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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第25話:大演習(2)

 ルイナース平原のそこかしこで演習が行われていた。軍馬が草を踏み潰し駆け、騎士がすれ違い様に相手を槍で突き落とした。軽装の歩兵同士が剣を交えている。200サイト(約170メートル)ほど離れた的に矢を放ち技を競い合う射手達。


 また、あるところでは騎兵と歩兵。歩兵と射手。射手と騎兵といったふうに違った兵科同士の戦いも行われていた。


 その間を、サルヴァ王子の白馬が進んだ。兜は被らず従者に持たせた。後ろには副官ウィルケスの姿があり、さらに幕僚、各国の軍勢を率いて来た司令官達が続く。彼らの甲冑は総じて光り輝き、特にサルヴァ王子の甲冑は全身見事な銀細工がなされ眩しいほどである。


 各国の名だたる武官の集団に相応しい華麗な装いだった。彼らを見る兵士、騎士達が羨望と畏敬の視線を向ける。彼らが近寄ると、ここが武名を上げる時と兵士達が雄叫びを上げた。兵士達の奮闘に応え、王子が軽く手を上げると兵士達はさらに吼えた。


 王子の周りには、10サイトほどの距離を保ち護衛の騎士達も見える。彼らの甲冑も、その護衛の対象者達には劣るものの光り輝いている。


 騎士達は緊張の中にいた。回りはみな、ランリエルに征服され従わされる国々の兵士達である。今はサルヴァ王子の言葉に酔い演習に力を向けているが、いつ襲撃されても不思議ではないのだ。手綱を持つ手が汗ばみ、中には怯えの色を顔に浮かべる者もいる。


 人とは、自分が優位にあると強気になるものだ。王子を守る護衛が怯えていれば、それこそ、それをきっかけに襲撃されかねない。だが、幸いにも頭を覆う兜の為、それに気づく者はいない。騎士達はその緊張と怯えを全身を包む鎧の中だけに留め、表面的には大国の騎士として完璧な威風を保っている。


 その彼らの努力を知らずか、サルヴァ王子は周囲に興味深げな視線を向け談笑している。


「どうやら甲冑を着けた歩兵の活躍が目立つようだな」

「以前は不可能でしたが最近では数が増え、彼らだけで一軍を組織できるだけになっています。槍衾を作って進む歩兵は騎兵と相性が良かったですが、その進みの遅さから弓には弱かった。しかし甲冑のおかげでかなりの距離まで被害なく近づけるようになりました。60サイト(約50メートル)ほどの距離までなら矢を跳ね返すでしょう」


 各国の司令官の中で、一番近くにいたギリスが馬を進ませ王子に並んだ。彼は王子に商品を売り込みに来たのであり、その商品とは、今まさに演習に参加している兵士達だ。それに関連する話題に、常の寡黙を脇に追いやり饒舌を発揮する。


「60サイトからなら、以前よりはるかに被害少なく弓兵に肉薄出来るな」

「はい」


 その2人の後ろにベルヴァース、バルバール、コスティラの司令官が続く。


 ベルヴァース軍を率いる総司令テグネールは生来言葉少なく、彼がサルヴァ王子に上手く利用されないようにと派遣された副官のサンデルもその後ろで状況を見守っていた。


 バルバール軍総司令フィン・ディアスの代理として軍勢を率いるカーニック将軍は命令に忠実で「勝敗が決した後の追撃すら命令が無ければ行わない男」と評されている。その彼は今回ディアスから、

「面倒を押し付けられないように気をつけろ」

 と命じられており、不必要な発言は避けている。


 彼らの中で一際大きな身体を持つ、コスティラ軍総司令ベヴゼンコはと言えば、口を硬く閉じていた。彼個人と言うより、コスティラ人男性はみな総じて口が重く、滑らかではないのだ。


 彼らはそれぞれの理由があって沈黙しているが、サルヴァ王子もギリスも気にした風もない。


「これからは重装歩兵が戦場の主役となりそうだな」

「戦のありようも、今までとは違ってくるでしょう」

「取り残される者が敗北し、先ずる者が勝者となる、か」

「それも世の常です」

「うむ」


 戦場の雄であるサルヴァ王子だ。今は治世に精力を傾けているが、身体に流れる血が冷えた訳ではない。演習とはいえ武装し戦場を駆ける兵士達を前に、戦いが終わったと眠りについていた獅子の心が高揚する。


