表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
121/443

第33話:西域領主

 コスティラ王都郊外にランリエル軍部はあった。建造物としては要塞の態をなし、万一コスティラが反旗を翻した時には本国からの来援が到着するまで支える拠点となるのだ。常時1万ほどの軍勢が詰めているが、現在はサルヴァ王子が率いる軍勢も合わせ収容しきれぬほどの兵士であふれている。


 その要塞の一室で、サルヴァ王子はコスティラ西部の領主達を前にしていた。並び立つ領主達の表情はみな堅く、額に流れる汗は暑さばかりが理由ではない。


 彼らはその態度に相応しく、後ろ暗いところが山ほどある。数ではなくその質においてだ。彼らの後ろぐらいただ1つの事。それはケルディラと謀りランリエルを打倒せんとする事。もしかしてそれが露見したのか。そう思うと生きた心地がしない。自分を害そうとする者を殺すのに誰が躊躇するか。


「貴公達も、なぜ今日ここに呼ばれたかそれは分かっていよう。ケルディラとの件だ」


 その言葉に、一番端に並ぶ痩せぎすの領主が、真中ほどに立つ太った領主に憎悪の目を向けた。


 やはり露見しているではないか! 王子からの招集を受けた彼らは、王子の真意が何かと話し合ったのだが、その時彼は、もはや策謀は悟られている。このうえは各自領地に立てこもり、ケルディラからの援軍を待つべきだ。と主張したのだ。それをあの太った能天気な男が、それは早計と反対しこの事態を招いた。


 彼ら以外にこの部屋に居るのは王子とその副官のみだが、隣の部屋には護衛の兵士が詰めているはず。王族と会う時の礼儀として武器を預けている彼らに抗うすべはない。


「どうした。バブーリン子爵。震えているようだが?」


 能天気な太った領主は、サルヴァ王子の言葉通り足をガタガタと震わせた。いや、口まで震え、王子の問いかけにも答える事が出来ない。


「まあよい。言葉を飾っても仕方あるまい。コスティラはランリエルの支配下にある。一度ひとたびケルディラとの関係がこのようになれば、貴公らも自身がどういう立場になるか、それは分かっていよう」


「いっ命だけは御助けを!!」


 突如、太った領主、バブーリン子爵が床に這いつくばった。他の者は唖然としその様を見やったが、我に返ると、貴族の誇りを守るか、自らも命乞いをするか、その葛藤に苛まれた。


 バブーリンは敷物に額を擦りつけ、己の判断の甘さを呪った。


 ケルディラとの打ち合わせでは、サルヴァ王子の軍勢がケルディラ国内に入ったところでその背後を討つ。そのはずだった。それを先んじ、自分達だけで蜂起しては意味がない。何かしらの詰問は受けるとは覚悟していたが、それはのらりくらりとかわしケルディラが動くのを待つ。その計画だったのだ。だが、ここで手もなく捕らえられ殺されるくらいなら、領地で抵抗した方が遥かにマシだった。


 サルヴァ王子の背後に立つ副官のウィルケスが小さく咳払いをし失笑を隠した。前任の副官に才気では伍するが、人の悪さでは遥かに上回る彼は、まったく殿下も人が悪いと自分の性格を棚に上げ皮肉にこの茶番を楽しんでいる。


 この茶番の脚本家たるサルヴァ王子もそれなりに状況を楽しんでいたが、それも必要あっての事。楽しんでばかりはいられず、この喜劇役者達に新たな舞台を与えるべく配役を発表する。


「貴公らはこの地域を領する事数代にわたり、地理にも詳しかろう。降伏した国の将兵は、過酷な任を務めるのが常だ。それは御主達も弁えていよう。構えて貴公らに先陣を命じる」


「先陣……」

 擦りつけていた額を上げ、バブーリンは呆けた顔を王子に向けた。またウィルケスの咳ばらいが聞こえる。


「なに、先陣の役目は危険が伴うが、そう悲観する事もあるまい。我がランリエル軍を本隊とし、他にもカルデイ帝国、バルバール王国、そして貴公らを含めたコスティラの諸侯も参戦するのだ。ケルディラの軍勢を遥かに凌駕する。安心して手柄を立てられよ」


 バブーリンの顔に思わず歓喜が浮かんだ。裏で手を組むケルディラを攻めろという命令など、それこそのらりくらりと返答を引き延ばし、その間に早馬をケルディラに飛ばし状況を報告すべきなのだ。だが今の彼には、命が助かったという思いしかない。


