第75話:蠱毒≪こどく≫
ひんやりと冷たい石畳を複数の靴音が進んでいた。所々に松明が焚かれ生暖かい空気が顔を撫でる。軽装の男の前後を甲冑姿の騎士が固めているが、守られるはずのその男が一番多くの覇気を発していた。
2ヶ国宰相ベルトラム。豪胆さと整理された頭脳を持つ。そう、彼の頭脳は優れた、ではなく、整理されたというのが正しい。知に優れた者は、それだけに全ての問題に対応しなければ気がすまない。だが、彼は対応すべきものと不要なものを大胆に切り分ける。どんなに優れた剣でも巨石を切る事は不可能であり、どんなに知に優れようと物事の全てを知る事は出来ない。ならば必要な事だけすればよく、不要なものは文字通り不要だ。
だが、事象の芽を見つけ、それを自分の思うがままに育てられるならば存分に手間隙を掛け育てるべきだ。今、その芽に向かっていた。
本来は敵の襲撃があった時に一時を凌ぐ為に作られた地下室だ。だが、今は地下牢としての役割を果たしている。一行がその扉の前に辿り着くと、見張りの騎士は扉の鍵を開け道を譲った。剣を抜き放った騎士2名が先に部屋に入り、安全を確認してから他の騎士も扉を潜る。ベルトラムは一番最後だ。
閉じ込めているのは何の武芸も持たない貧乏貴族の次男坊だ。ここまで警戒するのも馬鹿馬鹿しいが、油断した挙句万一にも不覚を取ればもっと間抜けなので一応は警戒している。
部屋は牢屋と呼ぶには相応しくないほど整えられ、客室として十分通用するものだ。捕らえている男も貴族として恥ずかしくない衣服を与えられており、食事も豪勢な物だ。それほどの厚遇にしては男の顔は焦燥にやつれていた。それは、精神的なものだ。彼は捕らえられてから3日、何の尋問も受けずに食事だけを与えられていた。それだけだ。清潔な寝具に食事。それはあっても何もする事が無い。何もする事が無ければ考えるしかなく、考えれば考えるほど不安に精神が追い詰められた。
「ヴィルフェルト男爵家の次男だそうだな」
男がギクリと驚愕の目を向けた。どうしてそれを知っているのか。もしかして他の2人が洗いざらい話したのか。信じていた仲間が裏切ったというのか。驚きに目を見開いた男をベルトラムは気にするふうもなく言葉を続ける。
「反乱分子の下っ端が、シュバルツベルクに話を通さず独断で私を狙ったと言う事だが、それで本当にリンブルクが救えるとでも思ったか?」
男の目が更に見開いた。いや、口も大きく開き呆けた顔だ。それがベルトラムの問いを肯定する。
どうやら使えそうだな。ベルトラムは胸中頷いた。彼にぶつけた言葉は、実はベルトラムの’希望’だ。他に考えられる道筋は2つ。1つはシュバルツベルク公の命令という線だが、シュバルツベルク公が本気で自分を狙うならばこんな者達に任せるはずが無く可能性は低い。後は、シュバルツベルク公とこの者達がそもそも何の繋がりも無く、完全に独立した行動だった場合だ。そうなら、読みが外れたか、とこんな者達はさっさと始末してしまえば良い。答えを当てる遊戯をしているのではなく、自分にとって有用ならば使い、そうでないなら捨てるまでだ。
この者が有益な材料なのは分かった。後はその材料をどう使うかだ。調理方法を間違えれば折角の材料を台無しにしてしまうが、余り長い間放置すれば鮮度が落ちる。出きるだけ早く調理しこちらの好み通りの味付けをすべきだ。
「功を焦って決行したは良いが、捕まったのは残念だったな」
こんなものは推測ですらなく独断で動いたのなら当然の話だが、男にはそこまで仲間の2人が話したのかと聞こえた。
捕らえてから今まで放置していたのにも理由がある。何も無い部屋に閉じ込め精神的に追い詰める為だ。その間に彼らを調べる為でもあった。彼の名も他の2人から知ったのではなく、ここ数日姿が見えなくなった彼らの年頃の貴族が居ないかと調査し探り当てたのだ。彼らの立ち振る舞いから貴族であるのは間違いなかったのでそう難しい話ではない。
