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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
224/443

第134話:全軍敗走

 異様な光景だった。


 戦力が勝る方が攻める。戦いとはそういうものだ。奇襲によって少数の兵が大軍を破る時でさえ、局地的には戦力が勝っている方が攻めている。奇襲により敵の指揮系統が崩壊して兵の多くは戦いもせず逃げ出し、集団的な戦闘が出来なくなったところを各個撃破するのだ。


 敵はランリエルの2倍。数で劣るランリエル軍が勝る皇国軍を攻めていた。ランリエル兵。その個々の武勇が優れ、数は少なくとも戦力では勝る。それですらなかった。しかし、ランリエル軍が攻めている。


 敵陣に矢の雨を降らせ、敵からの矢は盾で防ぐ。敵の反撃が鈍れば槍兵が進んだ。崩れた隊列に騎兵が突撃し切り込んだ。戦場が瞬く間に血の匂いに包まれ、草木が赤く濡れる。


「兵達はよく戦っている」


 だが、それもこれが最後だ。これまでも負け続けてきた。しかし、その度重なる敗北は、間違いなく兵達の心を蝕んでいた。妻子を守る為に戦う。その決意はあった。一気決戦となれば全兵その決意のまま戦っていた。


 しかし、繰り返される敗北に、その決意も崩れかけていた。野営する天幕で、昨日は隣に寝てた戦友が今日は居ない。明日消えるのは自分なのか。その恐怖が家族を守るという決意を鈍らせていた。逃亡者も出始めている。それを、初めてランリエル側からの攻勢。兵士達に大局を見る目はない。こちらから攻めるのだから勝算があるのだ。そう考え、最後の気力を振り絞り戦っている。だが、それだけに次はない。


「ここで、どれだけ皇国軍に損害を与えられるかですか」

「ああ。皇国軍全軍を打ち倒すのは困難。撤退を決意させるだけの損害を皇国軍本隊に与える。我が軍がどれほど犠牲を出そうともだ」


 ディアスやギリスがいうところの、皇国軍の戦意を喪失させる為に戦う。結局、その策しかなかった。強引に皇国軍本隊だけを狙い皇国兵1人を殺すのにこちらは3人死ぬ。それよりはこうした方がマシ。サルヴァ王子の策は、その程度といえばその程度だ。


「現在、皇国軍全軍ならば我が方の2倍ですが、衛星国家の軍勢だけならば我が方の半分です」

「敵は守りを固めている。それだけに戦いの主導権は我が軍にある。衛星国家の軍勢には見せかけの攻撃だけでよい。他の全戦力を皇国軍本隊にぶつける」


 これで1人1殺。それが出来れば皇国軍に大損害を与えられる。無論、ランリエル軍にとってもだ。このまま戦い続ければ、ランリエル軍は消滅し、皇国軍は生き残る。しかし、それをする訳には行かない。ぎりぎり最後の最後には戦場を脱出するのだ。自分が生き残る為に。


 兵士達は死なせ、自分は生き残る。卑怯だ。しかし、自分が死ねば皇国軍が去ってもランリエル体制が崩壊する。いや、自分が死ねば、皇国軍は大損害を受けても退却せず、後は野を進む如しと進撃を続ける可能性も高い。


 皇国軍に大損害を与え、そして自分は生き残り、これ以上皇国軍が進むなら更に損害を与えてやる。その体制を作り皇国軍に見せ付ける者が必要なのだ。そして、それは自分にしか出来ない。


「敗北を自らの命で償えるとは思わぬ事です」


 ギリスはそう言った。そうだ。死んでも責任は取れない。自分が死んでも皇国軍は引き返さない。自分の死にそんな価値はない。生き残り、やり遂げるしかないのだ。


 戦場に、屍の山が出来ていた。皇国兵とランリエル兵のだ。両軍の兵士が折り重なり、血の川が流れた。



「死兵だの」


 ランリエル軍の狂気の猛攻を、皇国軍総司令バルガスはそう評した。


 どうやら敵は、無理やりにでもこちらに損害を与えたいらしい。さて、どうしたものか。バルガスは落ち着いた手付きで顎に手をやり、ふむ、と考え込んだ。


 ちらりと、ブリオネス王に目をやる。やはり、ブリオネスは前線に出ず自分の傍らに居た。こいつの軍勢に行かせるか。しかし、こいつに行かせるならば、カスティー・レオン王国軍にも行かせねばなるまいな。


