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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第52話:公爵対王子

 ロタ王国軍が軍勢を集結させているとの情報が入った。貿易を生業にしているロタ王国である。品物を満載した荷駄は国中を行きかい莫大な利益を上げているが、その代償として情報封鎖など夢のまた夢だ。軍勢集結の報はすぐさまドゥムヤータの知るところとなった。


 この段になっては、王の一族との断絶は決定的と見るしかない。選王侯達も、せめて最後に一族の長であるデュフォール伯爵を召喚して話を聞こうとしたが、のこのこ出向けばそこで捕らえられると考えた伯爵は応じなかったのだ。デュフォール伯爵が現れなかった部屋からすぐに伝令を出し、急いで防衛線も後退させている。


「これでロタの軍勢は、デュフォール伯爵らの私兵を含め7万余。ですがその半数は相変わらず王家直属の歩兵。我らドゥムヤータ軍4万5千でも十分戦えます。ですが……」

「デル・レイ、ケルディラの援軍があれば、劣勢は必至。ですか」


「はい。さすがに3ヶ国が相手では……」

「しかしデル・レイのアルベルド王といえば、ランリエルがケルディラを攻めた時に、ランリエルは非道なりとケルディラに助力した賢王と聞いております。それが今、まさか我が国への侵略に手を貸すとは……。いったいどうなっているのか」


「どうやら、貴族でしかない我ら選王侯が王位を好きにするは、この大陸の秩序を乱すものとロタに説得され手を貸すとの事です。他国にドゥムヤータの秩序に口を出される謂れは無いのですが、他の国々にとっては、我らのような存在は邪魔なのでしょう」


 選王侯達の会議が始まり、すぐにジェローム伯爵とフランセル侯爵が口を開いた。あまりにも不利な状況に、いつも愚痴ばかりの若い伯爵は口を閉ざし、無駄話無く本題に入れたのは良いが何の慰めにもならない。


 頼みの綱はランリエルがドゥムヤータに加勢してくれるかだが、一任されているシルヴェストル公爵は交渉に難航していた。


「やはり、デル・レイ、ケルディラとは講和したばかり。また、ロタ王国とは何の遺恨無く、あえて敵対する理由を持たないと」

「はっきり、加勢してもランリエルに旨みが無いと言えば良いものを」


「はい。ですが、デル・レイ、ケルディラが領土を削られたまま黙っているはずは無く、そこにロタが加わり、更に我らを討って勢力を拡大すればランリエルにとっても脅威のはず。我らに助力しても美食は口に出来ませんが、このままでは毒を服する事になると再三訴えているのですが」

「大国の増長と見るべきでしょうか。動きがいかにも鈍いですな」


 侯爵の言葉に公爵が頷いた。


 他の選王侯達には秘しているが、実はデル・レイ王の使者とも公爵は接触している。デル・レイの使者コルネートは、ランリエルは脅威であり、共に倒すべき共通の敵と訴えたのだ。


「然るになぜロタに助力し貴国を攻める算段をしているかと言えば、ロタが我らと手を組む条件に譲らず致し方なく。ですが、ご安心下さい。選王侯の方々がロタの条件を飲んで下されば、我がデル・レイはその仲介をさせて頂きたいと考えております」

「ロタの条件と言いますと?」


「現ドゥムヤータ王の血統による王家の継続と、デュフォール伯爵の一族の領地の代替、および譲渡で御座います」

「代替と譲渡?」

「はい。ロタは南東部に食い込むドゥムヤータ領を警戒しており、それを解消したいと考えているのです。まずデュフォール伯爵の領土をそれに見合ったドゥムヤータ王国内の領土と代替し、さらに元のデュフォール伯爵領を、ロタに譲渡して頂きたいと」


 血統の継続は公爵にも予想できた要求だが、領地の代替と譲渡は頭に無かった。代替と口で言うのは簡単だが、貴族達は代々心血を注ぎ領地を育てて来た。等価値の領土だからとおいそれと代替に応じる訳が無い。しかも、その後ロタに譲渡するというのを誰が応じるというのか。


