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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
112/443

第24話:大演習(1)

 春が訪れたばかりの原野が、無数の甲冑で光り輝いていた。


 カルデイ帝国軍2万。

 ベルヴァース王国軍1万。

 バルバール王国軍3千。

 コスティラ王国軍8千。

 そしてランリエル王国軍3万。


 ランリエル王国西部、ルイナース平原で行われた軍事演習には実に5ヶ国7万を超える軍勢が集い、武威を放っている。


 カルデイ帝国軍は、元軍人の参加者が数多く装備に統一は無いが、それだけにこの演習で自らを売り出そうと意気盛んである。コスティラ王国軍に意気込みは感じられないが、コスティラ人特有の巨体は他の軍を圧倒した。


 ベルヴァース軍は、かつてカルデイ帝国に王都を占領されたものの近年は戦無く、その間に軍備の再建を果たした軍勢は整然と列している。バルバール王国軍は連年コスティラ軍と、2年前にはランリエル軍とも矛を交えもっとも多くの戦場を知る軍勢であり、国は貧しく装備は貧弱だが歴戦の風格があった。


 そして最大戦力を持つランリエル王国軍は、その数以上に他の4ヶ国に君臨する者としての覇気に満ちている。甲冑に反射する光すら、ランリエル軍から多く放たれているかに見えた。


 その大軍を前にサルヴァ王子が悠然と姿を現した。精緻な細工がなされた銀の鎧に身を固め、黒い長髪が風になびく。その姿は伝説の英雄の如きものだったが、一つ欠点なのは、脇に抱えた兜のみが華麗とは程遠い無骨な代物な事だ。


「盟友諸君。今日、我らが戦無きに一同に介するはその友情の証である。また平和の証でもある。だが武人として日々戦いに備えるのもその勤め。軍事演習といえど命を賭しての戦いの前章といえる。今こそ己が力を示す時と奮闘を期待する」


 サルヴァ王子は熱く語り、ランリエル軍将兵の心も高ぶったが、他の国々の将兵は冷ややかなものだ。彼らはあくまでランリエルに支配される側。カルデイ軍には、ランリエルに召抱えられるのを望む者も多いが、それもあくまで口に糊せんが為であり、心から忠誠を誓う積もりは無い。


「カルデイ帝国。モンソンの勇者フィデル・コジャド」


 突如名を呼ばれたフィデル・コジャドは一瞬戸惑い、次に身体に重く熱いものが湧いた。これだけの軍勢、それをすべる者が、自分を勇者と’証’したのだ。武人としてこれ以上の名誉はない。周囲にいる者達も声を上げ羨望の眼差しをコジャドはに向けた。


「バルバール王国。ヴァーサ城の勇者エルノ・ヘンティネン」


 彼は武勇の人ではない。だが軍勢を率いて戦う、その巧みさに定評があった。サルヴァ王子は次々に各国の勇者の名を上げ、その度に名を呼ばれた者の周囲で感嘆と賞賛の声があがる。


 特に、コスティラ西部の勇者ヤロスラフ・バユノフは、名を呼ばれるとその巨体に相応しい愛用の巨槍を天高く掲げ上げ応じ、周囲から一際大きな歓声があがった。


「今、私は大陸にその名聞こえる勇者27人の名を述べた。この演習が終わった時。その人数が増えている事を私は信じている。存分に名を上げられよ」


「おおおぉぉぉ!!」


 ルイナース平原に、地鳴りのような雄叫びが上がった。


 演説の後、彼らは足早に自軍の陣地へと向っていた。心逸り、つい駆け出しそうになるのを懸命に耐えた。サルヴァ王子に名を呼ばれる。ただそれだけに、心と身体を燃やした。普段無口な彼らも高ぶりを抑えきれない。