更に、実際は彼らを捕らえてから5日経っていた。ヴィルフェルトが3日と考えているのは食事を差し入れる時にその係の者の、朝食を受け取れ、昼飯だ。晩飯だ。という言葉から日数を計算したにすぎない。実際は少しずつ食事の間隔を伸ばし日数を誤魔化していた。体内時間と認識する時間のずれ、それが精神を不安定にさせる。ちなみに彼は先ほど’朝食’を食べたばかりだが、ベルトラムは’晩餐’の後だ。
その5日で調べた情報と憶測を元にベルトラムは喋っているのだが、ヴィルフェルトはそれを知らず、仲間に裏切られたのかと更に追い詰められる。
「なぜお前達3人を別々の部屋に入れたか分かるか?」
男は呆けた顔を向けたまま答えない。少し考えれば分かりそうなものだが、頭にもやがかかっていた。ベルトラム自身、問いかけではなく実は教えてやっているのだ。いや、正確には、他の者は本当の事を喋っているのだからお前1人嘘を付いても意味は無いと、思い込むように誘導している。
「取り合えず、念の為に一から全て話して貰おうか」
そう言って後は別の者に任せた。捕らえた残り2人も同じように口を割らせた。
拷問すればこのような手間を掛けずに喋らせるのは簡単だ。だが、捕らえた敵の一番有効な利用方法はこちらに寝返らせる事。拷問をしては敵愾心を強めさせるだけだ。精神的に追い詰めて全てを吐き出させ、空白状態としたところに巨額の報酬を約束し寝返らせるのだ。自分を狙った刺客に金を与えるなど以ての外。拷問に掛け殺してしまえなどという短慮者も居るが、どうすれば自分にとって一番利するかが重要であり、感情を満足させる為にその利を捨てるなど幼児の考えでしかない。寝返らせてみてやはり役に立ちそうになければ、その時にこそ感情を満足させれば良いのだ。
部下の報告から、改めて間違いなく彼らの独断での行動であり、シュバルツベルクからの指示ではないと確認した。それでは、どう料理しようかとベルトラムは思案を始めたのだった。
その夜、マンフレート伯爵の屋敷に若い貴族達が集まっていた。夥しい数の馬車が屋敷に集まり、御者が主人の帰りを待っている。名目は反ベルトラム派の会合となっているが、その実態は食事と酒が振舞われる宴会だ。
ちやほやされて育った名家のどら息子が実行する気の無い作戦を披露し、実行しなければ失敗もしないのを良い事に作戦の素晴らしさを褒め称える。ただの茶番なのだ。
今日もマンフレート伯爵が、何となく上手く行きそうな気がしないでもないが、具体性の無い抽象的な作戦を披露していた。
「まずベルトラムを王宮にて取り囲んで討ち取ってしまうのだ。当然ゴルシュタットは報復の兵を送ってくるが、来ると分かっている敵を待ち伏せるのは造作も無い。険路に兵を伏せ敵軍を分断し各個撃破すれば少数の我らリンブルク軍でも勝利は間違いなしだ!」
海に接しない内地の戦いでは軍勢が行軍出来る道など限られており、来ると分かっていれば勝てるなら防衛側で負ける国など存在しない。実際の戦いでは、敵こそが、ここを通るのは相手も分かっているのだから兵を伏せているかもしれないと、斥候を放ち十分警戒しながら行軍するのだ。無論、稀にその警戒を怠る阿呆も存在するが、相手が阿呆でなければ勝てぬ作戦など意味が無い。
こうして言うだけならば簡単な作戦を称賛され、マンフレート伯爵は機嫌良く酒を飲み、取り巻き達も伯爵を上手く煽てられたと杯を重ねる。だが、その馬鹿馬鹿しい宴の最中、蹴破らんばかりに扉が開け放たれ甲冑に身を固めた完全武装の兵士達が乱入した。
馬を鳴かせぬように口に木片を咬ませる念の入れようで、部屋に突入されるまで馬の鳴き声一つ聞こえなかった。突入した数百の兵士達は彼らを逃がさぬように横一列に広がった。
「お前達が宰相閣下を害さんと企てている事は分かっている! 大人しく縛に付け!」