 実現不可能と醒めた目の公爵だが、コルネートには予測済みの反応だったらしく、口調を改めて言葉を続けた。


「そこは選王侯の方々の領土から、少しずつ割いて頂くしか御座いません。選王侯はこのドゥムヤータ王国を支配して来ました。国家運営にも責任はあり、デュフォール伯爵を共同で攻めようとの再三のロタ王国からの要求を断ってきた。その付けが溜まったのだとお考え下さい」


 相手に阿るだけが外交ではなく、コルネートの口調は激しかった。現状は、選王侯達の判断が誤ったと見るべきであり、ドゥムヤータを救う為にはその責任を果たすべきだ。公爵は言葉も無い。だが、コルネートの顔を伺う瞳に怯みは無く次の言葉を促していた。


「聡明なる公爵は既に御察しの御様子ですが、公爵には是非とも他の選王侯の方々を説得して頂きたいのです」

「その見返りに、私にだけ代替地の選定に手心を加えて頂けるという訳ですか」

 そうでなくて、公爵にだけ接触する理由が無い。


「選王侯の方々は全て同格とお聞きしておりますが、そうなれば、結果的に貴方様は選王侯の中で頭一つ抜ける存在になる。ドゥムヤータの実権は貴方のものでしょう」

「なるほど。そのような考え方も出来ますか」

 かなり姑息ではあるが、と公爵は心中付け加えた。


「ですので、くれぐれもランリエルと結び我らと対抗しようなど考えず、我らと結んで頂きたいのです」

 コルネートはにんまりと笑みを浮かべたのだった。


 公爵がコルネートとの会話を反芻している間にもフランセル侯爵の話は進み、ちょうどロタから提示された和議の条件について発表されていた。それはコルネートから聞いている話の公爵だけ手心を加えるという部分を差っぴいたものだったが、それ以外にも1つだけ差分があった。


「女にも王位継承権を認めろだと?」

 今まで沈黙を守っていた、愚痴ばかりの若い伯爵は渋い表情だ。他の大陸では女性の王位継承を認めている王国は多いが、この大陸では、伝統的に男性にのみ王位継承を認める国が多いのだ。


「領地の代替などデュフォール伯爵にとっても喜ばしい話ではありません。先祖代々継承し、育て上げて来た領地を手放すのですからな。それを宥める為の処置でしょう」

「しかし、それがデュフォール伯爵に何の利があるというのです?」


 日和見侯爵達は、ロタの意図が分からず首を傾げている。表情には出さないが公爵にも分からない。それは、他の選王侯達も同じだ。ただ1人フランセル侯爵を除いては。


 それはフランセル侯爵の知能が選王侯達の中でもっとも優れている為ではなく、現国王との友誼により、彼の一族の血縁をこの場の誰よりも理解しているが故だ。現国王が死ねば王位はその息子の物となり、その息子が死ねば、デュフォール伯爵の養女が女王となる。


 ロタの要求を飲めば、即座に現ドゥムヤータ王は殺される。そして息子が王位を継げば、すぐにその息子も死ぬ。そして疑いの眼差しは、選王侯達に向けられるのだ。選王侯達の力は大きく削られ、実権は女王の父であるデュフォール伯爵が握るのだ。


 いや、権力争いは横に置いても、国王を守ろうと考えているフランセル侯爵にしてみれば、飲める要求ではない。


「王の一族の動きを詳しく調査しておりましたが、どうやら、王の御子息とデュフォール伯爵の養女が婚姻を結ぶ話が進んでいるとか。万一王家の直系男子が絶えても、一族で王位を独占し続ける為の処置でしょう」

 と、王との友誼を隠しつつさりげなく議題を続ける。


「条件を飲めば、国王選定以外の我らの権利を認めるとロタは言っておりますが、国王選定の権限無く何が選王侯でしょうか。人々の嘲笑を浴び、二度と顔向け出来なくなる。我ら選王侯は、選王侯たらんとする為、最後まで戦わねばなりません」


 フランセル侯爵は熱く語り、いつも愚痴ばかりの伯爵も強く頷いた。血の気の多い伯爵は戦いは望むところだった。愚痴が多いのは、他の選王侯達がなかなか開戦の決断をしないところも大きかったのである。そして日和見侯爵達も名誉ある貴族の一員。選王侯の名誉を守る為、まあ、戦うかと開戦に向け心が動いた。


