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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第27話:衝動

 その日、春の暖かい日差しに包まれる中、コスティラ西部の教会で婚礼が行われようとしていた。


 多くの着飾った女達と礼服に身を包む男達が参列し、その中には武官としての礼服も多い。


 花婿は、ランリエルのコスティラ王国駐留軍の士官であり子爵家の次男でもあるリディオ・ダンジェロ。花嫁は、コスティラの男爵令嬢リューシャ・ベロノソフ。リューシャは一人娘であり、リディオが男爵家へ婿入りするのだ。


 参列者から多くの祝福の言葉が、花婿、花嫁に贈られたが、陰で渋い顔をするコスティラ貴族も幾人かいた。


「ランリエル人に歴史あるコスティラの男爵家を継がせるとは、ベロノソフ男爵は気でも違ったのでは御座らんでしょうな」

「まったくです。ランリエルなど辺境の田舎者。それに比べ我がコスティラはかつて大陸中央に覇を唱えたクウィンティラ王国の流れをくむ由緒正しき国です。いくら今はランリエルの支配に甘んじていようとも、その誇りを忘れるとは……」

 彼らは過去の栄光を忘れられず愚痴を溢しているが、実は花嫁の父であるベロノソフ男爵も当初は彼らと同じ気持ちだった。


 コスティラ男性特有の大きな身体を揺らし、ランリエル軍人と将来を約束したという娘を怒鳴りつけたのだ。


「父に隠し男と付き合うなど、お前をそんなふしだらな娘に育てた覚えはない! しかも相手はランリエル人だと! 御先祖にも顔向け出来んわ!」

「お父様は誤解なさっておいでです。私達は、なんらやましい事は御座いません。お父様には今、あの方とお付き合いしていると御報告しているのです。それに、ダンジェロ様は御立派な方です。御先祖様も喜んでくれると信じております」


 リューシャはコスティラ女性らしいスラリとした腰に手をやり言い返した。コスティラでは一番多い髪色である赤毛を揺らし、一歩も引く気はない。


 結局、それではその男がどれほどの者かと、男爵とダンジェロが直接会う事となった。


 しかし、屋敷に招かれたダンジェロを待ち受けていたのは屈強な戦士であった。


「ブガエフは我が男爵家一の騎士。お主も騎士の端くれなのであろう。娘が欲しいと言うならば見事勝ってみせよ」

 ダンジェロも武芸優れた青年であるが、騎士ブガエフは、男爵家に仕える事20余年。その豪腕は数多くの敵を打ち倒してきた。数々の戦場で手柄を立てたコスティラでも屈指の勇者である。


 2人は、正式な決闘として甲冑を身に着け長剣で戦った。だが、体格の差はいかんともしがたい。技ではダンジェロが勝っていたが、ダンジェロが繰り出した数度の斬撃はブガエフの分厚い甲冑を越えられず、ブガエフの重い一撃は彼の兜を弾き飛ばすに十分だったのである。


 ダンジェロは地面に倒れブガエフの勝利。誰もがそう思った瞬間、ダンジェロが立ち上がった。そして剣を構える。とはいえ足元はふらつき、再度地面に倒されるに要した時間は僅かなものだった。しかしまた立ち上がる。


 それが6度続いた時、ブガエフの剣が地面に置かれた。そして主君である男爵へとその巨体を向けたのである。


「この男を倒すには命を絶つしかありません。ですが、私にそれは出来ません。この男の勝ちで御座います」


 コスティラ人は粗暴なところもあるが、それだけに意気に感じるところも多い。武力に猛る者も勇者であるが、勝てぬ相手に立ち向かうのも勇者であった。


「うむ」

 男爵は頷いた。すでに男爵にも分かっていた。目の前の男は娘に命をかけている。子の親として、自分の娘に命をかけられる男は得難がった。こうして意識が朦朧とする中、ダンジェロは結婚の許可を得たのだった。


 しばらくして傷付いた身体を休め、ダンジェロは改めて男爵と向き合った。

「私はランリエルを捨てます。子爵家は兄が継ぐのですから、父もそう反対は致しますまい。ランリエル軍からも身を退き、これからコスティラ王国の軍人として御令嬢と共に、この地にて生涯をまっとうする覚悟で御座います」

 男爵はダンジェロに惚れ込んだ。もはや娘以上にと言って良いほどである。ゆえに他の貴族からの中傷など毛ほども意に介さず聞き流している。


 花嫁姿の娘を目を細め眩しそうに見ていた。身体の線を際立たせる細い花嫁衣裳を身に纏い、その白さは赤い髪を光り輝かせる。娘は全身で喜びをあらわし、眩しいほどの笑顔だ。またとない夫を得て娘は幸せになる。それ以外の将来を考える事は出来ない。いや、考える必要が無い。