百人近い貴族の子弟達の動きは鈍く数瞬の間何が起こっているか理解できず呆然と立ち尽くした。我に返ると慌てて別の扉から脱出を試みるが、歴戦の兵士達に抜かりは無い。開け放たれた扉の先にも盾を並べた兵士達が立ちふさがっていた。
「違うんだ。ちょっと遊んでいただけなんだ!」
若い貴族が蒼白となり叫んだ。1国の宰相を襲撃する計画を語りながら何が遊びか。言い訳をするにももう少し考えろというものだが、それは彼ばかりではなく参加者全員の本心だった。政治や家の事業は父や兄に任せ、何の責任も義務も無い者達が妄想を語っているだけの遊びなのだ。
「そ、そうだ。私達は本当にやる積もりなんて無かった。計画だけ立てて……」
「信じてくれ! ベルトラム様に逆らう気など毛頭無い!」
相手を殺す計画を立てて置きながらその相手に許しを求めるなど余りにも甘い考えだが、これまではその甘えが許されていた。だが、ここには
「まったくお前は仕方が無い奴だ!」
と表面上は叱りながらも、今度だけはと結局は助け続けてくれる優しいお父上は居ないのだ。
「全員拘束しろ!」
隊長は彼らの戯言に耳を貸さず命じた。
若い貴族達は逃げ惑い、あれだけちやほやしていたマンフレート伯爵の事など頭にない。伯爵の’親友’カウフマン兄弟は何と自分達だけ助かろうと窓掛≪カーテン≫の影に隠れた。テーブルの下もどこも満員御礼で、入り込もうとすると先客がおり蹴り出される始末だ。
「だ、誰か私を助けろ!」
伯爵が叫ぶが誰も見向きもしない。もう伯爵は終わりだ。どうして助けてやらねばならぬ。それどころか、伯爵のとばっちりで自分達が窮地に陥っているのだと恨みの感情さえ浮かぶ。今まで自分をちやほやしていた者から、傍を走りぬけながら冷たい視線を浴びせられ伯爵もそれを悟った。
所詮、こいつらは自分の金と権力に群がっていただけなのだ。伯爵は打ちひしがれ床に手を付いた。自分には本当に信頼できる友など居なかった。少し考えれば分かりそうなものだ。だがもう遅い。
「マンフレート伯爵。こちらへ!」
その声に驚き顔を上げると、精悍な顔をした黒髪の男が手を差し伸べていた。確か、一、二度顔を見た覚えはある。だが名も知らぬ。執事が勝手に招いていたのだろうが、相手をする必要は無いと捨て置いた者だ。その冷遇を与えていた者がどうして自分を助けようと言うのか。信じて良いのかも分からず呆然としていると、黒髪の男は笑み改めて手を差し伸べた。
「伯爵は、我ら若い貴族の希望の星。このようなところでむざむざお命を落とさせは致しませぬ」
気付くと、その者の他にも2人の男が伯爵を守るように取り囲んでいる。伯爵は真の友と巡り合えたと涙を流し男の手を取った。その後、結局は逃げる事は適わず全員が捕らえられたが、3人の男達は最後まで伯爵をかばい続けその忠誠を示したのだった。
マンフレート伯爵ら若い貴族が、ベルトラム殺害の計画を立てたという容疑で拘束されたと聞き、シュバルツベルク公爵ら主流派は驚愕した。マンフレート伯爵は反ベルトラム派の有力者ゲーゲンバウアー公爵の息子だが、所詮は勝手に集まって騒いでいるに過ぎない。馬鹿息子どもが知らぬところで火遊びをし、その尻拭いの重さに親達は蒼白となった。対策を求めシュバルツベルク公爵の屋敷に自然と集まってくる。
「ゲーゲンバウアー公爵! 貴方のご子息がしでかした事だ! 覚悟を決めてもらいますぞ!」
シュバルツベルク公が原因を起こした馬鹿息子の父親に詰め寄った。子供のした事と許される状況ではないし、実際マンフレート伯爵はシュバルツベルク公と同年代だ。いい歳をした嫡男が問題を起こせばその家が責任を取るのは当然である。ただ一つの方法を除いてだ。
「ご子息を貴方の手で切り捨てて頂きたい! ご子息はまったくの独断で計画したのだ! そうしなければこちらにまで火が燃え移りますぞ!」
隣の家に火が燃え移るのを防ぐ為に家を潰す。延焼を防ぐ当然の手段である。
「し、しかしあれは我が家の1人息子。あれを失っては我が家は途絶えてしまいます」