 その中でも、公爵は更に別の思考に頭を巡らせている。デル・レイとの裏取引に応じるか。あくまで選王侯の権利を守る為全力で戦うか。それは、王を筆頭とする唯一の2位になるか、7人いる1位の中の1人でいるかの選択だった。


 理で考えれば、7人いる1位の中の1人のままが良い。唯一の2位であろうと、2位はあくまで2位であり、1位の意向でいつその地位が脅かされるか分かったものではないのだ。しかも、ついこの間まで1位になる者と争っていたなら尚更である。事前にデル・レイから聞いていた条件と内容に差があるのも気に掛かる。


 問題は、戦って負ければ、危うい2位ですらなくなり全てを失いかねないという事だ。選王侯達の気持ちは開戦に傾いているが、公爵が転べばその意思も砕ける。同じ選王侯で生き残る者がいるとなれば、なぜ自分だけ滅びねばならぬと、心の天秤は傾きを変えかねない。無論、それは最後の手段だ。


 そして、ランリエルの支援が無ければ、負けは目に見えていた。


「もはや、長々と交渉している暇はありません。私自身がランリエルに向かい話を付けましょう」


 公爵の言葉に皆は頷き、こうして全権を任されたシルヴェストル公爵を乗せた船は、ドゥムヤータの港を離れ一路ランリエルへと船首を向けたのだった。


 6日間の航海を経て、大陸の内海とテチス海を隔てる狭いテルニエ海峡を通りランリエルの軍港にたどり着いた。ドゥムヤータとランリエルとの交渉は秘密裏に行われている為の処置である。商用の港では、他国を渡る商人が数多くおり、公爵の顔を見知った者が居ないとも限らないのだ。


 湾内に船が入ると、並ぶ軍艦の数に公爵は目を見張った。船首に衝角を持った巨大な船が港を埋め尽くしている。それは、ランリエルの国力と王権の強さを物語る。軍艦は金食い虫だ。建造するのに莫大な金がかかり、にもかかわらず何の生産性も無い。兵士達の方がまだ使いようはある。


 貴族は明確な必要が無ければ、大金がかかる軍艦など持たない。非常の事態に備え平時から軍艦を揃えるのは王家の仕事である。貴族の国ドゥムヤータは元来軍艦が少なく、ロタとの外交関係の悪化から、選王侯達が主導し軍艦を増やしているが、それでもランリエルの数分の1だ。


 船が着岸すると桟橋を掛け、公爵は6日ぶりに地面に足を付けた。数歩足を進ませ大地を踏みしめても、まだ揺れているような感覚が公爵の頭を揺らした。


 秘密裏とはいえ、一国の公爵のお出ましである。十数名の兵士の一団が出迎えていた。それに対し公爵の随員は老執事のカズヌーヴのみである。1隻の船で他国に乗り込むのだ。自分を害そうとすれば赤子の手を捻るようなものであり、多少護衛が増えたところで何の役にも立たない。


「シルヴェストル公爵。御待ちしておりました。サルヴァ殿下の副官のウィルケスです」


 軍隊式の敬礼をする副官と名乗る男に公爵は頷き応じた。軍人でない公爵に敬礼を返す気はないし、身分を考えれば握手する相手でもない。言葉も掛けない。


「それでは、こちらへ」

 王子の副官も気にしたふうも無く先導を始める。身分差がある場合、声を掛けないのが貴族社会というものだ。ましてや、非公式とはいえ一国の王子と公爵が会談するのだ。身分を考えない言動を取れば、儀礼も弁えない田舎貴族と侮りを受けかけない。


 通された部屋は、白塗りの壁の何の装備も無い小さな部屋だった。王子と公爵が同席するには味気ないが、ここが軍港であり、しかも秘密裏な会談ならばやむを得ないと公爵は自身を納得させた。


 部屋には黒髪の背の高い男が待ち構えていた。灰色の生地に銀糸をあしらった装いは、煌びやかさには乏しいが品が良い。目元の鋭さは、対する者に威圧を与えるものではなく、頼もしさを感じさせる。確か30を過ぎたばかりのはずだが、さすがに東方の覇者と称される男だ。全身を余裕という名の甲冑が覆っている。