 雲一つない青い空は、天すら2人を祝福しているようだった。



 2人の婚礼の日の3日後、ランリエル王宮にサルヴァ王子の姿があった。仕事が一段落し、傍に控える副官に言葉を向けている。


「そう言えば、コスティラ駐在軍士官のダンジェロとコスティラの男爵令嬢との婚礼があったのだったな」

「はい。優秀な奴で将来はランリエル軍の一翼を担うと皆で噂していました。それがまさかコスティラの士官になるとは、みんな驚いていますよ」


 副官の物言いは、その立場からすれば砕けたものだったが、王子は気にしたふうもない。


「ああ。実はお主とダンジェロのどちらを副官にするか悩んだものだった」

「どうして、私を選んで頂けたのですか?」

 まあ、自分の方が優秀だからだ。ウィルケスは、そう考えながら王子に問いかけたが、

「ダンジェロは、敵と騙し合いをするにしては、人が良過ぎるところがあるからな」

 との答えに憮然とした。自分は人が悪いと言われているに等しい。


 常に飄々とする副官のその表情に、サルヴァ王子は満足げににやりと笑み作る。生真面目な王子が珍しく諧謔かいぎゃくを飛ばしたのだ。


「なにやら嬉しそうですね」

 気を取り直したウィルケスが言うと、王子の顔も和らいだ。


「そうだな。ランリエルとコスティラがより近しいものとなる為には、その人々が交わるのが一番だと考えていた。やっと、という思いはある」


「そういえば、ルキノ殿にもコスティラ女性とお近づきになっていないのかと聞いた事がありますよ。でも、自分は任務で行っているだけだと怒られました。あの人はちょっと堅過ぎます」


「確かにそういうところもあるが、まあ、そこが奴の良いところでもある。一概に悪いとも言えん」

「いっそ、コスティラ女性を口説くのが任務だと殿下が言えば、一生懸命女性を口説いて回ったかも知れませんけどね」


 あの堅物がどんな顔で女を口説くのかと、皮肉な笑みを浮かべる副官に王子も困った奴だと視線を向けている。もっとも王子も、

「まあ、しかねん奴ではあるな」

 と、口元が笑み綻んでいた。やはり、待ち望んでいた日に王子の機嫌は良い。


 庶民での話ならばランリエル人とコスティラ人の結婚も珍しくはないが、ある程度の地位ある者達の結婚が必要だった。


 無論、政策として推し進めれば、もっと早くに多くの夫婦が生まれていた。しかし、あえてそれをしなかった。ランリエル人がコスティラ人を強引に奪った。その批判が出かねないからだ。それゆえ、男女が自然と結ばれるのを辛抱強く待ったのである。


 一歩、思い描く世界に近づいた。感慨深いものがある。コスティラとランリエルの関係は、両国に挟まれるバルバールにも大きく影響する。ランリエルとコスティラが争えばバルバールも巻き込まれるのだ。その2つの国が平和ならば、バルバールも平穏である。自分には、その3国の平和に責任があると王子は考えていた。


 もっとも他に問題が無い訳ではない。


「コスティラといえば、例の西の領主達はどうします?」

「彼らは所詮枝葉だ。幹たるケルディラが大人しくなれば黙っていても枯れ落ちる」


「先日の軍事演習が、自分達に対する牽制だと気付いてくれれば良いんですけどね」

「ケルディラにもそれくらい察する者も居る。もし居なくとも、ケルディラの国力では我らに敵し得ないと理解するはずだ」


「まあ、軍事演習に参加した軍勢だけで、ケルディラと戦えるだけの数を動員しましたからね。私だったらちょっと戦うのは遠慮したい」

 そう言って肩をすくめるウィルケスの態度は、やはり一国の王子に対するに適しているとは思えない。


 そこに、けたたましい足音の後、強く扉を叩く音が鳴り響く。


「御注進! 御注進に御座います!」

 ウィルケスが扉を開け、伝令の騎士が転がるように進み出て王子の前に跪く。途中一度の休息もせずに来たのか息も絶え絶えで、全身が埃に塗れている。


「ダ、ダンジェロが」

「なに! ダンジェロがどうした?」

「ダンジェロが殺害されました! 婚礼の教会が襲撃されたのです!」


 その叫びに、サルヴァ王子は発する言葉を持たなかった。

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