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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第23話:夢幻の花園

 年も明け冬も過ぎ去ろうとするその日、高価なガラス窓は凍てつく風を遮り、昼の日差しのみが通され部屋の主を温めていた。


 だが、年頃の乙女ならばそれだけで幸せを感じるであろうその陽気に、ゴルシュタット王国宰相令嬢兼リンブルク王国宰相令嬢であるクリスティーネの赤い瞳は影を落としてる。


 将来を誓い合った男性。優しく誠実。そう信じ心を通わせた。いや、心が通っていたと信じていたのは自分のみ。それは偽りだったのだ。リンブルク王国に留学した彼は、他国での開放感からか身を持ち崩し、夜毎酒を飲み、商売女にまで……。与えた留学の滞在費までつぎ込み放蕩に耽ったという。


 あの人に限って。クリスティーネは今まで疑った事のないお父様の言葉すら信じられなかった。だが人をやり彼の生活態度を調べてもやはりお父様の言葉に嘘はなかった。胸が切り裂かれ深く傷付き、悪い夢でも見たのだと慰めるお父様の胸の中で泣いた。抱きしめられながら、お父様の暖かさを改めて思った。


「たまたま悪い男に引っかかったのだ。今度、これはと思う男をお前に引き合わせよう」

 お父様はそう仰ったけど、到底そんな気にはなれない。日々憂鬱に過ごし、以前はあれほど心弾んだ小鳥のさえずりにすら涙を流してしまう。小鳥さえ恋の唄を奏で自由に空を羽ばたいている。それに比べて自分はと、つい涙が頬を伝う。


 お父様は、毎夜抱きしめ慰めてくれ、時には朝まで一つの寝台≪ベッド≫で添い寝をしてくれた。冬の寒さに身を震わすと、子供の頃にしてくれたように、お父様は自分の足を私の足に絡ませ暖めてくれる。

「お前はまだまだ子供なのだ」

 笑うお父様に、クリスティーネはもう16なのだから大人ですと頬を膨らませたが、お父様は更に大きく笑うばかりだった。その時だけは、子供の頃に戻った様に胸の傷を忘れる事が出来た。でも、そのお父様も今は屋敷には居ない。リンブルク王国で拝領した新たな領地に、城塞を作るとその領地に赴いたのだ。もっともそうでなくともお父様はリンブルク王国の宰相。そう長くは国を空けてはいられない。


 いや、お父様はゴルシュタット王国の宰相でもあるのだから、ゴルシュタットも不在が続くのはいけない。身一つでは足りないほどの激務。並みの男性ならば一国の宰相すら務まらないはずが、二ヶ国の宰相を務めている。


 お父様はなんと凄い人なのだ。娘の身贔屓ではなく素直にそう思う。そしてその誠実さ。この世に、お父様以上の男性など居ないのではないか。そうとまで思ってしまう。


 私を産んだ時に亡くなったお母様の顔は、肖像画でしか知らない。でも、その中のお母様はいつも優しく微笑み幸せそう。いや、幸せだったに決まっている。お父様のようなすばらしい男性の妻になれたのだから。


 お父様は私をお母様の生まれ変わりなのだと言い、お母様のようになれと言う。勿論そうする積もりだ。お母様のようになれば、きっとお父様のような素晴らしい男性と巡りあえるのだ。そしてお父様のような素晴らしい男性の妻に……。お父様のような素晴らしい……。お父様の……。



 愛する娘に亡き妻になれと命じる父は、リンブルク王国の領地に着くと城塞を築く為地勢を観察した。デル・レイに占領されるリンクブル半国からの要地に城を縄張りし、それを見下ろす断崖の上にも砦を築くように指示を出した。


 城が大軍に包囲された時、砦から打ち下ろしの矢を放ち援護するのだ。重力が加勢するその矢は圧倒的な威力を発揮する。攻め難さだけなら大軍が展開できぬ断崖の上の砦の方が城より勝るが、逆に少数の軍勢で封じられ、要地を大軍に素通りされかねない。双方の欠点を補う為の双塞である。


