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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
転:絡まる恋
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34

 二人の瞳から逃れるように俯く私に、八重子先輩はポテトチップスに手を伸ばしながら教えてくれた。

 「トキ兄からね、連絡あったんだよね。萌優が多分泣いてるから、会いに行ってくれって」

 「え……」

 八重子先輩の言葉に驚きすぎて、声が出ない。

 ――今先輩が言ったことは、本当? 

 「心配してたよ、すごく。俺の前で泣くような奴じゃないから、行ってやってくれって。ほーんと男って馬鹿じゃないの? とか思ったんだけど。萌優が心配だから来ちゃったのよ」

 補佐が、八重子さんにそう言ったの?

 でも……どうして、そんなことするんだろう。 どうしてそんな、妙に優しいことするの?

 「どして……」

 「ん?」

 「嫌いにならせてくれないんですかね?」

 私は顔をまた歪めて、手で覆った。ただ……また泣きたくはなくて、目をぐっと手の平で押さえる。

 もうこれ以上、補佐のことで心を乱されたくないって思う気持ちがある。でも勝手に乱されていくんだ。その度にグッと我慢するのに、涙腺が弱いのかすぐに涙が込み上げてきてしまう。

 「大事なんだよ、萌優のこと」

 真子がそう言って私の肩を抱き寄せてくれた。

 「私、振られたのに?」

 喉が引きつりそうになりながらもそう言うと、真子が背をさすりながら温かい声で教えてくれる。

 「大事なことと、付き合うかどうかってのは別じゃない」

 「じゃあ、私が、部下、だから?」

 泣きたくなくて一言一言をゆっくり口にする。そんな私に合わせるように、真子もゆっくりと言葉を紡いでくれた。

 「それもあるかもだけど……多分、それだけじゃないと思うよ私は。だってさ……トキ兄、昔から萌優にはちょっと違うじゃない?」

 「昔から、違う?」

 真子の言う意味がよく分からなくて、私はぐすっと鼻を鳴らしながら真子を見つめた。そんな私の顔を見て真子はクスリと笑う。その柔らかい笑い方が、まるでお母さんみたいだなんて思った。

 「気づいてないの? あの夏季合宿の時、トキ兄の隣に居た女の子って萌優だけだよ」

 「え?」

 「気付いてなかった? トキ兄ってさ、女の子とはあんまり話もしなかったよ。だから私の中ですっごく記憶が薄いの」

 「うそ……!」

 「ほんとだって。私、なんであんな人を萌優が好きって言ってるのか分かんなくて、結構見てたんだよ遠くから。そしたら分かりやすいくらいにトキ兄って萌優にばっかりちょっかいかけてるの」

 「うっそだぁ」

 そんな馬鹿なって思いで真子を見つめるけど、ふふふって笑われた。思い返してみても、近寄って行ってたのは私だと思うけど……? 

 「あー、確かにそうかも」

 真子に賛同するように八重子先輩までそんなことを言い出して、私は驚いて目を見開く。

 先輩まで、私を何かに嵌めようとでもしてるの!?

 「昨日、言ったでしょ? 遊びまくってたらしいって。私その当時、海人からその話を聞いてたけど、全然ピンと来なくて。っていうのが、トキ兄ってホントに女の人と一緒に居たの見たことなかったんだよねぇ。

 だからあの時の合宿で中学生の萌優とは言え、女の子の隣にベッタリ引っ付いてるトキ兄を見てびっくりした記憶あるかも」

 「へっ?」

 「本人も気づいてないのかもね」

 しれっとした顔で八重子先輩はそんな爆弾を投下しておきながら、ぷしゅっと新しい缶に手を掛けた。こっちはそれどころじゃないのに、二人からそんなことを言われてお酒とは別に顔が赤くなっていく。

 手のひらをぺたりと両頬に当てて熱を逃してから、何となく恥ずかしくてするめいかをガジガジ噛みながら立てた膝に顔をうずめた。

 「実はさ、昨日言いそびれてたことがあって。萌優、落ち込まないで聞いてね」

 そんな前フリに、聞きたくないですと言う拒否権はないのかとチラリと思ったけれど。そんなものがあるなら、八重子先輩が勝手に話し始めるわけがないと諦めて、私はこれ以上落ち込まないぞ、と腹を括った。

 「萌優の声がさ――昔好きだった人に似てるんだって」

 けれどその括った腹は、括りきれていなかったと分かった。今さっき聞いた『トキ兄の隣にいた女の子は私だけ』っていう嘘かホントか分からない事実を忘れ去るほど、奈落の底に落されたかのような気持ちにさせる。

 そっか、だから私の隣に居たのかもしれない――そう思わざるをえないほどの破壊力がある。八重子先輩の一言は、一瞬浮上した私の気持ちを、これでもかと言うほどに深く沈めた。

 冗談に出来るほどの落ち込みじゃなくて、私は心だけじゃなくて身体もめり込んで消えそうだ。

 「八重子先輩。それ落ち込むなっての無理ですよね?」

 言葉にもならない私の代わりに、真子がそう突っ込んでくれた。

 うん、ありがとう真子。

 それすらも声に出来ない程に動揺した私の手を、横からそっと握ってくれる小さな手。補佐とは大きさが全く違うその手は、小さいけれどとても安心できる温もりだって私は9年前から知ってる。

 衝撃に固まる私を慮ってか、先輩は補充説明をつけようとしてくれる。

 「いや、早とちりはしないでよ? ……あーでも、嘘でもないんだけどさ」

 ――もうっ! どっちなんだよ!!

 って突っ込みたくなるのをぐっとこらえて、思わず先輩を睨みつけてしまう。

 「もーゆーちゃん。ゴメンってば。ちゃんと説明するから続き聞いてよ、ね?」

 けれど美人に素敵な微笑みを浮かべられると、私の睨みなんて全く歯が立たなかった。

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