「ドゥムヤータ王国のジル・シルヴェストル公爵です。勇名馳せるサルヴァ殿下にお目にかかり、光栄に存じます」


 ドゥムヤータ貴族社会の儀礼では、目上の者から話しかけない限り目下の者は口を聞いてはならないが、ランリエルの儀礼では、挨拶は下の者からするはずだったと、暗記した内容を反芻しながら公爵は一礼した。


「こちらこそ、俊英で名高い選王侯のシルヴェストル公爵に会えて嬉しく思う」


 右手を差し出す王子に、公爵も右手を差し出し握手を交わした。とりあえずここまでは形式通りと、公爵は内心胸を撫で下ろした。ドゥムヤータ王国では、若くして国王すら選ぶ最高権力集団の一員になった公爵である。自身より目上の者に会うのは初めての経験で、幾分緊張していたのだ。ドゥムヤータでは、国王すら目上の者とは言えない。


「立ち話をするには長い話になる。こちらへ」

 と王子が指し示した椅子は、ぼろではないが高級でもない。なんの変哲も無い唯の肘掛のついた木の椅子である。一瞬公爵が座るのを躊躇する間に、王子はさっさと対面に腰掛け公爵も続いて座った。場の主導権を王子に握られているのを自覚せざるを得なかった。


「では、ドゥムヤータ王国の使者として、シルヴェストル公爵御自身がいらした用件をお伺い致したい」

「いえ、使者としてではなく、全権大使として御伺いさせて頂きました」


 公爵は臆する色無く王子を見つめ、王子は僅かに目を見開いた。事前にランリエルには、シルヴェストル公爵がサルヴァ殿下にお会いしたいとしか伝えていなかった。今回の訪問で事を決しようというドゥムヤータ側の強い決意を示す為と、不意打ちで会談の主導権を握る為だ。


「サルヴァ殿下。殿下は、ランリエルの平和について如何お考えですか?」

「ランリエルの平和?」


「そうです。ランリエルの平和を守る為には、如何にすべきとお考えですか?」

 意外そうな顔の王子に公爵が重ねて問うた。ドゥムヤータの危機を訴え助力を乞うてもランリエルに旨みがないと断られるなら、ランリエルの平和の為にはドゥムヤータとの連携が必要なのだとの道筋で話を進ませるしかない。


「無論、隣国と友好を結び争い無く国を統治する事だ」


 ならばどうしてケルディラに攻め込んだのか。公爵は内心毒づいたが、相手を言い負かすのが目的ではない。そこはあえて指摘しないのが、外交というものである。


「殿下のお考えはもっともですが、それも相手があっての事。いかに殿下が隣国に愛情を注ごうとも、相手にその気が無ければ虚しい片思いというもので御座いましょう」

「なに。今まで憎しみあっていた相手と、いつの間にか仲睦まじくなるのも珍しい話ではない。そうなるように努力するのが、外交というものではないか」


「ですが、殿下のその努力の甲斐なく、隣国は別の者に秋波を送っております。外交は一途に想いを伝えるばかりではなく、時には突き放すのも必要。殿下が別の相手に愛情を注ぐのを見れば、彼らもランリエルの大切さを思い知りましょう」

「なるほど。そういう事もあるかもしれんな」


 サルヴァ王子は口元に笑みを浮かべ、公爵は上手く話が進んでいるとかすかに安著の溜息をついた。このまま道を間違えずにこちらの思惑通りの結論に王子を誘導するのだ。


「ランリエルが我が国と仲睦まじくなるのを見れば、ランリエルを袖に振った者達も自身の誤りに気付くでしょう」

「そう上手くいくものかな?」


「ランリエルを冷たくあしらうのも、自分達にそれだけの力があると考えての事。そこにランリエルが他の者と手を組むと知れば、その優位が幻想だったと気付き、今度はあちらから思慕の念を送って来る事間違いありません」