「どうだ。おのおの方。今宵は今日の演習を肴に、語り合おうではないか」

「それは宜しいですな」


 ギリスはそう応じたのもの、内心カルデイ人を売り込む為には余人は交えたくなかったと僅かながら落胆した。


「結構な事で」

 テグネールは言葉少なく、後ろのサンデルは、その酒宴には副官は同席出来なさそうだと顔を曇らせている。


「畏まりました」

 カーニックは、彼らの中で唯一総司令ではなく他に言葉を持たなかった。そして、ディアスからの指令を反芻し、これは面倒の内に入るのかと思案した。


「承った」

 ベヴゼンコは短く答え表情も変えなかったが、意外にも内心王子の申し出を喜んでいた。酒を愛する彼は、大国の王子が振舞う酒がどれほど上等なものかと考えたのだ。


 その各国司令官の後ろを、ウィルケスが興味深そうに皮肉な笑みを浮かべていた。



「水だ」


 ランリエル軍本陣に戻ったサルヴァ王子が、天幕をくぐるなり言った。急いでいるのか少し早口だ。


 兜は被っていなかったが、全身甲冑で固め、まだ春先とはいえお世辞にも涼しげとは言い難い。首筋に汗が伝っている。演習を見回っている間は、参加している兵士達の手前億尾にも表情に出さなかったが、本陣に戻ってまでその忍耐を発揮する必要はなかった。


 王子や各国の司令官が身に付ける光り輝く甲冑も、華麗を誇るばかりではなく実用を考えての上なのだ。太陽の光を反射させ、その熱から身を守る為である。


 時折、黒騎士と称される者などもいるが、それは概ね仕える主を持たぬ自称騎士である。また、黒騎士と呼ばれるが全身黒い訳ではない。正式な騎士は盾などに紋章を付けるが、自称騎士は自身の紋章を持たぬ為、盾を黒く塗るのだ。もっとも、彼らは貧しく甲冑の手入れもままならず、錆止めの為全身を黒く塗る者も居ない訳ではない。


 サルヴァ王子などから見れば甲冑を黒く塗るなど自殺行為にしか思えず、真夏の戦場に出れば、敵と戦う前に煮えて死ぬのではと危惧するほどだ。


 ルイナース平原に到着し、すぐさま掘られた井戸から汲んだ水を従者から受け取った。神がそう定めたのか、井戸水は冬は暖かく夏は冷たい。その水を一気に飲み干し、サルヴァ王子は大きく息を吐いた。


「お疲れ様でした」

 王子が一息ついたのを確認しウィルケスが言った。さりげなく王子の後に水を受け取り、王子より先に飲み干し杯を従者に返していた。王子は頷いて応え、中年の士官に顔を向けた。報告があるのか紙の束を手にしている。


「演習の最後の演説で名を呼ぶ勇者達の選定は進んでいるか?」

「は。カルデイ、ベルヴァースなど、各国それぞれから勇者を選定しております。人数につきましても御命令通り、調整しております」


「ああ。だが割り当てた人数にする為、他の者達と比べ余りにも技量が劣るならその者は切り捨てろ。さすがにそれをしては、みな興醒めする」

「畏まりました」


 軍事演習といえど外交の一環である。政治的配慮というものが必要だった。突出して1つの国に多くの勇者の名が呼ばれればみなは嫉妬し、少なければ面目を失う。また、ランリエルに多ければ贔屓と見られ、少なければ各国に君臨するくせにと嘲笑の種だ。


 その為、名を呼ばれる勇者の数は、ランリエルが2番目と予め決められているのだ。そして最も多くの名を呼ばれるはコスティラだった。


 彼らは身体も大きく勇猛果敢だが、その反面単純なところもある。サルヴァ王子が多くのコスティラ人の名を呼ぶ事によって、彼らは王子を支持する。その単純さが暴走し、1番多くの勇者を抱える我らが、どうしてランリエルに従わねばならぬのかと、調子付き過ぎれば問題ではあるが。


 夜になり各軍の司令官達を集め酒宴となった。ベルヴァース、バルバールの司令官は昼間と同じく寡黙を貫いたが、コスティラ軍総司令は豹変した。


「日がある内は戦い、日が沈めば酒を飲む。これぞ男というものですかな」

 杯を満たした量だけで、庶民が聞けば労働意欲を無くすほど高価な年代物の葡萄酒を水の如く飲み干しベヴゼンコが叫んだ。本人は叫んだつもりはないが、他の司令官の耳を傷めるに十分な音量である。


 コスティラ人の多くがそうであるように、ベヴゼンコの肌は白い。それがすでに真っ赤になっている。とはいえ酒に弱いのではなく、これもコスティラ人特有の体質で赤くなりやすいのだ。酒に強いのもコスティラ人の特徴である。


 その赤い顔に陽気な笑みが浮かばせながら、空になった杯を従者に突き出す。従者は慌てて酒を注ぎ足すが、酒が満ちるのを待ちきれぬベヴゼンコが杯を引くと、従者は酒を溢しそうになりさらに慌てた。


 高価な酒が蒸発するかのように消えていくのを、まあ、これだけ喜んでいるのなら一応酒宴は成功という事か、と視線を送り、サルヴァ王子の口元にも笑みが浮かぶ。


「今日の演習で目立った者にコスティラ騎士が多かったように思う。さすがは大陸にその精強を轟かすコスティラ騎士だ」


 お世辞ばかりではなく、半分以上は本心からの賞賛だった。彼らの巨体に相応しい腕力から繰り出される打撃は群を抜いた。同兵力で正面から戦えば、彼らに勝てる軍隊はこの大陸に存在しないのではないか? そう思えるほどである。