「先陣! 承りました! ただちに領地に戻り、軍勢を整えさせて頂きます!」

 そう言って、再度這いつくばり、額を擦りつけた。


 3度目の咳払いが聞こえ、自身も笑い出しそうになったサルヴァ王子は、それを抑える為にむしろ険しい表情で他の領主達に視線を向ける。


 西域の領主達にも肝の据わった者もいる。バルスコフ伯爵は、サルヴァ王子の思わせぶりな言葉に惑わされず、即答を避けるべきと考えたが、問題は床に這いつくばるデブである。命惜しさにすぐさまケルディラを裏切ったのだ。自分も裏切られるのでは、と気が気でない。


「畏まりました。私も領地に戻り、出陣の準備を行います」


 やむを得ずそう答えると、他の領主達もそれに倣う。仕方がない、領地へと戻る道中、デブを含め再度今後の打ち合わせをするしかない。とにかく、デブを1人にしてはおけないのだ。1人にしては保身の為、何を言い出すか分からない。


 王子には彼らの葛藤が手に取るように分かった。それは何も能力の差ばかりではない。王子はすでに彼らがケルディラと通じている、その尻尾を掴んでいた。すでに彼らの手札は知れているのだ。透けたカードでは勝負は見えている。


 そして思わせぶりな態度を取り彼らを脅えさせ、その結束の一番弱い部分をあぶり出した。後は、そこを集中的に攻める。彼らは一蓮托生。1人が転べば他も倣うしかない。


「まったく、コスティラの他の領主達も、貴公らのように忠実であったならどれほど良いか。ランリエルとコスティラとの関係が良きものとなるのが双方にとって利する事であるのに、それを理解せぬ者が多すぎる」

「まったくで御座います。殿下には私どもを信頼して下さり、光栄の極み」


「うむ。だが言ったように私の足を引っ張ろうという領主達が多いのも事実だ。今回のケルディラへの出兵にも、背後でなにやら謀っている者もいると聞く」

「そっそれはそれは、殿下に弓を引こうなどと……。まったく身の程も弁えぬ輩で」


 まさに自分達こそ、その謀っている者なのだが、既に事が露見しているとは知らぬバブーリンは額に汗を浮かべ必死で追従する。


「だが捨てておけぬのも事実だ。その者達に備え、出陣する軍勢とは別に1万5千の軍勢でケルディラとの国境付近を固める。退路を断たれては窮地に陥るからな」


「なるほど。それで万全で御座います。さすが希代の英雄と名高いサルヴァ殿下」

「そこでだ。その軍勢が駐屯する拠点として、御主らの城、屋敷を提供願いたい」

「私どもの……で御座いますか?」

「ああ。兵士達を野営させ、雨露に濡らすなど不憫ではないか。何もないならそれもやむを得ないが、ちょうど御主らは出陣し領地は空だ。それでは奥方も心細かろう。我が兵士達が奥方ともども領地を守っているので、貴公らは安心して出陣なされよ」


 それは……妻子を人質に取られると言う事ではないのか。さすがにバブーリンも躊躇する。人質など取られてはもはや言いなり。戦場でどんな無理難題を受け、過酷な任務を押しつけられるか。だが、ここでそれを断れば疑われるのではないか。そう迷ううちに、ハタと気付いた。


 いや、そもそも疑っているからこそ人質を取ろうとしているのではないか。信頼している者からどうして人質を取ろう。兵士などどうせいつも野営してるではないか。雨露にさらすは不憫など、あまりにも取ってつけた理由である。


 返答に窮したバブーリンは、またガタガタと震えだした。その様子に、さすがにこれには気付いたか、とサルヴァ王子も考えたが、想定された反応の内である。わざわざ妻子という言葉を出したのも、むしろ気付かせる為と言える。


 さてと、とサルヴァ王子が心の中で呟いた。また飴と鞭の始まりだ。勿論、標的はバブーリンである。


「しかし、御主達の領地を抑えぬ事には安心して出陣出来ぬのだ。それは貴公らも分かっていよう?」

「い、いえそれは……。そのような事をなさらずとも、殿下に弓引くなど夢にも思わぬ事。なにとぞ私を信用下さいますよう……」

 そういうと、また這いつくばった。


「うむ。私もバブーリン子爵は信頼しておるのだが……。問題は御主以外の者達だ。御主1人が忠誠を尽くしてくれても、他の者がそうでないなら安心出来ぬ。だが御主が力を貸してくれると言うなら、他の者を抑えられよう」