反ベルトラム派の有力者でありシュバルツベルク公も一目置くゲーゲンバウアー公爵だが、今は分が悪く下手に出るしかない。助成してくれる者は居ないかと周囲に目を向けるが、マンフレート伯爵らを切り捨てねば自分達まで破滅となれば、ゲーゲンバウアー公爵の味方をしようという者も少なかった。
「バーレ男爵! そうだ貴公のご子息も息子と一緒に捕らえられたと聞く。どうなのだ? お主は息子がベルトラムに殺されても平気と申すか」
名指しされバーレ男爵はぎくりとしたが、慌てて目を逸らした。他の者も一瞬男爵に視線を向けたがすぐに逸らす。この場にはバーレ男爵以外にも息子が捕らえられた者は居る。だが、それらはほとんど次男、三男達。家を継ぐ嫡男は無事だ。家と領地を守る為には切り捨てるのも仕方が無い。
家を、家をどうするか! ゲーゲンバウアー公爵は唇を噛み締めた。こうなっては、息子などどうでもいい。家だ! どうすれば家を守れるのだ! 弟の子を養子に取るか。だが、弟はまだ健在だ。養子としても義父である自分より実父を立てるだろう。それでは家が乗っ取られてしまう。一族で既に両親が他界している年頃の男子は居なかったか。家を守るという貴族の当然の習性として、ゲーゲンバウアー公爵の思考は既にそこまで向かっている。
「マンフレート伯爵は切り捨てる! それでよろしいですな!」
シュバルツベルク公も彼が息子を諦めだしたと感じたのか断言した。
それから数時間後、ベルトラムが3個大隊を率いシュバルツベルク公の屋敷を包囲した。集まっていた貴族達は大恐慌に陥ったがシュバルツベルク公は慌てず、老執事に命じた。
「宰相閣下をこちらにお招きしろ。なにやら誤解をしていらっしゃるようなので説明しなければならぬ」
老執事はガタガタと震える足をぎくしゃくと動かし、兵士達の群れの奥に居たベルトラムに跪いた。執事が客に対して跪くのは作法として明らかに間違っているのだが、礼儀作法を完全に身につける熟練の執事が今はそれを全て忘れ去っていた。
噛みまくり、何度も言い直しながら執事が主人の言葉を伝えると、ベルトラムは僅かに眉を動かし楽しげなものを含んだ声を上げた。
「ほう。シュバルツベルク公が私を屋敷に招いてくれると仰るか」
マンフレート伯爵が捕らえられた事により敗北を認めるかとも考えていたが、シュバルツベルク公はまだ戦う気が有るようだ。
「良かろう」
と笑み頷いた。
護衛の騎士達と共にベルトラムが屋敷に入ると、背後に数人の貴族を従えたシュバルツベルク公がにこやかに出迎えた。
「若い貴族達が暴走し宰相閣下にご迷惑をお掛けしたと聞き、私も心配していたのです。しかも、更に宰相閣下の誤解を招いてしまったとか」
「私も、シュバルツベルク公が私を何か誤解をしているご様子なので、それを解きたいと常々思っていた。良い機会だ。これを気にお互い胸中語り合おうでは御座らんか」
「それは結構な事です。そうすると、我が方が懸念している誤解は、既に閣下にはご理解頂いていると考えて宜しいのですかな?」
「それは公爵殿のご返答次第でしょう」
シュバルツベルク公は探る目を向け、ベルトラムはそれを受け止め微笑んだ。それを合図に、静かだがその裏では激しく火花散る舌戦が開始された。
「公爵が主催する会合に参加していたマンフレート伯爵が、私に対する襲撃計画を立てていたのです。もしそれが公爵のご命令であったならば由々しき問題と考えますが、事実で御座ろうか」
「まさか。私がそのような事を彼らに命ずる訳が有りません。私達はリンブルクの将来を考え会合し語り合っておりますが、それで宰相殿を害する計画を立てているなど余りにも飛躍した話。若い者達は激し易く、その血が彼らを誤らせたのでしょう」
そう言うシュバルツベルク公爵も彼らと同年代だが平然と言ってのけた。その図太さにベルトラムは苦笑する。
「それでは彼らに命じた覚えは無いと仰るのですな」
