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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
結:結ぶ恋
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 「ふふっ、私、嫌じゃ、なかったですよ?」

 素の永友刻也に触れられた気がして、私はさっきは回せなかった腕をしっかり背中に回した。ギュッと力を込めて抱きしめて、この人は私を不幸になんてしないって思った。

 私はそんな人を好きになったりしないはずだ。

 そして私も――この人にそう思われる存在になりたい。

 「大好き……」

 溢れ出る気持ちが、ようやく言葉となって口から零れる。

 前には突き返されたその言葉。その言葉を受け取るように、また優しくその腕に包まれた、

 嬉しくて、もう一度ギュッと力を込めて抱きついて顔を胸元に埋めると、一瞬彼の息が止まった。胸が上下しなくなったからすぐに分かる。

 ――え?

 固まる彼に恐る恐る顔を上げたけれど

 「わっ」

 「見るな」

 彼の手に目を塞がれて、何も見えなくなってしまった。

 「補佐っ!?」

 「こら。俺は上司の肩書捨てるっつっただろ?」

 補佐と呼びかけると怒られて、目を塞いだ私の唇に彼はもう一度温かいキスを落としてくれた。

 その後解放された視界に映るのは、温かな表情の顔の――永友刻也その人。

 「中、入るか」

 照れたような声でそう言いながら、目は廊下を見つめている。私には見えないその表情は、恥ずかしいから隠しているのかもと想像したら同じくらい恥ずかしくなった。

 「はい……」

 さっき一瞬起きた切なさは吹き飛んで、私は靴を脱いで揃えてから慌てて彼の後を追いかけた。


 本当のところ、不安いっぱいだ。

 私でいいの? とか。

 恵さんは? とか。

 声が似てるって話も、永遠の意味が分からないんだって言ってたことも。どれも私の中では解決していない。あんなに止めておけって言われたのに、どうして……って思う。

 ――でもね。

 初めて触れた唇に、幸せを感じたから。

 優しさも温かさも感じたから。

 だから、信じたいって思う。思いたいだけかもしれないけど―――

 私が、男の人を見る目がないんだって自覚はしてる。

 でも、補佐だけは。初恋のトキ兄だけは。そうじゃないって信じたい。

 だからお願い、裏切らないで……


 廊下を抜けてリビングにたどり着くと、ネクタイを緩めながら補佐はクーラーの電源を入れていた。

 いつも通り、部屋の隅に荷物を置かせてもらうと、いつもよりもやたらと目立つその荷物にドキリとした。

 ……うわ。泊まり鞄が目立ちすぎてる。

 いつもならない、少し大きなカバンがやけに存在感を放ち過ぎだ。

 その存在感に恥ずかしくなって、鞄から目を逸らして……かといって、この視線をどこに向けていいやら分からなくて、なんとなくキッチンを見つめると、私の後ろを通り過ぎて冷蔵庫を開けた補佐が苦笑しながら私を見た。

 「悪いな、お前には水かコーラの2択しかない」

 飲み物が欲しくてキッチンを見たわけじゃないんだけどな……と思いつつも、何かを淹れてくれようとしている補佐に「えと、水で」と答えた。

 しかし補佐は、グラスと一緒にペットボトルを渡しながら、一緒に宅配関係のチラシを私に渡してきた。

 「ごめん。なんか頼んでて。飯出かける余裕ない」

 「はい?」

 胸がいっぱい過ぎてお腹が空いているわけではなかった私は、補佐の心配事にどうもついていけていない。

 「着替えてくるわ」

 それだけ言って、さっさとリビングを出てしまった補佐の後姿を見送りながら、いつもと違う状況に戸惑いを隠せずにいた。

 ――えと。待ってくださいよ?

 『飯、出かける余裕ない』

 なぜですか? どういうことですか?

 それに……なんか、微妙に雰囲気が違うのは気のせいですか?

 こんな風にチラシだけほっぽって丸投げなんて、なんか全然違う気がするっ。いつもと少し違うそれが、妙にくすぐったい。

 頼りにされてるとかってわけじゃなくて。単純に一緒に存在することを認められてるような……あ、そうか。遠慮がないって感じだ!

 そんなことに気が付いて、また勝手にドキドキしてきた。

 何を言われたわけでもされたわけでもないのに、私は一人顔を赤くしながら、思い出したように前と同じメニューを注文した。勿論、4種の味が一つになった例のピザにポテト付きのアレ。

 初めてここに来た日が、すごく懐かしくなって注文した後一人でくすくす笑ってしまった。

 だって多分、補佐は言うんだ。『三十路を太らせる気か』って。

 そんな二人の共通話題を思い出すとおかしかった。

 恥ずかしいと思ったり、おもしろくなったりで今日の私は忙しい。でもそんな風に振り回されてる今が、嬉しくて、たまらない。

 一人くすくす笑っていたら「どした?」って声が頭上からして、私はビックリしながら振り返った。

 「ひゃっ……な、なんでもっ」

 「ふーん。ま、いいけど」

 クシャクシャ……私の頭を撫でて、スタスタと冷蔵庫を開けてビールの缶を取り出す。そしてプシッと音を立てると、ごくごく飲んでいた。

 どうしよう――

 当たり前のように頭撫でられたり、すっごくリラックスしてるその姿が、めちゃくちゃ新鮮だ。

 それだけで、また意味不明なくらいにドキドキする。

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