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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
270/443

第179:獣の騎士

「その、見た事もない武器を持つ者とは何者なのだ」


 ドゥムヤータの選王侯リファール伯爵の声は不機嫌に響いた。兜を外した甲冑姿で腕を組み、顔には朱がさす。


 包囲するロタの城塞から打って出る敵に悩まされていた。その打開策を練る為に各軍の将軍達が集結した。軍勢は、包囲していた城塞から後退して陣を固め、まるでドゥムヤータ軍が守備側かのようだ。


 伯爵の言葉を受け、選王侯お抱えの将軍達の議論が始まった。


「ロタの虎将ブラン殿ではないのか?」

「ブラン殿は東の大陸から渡って来た武器を持つと言う。おそらくそうなのであろうが……」

「では、そのブラン殿が、何人もいるというのか」


 将軍達が頭を抱えた。見た事もない武器を持つ者が、この日にはあそこの城から出撃し、数日後には別の城。更に数日後にはこの城と出撃して来るのだ。今は囲みを解いているが、その時は城を囲んでいたにもかかわらずだ。


「しかし、あの虎の隊旗は、ブラン殿の独立騎兵隊の物だ」

「ならば、やはりブラン殿か」


 そのブランがどうしてあちこちに出現するのか。将軍達が腕を組み、呻いた。


「影武者ではないのか?」

「その影武者がブラン殿に匹敵する武勇を持っているというのか」


 城から打って出た男は、ドゥムヤータ兵を蹴散らしなぎ倒す。並みの武勇ではないのは明らかだ。


「ブラン殿は1人だ。他のところにも出現するというなら、それは偽者と考えるしかなかろう」

「たしかにそうだが……」


 その当たり前の結論に将軍達の顔は暗い。実際、本物のブランでも偽ブランでも兵士達には同じだ。こちらの軍勢を蹴散らすほどの剛の者が敵にいる。しかも、何人もだ。


「しかし、なぜブラン殿の名を騙るのだ。これでは全ての手柄がブラン殿の物になるぞ」


 命を燃やし戦場を駆け、死ねばそれまで。勝てば他人が名を成さしめる。騎士にとって戦場で武功を上げ名を成すは存在意義。それを思えば、ありえない話だ。


「現実に居るのだ。事実と考えるしかあるまい」

「奴らも、そこまで追い詰められたという事だ」


「この戦いが終わってから、実はどこそこに居たブラン殿は誰それだったと、発表するのかも知れんしな」

「確かに」


「しかし、そのような武勇の者。今までどこに隠れていたのだ」

「いや。ブラン殿とて少し前までは全くの無名であった。世には隠れた勇者も多い。ロタ王は、公であったころより優れた者を数多く召し抱えていたと聞く。ブラン殿もその1人だ。影武者達もその中にいたのだろう」


 将軍達は納得したように頷いたが、改めて現実に目を向けると、まったく何も解決していないのに気付いた。本物だろうと偽者だろうと、倒さなければ問題は解決しないのだ。


「いくら剛の者とて、取り囲み雨あられと矢を射掛ければ討ち取るのは造作あるまい」

「それは、実際に彼らと戦っていないから言えるのだ。射手を伏せ、囲いにおびき寄せようとしても奴らは引っ掛からん。まるでこちらの策を全て読んでいるかのようだ」


 将軍達からため息が漏れる。しばらく発言する者もなく沈黙が流れる。その重苦しい空気を破ったのはリファール伯爵だった。


「ならば。我が軍の勇者をぶつけるしかあるまい。一騎打ちでブランを打ち取るのだ」


 だが、それにも将軍達は沈黙する。


 末席で傍観していたシルヴェストル公爵が後ろに控えるジルに小声で問うた。


「どうしたのだ?」

「ブラン殿は、大陸に名が知られた猛将グレイ殿と互角に戦ったという方です。皆、二の足を踏んでいるのでしょう」


 ジルは素直にそう推測したが、実際はもう少し複雑だ。各軍団の指揮官は、選王侯達に雇われ軍勢を預かっているに過ぎない。彼らの地位に法的根拠も権力基盤もないのだ。落ち度があれば選王侯の一言で解任される。


「我が軍にいる誰それならば、必ずやブラン殿を討ち果たすで御座いましょう」

 などといって負けては、主に恥をかかせ自分の失点になる。避けられる博打は避けたいところだ。


「我が軍に、ブランに勝てる者は1人もおらぬのか!」


 リファール伯爵の籠手に包まれた拳が机を叩いた。八つ当たりされた机に大きな傷が出来る。フランセル侯爵のお抱え軍人オードランもやむを得ぬと覚悟を決めた。しかし、保身も考えねばならない。


「分かりました。我が軍にドゥランドという者がおります。その者ならばブラン殿とも互角に戦えましょう。ただ、そのブラン殿の影武者が、当のブラン殿より強いという事も否定できませぬ。その時は保証致しかねます」