 もっとも、サルヴァ王子が素直にそう思えるのも、いざ実際の戦いとなれば幾らでも手はあると、己の武略への自信の現われとも言える。


「いやいや、ランリエル騎士もなかなかに見事な装い。我が軍の者どもは羨ましがっておりましたぞ」


 ベヴゼンコも一見褒め返しているが、ランリエル騎士など、見た目以外褒めようが無いではないか。と言っているに等しい。しかもベヴゼンコ自身なんの悪気も無く、本心からの台詞だった。


 これにはサルヴァ王子も苦笑するしかない。


 この間もベヴゼンコは杯を次々と空にし、従者に杯を差し出す動作を繰り返している。それにギリスが割って入った。


「確かにコスティラ騎士は強い。我が軍もコスティラ騎兵の突撃には、中々苦労したようです」

 と、従者より先に酒を注ぐ。


 洞察力に優れたカルデイ帝国軍総司令たるギリスが、一つの重大を失念していたのに気付いたのだ。カルデイは軍縮により職を無くした軍人が溢れているが、コスティラ軍とて王子の政策によりその規模は縮小しているのだ。


 ランリエルが、コスティラ人を外人部隊として雇い、カルデイ人は見向きもされない、という事態は避けなくてはならない。サルヴァ王子とベヴゼンコの間でその話が出る前に、とっとと酔い潰させようと従者よりも早くギリスが酒を注ぎ続ける。


 もっともベヴゼンコも、

「これは、カルデイ総司令手ずからとは恐れ入る。どうぞ御返杯を」

 と、3杯に1杯の割合でギリスに飲ませようとする。


 そして、決して酒に弱く無いギリスが、なんと3分の1しか飲んでいないのに酒で思考が鈍りだした。この底なしが。と心中悪態を付きながらそれでもベヴゼンコに注ぎ続ける。そこに思わぬ援軍が現れた。


「コスティラの英傑は、酒にも強いと見受けられる」

 サルヴァ王子が、そう言ってベヴゼンコの杯に酒を注いだ。


「おお。これはこれはサルヴァ殿下。殿下に注いで頂くとは恐れ多い」


 ベヴゼンコは一応恐縮して見せたが、しっかりと酒は頂く。そしてランリエル、カルデイ両総司令により、ついにコスティラの鯨飲司令官は酔い潰れたのだった。


 この間も、ベルヴァース、バルバールの司令官は沈黙していた。


 ベヴゼンコが酔い潰れたのを切欠に酒宴はお開きとなった。ギリスも自身の天幕に戻り、立て続けに水をあおった。次第に酔いが身体から抜けていく。そして寝具にも入らず、待った。


「ギリス総司令。サルヴァ殿下から使いの者が参っております」

 天幕の外から遠慮がちな副官の声がした。

「分かった」


 即答し天幕を出ると、副官が意外そうな顔をした。ギリスはすでに就寝していると考えていたのだ。


 王子の使いを先導に、酒宴から帰って来た道を逆に辿った。月明かりの下を草を踏みしめる乾いた音をさせながら進む。


「お待たせ致しました」


 思いの外早いギリスの到着に、王子が、ふっと微かに笑った。


「私から話があると、察していたようだな」

「コスティラ軍総司令を酔い潰すのに、御加勢頂きました」


 サルヴァ王子は生真面目な性格とギリスは認識していた。面白ずくでベヴゼンコを酔い潰そうとしたのではない。何か意味があるはずだ。


「ケルディラとの間に、何か火種でもあるのですか?」

「そこまで分かっているとは流石だ。ケルディラが何か裏で動いている気配がある。この軍事演習は、彼らを思い留めさすのが目的なのだが……。お主ならそれも察していような」


 ギリスは、礼儀正しく僅かに一礼した。その姿に、食えぬ奴よとサルヴァ王子が苦笑を浮かべる。


「しかし、ランリエルの勢力はベルヴァースをも含めれば5ヶ国になんなんとします。ケルディラは何を勝算に、戦いを欲するのか。そこまでは私にも分かりません」

「分からぬか」

「分かりませんな」

「お主でも分からぬ事が有るのだな」

「私とて千里眼という訳では有りませぬので」

「いや、安心した。以前お主と戦った時は、悉く私の作戦が読まれたのでな。お主には読めぬ事などないのかと思っていた」

 サルヴァ王子は微かに笑み作った。


「それは、買い被りというものです。手がかりが無くば、何も読みようがありません。手がかり無く読み当てるなど、それはただの勘です」


「しかし成らば、手掛かりがあれば読めるのであろう?」

「掛かる程度によりますが」

「その手掛かりとなる物をこれからお見せしよう。我が配下の者が集めた情報だ」

 もちろん、カーサス伯爵が集めたコスティラ西域領主達の事である。


「もし、ケルディラと戦う事になれば、ランリエルで雇ったカルデイ人部隊がその先陣を務めるかも知れぬのだからな。彼らの為にも勝算ある戦いをしたいものだ」


 その言葉に、食えないのはどちらかと、ギリスの顔に苦笑が浮かんだ。

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