第173:第二次ケルディラ侵攻
大陸中央部諸国の動きを見届け、ケルディラへの再侵攻を宣言したコスティラだが、無論、その後ろにはランリエルの影がある。いや、影というには存在感がありすぎた。
「ケルディラとの統一戦。彼らの要望によりケルディラ東部を割譲する事で停戦したが、当のケルディラがそれに異を唱えている。ならば停戦は無効だ!」
そう主張するコスティラに
「コスティラは我が盟友。助力するは友として当然」
と、ランリエルも参戦を表明し、しかもコスティラ軍を超える規模の軍勢を派遣したのだ。
そして、カルデイ、ベルヴァースらも動く。総兵力は13万。ランリエル5万。コスティラ4万。カルデイ2万。ベルヴァース1万5千。別の友への手助けに忙しいバルバールは、僅か5千の参戦だ。
最大動員には程遠いが、ランリエルは皇国と戦いの後にバンブーナとも戦い、経済的な負担も大きい。13万でも十分ケルディラを圧倒しているし、この辺りが現実的な数字である。
戦闘力でコスティラ兵と並び称されるケルディラ兵だが、その兵力は4万。そしてコスティラも4万。更に言えば、ランリエル軍5万の内1万がコスティラ外人部隊だ。ランリエル側には更なる兵も居る。戦力は圧倒的だ。
「今後、二度とケルディラ東部の領有権は主張致しませぬ。どうか、停戦の継続を!」
デル・レイ、ケルディラ、そしてロタ。その3ヶ国からなる反ランリエル同盟だが、ロタはドゥムヤータらに攻められ、デル・レイはその援軍に3万を割き全く余裕がない。しかも、先に攻められたロタへの援軍をケルディラが断っていた事から、今、ケルディラが援軍を得られないのも自業自得。という風潮すらある。この絶体絶命の危機に、ケルディラはプライドをかなぐり捨て平身低頭したが、コスティラ、いや、ランリエルは、もはや聞く耳を持たなかった。
「ケルディラは、おそらくアルベルド王に踊らされていただけなのでしょうが……」
と、同情するように見せ
「でも自業自得ですね」
と容赦ないのはウィルケスである。口元が微かに歪み、本人にはその気がなくとも馬鹿にしているようにも見えるのは彼の人徳のなさだろう。
「騙されてだろうと、自分の意志であろうと、相手に刃物を向け刺せば死ぬ。刃物を向けられた者が、騙されてなのだから仕方がないと許すはずもない。ケルディラはランリエルに刃を向けた。その報いは受けて貰う」
サルヴァ王子の声は淡々とし、だからこそ、取り付く島がない。為政者には大きな責任がある。騙す者と騙された者。当然、騙す方が悪い。だが、為政者に限っては騙された方が悪い。自らの権限、行いの影響。それを考えれば騙されるのは罪だ。騙されない能力を身に付ける責任がある。
「カルデイやベルヴァースなどにも出兵を求め戦いを挑むのだ。彼らにも報いねばならぬ。もう一度停戦などというケルディラのみに利する交渉、ありえぬ話だ」
「そう言えば、バルバールも出兵して来ましたね。バルバールはロタにも出陣して経済的に負担が大きいので、殿下のご指示通り、出陣は不要と伝えたのですが」
「ディアス殿が言うには、ここでバルバールのみケルディラへの出兵を免除されては、ロタへの出兵もランリエルの意向によるものだと勘ぐられる。という事だったがな」
「そうは言っても、分かる人は分かっていると思いますけどね」
「なに、分からぬ者が分からねば良い」
建前とはそういうものだ。世論とは大多数の人間が支持する情報であり、正しくとも少数派は世論ではない。
「尤も、ロタとの戦況いかんでは引き揚げさせて欲しいとも言っていたな」
「あの人、結構、図々しいですよね」
憮然とする副官に王子が苦笑する。
「バルバール王国軍の存在意義は、バルバール王国と国民を守る為に存在し、他は全て二の次と公言してはばからぬからな。ディアス殿からすれば、ケルディラ攻めにかまけて自軍が不利になるのは馬鹿馬鹿しかろう」
「だったら、初めからケルディラには出兵しなければ良いと思いますけどね」