「この演習が終わった時、必ず俺の名を呼ばせて見せる。勇者クラエス・カッセルとな!」

「何言ってやがる。だったら俺は一番初めに俺の名を呼ばせて見せるぜ」

「馬鹿を言うな。お前など俺と手合わせして一度も勝った事が無いではないか」

「馬鹿とは何だ!」

「俺に勝った事が無いのは事実だろうが!」


 興奮から言葉荒く言い争う2人は、演習を前に剣を抜く勢いである。不意に両名の肩に手が置かれ2人が振り返ると、なだめるような笑みを浮かべる年配の騎士が居た。


「実力を見せる相手を間違ってるんじゃないか? こんなところで剣を抜いても誰も褒めちゃくれねえぞ」


 その言葉に腰の剣に手を掛けていた2人も赤面し、年配の騎士は彼らを気遣い話題を変えた。もっとも彼自身、気になっていた事だ。


「サルヴァ殿下が呼んだ勇者のほとんどは俺も名を知る有名な者達だったが、最後に呼ばれた者だけは聞いた覚えがない。お前ら聞いた事あるか?」


 2人は、自分達の失態を無かった事にしたいのかすぐさま応じ首を捻った。

「いや、無いな。初めて聞く名だ」

「俺も聞いた事がない」

「お前達もか……」

 騎士も首を捻った。


 その後、消化不良となった彼らは他の同僚達にも聞いてみたが、やはり誰も知らない。彼らだけならまだしも、これだけ聞いて回って誰も知らないなら、まったくの無名という事だ。それがなぜ名を呼ばれたのか。


「ランリエル王宮に仕える騎士で、サルヴァ殿下のお気に入りに騎士ではないのか?」

「うむ。それだったら他国に知られてなくても不思議ではない」

「しかし名を呼ばれた時、ランリエル軍からも歓声は上がらず、戸惑っている感じだったぞ? ランリエルでも無名じゃないか?」

「そもそもこの場に居たのか?」

「分からん」

 3人は、腕を組みまたもや首を捻った。


「ランリエル王国の勇者リヴァル・オルカか……」



 演習が始まり数万の軍勢が平原を駆けた。


 数百サイトを隔てランリエル騎兵隊とベルヴァース騎兵隊が対峙した。別の場所ではコスティラ騎兵とカルデイ騎兵。さらに別の場所ではバルバール騎兵とベルヴァース騎兵。皆、穂先を潰した槍を馬上構えている。


 一列目には重装備の者達が並んだ。厚い装甲で守られる彼らだが、それは臆病が故ではない。戦いとなれば真っ先に戦死するのが彼らなのだ。それを理解した上で一列目を誇りとする。先頭を駆ける彼らの奮戦が勝敗を分けるのだ。決して使い捨ての駒ではない。


 合図と共に一斉に愛馬の腹を蹴り、訓練された軍馬は一糸乱れず隊列を保ち駆けた。数百サイトから数十サイト。距離が縮まり、汗が滲んだ手で鎧の脇に付けられた金具に槍を固定する。迫り来る甲冑は重圧となり彼らを襲うが心を支え狙いを定めた。


 すれ違い2本の槍が交差。僅かな技量の差が勝敗を分けた。拳1つ分ほど狙い外した敵の槍は丸みを帯びた胸甲をすべり、彼が繰り出した槍は正確に中心を射抜いて相手を馬上から突き落とした。衝撃で真っ二つに折れた槍を舌打ちと共に投げ捨てる。


「早速1本やったか!」

「こんなもの数に入るか!」


 笑いかける僚友を不機嫌に怒鳴った。戦で何本の槍を潰すか。それが彼らの勲章なのだ。だが、相手に重症を負わせない、折易く作られた演習用の槍では満足できない。技量優れた彼の経験が、今の当たりでは『折れない』と告げていた。


 最初の一撃でし勝ち優位に戦う味方を一瞥した彼は、従者から新たな槍を受け取る為陣地へと馬首を返した。



 別の場所では、コスティラ軍とベルヴァース軍との甲冑同士の白兵戦が行われていた。全身を覆う甲冑は高価で、以前は王族や一部の裕福な貴族達だけが身に着けていた。それが近年、他の大陸で長年続いていた戦争が終結し、優れた甲冑とそれを作る技術者が海外から流入した。その為、多くの者達が甲冑を手にするようになっているのだ。


 全身固めた甲冑を剣で仕留めるのは難しい。その為剣は二次的な武器であり、有効なのは棍棒や戦斧だった。棍棒や戦斧で相手の頭を兜ごとぶん殴り、怯んだところを鎧の隙間から剣で止めを刺すのだ。


「我が名はコスティラ、ザルビノのエゴール・ベルドフ! わしを倒せる勇者はいるか!」


 その男は、巨体揃いのコスティラ軍の中でも一際大きかった。2.5サイト(2メートル強)を超える巨体を甲冑で固め、通常より遥かに長い1.5サイトの巨大な棍棒を振り回した。演習であり相手を殺す戦いではないが、死を感じさせるに十分な威容だ。武名を高めんとする者達も、さすがにこれは相手が悪いと得物を構えながらも後ずさる。