 バルガスにとって、一々政治的配慮をせねばならぬのが皇国軍の面倒なところだ。もっとも、切羽詰った状況ではそうも言ってはいられない。だが、今程度の状況なら、まだ余裕はあった。サルヴァ王子の決死の覚悟も、皇国軍にとってはその程度だ。


「ブリオネス王。敵は我が軍に攻撃を集中させているようです。それだけに、貴公の軍勢とカスティー・レオンへの攻撃は薄い。ならば、だからこそ、そこを突くべきでしょう。貴公の軍勢を前進させて頂きたい」

「それは、カスティー・レオンもですかな」

「勿論です」


 自分だけではない。その言葉を受けてもブリオネスは渋い顔を見せたが、ならばカスティー・レオンだけに行って貰いましょう。との更なる言葉に慌てて了承した。流石に、自分は断りカスティー・レオンだけが出撃しては面目を失う。


 とはいえ、やはりブリオネス王は自分では動かず、軍勢に向け伝令を走らせるだけだった。バルガスもカスティー・レオン王国軍へと命令を伝えさせた。


 衛星国家2ヶ国の軍勢が動き出した。その軍の対応には最低限の兵士か置いていなかったランリエル軍は、たちまち劣勢に転じた。如何に皇国軍に損害を与える為に無茶な猛攻を続けるといっても、戦線が崩壊しては戦い続けるのは不可能だ。


 やむなくランリエル軍は、衛星国家の軍勢の対応に増援を行った。しかし、その分、皇国軍への攻撃が削がれるのは当然である。


「まあ、こんなところか」


 バルガスの呟きは、傍らを離れぬブリオネス王には聞こえぬ程度の小さなものだった。


 敵の勢いを削ぐのに、その勢いに立ちふさがる必要はない。敵の弱いところを突けば、敵もそれを放置出来ない。


 サルヴァ王子は、攻める事により主導権を握り皇国軍本隊のみを狙う算段だったが、それが崩れた。こうなっては、皇国軍全軍とランリエル軍との消耗戦だ。そして、このままではランリエル軍が消滅するまで戦っても、皇国軍本隊に10万の損害は与えられない。


 いや、それどころか、戦いは徐々にランリエル軍が劣勢となっていた。ランリエル兵は決死の覚悟で気力を尽くして戦うが、皇国兵とて命をかけて戦っているのだ。死に物狂いには違いなく、決死の覚悟だけで打ち勝てるものではない。そして、消耗すれば交代できる余裕がある者が、長期的には優位となるのだ。


 寝ている虎が猫にじゃれつかれ仕方なしに起き出すように、始めは守りを固めていた皇国軍もランリエル軍の攻撃に前進を開始した。身の程知らずの猫は虎の一撃で命を落とすしかない。そしてそれは虎の罪ではなく、身の程知らずな猫の罪である。


 皇国軍に油断はない。戦いの最中にも多くの斥候を出していた。四方に放たれ敵の別働隊などが居ないか警戒していた。戦場は見晴らしがよく奇襲には不向きな場所。それでも隙を見せない。


 斥候の1つを任されたその小隊は、皇国軍の後方2ケイト(約17キロ)に配置されていた。もっとも、前方から来るランリエルが別働隊を派遣していたとしても、左右に配置された斥候が発見する。もし、それに見つからぬように進んでいるならば大きく迂回せねばならず、万単位の軍勢ならば戦場に到着するまでに日が暮れる。彼らが敵軍を発見するなどありえなかった。


 それでも任務と、隊列を組み警戒しながら進む。時折り戦いを避け避難している村人の隠れ家などを発見した。怯える村娘を陵辱する誘惑にかられたが、今は任務中とそれを押し留める理性は残っていた。それを開放するのはランリエル軍を叩き潰し、コスティラ領内に入ってからだ。


