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調和を保つ者と、調和を乱す者

『おぉ……すげぇ……なんだ今の手ごたえ……』


『上手くいったね。今のが、右ストレートだよ。ジャブとは威力が違うから、決まると気持ちいいでしょ』


『ああ。まだ手に、ジーンって感じで重みが残ってる』


『ちなみに、今の一連の流れで、ストレートを打つ前に、軽くだけどジャブの一撃を当ててるから、一応、ワンツーパンチってコンビネーションになるんだよ。へたくそだったけどね』


『へたくそで悪かったな』


『でも、素人の付け焼き刃にしてはなかなかだったよ。しっかり腰も入ってたし、当たった場所も良かった。こめかみは頭蓋骨の薄い急所だからね。ほら、見てごらん。あの子、意識こそ失ってないけど、まだ立てないみたいだよ』


 アーニャの言う通り、ピジャンは何やら呻きながら立ち上がろうとしているが、どうやら平衡感覚がおかしくなっているらしく、膝立ちになったあたりで、また、べちゃんと倒れてしまった。


 あの頑丈なピジャンが、たった数発のパンチで、こんなことになってしまうなんて。もしや、俺にはけっこう、ボクシングの才能があるのでは……


『言っておくけど、水晶輝竜のガントレットを着けているから、へたくそなジャブや右ストレートでも凄い威力になったんだし、パンチを打ち込むタイミングも、僕が指示してあげたから、これだけうまくいったんだよ? 自分の力で全て成し遂げられたなんて、過信しないことだね』


 こ、こいつ、ハッキリ言うなあ。

 まあ、事実だけど。


『い、言われなくても分かってるよ。でも、死ぬかもしれない戦いに勝ったんだから、ちょっとくらい、自分に都合のいい思い込みで、勝利の余韻に浸ってもいいだろ?』


『勝利の余韻? まだ、勝負はついてないでしょ?』


『いや、もう勝負ありだろう。ピジャンの奴、意識は失ってないけど、まともに立てないんだぞ』


『でも、まだ生きてるよ?』


『えっ、そりゃ、まあ、そうだけど』


『あれは、化け物だよ。ダメージを受けて、一時的に平衡感覚を失っていても、あと数分もすれば立ち上がって、また襲いかかって来るよ。とどめ、刺さなきゃ』


 実際、ピジャンは不気味な笑みを浮かべて地面を這いずりながら、こちらに向かって来ようとしている。

 ぶっ飛んだときに切れたのか、白い額から、鮮やかな赤い血を垂らしつつも、その瞳には、ぎらぎらとした攻撃性がみなぎっていた。


 立てるようになったら、すぐにでも飛びかかって来るだろう。

 今度も、こんなふうに、上手くパンチが決まるかは分からない。

 アーニャの言う通り、今すぐとどめを刺すべき……なのだが……


「なあ、ピジャン。もう勝負はついた。だから、やめにしないか?」


 俺は、ピジャンに声をかけていた。

 正直、何度も彼女の顔を殴りつけたことで、俺の怒りはかなりおさまっていた。


 今となっては、地面を這いずるピジャンの姿に、あわれみすら感じている。

 このまま、こいつを殺すことに意味があるとは、思えなかった。


 ソゥラに人殺しをさせたことは、今でも許せないが、『調和を保つ者』として、こいつには、こいつなりの信念があったのかもしれない。


 ピジャンのしたことは、もちろんスーリアの人々に伝えるべきだとは思う。

 そのうえで、彼らがピジャンを許すかどうかは、彼らが決めることだ。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ピジャンはニタリと笑い、言う。


「やめないよー、最後まで、やろうよー。世界のバランス……その『調和を保つ者』と『調和を乱す者』の戦いはー、中途半端じゃ終わらないんだよー、どっちかが、死ぬまでやろうよー。あはぁー……楽しいねぇー……あはっ、あはっ、あははははははっ」

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