「確かにな」
サルヴァ王子が各国の総司令の中で、一番裏切らぬと見ているのは、コスティラのベウゼンコだ。豪放な男で、ランリエルに負けた限りは従うのは仕方がないと割り切っている。そして、いざとなれば真っ先に裏切るのはディアス。いや、ディアスにとっては裏切ると言う意識すらない。
王子がそれに嫌悪感を覚えぬのは、その裏切りが自らの利益を求めてではないと知るからだ。バルバール王国と民は自分の物ではない。ならば、自分の好悪、感情で王国と民を危険には晒せない。極当たり前の話だ。その意味では、時に王子すら唖然とする策を立てるディアスだが、その実態は、極端な常識人なのだ。
尤も、バルバール以外は二の次と公言するのは、バルバールが軽んじられるのを防ぐ効果もあるが、いざとなれば裏切ると言っているのに等しい。信用ならぬ男との烙印が押される。ディアスにとっては、それこそ自分の信用などより王国と民なのだ。
「そのディアス殿は、ロタ方面に出陣してこちらには来てないのですね。主力は向こうなので、当然といえば当然ですが」
「こちらの5千は、カーニックという者が率いると聞いている。合流すれば挨拶をかね報告に来るだろう」
「バルバール軍は我らより先行し、既にテレス川から1ケイト(約8.5キロ)手前に到着しております。我らも5日後には合流出来るでしょう」
「ベルヴァースは我らより2日遅れだったか?」
「はい。カルデイが更に1日遅れています」
余りにもの大軍だと、街道の交通能力を超える。そうなれば渋滞し行軍は更に遅くなる。それゆえランリエル以東の国々も、それぞれが別の道を通り現地で集合するのだ。
「ベルヴァースが参戦してくれたのはありがたい」
「前回は、ルージ殿下が反対しましたからね」
他の国々からはカルデイらと共にランリエルの属国のように見られるベルヴァースだが、彼らから見ればランリエルに占領された覚えはない。他国者に、ランリエルの属国と言われれば激怒する。ランリエルから出兵を求められても聞く必要はないのだ。とはいえ、その国力の差は絶対であり、報復を考えれば従うしかない。
それが前回のケルディラ攻めを出兵拒否出来たのは、ランリエルの王子たるルージが反対したからだ。ランリエルの王子が反対したからランリエルが報復する。これは出来ない。結局、ランリエルの面子を保つ為、急遽ベルヴァース王トシュテットに急病になって貰い、王が重病なので戦争など出来ないという体裁を整えたのだ。
「皇国軍と共に戦った事でベルヴァースの国民感情も変わった。以前より我らとの連帯意識が出て来たのであろう」
「皇国との戦いでは、ルージ殿下も活躍したみたいですしね」
「今回もルージは参戦すると聞いている。ルージからの手紙では、アルベルティーナ王女が反対したが、周囲から是非にと言われ断りきれなかった、と書いてあった」
「ベルヴァース国内での支持があるのは良い事ですよ。ルージ殿下の人気は高いそうですが、戦場で活躍すればもっと上がります」
それが民衆の愚かさというものの1つかも知れない。戦い被害が出れば戦争反対を叫ぶが、活躍すれば勇猛果敢だと称賛する。そして、戦わないのは臆病だとすら言いだすのだ。
「ですが、確かもうすぐアルベルティーナ王女は御出産でしょう。ルージ殿下も王女のお傍に居たかったでしょうに」
「それについても、泣言が書いてあったな。教育係のマーティンソンという者に、だからこそだと言われたらしい。子供の出産を理由に出陣を断れば惰弱な者と見られ、出陣すれば責任感が強いと評価される。とな。確かにその通りだ。あやつも人の子の父になるのだ。もう少し、大人になって欲しいものだ」
その声に、少しひがみっぽいものが含まれて聞こえたのは、ウィルケスの思い過ごしではなかった。