 そして城内にもさまざまな仕掛けを用意した。それは城塞の防衛に必要な物ばかりではない。隠し部屋など児戯にも等しい物も多い。


「このような物を作って、何の役に立たせようと仰るのですか?」


 家臣、職人達はそう言って首を傾げたが、言われたとおりに作れと重ねて命じた。何の役に立つかなど、ベルトラム自身も考えてはいない。やって邪魔にならぬと判断した物は、必要が無くても手を打つのがベルトラムである。


 彼は、無作為の芸術家だった。大地にさまざまな策謀という名の種を蒔き、芽を出したそれらを選び花束を作り上げる。時には華麗に、時には苛烈に。そして、蒔かれた種は余る。他の花束を作るのに役立つ事もあるが、そのまま立ち枯れる物が大半だ。


 愚かな知者どもは、相手を有能だと認めれば認めるほど、そのすべての行動に意味を求める。だがそれだけにベルトラムが作り上げた庭園は、完成する花束を予測させない。どう組み合わせても何かが余るのだ。時には全てを組み合わせる事に成功し、荘厳な花束を作り上げる大天才も居るが、ベルトラムからすれば笑うしかない。ベルトラム自身大天才ではなく、大天才が作った花束はベルトラムの意図を大きく外しているのだ。


 ベルトラムがまだゴルシュタットの宰相ですらなかった時代には、国内の有力者と秘密裏に会っていたベルトラムの行動を掴んだ政敵がベルトラムと有力者がたまたま同時に王都を離れたのを早合点し、ベルトラムに反逆の兆し有りと国王に奏上してしまった事すらあった。勿論そのような事実は無く、彼はベルトラムを落とし入れようとしたのだとすべての官位を剥奪され宮廷を追放された。


「なるほど、よく考えるものよ」

 早合点し自滅した政敵にベルトラムは苦笑を禁じえなかった。彼は、言い訳できる程度の武具、軍馬などを隠して購入をしていたが、政敵はそれをも掴んでいたのだ。有力者との会談を合わせて考えれば、反逆の準備に見えなくも無い。そうやってある時は相手に事実を誤認させ裏をかき、時には自滅させ内外の敵を葬ってきた。


 現在もゴルシュタット、リンブルク両国で策謀の種を蒔いている。完成される策謀の花束はある程度完成のイメージはあるものの、細部はまだ決めていない。完成させるその時、もっとも適切な物を組み合わせ作り上げる。作者自身が間際までその全体像を知りえぬのに、他者がそれを読むのは不可能。


 もっともそれをなすには欠かせないものがある。正確な情報。それなくしてどんな策謀も成り立たたず、ベルトラムの方こそ場違いな花束を相手に贈りつけ、嘲笑の種にされかねない。


 縄張りもすみリンブルク王都に戻ったベルトラムは、その情報収集を一任しているダーミッシュを私室に呼んだ。腹心の特徴のない顔を、そういえばこんな顔だったかと一瞥した後は、目を閉じ報告を聞き思案する。


「ベルトラム様に対抗すべく集結するシュバルツベルク公爵らの勢力は、その後拡大はしておりません。勢いを失ったのではなく、組織を固める段階に移ったものと思われます」

「うむ」

 まだこちらから手は出さぬ積もりだ。奴らとて、組織を固め終われば直ぐに行動を起す短慮はすまい。失敗は許されず、組織を維持しつつその機会を待つはずだ。組織固めも一時の事で、更に組織の拡大を考えている可能性もある。


 もっとも状況としては我らが圧倒的に有利だ。すでに彼らの動きを掴んでいる以上、ゴルシュタットの勢力を背景に一網打尽にする事も可能だ。だがその気は無い。


 悟られぬように事をなすならば、勢力を拡大せずにもっと少人数で自分の暗殺のみを狙うべきだった。だが、彼らはそれをしなかった。なぜか? それを考えベルトラムはある計画を立てていた。