「どうした! ベルヴァースの小猿どもは腰抜け揃いか!」


 ベルヴァース人は他国の者より背が低い訳ではないがコスティラ人と比較すれば小さい。ましてや巨漢のベルドフと比べれば大人と子供だ。ベルヴァースの兵士達は、屈辱に歯軋りしながらも、やはりこの大男に立ち向かう勇気は無く遠巻きにする。


「くそ! 弓が使えれば、あんなでか物、針鼠にしてやるものを!」


 演習の為、あえて白兵戦に特化しての戦いを彼らは呪った。だがいくら愚痴を吐いてもベルドフの暴言を止めるすべが無い。


「クサンドのエドガー・エルランデル。お相手いたそう」


 皆の視線の先に1人の男がいた。平均的なベルヴァース人よりは大きいが、目の前の巨人とは比べようも無い。手にする戦槌も長さこそ2サイト近くあったが細身で、ベルドフの棍棒の迫力にはほど遠かった。


「そんな棒っきれで俺の相手が出来ると思うか! 粉々に打ち砕いてくれる!」

「してみれば良かろう。出来るならば」


 唸りを上げ迫る棍棒を、エルランデルは戦槌で受け止めず飛び退ってかわす。だが棍棒は暴風と化し左右から次々と襲った。彼の戦槌は間合いで勝るが、もし打ち合えば、ベルドフの言葉通り容易く打ち砕かれる。


「どうした。逃げ回ってばかりでは勝てんぞ! それとも、その貧弱な戦槌を折られない事だけを名誉とするか!」

「好きに思え」


 エルランデルは短く応じ後退を続けた。


 挑発にかからず逃げ続ける敵にベルドフは焦れた。棍棒を大きく振りかぶった。突進とも見える踏み込み。振り下ろされた巨大な鉄の塊が風を引き裂き、エルランデルの肩をかすめた。それだけで体勢を崩した彼を返しの一閃が襲う。


 エルランデルの背に冷たいものが奔った。重量ある甲冑姿。不十分な体勢では飛びのく事も出来ない。死。その文字が頭に浮かぶ。だが、幾多の戦場を生き延びた身体が反応した。死を目の前に、身体から力を抜く。自らの力でしゃがむよりも早い、重力による落下。エルランデルの頭があった位置を棍棒が唸りを上げた。


 勝機。力任せに切り返した棍棒は、勢いあまってベルドフの背中にまで回っている。風を切る音。片膝を付いたエルランデルが、起き上がりながら戦槌を振るった。しなり巨人の頭に向って伸びる。戦いを見守っていたベルヴァースの兵士達も、仲間の勝利を確信し声を上げた。


「舐めるな!」


 巨人が吼えた。慣性の法則に従い更に後ろに回ろうとする棍棒に渾身の力を込めた。遠心力により、数倍の質量を得た鉄の塊に身体中が悲鳴を上げる。


「うおぉぉ!」


 技ではない純粋な膂力。だが、戦場では力が勝利するのも事実。戦槌が宙に舞った。再度切り返したベルドフの棍棒が、容易く絶ち折っていた。クルクルと回転し空高く飛ぶそれは、滑稽にすら見えた。勝利を確信した直後の絶望。ベルヴァース兵士達は声もない。


 巨人の顔に獰猛な笑みが浮かんだ。振り下ろした勢いで地面にめり込んだ棍棒を引き抜く為、改めて力を込めた。無理な動きにより、それだけの動作で身体中に痛みが奔ったが、武器を失い案山子と成り果てた敵を前に、勝利を確信し――。


「ごふっ!」

 くぐもった息がベルドフの口から漏れた。ゆっくりと前のめりに倒れ、その巨体に相応しい大きな地響きが鳴る。


 エルランデルが剣を握っていた。柄ではなく剣の刃の部分を手にしている。剣で甲冑は切れない。甲冑との戦いを想定した剣は先端のみが鋭利であれば良く、それ以外の部分はむしろ切れないように作られているのだ。


 戦槌がへし折られた瞬間、腰の剣を抜き放った。そして勝利を確信し隙のできたベルドフの兜を殴りつけたのだ。重量ある十字型の鉄の鍔は、槌としての威力を発揮したのだった。


 ピクリとも動かない巨人を前に、エルランデルが手にした剣を天にかざした。新たな勇者へと、ベルヴァース兵士達から大きな歓声が上がった。

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