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騎士道精神

 さっきの、白い少女の身のこなしは、明らかに人間離れしたスピードだった。

 注意を逸らせて不意打ちしたタイミングも、百点満点だ。


 こう言ってはなんだが、俺が同じ方法で襲われてたら、今頃地面に首から上が転がっているだろう。さっき話してるときに、白い少女が攻撃してこなくてよかった。


 イングリッドは、冷や汗一つ垂らさず、先程の中段の構えに戻り、凛とした声で言う。


「さあ、立て。地に膝をついた相手を斬りたくはない。臨戦態勢を取り、襲いかかってこい」

「なんで、斬りたくないのー?」


 白い少女は、蹲ったまま、イングリッドに問うた。


「決まっているだろう。騎士道精神に反するからだ」

「騎士道精神ってなにー?」

「ええい、うるさい。騎士道精神は騎士道精神だ。早く立て!」

「やだー、教えてくれなきゃ立たないー、ごろーん」

「おい、やめろ、何をしている。戦いの最中だぞ。寝そべるんじゃない」

「やだー、騎士道精神について教えてくれるまで、起きないー」

「ぐぬぬぬぬ……」


 腕を負傷したというのに、どこまでもマイペースな白い少女。


 イングリッドも、容赦しないつもりではあるのだろうが、人間の少女の姿に類似した、コミュニケーション可能な相手を問答無用で切り捨てるのは、やはり気が咎めるらしく、歯ぎしりをして、どうしたものか迷いぬいた末、チラッとこちらを見て、『どうすればいいと思う?』と視線で問いかけてきた。


 そんなもん、こっちが聞きたいわ。

 しかしまあ、ここ最近、戦闘ではイングリッドに頼りっぱなしなので、こういう時くらい役に立たないと、俺も立つ瀬がない。


 白い少女が急に襲ってきても大丈夫なように警戒しつつ、俺はそろそろと近づき、話しかけてみる。


「なあ、おい、きみ。さっきの奇襲を防がれたので、わかったろ? きみもけっこう強いみたいだけど、そのデカいお姉さんにはかなわないよ。だから大人しく、きみの正体と目的を教えてくれないかな」


「えー、なんでー?」


「なんでって……ええっと、場合によっては、話し合いで問題を解決することができるかもしれないし」


「もんだい? 何が問題なの?」


「いや、だから、きみのお友達のトカゲ君たちが、スーリアの人々を襲ってることだよ」


「……ぐー……すぴー……ぐがー……zzZ」


「おい! 話の最中に寝るな!」


 駄目だ。

 まともに話が通じない。

 だんだん頭痛くなってきた。

 その時、突然白い少女が立ち上がった。


 また、襲ってくる気か。

 間抜けな問答をしていて少々油断気味だった俺は、一気に体をこわばらせ、安全な距離まで飛びのく。


 その身のこなしに、白い少女は軽く面食らった様子で、ぱちくりと瞬きをした。


 どんなもんだ。

 奇襲されるかもしれないと分かっていれば、俺だって瞬時に、これくらいの動きはできるんだ。


「ふーん。大きいお姉ちゃんが強いのはさっきのでわかったけど、銀色のお姉ちゃんも、割と素早いんだねー。仕留めるのは、けっこうめんどくさそう。調和を保つために、スーリアに入って来たイハーデン人は、なるべく全員殺したいんだけどなー」


 そこで、白い少女の金色の瞳に、初めて明確な敵意と殺意が浮かんだ。

 先程までの無邪気な姿も、決して演技ではないのだろうが、やはり魔物は魔物か。

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