今だ王子は、アリシアの懐妊を知らない。勿論、夜の営みはある。アリシアのお腹が膨れて来たのには気付いていた。だが、少し太ったのか。その程度に考え、そしてそれを彼女に指摘すれば、また、女性に言ってはいけない言葉だと叱られると思い、言えないでいた。頭の良い王子だが、それだけに無意識に相手の反応を予測し、それの対応を考えて自己完結してしまう傾向がある。
「アリシア様は、まだご懐妊なさらないのですか?」
無論、ウィルケスも彼女の妊娠を知らない。
「……ああ。まだだ」
アリシアとの仲を認めて良いのかと躊躇した王子だが、皇国軍を倒した後の王都での凱旋時、彼の前でアリシアと口付けたのだ。今更隠してもしょうがない。
「そうですか……。でも、アリシア様はご健康そうですし、いずれご懐妊されますよ」
「だと、良いのだがな」
「意外と、既にご懐妊なされていて、この戦いから戻ったころには、お子が待ち構えているかも知れませんよ」
「そのような話、そうそう転がっては……」
言いかけたサルヴァ王子が、何かを思い起こすように顎に手をかけた。
「いや、ディアス殿の第一子は前回のケルディラ攻めの最中に産まれたのだったな。そう言えば、第二子も、皇国との戦いの時だったか」
「ルージ殿下も、出産を控えたアルベルティーナ王女を置いての出陣です」
なるほど。妙な偶然もあるものだ。そう言われると、何となくそんな気にもなってくる。とはいえ確証のない話だ。
「過大な期待は抱かぬ事だ」
と生真面目な王子は副官を窘めたのだった。
テレス川以東に集結したランリエル勢は、テレス川を挟んでケルディラ軍と対峙した。前回、ランリエル勢はこの川を渡らず、ケルディラ東部の領有を宣言しケルディラ軍を誘い出した。しかし、今回はこちらが渡らねばならない。
その作戦を練るべく各軍の指揮官が集結した。ランリエルからはサルヴァ王子とムウリ。
バルバールはディアスの代わりに派遣されたカーニックとその参謀。カーニックは実直そうに表情を引き締めている。
カルデイはギリスのみだ。カルデイ王国軍総司令となっているが、能力的には参謀に向いている男だ。他の助言を必要としない。副官が後ろに立って控えているが、副官を参加者には数えない。
コスティラは総司令ベウゼンコと参謀。とはいえ、その参謀はベウゼンコの飲み仲間として任命されたと噂される男だ。ベウゼンコに負けぬ巨体は、知性よりも豪放さを感じさせる。
ベルヴァースは総司令テグノールと参謀。参謀は前総司令グレヴィの養子でサンデルという男だ。そして、なぜかルージ王子までいる。落ち着きなくきょろきょろと視線が泳いでいる。
なぜこやつが居るのかと、眉間に皺がよる王子に、察しが良い副官が耳打ちした。
「どうしてもという、ベルヴァースからの要望でして。どうやら、ルージ殿下に箔を付けたいらしいです。ルージ殿下はベルヴァースでは勇猛果敢と評判らしいです」
ウィルケスの言葉の後半は、栗鼠が剣を構えている姿を思い浮かべ笑みが含まれている。とはいえ、皇国との戦いでルージ王子が恐怖に耐え持ち場を死守したのは事実であり、ウィルケスの評価は不当とは言えないまでも、不当ぎみではあった。
王子はそれに荒いため息で答えた。弟が婿に行った先で良くされているのは喜ばしいのだが、身の丈に合わぬ役柄を与えられているかと思えば、心配にもなってくる。尤も、サルヴァ王子のルージ象は、6年以上前のアルベルティーナ女王と結婚する前のままだ。ルージ王子の外見が、身長が0.01サイト(約8.5センチ)ほど伸びただけで、あまり変わっていない所為もある。
全員が集まり、場が落ち着くとランリエルの士官が状況報告を始めた。各国の軍首脳部を前に若い士官は緊張に僅かい声が上ずっている。
「今回の出兵は、ケルディラ全土の制圧を目的としたものです。ゆえに作戦行動の第一はテレス川の渡河作戦となります」
総司令、参謀達が頷き、士官の口元に安著の笑みが浮かぶ。自信を付けた士官は張りのある声で説明を続けた。
「ケルディラ軍はそれを阻止しようと既に対岸に布陣を完了しております。総数4万5千。想定していた規模よりわずかに多いです。しかも、更に僅かずつですが増加しております。最終的には5万を超えるのではと推測されます」