「確かに」


 笑みを浮かべて頷く王子に、よし! 上手く行っていると、公爵も微笑み返した。しかし王子の笑みには、公爵が気付かぬほど僅かにだが、皮肉なものが含まれていた。


「ドゥムヤータも、今まで連れなくして来た相手同士が結ばれその大切さが身にしみていると聞く。当事者だけあって、なかなか説得力のある話だ」


 ぐぅ。と公爵が唸った。王子は笑みを浮かべたまま、公爵に探るような視線を向けている。


 選王侯達は、共に王の一族を排除しようというロタ王国からの提案を蹴り続け、王の一族の要求を抑え続けて来た。そのどちらかと妥協し手を組んでいれば、現在の困難は無かった。まったく選王侯達の過信の結果であり、どの面下げてランリエルの外交に口出し出来るというのか。


「しかし、自身の痴情の縺れを他者に解いて貰いたいとは、余りにも甲斐性の無い話ではないか。今からでも想いを告げれば、相手も考え直してくれるかもしれんぞ」


 駄目だ。格が違い過ぎる。公爵の背に冷たい汗が流れた。主導権を握っていると思ったら、あっさりと足元をすくわれたのだ。どう考えれば道筋を元に戻せるかと頭を巡らせるが、出口を見出せず無言の時が流れる。


 そして王子も少しやり過ぎたと反省していた。何もここまで押し潰す気は無かったのだが、小ざかしい言い回しをする若い公爵の手をちょっと捻ってみたら、どうやら捻り過ぎたようだ。ここで公爵を叩き潰す積もりは無かった。少なくとも今はだ。背後に立つウィルケスの咳払いが聞こえた。この咳払いが、噴出しそうになるのを誤魔化す為だと王子は知っている。


 公爵は今だ俯き無言である。仕方がないと、自身で転ばせた相手に王子は手を差し伸べた。


「無論、外交とは一国の将来を担うもの。時には恥も外聞もなく振舞うのも必要だ」


 その言葉に、公爵が僅かに顔を上げた。


「時には汚名を着る覚悟がいる。いや、その覚悟すら考えない。そういう男を私は知っている。自らの大切なものを守る為に、何をすべきかだけを頭に描きそれをなす。他者から見れば、鬼畜にも劣る卑怯な事もな」


 無論、そこまでするには相応の理由がある。ランリエルとバルバールが戦った時、バルバール軍総司令フィン・ディアスは無辜の民を攻め、助力してくれたコスティラをも売り渡した。だが、そうしなければバルバールの無辜の民が攻められるのだ。ディアスにとって、他国の民よりも、そして他の国よりも、バルバールの民の方が大事だった。


「何が正しいのか、何が間違っているのか。人はそれを考え、正しい事をしたがる。だが、正しいだけでは人は生きては行けぬ」

「間違っている事でも、なさねばならないと?」


「いや、少し違うな。何が正しいか考えても意味がないのだ」

「考えても、意味がない……」


 個人が、自らの正しさを貫き命を失うのはその者の自由だ。自分は清く正しいのだと思いながら、満足して死ねばいい。だが、多くの命を背負う者がそれをするのは、自己満足とその者達の命との引き換えだ。ゆえに、何が正しいのかすら考えず、必要だからやる。それがディアスの思想だった。


「機会があれば、一度その者と引き合わせよう。公爵も今日は長旅でお疲れのはずだ。続きは明日にしようか」


 王子が椅子から立ち上がると、公爵も慌てて立ち上がった。微笑む王子が公爵に背を向け部屋を出ると、ウィルケスも

「後から部屋を案内する者を寄越しますので、しばらくお待ち下さい」

 と公爵に言い置き後に続く。


 扉が閉められると、公爵は椅子に崩れ落ちた。


 ランリエルは今までもずっとドゥムヤータへの助力を拒んできた。それが自然と気が変わりこちらの要求を飲む等ありえない。それを変える為に公爵は来たのだ。往きの船内でも、何度も交渉の道筋を考え万全の準備をして会談に挑んだ。それが、まったく歯が立たなかった。


 無残にも、その交渉相手であるサルヴァ王子から助言される始末だ。その哀れさに、あの冷静な計算をする王子が同情して助力してくれる事もありえない。戦いが始まれば、多くの者の命が失われるのだ。大国の優しい王子様が小国を哀れんで同情だけで手を貸してくれるなど、おとぎ話の中だけである。


 交渉初日で、シルヴェストル公爵は交渉の困難さを思い知らされたのだった。

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