 この言葉に、西域貴族達全員に背筋に冷たいものが奔った。やはりサルヴァ王子は自分達の裏切りを知っていたのか! しかも何と、目の前で仲間を売れと脅迫しているのだ。


 どうするのだデブ! と、今まさに売られんとする者達の視線が集中する。デブは這いつくばったまま地面を見つめ、脂汗を流している。バブーリン自身は、己の保身と仲間を裏切る後ろめたさで激しく葛藤しているが、他の者達にとっては葛藤している事自体ふざけている。即答で拒否すべきではないか!


 もはやデブは信用できない。この有様では、今回は助かったとしてもいつ売り払われるか分かったものではないのだ。領主達の胸に、バブーリンとの思い出がまざまざと浮かぶ。共に会食した時、指についたソースを布巾で拭わず、舌で舐めとった姿。骨に僅かにこびり付いた肉を食そうと、骨にしゃぶり付く姿。それらが思い出されるたびに、どうしてその時、殺しておかなかったのかと悔やまれた。


 追い詰められ、理不尽な殺意を芽生えさせる領主達の視線を一身に浴びるバブーリンから、決定的な言葉が吐かれる。


「私は、殿下に忠誠を誓います! 私のすべてを挙げ、何もかも殿下に御託し申し上げます!」


 やはりデブは裏切ったか! 領主達の憎悪の目が突き刺さらんばかりに集中する。その視線を感じないのか、感じる故なのか、言ってしまった方が楽になるとバブーリンは早口に言葉を続ける。


「ケルディラと通じる者達は――」


 万事窮す。領主達は天井を仰ぎ見、死を覚悟した。バルスコフ伯爵の瞼に妻の顔が浮かぶ。仲間内の宴で一目で心奪われた。年は自分より10以上も若く、妻の父親との方が年齢が近いほどだ。結婚を申し込んだ時の父親の呆れた顔。それを何とか口説き落とし、半年前に結婚したばかりだった。それがこんなにも早く別れが来ようとは……。


「おお。それはありがたい。御主らが領地に軍を駐屯させてくれるなら、ケルディラと通じる者達も手は出せまい」

 遮った王子に、這いつくばったまま顔をあげるバブーリンに領主達の呆けた視線が集中した。ウィルケスの咳払いが数度続く。


「我が軍勢が、山野に陣を敷けば躊躇なく攻撃もして来ようが、同じコスティラ貴族である御主達の領地に駐屯すれば、そう簡単には手を出さぬであろうからな。コスティラの為と称し、同じコスティラ貴族の領地を攻めるなど本末転倒というものよ」


「はあ……」


 死を覚悟しての挙句の顛末に、バブーリンだけではなく、領主達は皆が気の抜けた言葉を漏らした。だがさすがに宮廷作法を身に付けた貴族達。すぐに我に返る。もっとも既に王子に逆らう気力などない。すべての領主達が礼儀正しく、領地に軍を入れる事を了承したのだった。


「いかがでしたか?」


 領主達が引き上げた後、別室で事の顛末を見ていたコスティラ王国宰相イリューシンに、険しい顔の王子が問いかけた。


「いやはや、これはなんとも……」


 約束では、コスティラ軍は今回後ろに控え戦いには参加しない。だが、西域領主達に行動の自由を許せば腹に毒薬を収めたまま戦うようなものだ。それを解毒するには、彼らに先陣を任せ、領地はこちらで押さえる必要がある。


 その為には、イリューシンを納得させねばならない。そして彼らの狼狽振りにイリューシンも認めざるを得なかった。発した口調も、彼らの狼狽振りに呆れている。


「彼らをお許し頂く事、お礼を申し上げまする」


 コスティラ王国宰相は、そう述べるしかない。それを聞く王子の顔はいまだ険しい。


「しばらく1人にしてくれぬか」

 イリューシンも引き揚げた後、背後に立つウィルケスに言った。その表情は歯を強く食いしばり堅い。ウィルケスも察し無言で一礼すると足早に扉に向かう。


 だが、扉を出た後は殊更ゆっくりと歩いた。その僅かづつ遠ざかる副官の耳に男の笑い声が聞こえる。間違いなく彼の上官の声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