今日は良い日
「そんなこと、ありませんよ。永久に」
「えっ?」
「だって彼、つい先日、死にましたから。アドロロさんの集落が襲われた時、彼も通商のために、留まっていたんです」
まるで石を吐くように、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐと、ソゥラは頭を下げ、テントを出て行った。
残されたのは、俺と、レニエルと、イングリッドと、重たい雰囲気だけ。
レニエルが、呆れたように言った。
「ナ、ナナリーさん……どうして、ああいうこと、聞くんですか。もの凄く、気まずかったじゃないですか……」
「だ、だって、気になったんだもん……まさか、服を贈ってくれた商人が、死んでるなんて思わないし……」
「それにしたって、途中でソゥラさんの顔色が変わったときに、話を切り上げることもできたじゃないですか」
「えっ? 顔色、変わってた? いつ?」
「イハーデンの商人さんからの、贈り物だって言ったときですよ。明らかに、辛そうだったじゃないですか」
「マジで……? 全然気づかなかった……」
「はぁ、ナナリーさんって、そういうところ、ありますよね」
「そういうところって何! そんな、遠回しな言い方されると、なんかやだ! もう寝る!」
まだ寝るには早い時間なのだが、俺はふて腐れたように横たわる。
うげっ。
重い。
なんだ?
何かが、覆いかぶさって来た。
うっ、酒くさい……
その匂いで、大体の事情は分かった。
先程、話をしながら、ソゥラが持ってきたスーリアの地酒を、イングリッドが一人でがぶ飲みしていたからだ。
「うへへぇ~……あなたぁ~……私も一緒に寝る~……」
「近寄んな酔っ払い! お前、一人でどんだけ飲んだんだよ!」
レニエルが、転がっていた酒瓶を見て、ため息をつく。
「ど、どうやら、全部飲んでしまったようですね」
アホだこいつ……10分かそこらで、一升瓶サイズの酒を、全部飲んじまったのか。
「まあ、俺は別に、酒飲まないからいいけどさあ……なんでも、節度ってもんがあんだろ……」
「うへへへぇ~……あなたぁ~……しゅきしゅきぃ~……」
「だから、近寄って、スリスリすんなって! 酒くさいから!」
「やらぁ~……もっとしゅりしゅりする~……だってぇ~……今日は良い日だから~」
怒涛のスリスリ攻撃を受けながら、俺はイングリッドを引きはがそうとするが、腕力の違いは歴然。一瞬で俺はイングリッド専用抱き枕と化すことを余儀なくされた。
もはや抵抗は無意味だ。こうなったら、スリスリだけでも止めるため、俺はイングリッドに話しかける。喋ってれば、スリスリはできまい。
「良い日? どうして?」
「だってぇ~……あなたが初めて、私の名前を呼んでくれたから~……『やるじゃん、イングリッド』って~」
「えっ? そう? そうだっけ? でも、初めてってこたないだろ」
「初めてだよぉ~……ずっと呼んでもらえるのを待ってたのに~……いつも、『おい』とか『なあ』しか言ってくれないんだもん~……」
「言われてみれば、そうかもしれないな。……でも、そう言うお前こそ、俺の名前、呼んだことないんじゃないか? いつも、『あなた』としか言わないだろ」
「だってぇ~……名前を呼ぶの、恥ずかしいんだもん~……」
なんじゃそりゃ。
結局その後、たっぷり三十分はスリスリゴソゴソナメナメされ、その後、イングリッドは寝てしまった。
む、無駄に疲れた。
転がっている酒瓶をひっくり返すと、一滴だけ、手のひらに雫が落ちた。
俺は、ぺろりとそれを舐めてみる。
うっ、こりゃ、相当に強い酒だ。




