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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第16話:エムデンの戦い(2)

「左右の弓兵はそれぞれ敵本陣の両脇を狙え。救援を阻止し本陣を孤立させるのだ」

 老いた虎が落ち着いた声で指令を伝えると、それを副官が大音量で復唱する。


 反乱軍から数百の矢が降り注ぎ、ゴルシュタット軍本陣の左右で槍衾を作り敵の突進に備えていた兵士が朱に染まる。さらに騎兵が突入しその傷穴を広げて行くが、ゴルシュタット軍は左右から押し寄せ逆にその傷穴を治癒せんとした。コンラーディン伯爵率いる軍勢も、ヴェンデルの軍勢の意図を察して彼らに倣い、ゴルシュタット軍と反乱軍は本陣周りで激しくぶつかった、槍兵が騎兵を串刺し、その槍兵を別の騎兵が踏みつぶす。


 隊列を広げていたゴルシュタット軍は、まだ全兵が戦闘に参加しきれずにいた。本陣周りは反乱軍が兵力で圧倒し、徐々に本陣は敵に包囲されていく。だが、その中にあってベルトラムは今だ前方に目を向けたままだった。その顔に焦りの色はなく、冷静に状況を分析している。


「左右の部隊には、慌てず隊列を整えこちらに向かえと伝えろ」

 副官に命じ、すぐさま本陣から伝令が飛び出した。


 不意に、僅かも顔色を変えず戦場を見渡すベルトラムの眉がピクリと動いた。その視線の先、僅か150サイト(約120メートル)ほど先に、ヴェンデルの姿を認めたのだ。100騎ほどを率いて、同じく静かな目でこちらを見ている。


 あれが俺に止めを刺す部隊か。本陣を包囲しきれば、あの騎兵を率いて突入する。まだ来ないはずだ。包囲を完了せずに突入し本陣を突き崩せば戦いには勝つ。だが、敗走に紛れ俺に逃げられるかもしれんのだ。ベルトラムは老虎の策を読んだ。


 本陣周りの戦いはさらに激しさを増す。リンブルク軍は気勢を制したが、その代償に隊列は麻の如く乱れている。隊列を整え続々と到着するゴルシュタット軍に対し、本陣を包囲せんとする反乱軍の動きは鈍くなった。ヴェンデルの顔に焦りの色が浮かぶ。敵本陣の完全包囲は諦め、突入すべきか。だが、ここでベルトラムを打ち損じゴルシュタット本国まで逃げられては、次には大軍を率いて戻ってくる。しくじる訳には行かないのだ。


 ゴルシュタット軍が遂に反乱軍を押し返し、ヴェンデルの頬を一筋の汗が流れた。しかし、それも一時。再度反乱軍が攻勢に出る。戦いは一進一退。いや、まだ僅かに反乱軍が優勢だ。しかし、それも何時までか。


「総指令! もはや突入すべきです! 万一ここで討ち漏らしても、敗走するベルトラムを地の果てまで追い続け必ず仕留めて御覧にいれまする!」

「敵は集結しつつあり、このままではいずれ押し返されます!」


 耐え切れずヴェンデル子飼いの若き虎達が叫ぶ。ヴェンデル自身が鍛え上げたリンブルク軍の最精鋭だ。敵本陣の兵力は彼らの数倍だが、蹴散らすのは造作もない。もはや敵本陣周りの攻防は互角に近い。押し返される前に突入すべきなのか。ヴェンデルは決断に迫られた。


 その時ゴルシュタット本陣では、リンブルク軍現総指令の叫び声が鳴り響いていた。


「ベルトラム殿! は、早く撤退を! このままでは敵に包囲されてしまいます!」


 味方からも見捨てられた。いや、味方など初めから一兵も居ない総指令の顔面は蒼白だった。周りにはまだ直属の騎士達がいるが、それは皆彼と同じく貴族のどら息子達でしかなかった。総指令直属という箔を得んが為、彼に取入った武芸になど縁のない貴族の子弟達なのだ。戦闘になれば逃げまどい。邪魔にしかならない。


 その悲痛な総指令の叫びは、だがベルトラムの精神に一本の羽毛ほども重圧を掛けず、前方を見据えたまま表情すら変えず口だけを動かした。


「今本陣が引けば、全軍総崩れとなります」

「で、ですが、このままでは本陣が囲まれてしまいます! その前に撤退し他日を期せば良いではないですか!」

「もうしばらくすれば、味方が敵を押し返します。勝てる戦場から逃げるなど、愚か者の成す事で御座いましょう」


 ほとんど名指しで愚か者と言われたに等しいリンブルク軍総指令は、それすらも気付かずさらに撤退を叫び続けたが、もはやベルトラムは一言も発しなかった。



 本陣周りの攻防は互角になっていた。本陣を包囲せんとする反乱軍を、左右から殺到したゴルシュタット軍がさらに外側から取り囲む。もはや包囲は不可能かと、ヴェンデルに率いられた騎士達が絶望の目を彼らが仰ぐ将軍に向けた。もう、一か八か突撃し、逃げるベルトラムを討ち取る僥倖に掛けるしかない。そして、遂に老いた虎が命令を発した。


「左右10騎。我が軍を包囲する敵のさらに後ろを突け」

「は!」

 命を預けるに足る将帥の指令に、若き虎達がすぐさま地を蹴り飛び出した。僅か20騎とはいえ彼らは一騎当千。しかも軍勢は背後からの攻撃に弱い。


 ゴルシュタット軍を背後から襲った彼らは、歩兵を跳ね、踏みつぶし、槍を振りかざしながら敵軍内を縦横無尽に駆けた。敵の騎兵が迫っても戦わずさらに駆ける。疾風の如く飛翔する彼らに、ゴルシュタット弓兵は、的を外せば味方に当たると矢を射かけるの躊躇った。