「無論です。そもそも私は会合の場所を提供しているだけの者。非才の身ですが幸いにも広い屋敷は相続しており、それだけが私の取り柄です。会合は皆平等であり、私が命令するなどありえません」
「では、私を襲撃する計画でなくて、会合では何を話し合って居るのですかな? 会合はかなり頻繁に行われているようですが」
「無論、如何にすればリンブルクが良くなるかです。リンブルク貴族にとってリンブルクを憂うのは当然であり義務ともいえます。それを行うのに賞賛されはすれ、非難する者など居はしますまい。それを非難するのは、兵士が鍛錬をするのを非難するようなものでは有りませんか」
「なるほど。仰る通りですな」
隠すのではなく、やって何が悪いと開き直る。これではそれ以上の追求はしようが無い。
「どうやら私への襲撃計画は、マンフレート伯爵の独断であり、私の誤解だったようですな。失礼致した」
ベルトラムは公爵に頭を下げ、公爵の背後に立つ貴族達がざわめいた。圧倒的に不利だったはずが何とシュバルツベルク公爵はベルトラムに謝罪させたのだ。だが当の公爵は、あっさりと謝罪したベルトラムにむしろ不気味さを感じる。
「ですが、誤解といえば公爵殿も私に関して何か誤解をなされているようですな」
来たか。とシュバルツベルク公爵は心中身構える。
「私はゴルシュタットから派遣されておりますが、今はリンブルクの宰相として心からリンブルクに仕えております。にも関わらずゴルシュタットの為にリンブルクを食い物にしているなどと中傷する輩も居り、公爵もその言葉を信じているとか」
「それこそ宰相閣下の誤解です。私は閣下をそのように思った事など一度もありません」
「それでは、私のリンブルクへの忠誠を信じて頂けると言うのですかな」
「勿論です」
話の流れとしてこう答えるしかない。が、公爵は内心舌打ちした。
「ならば、公爵殿が主催する会合に私も参加させて頂きたい。リンブルクを憂い将来を考えるのは私も同じ。十分に会合に参加する資格があると思うのですが」
やはりそう来たか。公爵の視線が鋭くなり、貴族達もざわめく。だが、ベルトラム襲撃はマンフレート伯爵の独断であり会合には関係ないと断じた手前断りに難い。だが、公爵も一筋縄では行かない。次の瞬間には表情を和らげた。
「なるほど。しかし残念ながら宰相閣下を会合にお招きする訳には参りません」
「ほう。なぜですかな?」
「宰相閣下がリンブルク貴族では無いからです。これはリンブルク貴族の社交倶楽部ですので」
公爵はおどけたように両手を少し広げ肩をすくめた。屋敷を兵士に囲まれ追い詰められた状態でこのような態度を取れるとは中々良い度胸だ。並みの者なら毒気を抜かれてしまう。だが、ベルトラムも老練だ。既に手は打ってある。
「リンブルク貴族で無いからとは連れないですな。ですがご心配は無用。宰相という地位をお任せ頂いているだけで身に余る光栄と公表はしていませんでしたが、実は国王陛下からシロスクの領地を頂いたおり、公領からの拝領という事で合わせて公爵の爵位も頂いております。ですので私はリンブルク公爵であり、十分会合に参加する資格があると思うのですが、いかがですかな」
笑みを含んだ目を公爵に向け、
「それとも、3代以上続いたリンブルク貴族でないと認めないという規則でもあるのですかな」
と付け加えた。何代か続いた家柄でないと認めないという規則は、成り上がり者を受け付けない貴族社会の社交倶楽部にはままある話だ。
「いえ。そのような規則はありません」
あると言っても、3代以上続いているリンブルク貴族の養子になっているとか言い出しかねない。
「それは良かった。では、これからは私も貴公達のお仲間に入れさせて頂きます」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互い右手を差し出し、切り込み、切り込まれた者が手を握り合った。その顔には、共に不適な笑みが浮かんでいた。




