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レニエルの想い

時間を少しさかのぼり、今回と次回は、レニエルの視点で物語が進みます。

「レニエル君、もう、大丈夫なの?」


 ソゥラさんが、心配そうに僕の様子を見ている。

 ナナリーさんとピジャンが、そろって姿を消して(恐らく、テレポートだろう)からしばらくして、体を引き裂かれるような痛みが全身に走り、悶絶していたが、どういうわけか、突然その苦痛が一切なくなった。


 痛みの原因が、分魂の法で魂を分け合った僕とナナリーさんが離れてしまったからであることは、すぐに推察することができたが、痛みが治まった理由が、どうしても分からない。


 しかし、こうして僕が生きているということは、とりあえずだが、ナナリーさんも無事なのだろう。ひとまず、ホッとする。


 それまでうずくまっていた僕は立ち上がり、僕が苦しみ出してから、ずっと治癒の呪術をかけ、介抱してくれていたソゥラさんに、礼を言った。


「ええ、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」

「そう、良かった。突然苦しみだすから、びっくりしちゃった」


 そう言って柔らかな微笑みを浮かべた後、ソゥラさんは、急に僕から距離を取る。


「どうしました?」

「……ごめんなさい、レニエル君。あなたが目の前で苦しんでるから、つい介抱しちゃったけど、私、あなたと戦って、その、あなたを……殺さなきゃいけない。ピジャン様の、命令だから」


 真剣な、瞳。

 相当な決意と覚悟のこもった言葉であることは、すぐに分かった。

 テレポートする前に、ピジャンがそういう命令を出していたのは、確かに聞こえた。


 巫女としての信仰心から、ピジャンの命令に逆らうことのできないソゥラさんが、その命令を遂行しようとするのは、自然なことである。


 しかし、これまで介抱をしてくれていた彼女から、実際に『あなたを殺さなきゃいけない』と言われると、さすがに動揺してしまう。


 僕は乾いた喉で唾を飲み込み、口を開いた。


「やめましょう、ソゥラさん。僕は、あなたと戦いたくありません。あなたも、これ以上殺人なんて、したいとは思っていないはずです」


 先ほどの、後悔に歪んだソゥラさんの顔を見れば、彼女が好きこのんで人殺しをしたがるような人間でないことは明白である。

 初めて会ったとき、この集落の人たちを埋葬していたのも、罪悪感の表れなのだろう。


 事実、僕の言葉で、ソゥラさんは迷うように、動きを止めた。

 彼女は、戦いなど望んでいないのだ。

 僕は畳みかける。


「ピジャンの目的が、イハーデンとの通商をやめさせ、あの巨大なハリボテの竜でスーリア人の信仰心を高めることならば、それはもう達成されたはずです。これ以上、人々を傷つけることもないでしょう。僕とナナリーさんは、この事件の真相をスーリアの人々に公表するつもりでしたが、僕はもう、これ以上事を荒立てず、スーリアを去るべきだと思っています」


「どうして? わざわざ証拠を見つけて、ここまで来て、調査してたのに」


 一度だけ深くまばたきして、僕は話を続けた。


「……事件の真相を公表しても、誰も幸せにならないからですよ。最大の黒幕は、スーリアの神と崇めたてられていたピジャンです。信仰心が下降気味だったとはいえ、自分たちの慈愛溢れる神様が、大トカゲやソゥラさんを使って、民の命を奪っていたと知れば、スーリアの人々は大きな衝撃を受け、嘆き悲しむでしょう。特に、信仰心の高いウーフさんのような人は、とても苦しむと思います」


「……それは、そうでしょうね。ピジャン様への信仰が落ちていたのも、結局、慈愛溢れるピジャン神様を敬愛しているからこそ、畏怖する気持ちが下がっていたわけだから」


「何より、ことがすべて明らかになれば、絶対的な存在に命令されたとはいえ、同胞の命を奪ってしまったあなたはもう、スーリアで普通に生きていくことができなくなるでしょう。それだけは、なんとしても避けたいんです」


 ソゥラさんの形の良い眉が、不思議そうに顰められる。


「どうして、そこまで私のことを気遣ってくれるの? こんな、低文明な未開の地に住んでる、原始人みたいな女を。それも、どんな理由があろうと、人を何人も殺した女を!」


「自分のことを、自分の住んでる土地のことを、そんなふうに言わないでください。自分の言葉で、自分が傷つくことになります。……あなたは、優しい人です。だから、これ以上悲しい思いをさせたくないんです」


「適当なこと言わないでよ! 出会ってまだ、一日もたってないのに! 私の何が分かるのよ!」

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