 敵を倒すよりも、混乱を至上とする彼らの動きに今まで隊列を維持していたゴルシュタット軍が乱れた。反乱軍は再度優勢を得たのだ。


「敵本陣を包囲しました!」

 その言葉に、老いた虎は一瞬僅かに俯いた。次に、天に向かって吠えた。

「かかれ!!」

「うおぉぉぉぉーーー!!」


 老虎の咆哮ほうこうに、若き虎達も吠えた。今まで耐えてきた彼らは、引き絞られ放たれた矢のように敵本陣を目指した。槍を構え突撃するその様は、牙を剥き獲物を食い千切らんとする巨大な虎だ。


 その巨獣を、ゴルシュタット軍本陣を守る部隊が迎え撃つ。

「放て!」

 槍兵に守られた百名ほどの弓兵から放たれ、矢の雨が彼らを襲う。だが、ほとんどが若き虎達の槍に叩き落とされ、彼らの突撃は僅かも揺るがない。そして弓兵が第二射を放つ前に目前まで迫り、槍衾すら瞬時に蹴散らし切り込む。またたく間にゴルシュタット軍弓兵は、猛虎の牙に切り裂かれ地に伏した。


 ベルトラムの前には別の部隊が槍衾を作り、敵の突撃に備えている。騎兵はその左右を固めていた。もはや勝敗は決したと、リンブルク軍総指令は、すでに逃げうせている。


 ゴルシュタット軍の背後を襲った者達は、さすがに多勢に無勢と既にすべて討ち取られているが、今からゴルシュタット軍が盛り返しても、その前にベルトラムは屍となっている。


「ここまでか」

 ベルトラムが小さく呟き、副官にしては薹が立った男に小さく頷く。副官は白い物が混じる短く切りそろえた頭を深々と下げた。そして顔を上げると、大声を発す。


「合図の旗だ!」


 すぐさま赤い旗が振られ、草原を挟む左右の森の、左側から3百ほどの騎兵が飛び出した。一直線に駆け、本陣を襲う若き虎達の背後を突く。森に反乱軍の伏兵は居なかった。ベルトラムの伏兵がいた。


 味方であるリンブルク軍先陣にすら秘匿する為、その数は多くはなかった。しかも先陣が裏切らなければ無駄となる軍勢だが、ベルトラムは敢えてその無駄をしていた。


 若き虎達は皆一角の者。まともに戦えばゴルシュタット騎兵3百を押し返せた。だが、今その牙は本陣へと向いている。ヴェンデルではない。ベルトラムこそが若き虎達が動く時を待っていた。その前に森の3百を動かしては、むざむざ虎の餌食となり、その後、改めて彼らが本陣を突けば、ヴェンデルの勝ちだった。


 ヴェンデルは本陣を包囲する前に突撃をする誘惑に耐えていたが、ベルトラムも本陣に突撃される前に伏兵を動かす誘惑に耐えていたのだ。


 若き虎の群れは、前を槍衾に遮られ、左右を騎兵に削られ、背後から3百に刺されのた打ち回った。血を吹き傷付きながらも槍を振るうが、もはやそれも断末魔の足掻きでしかない。1人、又1人と倒れた。


 ベルトラムは、その傷付きながら戦う虎の群れの中に年老いた虎を見つけた。既に兜はかち割られ、頭から流す血で左目は塞がれている。その残った右目がベルトラムに向いた。瞬間、血に染まった左目をも超え、右目が赤く燃えた。


 老虎が残った命の炎を燃やし駆けた。その行く手を阻もうと左右からゴルシュタット騎兵が殺到するが、僅かに残った若き虎達が身を捨てて防ぐ。槍で身体を貫かれながらも、相手に組み付き地面に転がり、他の騎兵の邪魔をする。


 老虎がベルトラムに迫る。その距離僅か80サイト(約68メートル)。


「槍を」

 ベルトラムが小さく呟き、それを聞き逃さぬ従者がすぐさま槍を手渡す。老虎は30サイトに迫っていた。


「ベルトラム!!」


 ヴェンデルが槍を振りかぶり吠えた。ベルトラムが自身の槍を地面に捨てた。敵を目前に無手となった。だが二ヶ国をすべる宰相に、焦りの色は微塵も無い。前方、5サイトほどのところで、槍は穂先の自重で地面に突き刺さった。


 老虎を乗せる駿馬は、不意に現れた障害物を避けきれず脚を取られ転倒し、ヴェンデルの身体も宙に投げ出され地面に叩きつけられた。重い甲冑を身に付けての落馬に全身の骨が軋み、その内の何本かが折れ、砕ける。


「かはぁ!」

 ヴェンデルが、ひび割れた胸骨を軋ませ息を吐いた。馬上から静かに自分を見下ろすベルトラムへと、憎悪の血走った目を向ける。


「おのれ……ベルトラム」


 最後の力を振り絞り腰の剣に伸ばした右手は、地面に投げ出された時に打ち、小指があらぬ方向にへし折れてた。激痛に耐え震える手を柄に掛けた時、兵士達が殺到し、老虎は遂に討ち取られたのだった。


 その後、本陣周りの攻防も全兵集結したゴルシュタット軍により勝敗は決し反乱軍は壊滅。コンラーディン伯爵も原野に屍を晒したのである。


 戦いが終わった時、ベルトラムは馬上から静かに前方を見つめていた。

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