 なるほど。これならばもし負けてもいい訳が出来る。シルヴェストル公爵が頷いた。他の将軍達も頷いている。伯爵はまだ不機嫌そうだ。怒鳴っては見たものの、誰も手を上げねば、ならば俺がやると言う積もりだった。


 とはいえ、対策は決まったが、そのドゥランドが居るところにブランだか、ブランの偽者だかが出てくれぬ事には始まらない。将軍達は自軍へと戻り守りを固め、オードラン率いるフランセル侯爵の軍勢のみが担当の城に攻勢をかけた。


 ブランが出て来ぬまま城攻めが終わってくれれば良いのだが。オードランはそう考えつつ、攻城を続けた。兵士は矢の雨を降らせ、敵が怯めば城壁に梯子を立てかける。何度も城壁の上まで到達し、ぎりぎりのところで押し返された。しかし、2日、3日。4日、5日と続き、こちらの波状攻撃に敵の疲労は濃い。


 どうやらここにブランは居ないのだ。オードランは胸を撫で下ろした。城は後数日で落ちる。居るならもっと早い段階で出てきたはずだ。ブランと、彼に匹敵する武勇を持つ影武者達。彼らも有限。この城にまで配置する余裕は無かったのだ。


 翌日、更に攻勢をかける。攻城開始直後に城壁の上まで達した。まだしばらくかかると考えていたが、この分では今日の日暮れまでには落とせる。


「次々と登らせよ。城壁に橋頭保を作るのだ。今日中に決めるぞ!」


 オードランの激が飛び、兵士達が城壁に取りつく。城壁を制圧するのは時間の問題だ。後は、城壁の内側も確保し城門を開け放つのだ。騎兵が突入の為に城門の前に集結する。


 しばらくすると、城門が開かれた。勝利を確信しオードランが頷く。騎士達が雄叫びを上げ一斉に馬の腹を蹴り駆ける。城壁からの攻撃もなく城門へと殺到する。


 しかし、騎士達が城門に達しようとした時、城内から黒い影が飛び出した。見た事もない武器の横殴りに、先頭を駆けていた騎士が弾かれた。妙な形にひん曲がった身体が地面に落ち、ぐにゃぐにゃと地面を転る。主を失った馬はしばらくそのまま駆けた。


 味方が吹き飛ばされたのを目の当たりにしたドゥムヤータ騎士達が怯む。ドゥムヤータ軍が城門を開けたのではなかった。城から飛び出した騎士の後ろから、敵兵が続く。掲げるのは虎の旗。


「あれが……ブランか」


 オードランが呻いた。恐るべき武勇。だが、それ以上に恐ろしいのは、奴が身に纏う獣圧。それは天性のものだ。奴に匹敵する者はいるかも知れない。だが、奴と同じ匂いを持つ者はいない。この者と戦えば命が無い。そう思わせる。奴が進むところ敵は道をあけ、味方は奮い立つ。個人の武勇で100人は殺せない。しかし、勢いは千の兵を、万の兵を怯ませる。


 しかし、なぜ今頃。もしかしてこの時を待っていたのか。ここで城外の我らが追い払われては、城壁の上に上った兵達は退路を断たれる。降伏しかあるまい。相手が降伏を許せばだ。


 なんとしてでもブランを止めねばならない。我が軍の勇者ドゥランドに託すしかない。


「ドゥランドに命ぜよ! ブランを討ち取るのだ!」

「は!」


 伝令がドゥランドを探したが、その前に彼は己の判断でブランに向かって駆けていた。槍をしごきブランの前に立ちふさがる。


「我が名はドゥランド! 貴公はロタの虎将ブラン殿で間違いないな!」

「ブランだ」


 その短い答えと共に獣気が漏れる。気付かぬ間にドゥランドの額に汗が浮かぶ。槍を持つ手にも汗が滲んだ。


「始めようか」


 奴が呟き軽く馬の腹を蹴った。その瞬間、2周りほど奴が大きくなった気がした。ゆっくりと加速する。馬よりも早く獣気が駆け身体に触れた。


 殺される。思った。殺気ではない。俺を殺そうとしていると感じたのではない。いくら相手の殺気が強くても、自分の方が強ければ殺されない。殺そうとしている。のではない。殺される。のだ。


「いやあぁぁぁぁ!!」


 ドゥランドが奇声を発した。死への恐怖を打ち払う為ではない。死への恐怖を受け止める。


 ドゥランドが一気に駆けた。冷静だ。奴の武器は大きく平たい刃。柄は、こちらより僅かに短い。怯まず奴の身体の中心を狙う。間合いの分、こちらが先に当たる。絶命した奴の刃が、それでも俺に振り下ろされるか、振り下ろされないのか。それは考えない。


 近づく。お互い右を向ける。獣気に目を細め耐える。間合いを見誤るほどの威圧。思わず届かぬ距離から槍を出しそうになる。耐え駆ける。間合いに入った。槍を繰り出した。思いの外遠い距離から奴が片手で武器を振るった。それでも、奴の武器は届かない。