 彼らに対しても、おそらく無駄で終わるであろうものを含め多くの手を打っている。それとゴルシュタットに蒔いた種と組み合わせれば、かつて無い壮大な策謀の花束が完成するが、十分に草木が育ちきらないまま摘めば失敗する。機会を待つのはこちらも同じである。そして今回さらに重要なのはその花束をいける花瓶が、いや、生きたまま植え替える強固な庭園が必要だった。


 作って終わりではないのだ。その成果を長く維持しなくてはならない。作り上げるだけならば、今でも可能だ。ベルトラムにはその手腕がある。だが大地から切り取った花は直ぐに枯れ落ちる。


「デル・レイの。アルベルド王の動きは何か掴めたか?」


 隣国の王の名をベルトラムは出した。彼の策謀を完成させ永続させるにはこの大陸に巨大なうねりが必要だった。アルベルドに何かはかりごとがあると睨んでいた。アルベルドは、そのうねりを生み出す波となるのか。


「デル・レイの出兵準備は着々と進んでおります」

「着々と……か」

「は」


 主人の呟きに、ダーミッシュの答えは短い。デル・レイからはその出兵準備は擬態との連絡を受けている。その意味では出兵準備も擬態でよいはず。だがダーミッシュが言うならば事実それを行っているのだ。ではやはり以前考えたとおり、ケルディラと戦うのか。


 リンブルクとは状況が違うのだ。皇国から領土拡大を禁じられている衛星国家がなぜ自ら仕掛ける? 今はまだ読めない。知において、アルベルドは自分より勝る。ベルトラムはそれを素直に認めていた。


 そもそも、現在のゴルシュタットがリンブルク半国を支配している状況がアルベルドからの提案であり、ベルトラムはデル・レイから使者が来るまでその策を思いつかなかったのだ。


 だがそれがどうしたと言うのだ? 知は、勝敗において重要な要素ではある。そして、それだけの事なのだ。重要な要素であって決定的ではない。


「デル・レイとアルベルド王について更に調べよ。人と金は好きに使ってよい。ケルディラにも人を派遣せよ」


 相手より知る事だ。情報を集めるのに才覚はいらない。それを行う人材を揃える。それが重要なのだ。1を知る知者より、10を知る凡人が勝つ。ましてベルトラムは、不要の行動により幻を見せる。知者は10を知ったと思い込み幻影の迷宮を彷徨うのだ。


 いつの日か、アルベルドと戦う時が来るのか。生易しい相手ではない。奴自身も侮れないが、奴はグラノダロス皇国皇帝パトリシオの弟なのだ。下手に奴と事を構えれば皇国が出張る可能性もある。そして皇国で手強いのは、アルベルドの兄である宰相ナサリオ。奇をてらうところはないが、堅実に巨大皇国を支えている。


 ベルトラムは、デル・レイ王国軍を率いるアルベルドより皇国軍を統括するナサリオを恐れていた。圧倒的力をもつ皇国に特殊な才は不要なのだ。大軍勢を当たり前に運用し敵を押し潰せばよく、ゆえに付け入る隙が無い。ベルトラムが作り出す幻影の迷宮を、その存在すら気に留めず踏み潰す。


 ふと、ある事にベルトラムは気づいた。


 グラノダロス皇帝パトリシオ、宰相ナサリオ、そしてデル・レイ王アルベルド。アルベルドのみが他の2人から浮いている。さて、どうしてなのかと記憶を探ると直ぐにその答えは出た。とるに足らぬと考え、記憶の奥底に眠らせていた知識だ。だが、相手は巨大皇国。万一を考えれば、打てる手はすべて打つべきだった。


「アルベルド王の周辺を徹底的に洗うのだ。どんな些細な事でも構わん。それが有用かどうかは、わしが判断する」

 彼の闇の領域を担うダーミッシュに重ねて命じた。それが、無用で終わるか、大輪の花を咲かせる為の肥料となるのか、それともそれ自身が花開くのか。この時はまだ、ベルトラム自身にも分からなかった。

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