 コスティラ女は美女揃いと聞く。人種的にはケルディラ人も同一のはずだが、やはり、大陸中央と近い為混血が進み、純血はコスティラに多いと言われていた。年を取ると別人かと思うほど太るともいうが、立ち寄り楽しむだけの自分には関係ない。気に入った女がいれば、1人や2人くらいは国に連れて帰っても良いだろう。皇国軍は国を侵略するのでない。滅ぼすのだ。ならば、生きて連れて帰ってやる方が親切ではないか。


 隊員達は、未来の楽しみに胸を膨らませ任務をこなしていた。とはいえ、命じられた地域を行き来するしかない。それが任務なのだから仕方がないが、来るはずのない敵の出現を待つなど流石に無駄なのではと思えてくる。もっとも、敵など発見しないに越した事はないのだが……。


 微かに音が聞こえた。小さな音だ。しかし聞き覚えのある音。よく自分が出している音。いや、自分’達’がだ。軍勢が進む音だ。低く、だが、妙に遠くまで重く響く。


 この方角から来るのは味方の軍勢しかあり得ず、

「どこの軍勢だ?」

 と隊長が言った。


「衛星国家の軍勢のどれかでしょうが、まだ姿は見えませんね。もう少し待ちましょう」

「ふむ」


 隊長が頷き、他の隊員達も音がする方向に目を向け待った。目を凝らして見れば、遥か彼方に土煙が上がっている。


「しかし、奴らが戻ってくるとは聞いてはいませんでしたが」

「ああ、奴らはランリエル配下の軍勢と戦っているはずだ」


 皇国兵は衛星国家の兵を見下している。味方にもかかわらず、奴ら呼ばわりだ。実際、皇国の下士官と衛星国家の士官が顔を合わせれば、先に挨拶するのは衛星国家の士官である。


 その間にも音は大きくなり続け、ついに土煙の中から軍勢が姿を現した。


「何だ? あれはどこの軍旗だ?」

「いや、見覚えが無いな。まったく、軍旗を掲げずに進軍しているのか? どこの家紋だ?」


 軍勢は国家と諸侯の兵との混成軍。その為、諸侯の軍はその家紋を示す旗を掲げるのだ。しかし、軍旗を目立たせねばならぬのに、自らの家紋の旗を前面に押し出すとは。だが、1人の兵士が気付いた。


「ちっ違う……」

「違う? 何がだ」

「あれは軍旗だ。……コスティラだ」

「コスティラ?」


 それは俺達が美女をあさりにいく国ではないか。彼らは、しばらくその意味を理解できなかった。だが、その間にもコスティラ軍は彼らに近づいていた。


 斥候からの報告に、常には冷静沈着な皇国軍総司令バルガスも青ざめた。


 コスティラ軍だけではない。他の斥候もバルバール、カルデイ、そしてベルヴァースの軍勢を発見し、続々と報告がなされていた。彼らは、衛星国家の軍勢と戦っていたはず。それがなぜここにいる。ここに来る。衛星国家の軍勢を派遣し防いでいたはずだ。そして、さらに撃破できるだけの増援をも向かわせた。それらが敗れたというのか。


 数では勝っていた。確かに戦いに絶対はない。万一には負ける事もある。だが、どうしてランリエル配下4ヶ国の軍勢が揃ってやってくる。そのすべてに我が軍が負けたというのか。どんな魔術を使った。


 その時、1人の騎士が天幕に飛び込んだ。


「閣下! バンブーナ王国軍から伝令が到着しました!」

「伝令だと?」

「は! バンブーナ王国軍。見事、ベルヴァース王国軍を撃破。との事で御座います」

「撃破……」


 何を言っている。そのベルヴァースの軍勢はこっちに来ているのだぞ。何を撃破したというのか。敵は、バンブーナ軍とまやかしとを戦わせ、その間にここにやって来たとでもいうのか。