 斜め下から槍を弾かれた。腕がしびれる。槍を弾いた奴の刃が、目の前を弧を描きひるがえる。槍。防がなければ。間に合わない。迫りくる刃を美しいと思った。無。


 一駆けで勇者ドゥランドを討たれ、オードランの軍は浮足立った。兵士達は背を向け逃げ出し始める。城壁に上った兵士が絶望の叫びを発した。


「城壁に上った味方を回収せよ! それまで耐えるのだ!」


 オードランは必至で防ぎ、逃げる兵士を押し留める。兵を纏め撤退したが被害は甚大だ。城の包囲を解くどころか、2ケイト(約17キロ)後退し軍勢の建て直しを計らねばならなかった。



「我が軍には、ブランを討てる者はおらんのか!」


 リファール伯爵の怒声に将軍達が俯いた。ドゥランドは本国でも名が知られた男だ。それが、手も足も出ず討たれたとなると二の足を踏む。


 確かにドゥランドもドゥムヤータで最も優れた騎士という訳ではない。彼より強者と名が知られる者も居るのだ。しかし、彼を一駆けで倒せる者となると見当たらない。


 その中でシルヴェストル公爵はいつも通り背後のジルに問いかけた。


「聞いていると、1人強い者が居れば、それで戦いに勝てるように聞こえるぞ。戦いは1人の強者で決まるものなのか?」

「いえ。これが双方陣形を保っての会戦なら、手の打ちようがあります。如何な強者とて矢の雨を防ぐ傘は持っていません。槍衾をへし折る甲冑もありません。槍衾で敵の突進を止め矢で仕留めるのは可能です。無論、敵もそれを警戒しますが、それだけに敵が1人で突進して来るなどありえません」


「ならば、陣形を保っての決戦なら強者は無用の長物か?」

「いえ。そこまで極端では。乱戦時ほどの活躍は出来ないという事です。今回敵は、全て乱戦に持ち込んできています」


 乱戦になれば槍衾は隊列を保てず、矢は味方に当たりかねず打てない。個人の武勇が存分に発揮でき、勢いにも影響されやすい。


「ならば、決戦に持ち込めば良いのではないか?」

「敵にそれを受ける理由がありません。敵は城に籠っていれば良いのですから。こちらは城攻めをせざるを得ず、その時打って出られては乱戦となります」


 ふむ。と公爵は頷き、またも傍観の姿勢だ。やはり前線の話になれば自分の出番はない。リファール伯爵が暴走しそうならば止めるが、それ以外は任せるしかない。


 とある将軍が発言した。見渡した限り最年長らしき男で、髪にも白い物が多い。


「しかし、さすがに今回ドゥランドを討ち取ったのが本物のブラン殿と思われます。今までにブラン殿の影武者が出てきた城とあわせて遠巻きに抑えるだけにして、他の城への攻勢を強めては如何でしょうか?」


 極、常識的な意見だ。


「確かに、全ての城を遠巻きにしていても埒は開かん。どこかに攻勢をかけるしかあるまい」

「今回、長期戦の備えはありませぬからな」


 他に代案はなく、この案が採用された。ブランとその影武者が居る城は遠巻きにしつつ、他の城を落としてロタ王都を目指す。王都が危機となれば、ロタは他の城を捨て全軍を王都に集結させるはずだ。城はそれから取ればよい。落とさなかった城の兵に背後を脅かされる危険もあるが、今はそれどころではない。


 リファール伯爵、シルヴェストル公爵の軍勢もヴァンドム城を囲んでいる。両軍合わせて1万9千。ドゥムヤータ軍で最大規模だが、担当の城は、その規模に見合った物ではなかった。本陣には余裕を持たせるべきと、全力で攻めかかれば無難に落とせる城だ。今までは被害が増えるのを考慮し手控えていたが、この状況ではそうも言ってはいられない。


「この城をすぐさま落とし、王都を攻めるのだ! この城は10日で落とす! 一番初めに城壁の上に上った者。城内に入った者。城門を開けた者には、それぞれ恩賞を出すぞ!」


 伯爵が檄を飛ばし攻城が始まった。選王侯自らの言葉だ。違えるはずがないと兵士達は意気盛んだ。降り注ぐ矢にもひるまず、瞬く間に城壁に辿り着き、梯子をよじ登る。


「俺が一番乗りだ!」

「我が名はシャヴァン! 駆けあがったぞ!」


 ほぼ同時に、城壁の上のあちこちで名乗りが上がる。


「よし。今名乗りを上げた者、全てに恩賞を取らせよ」


 伯爵は上機嫌だ。副官が名前を紙に書きとめる。この分では城内に入るのも城門が開くのもすぐだ。


 シルヴェストル公爵も、軍勢はバイヤールに任せるとの意思表示と、伯爵の無茶を抑える為に伯爵の傍に居た。

 だが、まあ杞憂だったか。この分では何事も起こらず城攻めは終わりそうだ。


 その時、まだ誰も城内に入ったと名乗りを上げていないのにもかかわらず城門が開け放たれた。その奥に、騎士が1人。獣気を身に纏う。

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