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命のありがたさ

「兄さんが、修道院に押し込められている弟を哀れに思い、名誉ある聖騎士にしてくれたのか?」


 レニエルの顔が、ハッキリと暗く沈むのが分かった。


「最初は、僕もそう思いました。でも、すぐに違うと気がつきました。ズファール様は、僕を近くに置き、行動を監視したかったのです。庶子である僕に王位継承権はないのですが、それでも、王様に何かあったときには、僕を第二王子として担ぎ出そうとする者たちが出てくるかもしれません。それを、ズファール様は警戒したのでしょう」


「ふーむ、そういうもんかね」


「それでも、僕に野心はまったくありませんでしたから、いつかズファール様の疑念も晴れると信じていたのですが、国王である父アルザラは、自分の死後、跡目争いが起きることを恐れ、僕に魔王討伐を命じたのです。……それが、実質上の死刑宣告だということは分かっていました。しかし、僕が死ぬことで、王国の平和が保たれるならと、受け入れることにしました」


 俺は、舌打ちした。


「馬鹿なことを。お前、物わかりが良すぎるぜ。もっと、自分の命を大事にしろよ」


 レニエルは、自嘲気味に笑い、頷いた。


「おっしゃる通りです。本当に、馬鹿でした。……僕は親に誕生を祝福されなかった身ですから、たとえ『死』という形でも、それで親兄弟に喜んでもらえるなら、素晴らしいことだと、思ってしまったんです。でも、実際にあの恐ろしい魔物たちに囲まれ、目前に死が迫ったとき、そして、ナナリーさんが必死で僕を助けようとしてくれたことで、やっと、命のありがたさと、自分の愚かさに気がつきました。もう二度と、命を粗末にするような真似はしません」


「当たり前だ、馬鹿。これでまた魔王討伐に行くなんてクソみたいなこと言い出したら、張り倒してやるところだ」


「もう……、女性がそんな汚い言葉を使ってはいけませんよ、ナナリーさん」


「汚い言葉? 『張り倒してやる』って、そんなに汚い表現かな?」


「いえ、もう少し前の部分です」


「……ああ、『クソみたいなこと』っていうか、『クソ』ね。以後、気をつけます」


 ガチャリと、音がする。

 部屋の入り口が開き、誰か入って来たのだ。

 それは、酒場のマスターだった。


「げっ、マスター。なんでこんなところにいるんだ」


「なんでも何も、ここは俺の店の二階だよ。ついでに言うなら、あんたをここまで運んでやったのも俺だ」


「そりゃどうも。ご存知の通り一文無しなんで、運び賃は払えないけど、殺さないでくれよ」


「今あんたを撃ったら、ここまで運んできた自分が馬鹿みたいだからな。タダにしといてやるよ」


「やったね。もうけもうけ」


 俺は片目をつぶると、起こしていた体をベッドに横たえた。

 顔だけを、レニエルの方に向ける。


「お前、これからどうするんだ?」


「……どうしましょうか。王命を果たすまでは、リモールには帰れませんし」


「お前に酷い命令をした国になんか、帰る必要ないだろ。魔王にやられて死んだことにして、新しい人生始めなよ」


「そう言われましても、何をしたらいいか、想像もつきません……」


「当面生活していけるくらいの金は、あるのか?」


 レニエルは、首を左右に振った。

 それから、ふところの中の所持金を俺に見せる。


「これが全財産です。数日の宿代と食費で、なくなってしまうでしょうね」


「なんだ、それならやることは決まったな」


「えっ?」


「『えっ?』じゃないよ。働くんだよ。金がないなら、働くしかないだろ」


「それはまあ、そうですね」


「幸い、プリーストとしての能力はあるんだし、冒険者ギルドで仕事を探すか、教会で雇ってもらいなよ。……さて、体もすっかり本調子だし、俺はそろそろ行くかな」

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