「考えられるその要因は?」
「貴族達に通常以上の負担を求めているのだと考えられます」
通常、領土の規模によって出陣させる兵力は決まっている。勿論、それは最低限であり自主的にそれを超える兵力を出すのは自由だが、ほとんどの貴族は、その最低限しか兵は出さない。兵士は専門職であり、戦時にのみ集める訳には行かない。常から、必要以上の兵を養う余裕はないのだ。戦時に領民を招集する事もあるが、それは主に物資を運ぶ人夫としてであり、戦闘員としてではない。
「ならば、テレス川を越え、対岸の軍勢を打ち破れば後は竹を割るが如しか」
ギリスが言った。サルヴァ王子は沈黙を守る。
「はい。ケルディラ貴族達は、領地を守る戦力まで掻き集めています。危険ですが、あながち間違った判断ではありません。我が方がテレス川を越えれば戦力の差は圧倒的。領内に兵が残っていても、多少長く抵抗できるだけ。それならば、我が方の渡河を防ぐのに注力すべきと考えたのでしょう」
状況説明の士官が、私見を交えるべきではない、とギリスはチラリと考えたが、許容範囲内かと思い直し指摘せず頷いた。彼自身の推測もほぼ同じだ。だが、違う個所もある。
「少しずつ増えると言うのが秩序を感じられぬ。言われた通り、貴族達に負担を求めているのは確かだが、それ以外にも民衆からの義勇兵が居ると推測される。5万より、もう少し多く想定して置くのが無難だ」
王子が頷きつつ額に手をやった。それだけケルディラ国民も必死なのだ。軍人ではない者と戦わなければならない。武器を手にする以上、こちらが手控える必要は無いが、気が重くなるのも事実だ。しかし、戦うと決めた以上、引きずる訳にも行かない。目を見開き顔を上げた。
「ギリス殿のいう通りだ。敵の戦力は5万5千ほどと見て置こうか。とにかくケルディラはその戦力を持って、我が軍の渡河阻止に賭けている。頑強な抵抗を覚悟せねばなるまい」
とはいえ、専門職の軍人に義勇兵など有難迷惑の部分もある。元兵士だというならともかく、ただの農民などではいざともなれば逃げだしかねず、逃げ出す者が居れば専門の軍人達も浮足立つ。義勇兵として参加したものの、結局は、人夫として使われる場合が多い。
「しかし、テレス川はケルディラを東西に分断する長流。5万5千で全域を守るのは不可能です。どこかに必ず隙は有ります。こちらは、その隙を付くべきでしょう」
「そこでだ。我が軍は上流に向かい渡河地点を探そう。コスティラはこの場に留まりケルディラ軍を牽制し、足止めを頼む。しかし、ケルディラは我が軍も無視は出来ぬ。なけなしの戦力で我が軍を追うはずだ。カルデイ、ベルヴァース、バルバールの各軍は、それを見届けてから下流に向かって欲しい」
ランリエル側の戦力は13万。ケルディラ軍を5万5千と見積もっても倍を超える。単純に全流域への全軍一斉渡河を計画しても、ケルディラ軍の防御を越えられる可能性は高い。しかし、ランリエル側の被害も大きくなる。ランリエル軍でケルディラ軍を引き付け、薄くなった敵の防御線を他の軍勢で突破するのだ。
結局、ほとんどギリスとサルヴァ王子が話すだけで作戦は決まったが、その後の軍勢の配置や実行時期などの実務的な話になると、各総司令も身を乗り出し意見を述べ合った。その中でルージ王子だけは、やはりきょろきょろと他の者達に視線を向けるだけで、一言もなかった。
だが、全ての準備が終わり、ランリエル軍がテレス川上流への向かう直前、本陣とする天幕にランリエル王都から慌ただしく伝令の騎士が駆け込んだ。早馬を乗り継ぎ来た埃まみれの騎士から、サルヴァ王子は手紙を受け取った。この時期に王都から急使とは、ウィルケスの額にも汗が滲む。そして、王子の目が手紙の2行目に差し掛かった時、崩れ落ち跪いた。
「ば……かな」
そこにはこう書かれていた。
アリシア・バオリス、侍女に刺される。




