一晩くらいという気持ちもある。


「出来ぬ事はせん。だが、出来る事をせずに敗れれば己が許せなくなる」

 ブランの言葉は短いが、それだけに無駄が無い。


 ボーダンは、はっと目を見開いた後、感銘を受けたように深く頷いた。

「なるほど。確かに」


 腹を満たしたブラン達一行は、とある部屋に向かった。その時にリファール伯爵との戦いで曲がった虎牙槍を受け取った。城の鍛冶屋に直させていたのだ。他の者達もそれぞれの武器を手にし部屋に向かう。城兵には着いて来させない。ボーダンのみが同行する。到着したのは、馬屋ではなくボーダンが言っていた貴人を向える部屋である。


 一行は豪奢な寝具の前に集まると一斉に押す。すると、重量がありそうな外見にそぐわずあっさりと動いた。長らくその下に敷かれていた敷物には、くっきりと寝具の後が付いている。更にその敷物を引き剥がすとレンガが敷き詰めてあった。


 一人の騎士が剣を抜き放ち、レンガの隙間に剣先を差込んだ。梃子の原理でレンガを取り外す。1つ外すと、出来た隙間に騎士達が次々に手をかけどんどんとレンガを外していく。鉄の扉が現れた。


「面倒な事だな」

「まあ、最後の命綱だからな」


 ブランがポツリといいリュシアンが応じる。何が楽しいのかボーガンが顔に笑みを浮かばせている。


 数名がかりで鉄の扉を開けると、地の底まで続くかのような階段が現れた。その階段を次々と下りていく。最後尾はリュシアンである。


「守将、自らお手を煩わせますが、後はよろしくお願いいたす」

「いやいや。これくらい何ほどの事も」

 そういいながら、いつの間に用意したのか火が灯された松明を手渡した。

「では」

 リュシアンが背を向けると、ボーダンは扉を閉め、レンガを組み直し始めたのだった。


 長い坑道を抜け出たのは、城から2000サイト(約1.7キロ)ほど離れた茂みの中だった。土が盛られた蓋を数人掛りで持ち上げ地上に出るとまた蓋を被せる。更に完全に埋まるように土を盛って草を乗せる。これで簡単には見つからない。


 貴族の城には、いざという時の為に抜け穴があるものが少なくない。しかし、貴族にとっては秘中の秘であり、一族どころか家族にも知らせていない。死の間際に遺言として家督を継ぐ者だけに伝えるのだ。その為、当主が急死したりして、現当主すら知らない抜け道があったりもする。


 しかも、今の抜け穴には更に秘密がある。暖炉の壁のレンガを外すとそこにも抜け穴が現れるのだ。まず、暖炉のレンガを外し抜け穴を露出させ、その後寝具の下の抜け穴から逃げる。寝具は簡単に動くようになっていて、手をかけ引っ張り穴の上まで移動させておくのだ。追って来た敵兵は、暖炉の抜け穴に眼が行きそこから追うが、実は数百サイト先は行き止まりである。それで時間を稼いでいる間に逃げるのだ。


 その貴族の命ともいえる秘密は、当然、常なら漏らされる事は無いが、リュシアンとバルバストルが宥めすかし、ブランが脅して貴族達に口を割らせたのだ。尤も脅すと言っても、ブランが無言で貴族を睨みつけただけだ。


 今はドゥムヤータ軍も撤退しているが、2000サイトと言えば城を囲んでいたドゥムヤータ軍の内側だった。その眼を掻い潜るには少数で移動するしかない。馬は包囲の外に繋いだ。リュシアン達が城に入った後、蓋に土を盛らせた男が見張っている。


 独立連隊は2千の騎兵からなるが、それを分散して初めから各城に配置した。そして更に城の兵も合わせて出撃したのだ。ブラン独立連隊の分身を各城に置き、ブランという魂が移動していたのだ。


「さて。次はアングレム城か」

「ああ。ここよりは規模は大きい城だが、そろそろ危ないはずだ」


 城の規模、城兵の数から、落城しそうな城を順次回っている。それも西側から東側に順次回れるように計算し配置されていた。


「城を囲んでいる全ての敵兵に打撃を与えれば、奴らも攻めあぐねる。後、もう少しだ」

「その次は、北部のバルバールか」

「そうだ」


 リュシアンが頷いた。ブランが無意識に虎牙槍を握りしめた。バルバールの猛将グレイスと決着を付けねばならない。

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