 そして次の騎士が天幕に入った。


「エストレーダ王国軍、ベルグラード王国軍と共に、バルバール王国軍を敗走させたとの報告です!」

「敗走……」

「は。前面にエストレーダ王国軍、側面にベルグラード王国軍の攻撃を受けた敵は、瞬く間に敗走したとの事で御座います」


 敗走。敗走だと!? 負けたのは奴らの方ではないか。ではなぜ? なぜ衛星国家の軍勢ではなく、奴らがここにやってくる。まさか虚偽の報告? しかし、伝令達はここに通されるまでに何度も確認され偽者ではない。


 ベルヴァースらランリエル勢の軍勢は間違いなくやって来ている。そして、それらが敗北し敗走したのも確実……。


 そうか! なんという、なんという事だ……。まさかそのような事が。


 奴らは、勝利し来るのではない。敗走して来るのだ。



 たとえ敵が敗走しても命令無く追撃はするな。命令違反をして戦功をあげても賞せず処罰する。隙を作り敵に付け込まれぬ為の、その命令が足枷となった。


 それでもバンブーナ王国軍総司令チュエカは、消極的追撃とでも言うべきか、ぎりぎり威力偵察と主張できる規模の騎兵にベルヴァース王国軍の後を追わせたが、山林の陰にベルヴァース王国軍旗が翻るのを見て伏兵を警戒し引き上げた。


 この時、衛星国家の各軍は全体の状況を掴めていない。自分の相手が敗走し東方に駆け去ったのは分かっている。しかし、ランリエル勢の全軍が各地で敗走している事までは把握してはいなかった。


 決してランリエル側の総司令達に引けを取らぬ彼らだ。他の状況を知っていれば行動も違っていた。だが、打ち破ったとはいえ敵兵にも警戒しながらの伝令は大きく迂回せねばならず、遠く離れた友軍と戦況を報告し合い、全体の状況を把握出来たのは丸一日が経ってからだったのだ。


 軍勢が進むのは一日精々2.4ケイト(約20キロ)だと言われる。人が走れば、いや、歩いてももっと進める。それが2.4ケイトしか進めないのは身につける甲冑などの装備がかなりの重量となる事もあるが、その理由の多くは食料、武具などの輸送があるからだ。それらを打ち捨てれば2.4ケイト以上の行軍も十分可能である。


 だが、普通はしない。一戦して負ければ後がないからだ。しかし、ランリエル勢はそれをした。ここで勝てなければ後は無い。まさにその通りだ。この一戦に全てを賭けた。



 皇国軍の後方に出現した軍勢は、ランリエル軍からも見えた。後から皇国軍を取り囲むように展開している。


「どうやら、やはり皇国軍の規律は徹底されているようだな」

「はい。流石は偉大なる皇国軍、という訳ですね」


 ウィルケスが皮肉に言った。戦況の悪化にめっきりといつもの物言いが鳴りを潜めていた男が、余裕を取り戻していた。


「皇国軍は、こちらが敗走しても深追いをしない規律を見せた。本来ならば追撃戦こそが手柄を立てる絶好の場。それをだ」

「衛星国家が単独行動しても守られるのか。そこは賭けでしたが」

「ああ。お主のいう通り、これも皇国の威光というものだろう」


 サルヴァ王子の口元も微かに皮肉につり上がった。もし、バルバールらの軍勢が戻って来なければ、ランリエル軍のみで、それこそ無理やりにでも皇国軍本隊に突撃を繰り返し消耗戦を仕掛けるしかなかった。その覚悟はあった。その覚悟で戦っていた。だが、彼らはやって来た。


 戦いは数が多い方が勝つ。当たり前だ。強大な皇国軍に勝つすべはなかった。だから負けた。負けに負けた。負け続けた。ランリエルだけではない。バルバール王国軍も負けた。コスティラ王国軍も負けた。カルデイ帝国軍も負けた。ベルヴァース王国軍も負けた。すべて負けた。


 未曾有の大軍の前に負ける事しか出来なかった。


 戦いは数が多い方が勝つ。戦術的に負け続け、戦略的にこの状況を作り上げた。


 この時、皇国軍は衛星国家の軍勢を合わせ30万余。ランリエル勢は34万を数えた。ついに、彼我の戦力は逆転した。

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